焼けるような背中の痛みを堪えつつ、ヴァイスは黒刀【参ノ型】を片手にリオレウスに接近していく。
既に、少女はエリア9へと逃がした。この場にいるのはヴァイスとリオレウス。まさに、一騎打ちという状況だ。
しかし、ヴァイスは先ほどの炎ブレスのダメージを回復出来ていない。その隙が無かったのだ。
閃光玉を使えばその隙を作るのは簡単だ。だが、ヴァイスはポーチから閃光玉を取り出すことはなかった。
感覚が麻痺し背中の痛みでさえその感覚が失われつつあった。だが、それでもヴァイスは止まらない。止まってはいけない気がしたのだ。
「ゴワアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!」
リオレウスが再び炎ブレスを放ってくる。その数は三発。それらを掻い潜り、ヴァイスはリオレウスに肉迫した。
黒刀【参ノ型】を上段から斬りつけ、そのまま基本の型に繋ぎ斬撃を浴びせる。
しかし、リオレウスも黙ってはいない。ヴァイスの斬撃を振りきり、上空へ舞い上がった。
「くそっ……」
剣士のヴァイスにとって、上空へ逃げられたリオレウスを攻撃する術はない。黒刀【参ノ型】を鞘に収め、リオレウスの様子を窺う。
リオレウスは、上空から炎ブレスを繰り出すかと思われた。だが、リオレウスはヴァイスに見向きもせず滑空を始めた。
それは、エリアを移動するためではない。空の王者という異名通り、上空からヴァイスを捕らえるつもりなのだ。
「どこから来る……?」
ヴァイスは注意深くリオレウスを目で追った。
エリア3上空を悠然と滑空する姿は、まさに空の王者と言うのに相応しい。そのリオレウスに上空から捕らえられればどうなるだろうか。毒性の爪の餌食になるか、そのまま体当たりされるか。どちらにせよ、警戒を解くわけにはいかなかった。
そして、リオレウスが突然動きを見せた。
北へ向かっていたリオレウスはその身を翻し、ヴァイスに狙いを定めた。上空から一気に滑り降り、ヴァイスに突撃していく。
「くっ!」
その精密かつ的確な攻撃は走って回避できるものではない。身体を投げ出す形で緊急回避する。
「ガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ!」
飛び退いたヴァイスの背を掠めるようにリオレウスが通過して行った。緊急回避を行っていなければ、毒を含んだ爪の餌食になっていただろう。
滑空攻撃が不発に終わったリオレウスはエリア中央に舞い戻ってきた。地響きと共に、リオレウスが着地する。
その瞬間を、ヴァイスは狙った。
着地時に生じる風圧に飛ばされないよう注意しつつ、リオレウスの背後から斬り込む。突き、斬り上げ、斬りつけ、斬り下がる。リオレウスの反撃に備え、ヴァイスは余裕を持って立ち回る。
肉迫されているのに気付いたリオレウスは、ヴァイスを蹴散らすべく尻尾で薙ぎ払おうとする。しかし、それを先読みしたヴァイスはリオレウスの足元に飛び込み、逆に反撃に転じる。
「ウオオオオオオォォォォォォォォォォォッ!?」
蓄積したダメージの影響か、リオレウスが悲鳴を上げる。その隙に、ヴァイスはリオレウスから距離を取る。
リオレウスの討伐には、そう時間を要すことはない。だが、ここで焦るのは禁物だ。深追いせず、着実に討伐に持ち込む。それこそが、ヴァイスの本来の狩猟スタイルだ。
薙ぎ払いが空振りに終わったリオレウスは、ヴァイスを正面に捉え突進を開始した。
それも危なげなく回避したヴァイスが、ふとこんなことを口にする。
「あの尻尾を斬り落せられれば……」
緩慢に揺れるリオレウスの尻尾に視線を向けながらヴァイスは呟く。
リオレウスは、自身の尻尾を自分の意志で動かしているのではない。身体の動きに合わせて尻尾も付いてくるといった形だ。それこそ、リーチの長い尻尾を斬り落せたならば、リオレウスに攻撃を繰り出すことが容易になるはずだ。
ヴァイスがポーチに手を突っ込む。
「閃光玉は……、あと一つか」
既に、持ち込んだシビレ罠は使ってしまった。リオレウスの動きを止める手段として残されたのは、この閃光玉。だが、それもあと一つしか残されていない。
動き続ける尻尾一点に攻撃を集中させるのはなかなか容易ではない。加えて、ヴァイスもリオレウスも手負いである。つまり、この閃光玉一つでリオレウスの尻尾を切断出来なければ、それは尻尾の切断が失敗に終わるということを意味する。
「賭けてみるか」
その一言にヴァイスが決断した意思が込められていた。
リオレウスがこちらに振り向いた瞬間を狙って閃光玉を投擲する。白い閃光が辺りを塗り潰し、遅れてリオレウスの悲鳴が聞こえてきた。
ヴァイスは閃光玉が効いたかどうか目視せず、一気にリオレウスに走り寄った。
リオレウスの背後に回り込み、黒刀【参ノ型】を振るう。視界が潰されても、敵に攻撃されているのはリオレウスも分かっている。必死になって振り払おうと、闇雲に尻尾で薙ぎ払う。
しかし、ヴァイスも食い下がる。黒刀【参ノ型】の軌跡はリオレウスの尻尾を確実に捉える。
そして、その時が来た。
ヴァイスの放ったうちの一撃がリオレウスの尻尾に命中する。その一撃は、リオレウスの尻尾を見事に先端から斬り落とした。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」
今日一番となるリオレウスの悲鳴が轟いた。
尻尾を切断され、地面に倒れ込むリオレウスの姿は無残なものだった。ボロボロになっても、ハンターに向かってくる。
そう。モンスターも生きるために、その命を賭けている。例えその身が傷つけられても、自分が生き残ればそれこそ大勝利だ。
ハンターも、同じである。
名声か。莫大な賞金か。それとも、別の理由か。ハンターを駆り立てる意志は人それぞれだ。
リオレウスは生きるために、戦う。
だが、ヴァイスはこの戦いでの勝利に名声も、莫大な賞金も望んでいない。
目の前にいる人を。守ると決めた人を、ただ守りぬくために。今、ヴァイスはリオレウスと戦っている。命を賭すこの戦いに、その意志に駆り立てられる。
「うっ!?」
接近したヴァイスがリオレウスの突進に吹っ飛ばされた。突然の動きだったために回避が間に合わなかった。
ヴァイスの方も、状況は決して楽だとは言い難い。
先の炎ブレスのダメージを始め、疲労が蓄積している。ヴァイスの体力が底を突くのは時間の問題だ。
「取りあえず回復を……」
リオレウスが更なる追撃を行ってこないことを確認し、応急薬を二本飲み干す。身体は幾分か楽になった。これなら、まだ動けると判断する。
突進を終え、体勢を立て直そうとするリオレウスに再度接近を試みる。
リオレウスは、そのヴァイスの接近を許さんと炎ブレスを放ってきた。それは、リオレウスの前方三方向に着弾したが、ヴァイスがそれを回避する。
黒刀【参ノ型】を鞘から抜き放ち、斬撃を繰り出す。
「ゴワアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
リオレウスが周囲を薙ぎ払う。だが、今まで勢いよく薙いでいた尻尾は、そこにはない。リーチの短くなった攻撃を回避することなど、ヴァイスには容易だった。
立ち位置を変えつつ、着実に斬撃を浴びせるヴァイス。リオレウスには、もう打つ手は無かった。
「オオオオオオォォォォォォォォォォォォォッ……」
身の危険を感じ、リオレウスがこのエリアから立ち去ろうとする。ボロボロになった、その身を引き摺るようにして。
その様子を見たヴァイスは、黒刀【参ノ型】を握る手により一層の力を込めた。
「逃がすか!」
この場所で、全て決める。ヴァイスはそう決心していた。
背を向け懸命に立ち去ろうとするリオレウスにヴァイスは斬撃を浴びせ続けた。
そのヴァイスの意志が、リオレウスに打ち勝った。
脚部に斬撃を集中させていたためか、リオレウスの脚から突如として力が抜け地面に崩れ落ちた。
これ以上の好機はない。ヴァイスは、すぐさまリオレウスの頭部を捉え直し斬撃を放った。
突き、斬り上げ、斬りつけ。仕込まれた太刀捌きで以ってリオレウスに挑みかかる。
刹那、リオレウスと目が合った。その蒼眼がヴァイスを睨み付ける。人間としての本能か、恐怖が込み上げ身体が震えている。だが、ヴァイスは怯まない。
未だに生きる意志を宿した瞳の持ち主を目の前に怯むことなど許されない。
偉大なモンスターに。この空の王者に敬意を表しつつ、ヴァイスが決めにかかる。
「いい加減、終わらせよう」
その一言と共にヴァイスが大きく息を吐き出す。気を集中させ、それを黒刀【参ノ型】の刀身に伝わせる。裂帛の気合いと共に、その斬撃を放つ。
今までとは違う、大きな弧を空中に描き斬りつける。直後、その切っ先を逆回転させ再び斬りつける。続けて、小さく斬り払うかのように斬撃を繰り出す。そして、黒刀【参ノ型】を大きく振り上げた。
「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
紅き流星の如き軌跡が、大上段から尾を曳いて閃いた。その一撃は、リオレウスの頭殻を穿ち、同時にこの狩猟に終止符を打つ一撃となった。
これが、太刀使いの奥義とも呼べる技。
「ウオオオオォォォォォォォォォ……」
地面に伏していたリオレウスが力なく咆哮する。そして、リオレウスが立ち上がることは二度と無かった。
「終わっ、た……」
ヴァイスは、思わずその場にへたり込んだ。
辛い狩猟であった。だが、この狩猟で自分が目指すべき道を思い出すことが出来た。
「あの
リオレウスを無事に討伐できたとはいえ、それだけは気掛かりなことだ。皮肉な出来事ながらも大切なことを思い出させてくれた彼女の安否が。
リオレウスと斬り落した尻尾から剥ぎ取りを行ったヴァイスは、少女を逃した場所――エリア9に向け急いだ。