暗くない死ネタ
桜舞い散り、沈みゆく夕日を眺めながら、猛き炎は眠るように黄泉の国へと旅立った。
火の番をしているカムラの里の若い面々は、猛き炎は言葉通りに天寿をまっとうしたのだ、と酒を飲み交わしている。
「まぁ、ちょっと人間の寿命を超えすぎてた気がするけど……」
「……あの方幾つだったっけ?」
などと、夜通し話をしながら朝を待つ
そんな和やかな空気の中、ただ二人の竜人族の姉妹はじっ、と猛き炎の眠る顔を見つめていた。
「……穏やか、ですね」
「えぇ、本当に」
穏やかに、安らかに、満足気に目を閉じた猛き炎。
その目は二度と開くことは無い、なのに
見送ってきた他の家族達とは違い、不思議と寂しさは少ない
「長く一緒に居たからかしら?」
「……どうでしょうね」
里の人間の誰よりも長く生きる。
遥か昔、猛き炎は双子の姉妹に突然そう宣言した。
その時はハンターをしている者には難しかろう、と笑ったものだったが
まさか、本当にやり遂げるとは思わなかった。
……姉妹は明日の事を考える。
明くる朝、猛き炎は煙になって天へと昇っていく
その時に、もしかしたら、自分達は酷く悲しくなってしまうのかもしれない
そしてそれは、身も心も耐え難いものになるだろう
「少しだけ……怖い気がします」
「そうね……」
耐え難い痛みを抱えて、自分達はこれからを生きていけるだろうか?
考えていても仕方の無い事ではあるが、どうしても頭に浮かんでしまう。
この人が居ない朝を、私達は迎え続けるのだ。
「きっと笑顔で送り出しましょうね、ミノト」
「はい、姉様」
ゆっくりと白んできた空を見上げる。
……私達と猛き炎の別れの朝がやってきた。
明るく晴れ渡った青空の下、炎に包まれた棺桶が煙となって昇っていくのを見上げている。
姉妹の周りでは、猛き炎を見送る里守が思い思いの言葉を空へ向けて叫んでいた。
大往生、長寿が過ぎるぞ、炎の英雄。
全ての掛け声が明るく前向きなものばかりなのは、猛き炎の人柄が故なのだろう
「賑やかですね、姉様」
「えぇ」
お祭りでもしているかのようの騒がしさは、姉妹の心を少しだけ軽くしてくれる。
いつもなら隣にはあの人が居て、自分はまだまだ生きていく、と強く言っていたものだが
「もう、居ないのね……あの人は」
じわり、じわりと喪失感が姉妹を襲う
足元から冷たい何かがせり上がり、力が抜けていく感覚。
そんな時だ。何かが破裂した様な、大きな爆発音が響いたのは
狩猟で使う爆弾とも違う、異質な破裂音に里の若い面々が慌て出す。
「なんだ?! 敵襲か?!」
「……違う! 空だ、空を見ろ!」
里守が指さす空には、煙が昇っては消えている。
猛き炎のものとは別の、鮮やかな色の煙が
「何だありゃ……?」
パン、と破裂したかと思えば、ひゅるひゅると昇っていき、雷鳴の様な音を空に響かせて火花が散る。
「あ! これ……花火か!」
赤色、青色、黄色。
火花が弾けた先から、色の着いた煙がゆらゆらと風と共に落ちていく
音の正体が分かれば、騒然としていた場は落ち着きを取り戻し、里の面々は打ち上がる花火を見上げては歓声を上げる。
「一体誰が打ち上げてるんだろうな」
大きく開いた煙の花。その先端からパチパチと火花が咲く
「旦那さんニャ」
悲しむ事も忘れて花火に見入っていた姉妹に話し掛けたのは、猛き炎のオトモだ。
この子を自分の最後のオトモにする、と言っていたのはいつの事だったか
「あの人が?」
「……ずっとずっと昔から、準備をしてたニャ」
自分の最期の日にこれを打ち上げるのだと、己の身体が動かなくなる時まで作業をしていたそうだ
その後、作業を引き継いだオトモが、今日この日まで猛き炎との約束を守り、打ち上げ台の整備をしていたが
「やっと約束を果たせましたニャ」
満足気なオトモを見つめていた姉妹は、再び空を見上げる。
二つの煙がゆらゆらと交わり、風に乗って溶けていく
この景色が何とも"それらしく"て二人揃って笑い出す。
「……あの人らしいですね」
「えぇ、本当に」
遺された姉妹の瞳に、もう悲しみの色はない
━━今日は我が里の英雄、猛き炎の葬列の日。
青い空に広がる火花と煙の花は、姉妹の強い希望もあり、歳歳の行事として受け継がれていくのは、また別の話。
ーいつかの話ー
あぁ、これが走馬灯と呼ばれるものだろうか?
懐かしい記憶が蘇る。
○○○
「昼花火を上げる? ……そりゃまた何でだよ?」
猛き炎はある計画を幼なじみに話して聞かせた。
「あぁ、なるほどな……竜人族は長命だもんな」
その計画を聞いた二人は一も二もなく頷いて、さっそく作戦会議を始める。
色々な意見が行き交い、打ち上げる場所の算段がついた後
「先ずは打ち上げ台だろ!」
そう言って立ち上がったのは、鍛冶師のミハバだ。
「何年経とうが壊れないモンを作ってやるぜ! ヒノエさんの為に!」
隠しておいた秘蔵の鉄を使う時が来たな!
そう言うと、懐から畳まれた紙を取り出して、大きく広げたそこに設計図を書き出す。
「お前達でも整備出来るような作りを考えないとな」
ーーまぁ、俺が一番長生きするけどな!
○○○
「うーん……やっぱり色が地味だよな……」
打ち上げ台が出来上がって、一番最初に上げた花火は、それはもう酷いものだった。
花火玉の製造に問題は無かったのだが、如何せん色が全く出ないのだ。
「ここら辺の火薬じゃ、これが限界かもな……」
どうする? これでは自分達の計画が頓挫してしまう
「……外はどうだ?」
突然どういう事だろう、幼なじみの話に耳を傾ける。
「ここじゃダメなら外つ国から色がつく火薬を取り寄せたらいいんじゃないか?」
……それだ!
盛り上がる猛き炎とミハバを横に、ホバシラの跡を継いだツリキが、書類に火薬の字を書き加えた。
○○○
弾道、風向き、猛き炎がそれらを計算し、打ち上げられた花火は天高く昇り、青空に色とりどりの煙の花を咲かせる。
「成功、した……?」
「みたいだ、な……?」
ゆらりと薄れる煙の後に、漸く理解が追いついた幼なじみ達は、歓喜の声を上げて飛び上がった。
ひとしきり盛り上がった後、ツリキは静かに呟く
「あとは、整備しながら時を待つだけか」
「……そうだな」
この計画が成功した瞬間の竜人族の姉妹達の反応を想像すると、期待半分、不安半分、と何とも落ち着かない気持ちになる。
「喜んでくれるといいな」
彼女達が笑って生きてくれるなら、きっとそれが恩返しになるだろう
「よし! じゃあ……誰が一番長生きするか、勝負だな!」
老いてもなお、力強く鉄を打つミハバに、経験を積んで、洞察力が磨かれたツリキ
そして、この里を束ねる長となった猛き炎
この競走の勝敗は、時が決めるだろう
○○○
……そんな事もあったな
猛き炎は遠く過ぎ去った日々を思い出す。
寝室の窓から、桜の花びらが一枚手の中に舞い落ちてきた。
ふわりと漂う桜の香りと、子供たちの親を呼ぶ声。
あぁ、今日もとても良い日だ。
沈みゆく夕日を眺めながら、猛き炎はゆっくりとその瞳を閉じた。