時刻は昼下がり。談話室には現在、ルナ、ノエル、アーヴィンというヴァイスを除いた三人の姿があった。
「う、あぁ~……っ」
気怠そうな声を上げながら、ノエルが机に伸びる。
本来なら苦笑いの一つでも向けられるのだが、他の二人もノエルと同じような様子である。更に言うならば、何だか落ち着かないといった感じでもある。
しかしながら、それも些か仕方無いことであった。数日前に、六年生は筆記の卒業試験を終えている。と言っても、卒業試験に課される内容は基本的なことが中心である。専門的な部門を専攻するわけでもないのならば、毎日の勉強で十分な点数が取れるような難易度なのだ。
そう、言うなればそれはあくまで一つの通過点だ。一番の問題は、その後に行われる卒業試験――実技試験である。既に六年生の多くのパーティーは実技試験の狩場へと向かい、或いは既に試験を終えて結果待ちといった面子も見受けられる。
そして、ヴァイスを始めとするこのパーティーには、まさにこれから卒業試験が課されるということなのだ。
「……遅いですね」
卒業試験を間近に控えているとなると、筆記試験を終えたからといって気を抜くわけにもいかない。緊張を帯びた声色でアーヴィンが言うと、その彼に同意するようにルナも深く首肯した。
そして、この張り詰めた緊張の理由はもう一つ。現在この場に姿のないヴァイスが、パーティーを代表して試験内容の伝達をされるのである。
そうして、かれこれ十五分ほど経過しようとしている。試験の内容伝達だけに、これほどの時間を要する必要があるだろうか。どこか落ち着かず、正確な時間の流れさえ曖昧に感じてしまう。それを思えば、三人の周りにもどかしい気持ちが満ち溢れ、そして何とも言い難い沈黙に包み込まれてしまうのだ。
だが、それから程なくして、ようやく部屋の扉が開かれた。扉の向こうから現れたヴァイスの表情は、至って普段通りであったが、左手に握りしめられた一枚の封筒に目が行けば、それすらも関係なくなってしまう。
「お帰りなさい、ヴァイス。どうだった?」
おずおずといった様子でルナが尋ねて来る。そんなルナに対して、ヴァイスは無言のまま首を横に振った。
「俺もまだ、内容は知らないままなんだ」
「その割には、随分な時間が掛かったよな?」
皆に同意を求めるように、ノエルが周囲に視線を巡らせる。
対して、ヴァイスは僅かに首を傾げてみせた。
「言うほど時間は経ってないような気もするけどな。ここから職員室まで行くのにだって、それなりに時間は掛かるぞ」
「そうだとしてもってことだぜ」
ノエルが言うと、残るルナとアーヴィンがうんうんと頷く。
その様子を見たヴァイスが、今度はばつの悪そうに苦笑いを浮かべる。
「多少時間が掛かったのは否めないかもな。本来ならもう少し早く戻るつもりだったけれど、幾分ルーク先生の激励がな……」
ヴァイスの言いたいことを理解したのか、ルナがほうと短く息を吐き出した。
「それも強ち分からないでもないわね……」
やれやれ、といった様子で肩を竦めたルナには同感なのか、残る三人も思わず苦笑する。
ルークは度々口にしていたのだが、ヴァイスたち四人は最も期待を寄せている生徒なのだという。教え子に対する激励は嬉しいものであるが、その影響で要らぬ不安を抱いてしまったようである。
「とにかく、試験内容を確認しよう。そっちの方が重要だ」
ヴァイスが促すと、皆が無言で首肯する。
椅子に腰を下ろすと、ヴァイスはルークから受け取った封筒を丁寧に開いていく。中に入った一枚の紙を取り出すと、まず初めにヴァイスがそれに目を通す。
外野はそのヴァイスの様子を固唾を吞んで見守っていた。やがて、内容を把握したのであろうヴァイスが小さな溜め息を吐いたのを見計らって、ルナが口を開く。
「……それで、どう?」
催促してくるようなルナの視線を受け止めつつ、ヴァイスは首肯して今一度試験内容の記された書面に視線を落とした。
「試験内容は、フラヒヤ山脈――雪山でのドスギアノスの討伐。依頼の成功が試験合格の絶対条件というわけではなく、あくまで狩猟における過程などを総合的に評価し採点する」
そう告げられた三人のうち、ルナとノエルが案の定といった様子で溜め息を吐く。
「予想はしていましたが、なかなか厳しい条件での試験となりましたね。まさかフラヒヤ山脈にまで足を運ぶことになるとは……」
アーヴィンもまた、何とも言えないような複雑な表情を浮かべて言う。
フラヒヤ山脈。ハンター、クートウス生徒などの間では雪山と呼ばれている狩場だ。その名の通り、ドンドルマから北東。大陸を横断するかのように連なるゴルドラ山脈を越えた先に位置する地方である。北海のアクラ地方から流れて来る寒気の影響で、その辺り一帯は年中を通して雪に覆われている地域だ。当然、冬になれば更にその過酷さを増すことになる。まさにこの時期は、寒気のピークと言って過言ではないのだ。
そんな中で、ヴァイスたち四人に課せられた試験が、フラヒヤ山脈でのドスギアノスの狩猟である。卒業試験はパーティーの練度や個人の能力などを鑑みて内容が選別されるのだが、それを考慮しても今回の試験はかなり厳しい部類に含まれるはずだ。
ヴァイスの言葉に耳を傾ける三人の心境は同じようなものであろう。それを理解した上で、ヴァイスは更に続ける。
「また、今回の試験には監視員として一名のギルドナイトをフラヒヤ山脈に派遣する。派遣された監視員は一足先に狩場入りすることになるが、試験の途中で遭遇したとしても、緊急時を除いて一切の助言や手助けを受けることは不可能である」
「なるほど。監視員はクートウスの教師じゃないんだな」
「と言っても、私たちには対して関係のないことよね。途中でばったり出会すっていうことはあるかもしれないけど、何か起こったとしてもその程度のことよね」
ルナの発言にヴァイスが頷く。
実技試験の際には、試験を受けるパーティーの他に最低一人の監視員を派遣するということになっている。一般にはクートウスに勤める教員が監視員を請け負うことになるのだが、如何せんこの時期は卒業試験の連続で立て込むことになる。多くの教員を募っているクートウスであっても、このような場合にギルドナイトに協力を仰ぐことがあるのだ。
ギルドナイト部門を専攻するヴァイスも、そのような任務が存在することも既に承知だ。その際に行うことと言えば、狩場に異常がないかの確認。緊急時の処置。そして、試験結果の総括などである。ルナの言ったとおり、試験を受ける生徒にとっては直接関係のないことだ。あくまでこれは、試験の際の注意事項といったところである。
「それは置いておくとして、出発はいつの予定になっていますか?」
「明後日の日の出前だ」
「なるほど。それまでに準備を整えないといけない、というわけですか……」
尚も険しい表情のまま、アーヴィンが考え込むような素振りを見せる。
準備、とアーヴィンは言うが、何もそれは武器と防具、アイテム類に限った話ではない。卒業試験は、今まで培った全ての知識、能力が問われる究極の試練だ。そのプレッシャーに押し潰され、普段の力を発揮出来ず、不本意な結果で終わってしまったという話を毎年のように耳にしている。
二日という短い時間の中で、極限のプレッシャーに耐え得るための心の準備まで行わなければならない。それを考えれば、無意識に不安を覚えてしまうのは仕方の無いことである。
「でも、気負いすぎるのもよくない。前にも言ったとおり、普段と同じように立ち回ることが出来れば大丈夫だ」
そんな中でも、ヴァイスは先々を俯瞰するようにそう口にした。
ヴァイスにしても、試験内容は厳しいものだとは思っている。しかし、だからと言って成し遂げられないわけではない。クートウスで培った様々な知識。二年間で養ったパーティーの絆。それを以てすれば、決して越えられない壁ではないのだと自信を持って言える。
そんな彼の言葉に、他の三人の緊張も僅かばかり解けたようである。
「えぇ、そうね。六年間の全てをかける大切な試験だものね。今まで培ったものを生かせば、必ずやり遂げられるに違いないわ」
表には出そうとしない、しかしながら内には確かに秘められたヴァイスの熱をルナも感じ取った。それに感化された彼女もやる気を漲らせた。
言葉にはしなかったが、それはノエルとアーヴィンも同様であった。ヴァイスの言葉に返答するように頷き返し、そして口端を持ち上げた。
「んじゃ、明後日に向けて決起集会と行こうぜ!」
勢いよく立ち上がったノエルが拳を高らかに掲げて見せる。その様子を見たアーヴィンが「決起集会なら明日でも構わないのですが……」と苦笑地味ているのが何とも印象的であった。
しかし、それでも皆はノエルの提案に賛同し、急遽ながらも決起集会なるものを決行することになった。
そうしてその日は、日が暮れるまで談笑を交わし、卒業試験の成功を誓ったのだった。
それから一日の日付が流れる。
暮れ泥んだ冬の空に、まるで日没を告げるかのようにクートウスの鐘の音が響き渡る。
ヴァイスは何気無くベッドに腰を下ろし、その音に身を委ねるようにして山々の向こうに沈もうとしている夕日をぼんやりと眺めていた。
明日に備えた身支度は終えた。心の準備も万端である。そうして手持無沙汰になったヴァイスは、こうして何気無く窓の外に視線を向けていたのだ。
今思い返してみれば、こうして外に視線をやった暁には、決まってギルドナイトを志す理由を一人で模索していた。
結局、それから一年ほど経過した今になっても、その理由は定まってはいない。だが、自棄になってまでそれを求めなくてはいいのだ。改めてそう言われたあの日からは、そのように物思いに耽ることもなくなった。
そして、今も尚もヴァイスはそれを考えてなどいなかった。文字通り何もせず、ボーっと視線と意識を、窓の外に傾けていた。
そうしているうちに日が暮れ、室内にも徐々に闇が落ちて来る頃であった。不意に背後から自分の名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
「……ルナか」
灯りを点けることさえ忘れていたため、それこそ扉の前に立っていた人物の顔には影が落ちていた。しかし、暗闇の中でも誇らしげに輝く秀美な
「邪魔、しちゃったかしら」
部屋に一歩を踏み入れてきたルナが、やや躊躇いがちにそう言う。しかしヴァイスは首を横に振ると「構わないさ」と静かに告げた。
「対してすることもなかったからな……。話し相手くらいなら全然付き合うよ」
「そう。じゃ、その言葉に甘えさせてもらおうかしら」
その表情に微笑を浮かべたルナが、ヴァイスの元へとやって来る。そして、何も迷うことなくヴァイスの隣へと腰を落ち着かせた。
すっと手を伸ばせば、いとも簡単に彼女に触れることの出来るような距離感。時の流れを忘れたかのように静寂したこの部屋では、彼女の僅かな息遣いでさえ耳に入ってきて、ヴァイスの平然を惑わす。
それに堪え兼ねたヴァイスが声をかけようとしたその時、不意に右肩に妙な違和感を覚えた。ゆっくりとそちらの方向に首を向けてみれば、絵に描いたような美しい彼女の髪に視線を奪われた。
ヴァイスが言葉を取り戻したのは、ルナが自分の肩に頭を預けてきているのだとようやく理解に至った時であった。
「急にどうしたんだ?」
あくまで泰然とした様を装って、ヴァイスはそんな言葉を掛けてみる。対してルナは、その問いかけに答える気があるのかないのかはいざ知らず、ヴァイスに対して更に寄り添ってきた。自然と二人の距離はより一層縮まる形となり、二人はぴったりと密着するような体勢となる。
「お、おい。本当にどうしたんだ? やけにいつもとは様子が違わないか?」
自室でルナが髪を下ろしている姿はよく見る光景だが、こうしたスキンシップ――それこそ、このように甘えてくるなどといった行為をすることは今まででは考えられないことであった。
唐突な彼女の心変わりに、ヴァイスの装った偽りの冷静も呆気無く崩れ去り、妙な緊張が身体を走り抜ける。
するとしばらくして、ようやくルナが頭を持ち上げた。身体は依然として密着した状態ではあったが、こちらにその視線を向けて口を開いた。
「何よ。“話し相手くらいにはなってくれる”って言ったのはヴァイスでしょ。だったら、いちいち口出ししないでよ」
至って普段通りの口調で言い切ったルナに反論の一つでも返してやりたいと思ったが、それを許す余地すら与えられず、ルナは再び頭を預けてきてしまう。
いや、“普段通り”という言葉には若干の語弊があった。きつい物言いは確かに普段通りではあった。だが、その声色が僅かに震えていたのをヴァイスは聞き逃さなかった。
そうすると、ルナの取ったこの行動の意味に理解が至る。先程までの緊張も嘘のように消え去っていく。
短く息を吐いて、ヴァイスは目の前に差し出された美しい髪を優しく撫でてやる。
「……それで、何があったんだ?」
調子を取り戻したヴァイスも、何気無い口調で尋ねてみる。するとルナが、ぴくりと身体を震わせた。予想していなかったと言うよりは、その言葉を待っていたのだとでも言うように。
それでも、ルナも最初は素直に問いかけに答えることは出来ないようだった。だが、やがて心の整理が付いたのか、ポツリポツリと言葉を繋いでいく。
「……夢を、見たのよ」
「夢?」
ヴァイスが聞き返すと、ルナが小さくこくりと頷いた。
「卒業試験の……、私たちがドスギアノスと対峙している夢。でも、内容はあまりハッキリしていないの」
それだけでは、ルナが何を言いたいのか理解出来なかった。
しかし突然、右腕を締め付けられるような感覚を覚えた。どうやら、ルナがヴァイスの腕を抱きしめるように手を回してきているらしく、そしてその身体が小刻みに震えているようでもあった。
らしくない、弱々しいその姿を目の当たりにしてしまったヴァイスは、再び彼女の頭を優しく撫でる。
「でも、覚えているのは、その夢がとても怖かったということなの」
「怖い?」
そこまで言われて、ヴァイスも薄々ではあるが、ルナが伝えたいことを読み取った。
夢に見た卒業試験、そしてドスギアノス。それが怖いということなら、おそらくは“そういった”夢なのであろう。それこそ、目の前で誰かの存在が無くなってしまったかのような……。
「ねぇ、ヴァイス……」
名前を呼ばれて顔を向けると、再度ルナと目が合った。しかし、その時とは違い、その瞳は胸に抱く恐怖を訴えてきている。まるで、「どこにも行かないで」という心の叫びを代弁するように、ルナが腕に込める力を強めてきた。
「ヴァイスは……、ヴァイスは私たちと一緒にいてくれるわよね。手が届かないような、ずっと遠くへ行ったりはしないわよね……?」
何かに怯えるルナが、そうしてヴァイスに縋るように答えを求めてくる。
これにはヴァイスも、どう返答するべきかと戸惑った。ルナの見た夢の内容は定かではない。だが、ただ単純に「遠くに行ったりはしないよ」と答えたとして、果たしてそれでルナの不安を取り除くことが出来るのだろうか。
それを思い、ヴァイスはルナの頭を撫でていた右手を動かし、そっと彼女の右肩にやった。そして、優しく包み込むようにこちらに引き寄せた。
「ルナがどんな夢を見たかは分からないけどさ……。でも、俺はここにいる。卒業試験だって、四人で必ずやり遂げてみせる。大丈夫、俺は傍にいる」
「……うん」
そこで、ようやくルナが心底安心したかのような表情を見せてくれた。
しかし、それでもルナはどこか名残惜しさを感じているのだろう。気持ちが落ち着いてからも、ヴァイスから離れようとする素振りは見せなかった。
そんな彼女が満足するまで、ヴァイスは傍に寄り添い優しく頭を撫で続けた。
――身を切るような冷たい風が木々の合間を通り抜ける。
上空を見遣れば、普段よりも幾分凍てついたように思える空がそこに広がっている。そして、そこから視線を下ろしていけば、山肌が白に染まった光景が視界に入ってくる。
フラヒヤ山脈。通称、雪山。
ドンドルマを発ったヴァイスたち一行は、途中フラヒヤ山脈の麓に位置する村、ポッケ村を経由してここまでやって来た。
現在四人がいる拠点には、所々に溶け残った積雪が見られるものの、辺り一面銀世界というわけでもなかった。しかし、拠点を出て一度山を登れば、そこには一面が白に染まった世界が広がっている。
今から至るであろう山々を見つめ、ヴァイスが身体の緊張を解すように息を吐いた。
「――準備が完了しました」
それと同時に、後方から聞き慣れた声が耳に入ってくる。そちらへと目をやれば、各々意気のある表情がそこにあった。
皆の意気込みが乗り移ったのか、ヴァイスも表情を改め深く首肯した。
「いよいよだな」
ヴァイスの言葉を噛み締めるように、三人が頷き返す。その表情を再び一瞥し、ヴァイスが握り拳に力を込める。
「今までの全てをぶつけるぞ。悔いを残さないよう、全力で挑む」
「あぁ、もちろんだぜ!」
皆を代表してノエルが覇気を帯びた声色で返す。もちろんそれは、ヴァイスも同じ気持ちであった。
「方針は以前から決めていた通りだ。とにかく、焦る必要は無い。俺たちらしい、いつもの立ち回りでやり遂げてみせよう」
そうして、誰からというわけでもなく、互いに手のひらを打ち合わせ健闘を誓う。そうすれば、今までの緊張や不安も、どこかに消え失せていく。
四人で、必ず成し遂げよう。言葉にはしなくとも、全員の気持ちは一つだった。
「よし、行くぞ」
ヴァイスの掛け声に首肯し、四人が拠点を出発する。
木々の合間を進み、岩肌に沿って獣道を進めば、しばらくして視界が開ける。向かって左手には湖が広がり、そこでポポの群れが喉を潤しているようである。
この雪山は、大きく分けて三つのエリアで構成される。今いるエリア1のような草原エリア。加えて洞窟、年中雪の積もる山腹地帯である。
今回の卒業試験の討伐対象、ドスギアノスは山腹地帯に生息するモンスターだ。エリア1から山腹地帯にまで抜ける道筋は何通りかあるが、ここは最短ルートを選択する。
エリア1の北部。段上に迫り出した岩場を上ると、岩肌にぽっかりと空いた空洞が目に入る。空洞からは凍えるような冷気が流れてきており、中の様子を窺おうにも視界は確保出来そうにない。だが、この空洞は洞窟エリアへの抜け道になっており、ここを通れば山腹まで通り抜けることが可能だ。
しかし、この冷気の中を、何も準備無しで進んでいくのはあまりにも危険である。そこでヴァイスたちは、徐にホットドリンクを取り出し飲み干す。これで極度の寒冷にも耐えられるようになる。
準備を整えると、ヴァイスを先頭にその空洞へと足を踏み入れる。洞窟内の地面は凍り付いており、気を抜けば足を滑らせてしまいそうである。足元にも細心の注意を払いつつ進んでいると、不意に鈍い光が差し込んで来た。
光の差す方に目をやれば、そこにはクリスタルのように輝く氷柱が聳え立っていた。どうやら、僅かながらの光がここまで届いているようで、氷柱がその光を反射して輝いているのである。
だが、その光景に見惚れている余裕などは無く、ヴァイスたちは尚も足を進めた。そして、天井が開けた巨大な洞窟を更に経由して外へ出れば、そこは時の流れが止まった白の世界であった。
エリア6。このエリアを含め、エリア7と8も同じような景色が広がっている。この卒業試験では、この三つのエリアを行き来することになるのだ。
今一度上空へ目を向ければ、依然として青空が広がっている。山の天気は変わりやすいとはよく言うが、この様子ならしばらくは吹雪く心配もなさそうである。
「……このエリアには、ドスギアノスはいないようね」
「そのようですね」
ルナと同じく辺りを警戒していたアーヴィンが頷く。
しかし、ドスギアノスの行動範囲は雪の降り積もる三つのエリアのみだ。ドスギアノスを発見するのは、時間の問題である。
「ここにいないのなら長居しても仕方無い。一旦山を登って、エリア8へと行ってみよう」
ヴァイスの提案に賛同し、四人はエリア8を目指す。
エリア8は、雪山で最も標高の高い場所に位置するエリアだ。ここまで来ると気温もだいぶ下がってきており、ホットドリンクを使用していても寒さで凍えそうになる。
しかし、今はその寒さでさえも忘れてしまっていた。何故なら、四人の視界の先、この銀世界に同化するような青白い鱗を身に纏ったモンスターがこちらを睥睨していたからである。
鳥竜種独特の、シャープな身体つき。群れを率いる長としての証は、新橋色のトサカがそれを象徴している。獲物を狙う鋭い双眸。鋭利な長爪。間違えようのない、奴こそドスギアノスである。
「アーヴィン」
「えぇ、任せて下さい」
四人が臨戦態勢を取ると、ドスギアノスもそれが敵意を持った侵入者だと判断したようだ。喉を震わせ、甲高い鳴き声を凍り付いた空に轟かせた。
「行くぞ!」
それを皮切りに、ヴァイスたちも地面を蹴り上げる。
今、ヴァイスたちの卒業試験――クートウスでの最後の狩猟の幕が切って落とされた。