ドスギアノスの後を追う四人は、エリア7に足を踏み入れた。
相変わらず剥き出しの山肌に白の雪化粧を施した景色に変わりはない。このエリアは山頂に比べると積雪の量は若干少ないようだが、それでも気を抜けば足元を掬われてしまう。
そうして注意しつつ歩を進めると、そこにはドスギアノスと、加えてギアノスたちの群れの姿があった。
「ちっ、またかよ」
先の出来事が脳裏を過り、煩わしげにノエルが舌打ちする。
すると、まるでそれを合図にするかのようにドスギアノスたちがこちらに顔を向けてきた。ドスギアノスが指示を下せば、ギアノスの群れが勇壮活発な身のこなしで四人目掛けて猛進してくる。その数、総勢七体。
「来るぞ!」
ヴァイスたちもすぐさま武器を構え、応戦体勢を取る。
アーヴィンのみが少しだけ後退した位置に陣取ると、援護射撃を開始する。銃口から放たれたLV2通常弾が、今まさにヴァイスに飛び掛かろうとしていたギアノスの蟀谷を撃ち抜き、白の絨毯に紅い花が散り落ちる。
しかし、
「しつこいわね!」
ルナもうんざりした様子を見せつつ、ツインダガーを一閃させる。ヴァイスとアーヴィンに至っては終始無言を貫き通すが、二人が抱いている感情はルナのそれと同じだった。
そして、ようやく全てのギアノスを討滅した時、いよいよドスギアノスが動き出す。休む暇すら与えられぬ波状攻撃に、ノエルも焦りと怒りを覚え始める。
「鬱陶しい戦略立てやがるぜ、こん畜生!」
ドスギアノスの統率力は高い。群れで獲物を捕らえる際の連携力は、他のモンスターと比較しても群を抜いているほどだ。運悪く彼らに出くわしてしまえば、最悪そこが死に場所に成り兼ねない。
これは戦う力を持たない一般人だけに言えることではない。無論、ハンターにも同じことが当てはまるのだ。いくら個人の能力が高かろうと、またどれだけパーティーの呼吸が合っていようと、ドスギアノスたちの連携はそれすらも上回ってくる。
力では到底及ばないモンスターだからこそ、人間は知恵を振り絞り、様々な策で強大な敵に立ち向かう。だが、それすらも凌駕するモンスターが存在するとすれば、それは厄介極まりない話だ。それこそが、ドスギアノスとギアノスたちの群れが持つ、最大の強さだ。
だが、その連携を断ち切り、ドスギアノス一匹までに追い込んでしまえば、状況は互角にまで持ち込むことが出来る。
ノエルが真っ先に飛び出し、ドスギアノスの顔面にアイアンガンランスを突き出す。一見愚直に思える正面からの特攻も、ノエル持ち前の身体能力とガンランスの守りを生かし、ドスギアノスの猛攻を封じ込める。
ノエルとドスギアノスが一進一退の攻防を繰り広げているうちに、ヴァイスとルナは肉薄して斬撃を放つ。鉄刀とツインダガーの斬閃が迸り、ドスギアノスの鱗を穿ち斬る。
「ギャアアアアァァァァァァァァァァッ!」
三人の反撃を食らい、ドスギアノスも熱り立つ。
自慢の脚力で痩躯を宙に踊らせ包囲網を突破すると、そのまま四人から距離を取る。
包囲網を突破された剣士の三人は、当然その間合いを詰め寄ろうと動き出す。その様子を、ドスギアノスは迂愚なものだという視線で見据え、そして高らかに咆哮した。
鳥竜種特有の甲高い鳴き声が辺りに轟くと、何処からもなくギアノスたちが再び姿を現してくる。
ざっと目視で確認する分には、現れたギアノスの数は六体だ。しかし、その六体が姿を現したのはヴァイスたちの遥か後方であった。
しまった、と頭で理解した時には手遅れだ。前衛を務める面々が一時的にアーヴィンから離れた瞬間を見計らって、ギアノスたちが単独になったアーヴィンを完全にマークした。
「なるほど。まんまと嵌められたというわけですか……!」
口では冷静に現在自分の身に降りかかった状況を述べるアーヴィンも、背中には冷や汗が伝わっているのを生々しく感じている。迂闊に動くことは出来ない。金縛りにあったかのように身動きが取れない状況だ。
敵の魂胆を理解したヴァイスたちも急いで後退しようとする。しかし、ドスギアノスは再び跳躍して、今度はヴァイスたちの前に立ち塞がる。ドスギアノスがヴァイスたちとアーヴィンの間に割って入ったことで、パーティーが完全に分断されてしまう形となる。
「くっ……!」
ここまでいいように追い込まれると、ヴァイスにも明らかな焦りの色が見えてくる。
アーヴィンの射撃の腕はクートウスの中でもこの上無い。しかし、ガンナーが一度に複数体の、しかも体裁の取れたモンスターを相手取ると言えば話は二転三転する。
おそらく、三人相手でもドスギアノスを潜り抜けアーヴィンの援護に向かうのは難しいだろう。そして、いくらアーヴィンであっても、あの数のギアノスを一人で対処するのにも限界がある。
頭の中で徐々に浮かび上がってくる、“詰み”という二文字。だがしかし、それでもこの状況を打破出来ないわけではなかった。
「出来れば、もう少し有利な状況で使いたかったが……!」
追い込まれた状況下でとやかく言っている余裕は無い。ヴァイスは目的の物をポーチから取り出すと、そのまま右手を大きく振り上げ、拳大の大きさの物体を地面に叩きつける。
「目を瞑れ!」
ヴァイスが声を上げてから間を置かず、眩い閃光が辺りを走り抜ける。視界を焼き尽くすかのような強烈な閃光を食らい、ドスギアノスとギアノスたちがたまらず悲鳴を上げる。
ヴァイスが使用したのは、今回の試験で二つだけ支給されていた支給専用閃光玉だ。本来ならこちらが優位に立てる絶好のタイミングで使用したかったが、この状況では出し惜しみしている場合ではない。
しかし、支給品とはいえ、その効果は絶大だった。目の前で閃光を食らったドスギアノスはもちろん、後方で屯していたギアノスたちもその餌食となり、群れ全体が混乱状態に陥っていた。
「今のうちにアーヴィンの援護に行くわよ!」
「あぁ、分かってる!」
ルナの言葉に応じてヴァイスとノエルも走り出し、アーヴィンの元へ急ぐ。
「加勢するぜ、アーヴィン!」
「ありがとうございます。お願いします、三人とも」
三人はそのままアーヴィンの傍を駆け抜け、未だにもがき苦しむギアノスたちに向かって行く。
対して、アーヴィンも黙って援護されるわけではない。三人がギアノスたちに肉薄するよりも一足早く、ボーンシューターを構えて弾丸を撃ち出す。
四人掛かりで、しかも閃光玉で目が眩んでいるギアノスたちを討伐するのには、それほど時間を要する必要は無かった。流れるような連携と立ち回りで次々とギアノスたちを蹴散らしていく。そして、ドスギアノスが視力を取り戻した時には、既に部下たちの姿は冷たい雪の中に沈んでいた。
更に次の瞬間には、そのギアノスたちを倒した三人がドスギアノスに向かって行く。正面からはノエルが。側面からはヴァイスとルナが肉薄し、後方からはアーヴィンの的確な援護射撃が行われる。
自分たちの連携を更に上回ってくる侵入者に、さしものドスギアノスも頭に血が上る。
「キャアアアアァァァァァァァ、キャアアアアアアアァァァァァァァァッ!」
虚空を睥睨し、ドスギアノスが姦しい鳴き声を上げる。獲物に向けられたその眼光は血走り、息遣いも激昂して興奮しているかのように荒々しい。
いや、ドスギアノスは実際に激しい怒りを覚えているのだ。ここまで様々な手を尽くしてきたが、それでも目の前の四人を捉えることが出来ない。それにも及ばず、自分が追い込まれているような状況だ。知性、というよりは野生の勘でそう判断したであろうドスギアノスが遂に動き出す。
「ドスギアノスもだいぶ興奮しているようだ、気を付けろよ!」
ヴァイスがそう警告を飛ばしたのと同時、ドスギアノスが跳躍する。それは今までからは考えられないような速度で宙に舞い上がり、人間では到底想像出来ないような高さからドスギアノスが落下してくる。
「なぁっ――!?」
モンスターが怒り状態になれば、今までとは比べ物にならないほどの力を発揮する。
理屈ではそう理解していても、やはり実際に目の当たりにすると、あまりの威圧に身体が一瞬竦んでしまう。
そして、その一瞬が命取りになる。普段よりも反応が遅れてしまい、その隙にドスギアノスは易々と付け込んでくる。最も手短なノエルに狙いを定めていたドスギアノスが、遥か頭上から腕を振り下ろす。咄嗟に盾を構えようとするが、それでも遅い。頭部への直撃は避けたとはいえ、身体に打ち付けられた腕の勢いにノエルの身体も簡単に吹っ飛ぶ。
「ぐわぁっ!?」
「ノエル!」
派手に宙を舞ったノエルの身を案じ、アーヴィンが駆け寄る。
「う、ぐっ……。いってぇ……!」
「大丈夫ですか?」
「あぁ。これくらいなら、まだまだ全然大したことはない。……しっかし、アイツもやってくれるじゃあねぇか」
ゆらゆらと身体を持ち上げ、ノエルがドスギアノスに鋭い視線を送る。ドスギアノスは、対してノエルの煮え滾る怒りを冷ややかな様子で受け流す。やれるものならやってみろ、と挑発するかのように。
しかし、ノエルに残った多少の冷静さが、感情に任せて身体が動くのを抑制する。アーヴィンに援護を任せ、自分は一旦後退することにする。
ドスギアノスは、見す見すノエルを逃がすまいとするが、ヴァイスとルナに阻まれて易々と追撃を諦める。
だが、ノエルの代わりに標的に絞ったのはその二人だ。左右挟み込むように位置していようが関係ない。二人まとめて始末しようと自棄になって、ドスギアノスが周囲を薙ぎ払う。力任せに繰り出された一撃でも、その威力と速度は段違いだ。二人は回避しようと試みたものの、振り抜かれた尻尾が身体を掠めて体勢を崩してしまう。
それでもヴァイスたちは、ドスギアノスに痛手を負わせられるほどの隙を与えない。アーヴィンの援護のおかげもあって、ドスギアノスの注意も僅かに逸れることもあった。掠り傷程度なら何とか耐え抜き、僅かな隙を見計らっては斬撃を放つ。
そうしてしばらくは交戦が続いた後、一時後退していたノエルがドスギアノスの後方から肉薄した。アイアンガンランスを正面に構え突き出し、近接砲撃を放つ。砲撃を受けて怯んだドスギアノスを目の前に、ノエルは手元のリミッターを解除し、そして手元の引き金を一層強く引き絞った。
アイアンガンランスの銃口から炎が吹き上がり、灼熱の熱気が周囲の氷雪を溶かし尽くす。ドスギアノスもその異変に気付き、ノエルに食い掛ろうとする。だが、その瞬間にはもう遅い。ガンランス最大の一撃、竜撃砲を回避するなど不可能だった。
「吹っ飛びやがれ!!」
紅から蒼へ。高熱を帯びた銃口が一際大きく咆哮すると直後に凄まじい爆音を撒き散らして、爆発と共にノエルの前方を焼き尽くした。ここぞとばかりに繰り出した竜撃砲の威力はまさに圧倒的で、それをまともに食らったドスギアノスの身体は玩具のように宙を舞い、後方へ大きく吹き飛ばされた。
「ギャアアアアァァァァァァ―――――――――――――――――――――――ッ!?」
喉が潰れてしまうのではないかというほどに声を張り上げ、ドスギアノスが悲痛に叫喚する。
狙い通りどころか、予想を上回る展開となり、ノエルも知れずとガッツポーズする。
しかし、いつまでも余韻には浸っていられない。昂る感情は内に抑え、ノエルは自動冷却を開始したアイアンガンランスを構えたまま再びドスギアノスとの間合いを詰める。ノエルの動きに一歩遅れ、ヴァイスとルナも援護に向かう。
その様子を、未だに苦痛の悲鳴を上げるドスギアノスが視界の端で捉えた。這々と身体を持ち上げ、滾る怒りに任せて尻尾を振り抜く。間断なく暴れ回るドスギアノスが、周囲に群がる三人を蹴散らす。
辛うじてノエルだけは盾で防ぐことが出来たが、ヴァイスとルナは回避すらままならずそのまま吹っ飛ばされる。
「二人とも、無事ですか!?」
後方から援護射撃を続けていたアーヴィンが、スコープから一旦顔を上げてヴァイスとルナの安否を確認する。どうやら、防具がうまく機能してくれたようで二人とも痛手は避けられたようだ。心配するアーヴィンに向かって、互いに手を上げて無事であることを伝える。
しかし、安堵したのも束の間、ドスギアノスが更なる追撃を始める。ドスギアノスとて、ここまでの痛手を負わせた相手を見す見す逃すはずがない。その体力は頽れることを知れず、ドスギアノスの身体が再び宙に舞い上がった。
「来るぞ、散開だ!」
ヴァイスに言われるまでもなく、ルナとノエルもすぐさま回避行動を取る。それから間を置かず、今まで三人のいた中心辺りの場所にドスギアノスが着地する。しかし、着地した後も動きを止めることなく、雪原を再び疾駆する。
「ちっ、標的は俺かよ!?」
竜撃砲でいとも容易くぶっ飛ばされたことの腹癒せなのか、ドスギアノスが目を付けたのはノエルだった。体勢を整えられていないノエルの元まで一気に詰め寄り、鋭利な牙を光らせて噛み付きかかる。
直後に耳を貫く鋭い金属音。ノエルは体勢を崩しながらも、盾で何とかその牙を防ぐ。しかし、この状態で分が悪いのは明らかにノエルであった。力負けしたノエルは一気に押し切られ、遂に無防備な姿を晒してしまう。
ドスギアノスが頭を持ち上げ、牙を剥き出しに噛み付かんとする。だが、寸でのところでヴァイスが横槍を入れることに成功する。一歩遅れてやって来たルナとアーヴィンがドスギアノスを惹き付けているうちに、ヴァイスがノエルを連れて後方に下がる。
「わりぃ、マジで助かった」
「気にするな。それよりも、今は目の前の敵に集中しよう。まだまだ気を抜けない状況だ」
「へへっ、分かってる」
ヴァイスがそう口にすると、ノエルはその顔に不敵な笑みを浮かべてみせる。そのノエルの様子を見たヴァイスは頷き返すだけで、そうするとドスギアノスに向かって走り出してしまった。
「やってやるさ」
自らを鼓舞すように頬を叩き、改めてドスギアノスの姿を見据える。ポーチから回復薬を取り出し、瓶の中身を一気飲みすれば、身体の疲労も消えていく。
まだまだ戦える。
そうして自分に言い聞かせれば、俄然士気も漲ってくる。
「――しゃあぁっ!」
気合いを新たに、地面に積もる雪を蹴り上げてダッシュする。側面からドスギアノスとの距離をどんどん詰めていき、そしてあと数歩で自分の間合いに持ち込めるところまで来た。
その時、ドスギアノスがこちらを振り向く。再びやって来たノエルを寄せ付けまいと反撃を試みるが、それでも遅い。背中に背負ったアイアンガンランスの柄に手をかけ、そして間合いに踏み込んだ瞬間にアイアンガンランスをぶん回すように振り抜いた。体当たりを繰り出そうとしていたドスギアノスの身体に、アイアンガンランスの矛先が深々と突き刺さる。さらにその位置から引き金を振り絞り、両者がほぼ密着した状態で砲撃を放つ。
「オオオォォォォォォォォォォォッ!?」
爆発の衝撃でドスギアノスの身体は宙に舞い、たまらず悲鳴を上げる。
その隙にヴァイスとルナは再び追撃し、ドスギアノスに肉薄する。
射撃を続けるアーヴィンも、ここが勝負どころだと踏んだのだろう。弾倉に残っていたLV2通常弾をありったけ撃ち尽くし、ポーチから新たな弾丸を取り出した。ドスギアノスが苦手とする火属性の弾丸、火炎弾。改めてその弾丸を装填すると、スコープ越しに映るドスギアノスの頭部から視線を外さないまま引き金を引く。銃口から放たれた火炎弾がドスギアノスの頭部に真っ直ぐ飛来し、着弾と同時に激しい炎が巻き起こる。
意識していなかった位置からの、苦手とする炎の射撃。ドスギアノスの関心は、肉薄してくる二人から当然のようにアーヴィンに移った。跳躍して二人の頭上を飛び越え、一直線にアーヴィンの元へ襲い掛かる。
アーヴィンもまた、すぐに動けるように身構える。しかしながら、それでもアーヴィンはその場から動く素振りを見せない。
今度こそ、もらった。そう確信したであろうドスギアノスであったが、突如目の前に別の影が割り込んだ。
身体に走る鋭い痛み。この屈辱は、つい先ほど感じたばかりのものだった。ドスギアノスとアーヴィンの間に割り込んだのは他でもない、ノエルだった。
「助かりました、ノエル」
「おうよ!」
アーヴィンの礼に答え、ノエルが近接砲撃をかましてドスギアノスを蹴散らす。容易く振り解かれてしまったヴァイスとルナも追いつき、今度はノエルも加わってドスギアノスの動きを封じにかかる。
その隙にアーヴィンは立ち位置を変更して、射撃を行うのに適切な間合いまで後退する。弾丸は火炎弾を選択したまま、尚も頭部を狙い撃ちする。
その援護を受けて、前衛の三人も踏ん張る。竜撃砲と近接砲撃を使用し続けた影響でアイアンガンランスの切れ味の鈍りを感じ始めたノエルも、上手いことドスギアノスを惹き付け囮役に集中する。ノエルの懸命な努力を無下にするわけにもいかない。各々の獲物を握る手にも自然と力が入り、鋭気の籠った斬撃を幾度となく叩き込む。
途中、ドスギアノスの持ち上げた右足に引っ掛かり、ヴァイスが体勢を崩して尻餅をついてしまう。だが、湧き上がる気炎に任せて立ち上がり、その気力を鉄刀に宿すイメージで気刃斬りを放つ。最後に繰り出した大上段からの一撃は、鉄刀から伝わる鈍い感覚と共に、柄を握る手に鋭い痛みが走る。どうやら、刃の通りにくい部位に命中してしまったようだ。
だが、ヴァイスの一撃で、これまでに蓄積したダメージが限界を迎えたのだろう。ドスギアノスの身体が大きく怯み、鼓膜を突き破ろうかという悲鳴が惨く響き渡る。
しかし、それでも決定打にまでは至らない。体勢を崩しながらも、ドスギアノスは何とか地に足を付けて踏み止まり、強い意志を秘めた眼光で睥睨する。
「これでも甘いか……!」
会心の一撃でなかったとはいえ、確かな手応えを感じられた斬撃だった。しかし、生半可な一撃ではドスギアノスを仕留めるのは不可能である。そのことをまざまざと痛感させられる瞬間だった。
「また来るわよ!」
ルナが警告すると、ドスギアノスも同時に動き出す。気刃斬りを受けて痛手を負ったにも関わらず、そんな様子を感じさせない身のこなしで跳躍し、ヴァイスの眼前に飛び降りた。
「くそっ!」
標的にされたと理解した途端、ヴァイスもドスギアノスとの距離を取る。だが、後退したヴァイスに対し、ドスギアノスは尚も追撃を試みる。
ヴァイスからドスギアノスを引き離そうとノエルとルナも食い付くが、それでもその動きを止めることは出来ない。徐々にヴァイスは追い込まれていき、いよいよスタミナも底を突こうかという時、ドスギアノスが再び宙へ舞う。
「駄目だ、避けられない……!」
回避しようにも、スタミナを消費した状況ではまともに身体を動かすことさえままならない。来る衝撃に備え身構えようとしたヴァイスであったが、ドスギアノスはヴァイスを捉えようとした寸でのところで吹き飛ばされてしまった。
「っ!?」
想定外の出来事を目の当たりにし、ヴァイスも思わず硬直してしまった。
「何とか、間に合った……!」
だが、その硬直を解いたのは、荒い息遣いと共に放たれた安堵の言葉だった。
ドスギアノスがヴァイス目掛けて腕を振り下ろす寸前、横槍を投げ入れたのはルナだった。ルナは開いていた自身とドスギアノスとの間合いを一気に殺し、ドスギアノスの真横から斬撃を叩き込んだのだ。決死の行動が功を奏し、ヴァイスは何とか無事で済んだのだ。
「すまない、ルナ。本当に助かった」
呼吸を整えながらヴァイスが礼を述べると、ルナは振り返って「お礼なんていいわよ」と静かに口にする。
「それよりも、今は目の前に集中、でしょ?」
つい先ほど自分が口にしたはずの言葉を反復され、ヴァイスも自然と苦笑を浮かべる。
「二人とも。ドスギアノスの奴が逃げて行くぞ」
そう言われてヴァイスとルナが視線を向けると、ドスギアノスはこちらに背を向け走り去っていく最中だった。
雪原を苦もせず走り抜けていくドスギアノスを追おうとはせず、ルナがその場にへたり込んだ。考えてみれば、開いていた間合いを全力で詰めて来たのだ。ルナが消耗してしまうのも当然だった。
「大丈夫か?」
「それはこっちのセリフよ! まったく、ヴァイスの身に何かあったら、私は――!」
「それについては、心配をかけさせて悪かったと思ってる。本当に助かった」
つい先ほどの出来事を思い返しながら、ヴァイスがルナに頭を下げる。
あの場面でルナが助けてくれていなければ、あるいはヴァイスは大怪我を負っていた可能性もある。今のヴァイスには、ルナの言葉を否定する資格も無かったのだ。
「まぁまぁ、ヴァイスが無事で何よりということで。それに、これで安堵しているわけにもいかないでしょう」
二人の会話に割って入ったアーヴィンが、ヴァイスに助け舟を出す。その上で、まだまだ気を抜けないのだということを促す。
「そうだな。万全の体勢を整えて、ドスギアノスを仕留めよう」
ヴァイスの言葉に頷き返し、四人はそれぞれ体勢を整える。
回復薬、携帯食料、砥石、調合素材。利用出来るものは惜しみなく使用し、ヴァイスの言うとおり万全を期す。
手短に最後の小休憩を終えると、ヴァイスは立ち上がって三人を一瞥した。
「行こう。次のエリアで確実に決めるぞ」
並々ならぬ決意の籠ったヴァイスの言葉に、三人は無言で首肯する。
長かったドスギアノスとの対峙も、次で終止符を打つのだ。パーティー全員、抱く気持ちは同じだ。誰しもがそんな決意を胸にする。
そして、いよいよドスギアノスが向かったエリア6に歩を進め始めた時である。殿を務めるヴァイスの足が不意に動きを止める。
背後から感じる、何者かの気配。殺気めいた者の視線を背中に感じ、ヴァイスは思わず後ろ手を振り返った。
しかし、現在このエリアに留まっているのはヴァイスたちだけであり、小型モンスターの影一つすらありはしない。ヴァイスの視線の先にあるのは、何の変哲もない切り立った岩肌の斜面だ。
「どうしたのですか?」
不審に思ったアーヴィンが足を止めてヴァイスに尋ねる。
「……いや、何でもない。どうやら、俺の気のせいだったらしい」
だがヴァイスも、その気配がただの思い違いだろうと頭を切り替え、三人の元へと急いだ。
ヴァイスが合流するのを待って、四人はエリア7を後にした。
だが、激しい対峙を繰り広げた地上から岩肌の上方。迫り出した岩盤の影からその姿を見下ろす一つの影があったことを、その時四人は知る余地もなかった――。