今回の話は難産。シリアス99%らんすろ1%でお送りいたします。
冬木の倉庫場の奥、太陽が沈みきった夜にこれでもかと主張する獣のような殺気が発せられていた。
─────来い、俺は此処にいる。
まだ見ぬ英傑を引き寄せんとする強烈な闘気に、必ずや同類が引き寄せられると。
常時であってもソレなのだ。ソレに加えあらゆる時代、あらゆる英傑が集い争う聖杯戦争の開催の場なら尚更。
ただ一つの聖杯を求める英霊を召喚し戦わせる、魔術師による闘争。
アインツベルン、
今宵、冬木にて開幕する。
「─────漸く一人釣れたな」
倉庫街の開けた場所に、赤い魔槍を携える青い装束の青年がいた。
その紅い双眸が捉えるのは、二人の女。
「その槍、ランサーのサーヴァントと見受けるが」
「そういうお前はセイバーか? アーチャーって柄でも無さそうだしな」
しかし彼女の清澄な闘気と雰囲気から、三大騎士クラスであることが容易に察せられる。
自身がランサーであるならば、目の前の女はセイバー以外にありえない。
ランサーはそう見切りを付けた。
そして視線を横にずらし、マスターと思しき女性に目を向ける。
「その白い髪に紅い目……つまりアンタがアインツベルンのホムンクルスか」
槍兵に見据えられた瞬間、白髪の美女─────アイリスフィールは凍りつく。
ランサーから滲み出す莫大な魔力が、敵対者に対して指向性を持った。
ソレに浴びせられるだけで、アイリスフィールからまともな思考を奪い取る。
金髪の男装の麗人─────セイバーが、アイリスフィールを庇うように前に出るまでは。
「大丈夫です、アイリスフィール」
「あ、ありがとう。セイバー」
それだけでアイリスフィールは思い出す。
自らの頼れる騎士を、常勝不敗の騎士の王を。
その姿にランサーはフン、と鼻を鳴らし、
「こんだけ待って釣れたのはお前だけだ。全く、ホントに英雄が俺以外に居るか怪しくなってた所だぜ。まぁその分、骨のありそうな奴が釣れたが」
「ならばその身にたっぷりと刻んでやろう」
セイバーから蒼い魔力が風のように迸り、黒い男装様のスーツから白銀と青の鎧姿に変わる。
「ハッ、抜かせセイバー!」
ランサーも臨戦態勢になったセイバーに呼応するように、槍を構える。
二人の英霊が睨み合い、殺気と闘気をぶつけ合い、それに堪えきれなかった空気が、ミシミシと悲鳴をあげる。
両者が音速を超えて激突し、此処に第四次聖杯戦争の幕が上がった。
第四夜 開幕
その激突を観戦していた者達は、英傑は、様々な感想を吐露していた。
ある者は強い、と単純な力量に恐怖を覚えた。
ある者は面白い、と戯れに参加した事に僅かながらの悦びを覚える。
ある者は是非とも臣下に、と騒ぎ己のマスターとその助手の胃を攻め立てた。
ある者は己の運命を嘲笑し、天を仰いだ。
ある者はカップ担々麺を啜りながら、コレはコレでうまうま。
それはマスターでも同様。
例えば遠坂と言峰陣営。
遠坂時臣は自分の工房に引きこもり、同盟─────というより弟子扱いの部下の様な言峰綺礼の報告と、自身の使い魔で情報を得ていた。
綺礼は自身の召喚したアサシンの視覚共有を用いて、正史とは違い教会とは別の場所で戦いを観る。
「第四次聖杯戦争の公式第一戦。流石というか、両者ともパラメーターは高く、特にセイバーは大半がAランクです。宝具はまだ判明しませんが、恐らく相当の物かと」
『流石は三大騎士クラス、凄まじいな。だが、それでも英霊であるかぎりギルガメッシュには敵わない』
あらゆる英雄譚の原典であり、あらゆる宝具の原典を集め尽くしたギルガメッシュは、ほぼ全ての英霊に対して弱点を突くことが出来る。
星の数ほどの宝具の原典を有し、それを矢のように無造作に無尽蔵に撃ち放つ。
故にアーチャー。
故に最強。
それが遠坂時臣が召喚した、英雄王ギルガメッシュだ。
だがその力は如何に現代で一流の魔術師であろうと御しきれることなどあり得ない。
王としての在り方を体現する、我が強すぎるギルガメッシュならば尚更である。
臣下として礼を取り、この世に現界するのに必要な魔力を時臣が供給しているからこそ、ある程度便宜を図っているに過ぎない。
故に、サーヴァントに対する絶対命令権である令呪が無ければほぼ制御不能に近い。
実際には、令呪ですら与えられている三つ全て使われても下手をすると抵抗することが出来るのだが。
聖杯戦争とは、本来根源への道を開く為の魔術儀式だ。
故に冬木の聖杯はキリストの血を受けた杯ではなく、贋作だ。
しかしアインツベルンは聖杯の器を造り上げる偉業を成し遂げた。
地上で現存する最も真作に近い聖杯を作り上げたのだ。
だがアインツベルンはソコで行き詰まった。
アインツベルンは器を造ることは出来ても、中身を用意することができなかった。
その為の聖杯戦争。
その為の七体のサーヴァント。
彼等の魂を焚べる事で中身とし、根源へ辿り着く。
願望器など副産物に過ぎない。
魔術師として根源への到達を目指している遠坂時臣は、全てのサーヴァントを聖杯へ捧げなければならない。
七体全て。
つまり最後には己のサーヴァントを、令呪を以て自害させなければならない。
しかし時臣は不安に思った。
もし、令呪を以てしても最強の英雄王が抗った場合、自害させることができなかったのなら?
だからこそ、時臣は保険を欲した。
『
「心得ております」
言峰綺礼は自身の召喚したアサシンの事を考える。あれは文字通りの意味で毒婦であった。
綺礼は自らに刻まれた令呪を見る。
その令呪は既に一つ喪われていた。
あのアサシンは触れるだけで毒を盛れる。万が一にも時臣と綺礼を裏切る真似ができない様に二人に対しての『不触』を命じたのだ。
しかしその毒は喰らえば英雄王すら殺すだろう。
通常の状態なら蹴散らされるだけだが、令呪に縛られ、それに抗っている最中ならばギルガメッシュすら殺せるだろう。
時臣が勝ち進み敵のサーヴァントを殺し尽くした後には、必ずギルガメッシュも殺さなければならないのだから。
綺礼は時臣を勝利させる。その為だけに聖杯戦争に参加したのだ。
だがしかし、そんな綺礼もこの戦争に拘るものがある。
言峰綺礼は自他に問う。己の中身とは何だ、と。
あらゆる苦行に身を置いても、その当たり前の回答を出すことが出来ない。
皆が幸せを感じている中、自身だけが取り残されている感覚に襲われるのだ。
父の璃正の教えに従い、信仰の道へと進むも答えは出ず、主はその答えを授けてはくれない。
そして、自身の中身を理解したと言った聖女のような妻を喪っても尚、その空虚は拡がるばかり。
そんな綺礼の空虚な人生に現れた切っ掛けが、聖杯戦争だ。
父親、璃正が懇意にしている遠坂の誘いに乗り、聖杯への願望など無いのに参加したが、ソコで同類を見付けた。
衛宮切嗣。
自身と重なる男の解答を、空虚なこの身の答えを知るかもしれない。
問わねばならない。
この身の意味を知るために。
綺礼は、問い続ける他に方法を知らないのだから。
─────綺礼がそんな思考に囚われている時、視覚共有で繋がっているアサシンの眼にあるモノが映った。
「これは─────」
◆◆◆
セイバーとランサー。両者の力は拮抗していた。
パラメーター的にもほぼ同格。
刀身を隠すセイバーの風王結界での補助によって序盤は押していたものの、流石は英霊。慣れたのか今では互角の戦いを演じていた。
剣戟は衝撃波を、踏み込みは地面を蹂躙した。
彼等が、特に魔力放出を持つセイバーは剣を振り上げるだけで地面を捲り上げる。
しかしそれを加えてまだ互角に持っていけるほどランサーの動きは速く、鋭かった。
お互い未だ無傷であるものの、此処から先は宝具の使用も視野に入れなければ埒があかない。
そんな時だった。
「─────あ?」
「何!?」
「あれは、サーヴァント……?」
倉庫の上に、一人の少女が立っていた。
紫を基調にした鎧を纏い美しいブロンドの長髪を三つ編みに纏めた、明らかにランサーやセイバーとは違った毛色の雰囲気のサーヴァントの気配を漂わせている少女が立っていた。
少女はセイバーとランサーが止まった事がおかしいのか、二人に喋りかける。
「どうしたのですか? 私を気にせず続けてください」
「いや、それは流石に無理じゃねぇか?」
先程まで獣のような殺気を帯びていたランサーが、殊の外まともな事を言う。
実際問題、他の正体不明のサーヴァントが横に居る中、警戒するなというのが無理な注文だ。
未だマスターの姿が見えないランサーなら兎も角、セイバーはアイリスフィールを守る必要があるのだから。
「それなら問題はありません。私は『
「ルーラー? 確か聖杯からの知識にそんなクラスがあったが……」
裁定者のサーヴァント。
それは聖杯自身に召喚され、『聖杯戦争』という概念そのものを守るために動く、聖杯戦争に於ける絶対的な管理者。
部外者を巻き込むなど規約に反する者に注意を促し、場合によってはペナルティを与え、聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐためのサーヴァント。
「私が此処に来たのは役目の一環です。貴方達の戦いがもし一般人に影響を及ぼすほどならば、それを防ぐのが私の役目ですので。特にセイバー、貴方の宝具はそれだけの威力があります」
「……私の宝具を知っていると?」
「正確には貴方の真名です。ルーラーのサーヴァントには、サーヴァントの真名を看破するスキルが与えられますので」
「……!」
セイバーの顔が強張る。
姿を見るだけで真名を見破る能力など、聖杯戦争にとって反則に近い。
「ルーラー、私の記録では今まで召喚されたことなんて……」
「そもそも
一つは『その聖杯戦争が非常に特殊な形式で、結果が未知数なため、人の手の及ばぬ裁定者が聖杯から必要とされた場合』。
もう一つは、『聖杯戦争によって、世界に歪みが出る場合』である。
つまり、今回は後者によって召喚されたのだ。
「故に私はルール違反が無いか監督する役目と、
ルーラーのその言葉を聞いて、真っ先に反応したのはアイリスフィールだ。
何故ならルーラーの存在は、聖杯戦争が世界を滅ぼす可能性がある証拠。
自身も地面が無くなった様な不安に陥るものの、今この場でこの話を聞いたであろう、聖杯に全てを賭けている夫を何より心配したのだ。
『─────クククッ』
そして、何もかもを知ってる者が、もう一人。
『─────ふ、ははは、はははははははッ!!! 成る程成る程、そうなるのか! 形振り構わずとはこの事だな!!』
そんな張り詰めた空気を切り裂くように、どこからか笑い声が響く。
「ここまで直接的な戦力を投入してくるとは、そこまでして
同時に、ランサーの背後の空間が歪み、ベールに隠された存在が姿を現した。
白銀の長髪に、女らしさをこれでもかと強調している豊満な肢体を動きやすい冬服で覆っている。
「オイオイマスター、お前はまだ姿を見せないんじゃなかったのか?」
「予定が変わった。ルーラーが出てきた時点で、間違いなく誤差が生じている。聖杯を私のやり方で手に入れる場合、アレはかなりの確率で妨害に出るだろう」
その会話が気に入らなかったのか、ルーラーが会話に加わる。
「……それは違いますランサーのマスター。私は中立の審判、貴方が聖杯を手に入れたのなら、この世界を崩壊を招く願いで無い限り私が何かをすることはありません」
「ハッ、残念ながら信頼は出来ても信用は出来ないな。フランスの聖女、お前が如何に高潔な精神を持とうともアレがその気なら貴様の意思など関係がない」
「─────」
ランサーのマスター─────エレインの言葉で、今度はルーラーの顔色が変わる。
「どうやって私の真名を……」
「情報集めは戦いの基本だろう? 尤も、私の情報源は反則だが」
何故ならエレインが口にした言葉は、ルーラーの真名を言い当てるのと同義なのだから。
フランスの聖女で有名な英雄とくれば、真っ先に一人の女性の名前が来る。
「フランスの……まさか、ジャンヌ・ダルク!? エレイン・プレストーン・ユグドミレニア、貴女は一体……?」
「それは企業秘密だアイリスフィール・フォン・アインツベルン」
「私の名前まで……っ」
「どうした? 君の娘の名前でも無いのに、そこまで動揺されても困るぞ」
イリヤの事まで─────
全てお見通しだ。
そんな
イリヤスフィールの存在は、アインツベルンにとって最重要機密。
次回の小聖杯の存在は何よりも秘匿しなければならないモノだ。
何より衛宮切嗣の最大の弱点となる存在を、他者に知られるわけにはいかなかった。
言峰綺礼を知った夫の心境は、この様なモノだったのか─────と、アイリスフィールは切嗣と言峰綺礼と同様、エレインを会わせてはならないと確信した。
ルーラー、ジャンヌ・ダルクは考える。
確かに自分の真名を言い当てたのは驚異だ。
彼女の情報源は気になるが、ソレについてはルール違反には当て嵌まらない。
彼女の言動も気になる。彼女は何を知っている?
それは彼女の情報源とやらと関係があるのか?
だが何故、エレインはそこまで自分を危険視しているような発言をする?
まるで自分に、ルーラーが召喚された理由があると言わんばかりに。
本当にエレイン自身に理由があるなら、隠れれば良い。
ルーラーの存在を知っているのなら尚更だ。不自然が過ぎる。
疑問は尽きないが、不自然でもある。
だが、しかし注意するに越したことは無いだろう。
そうルーラーは締め括る。
エレインは一マスターに過ぎず、氷山の一角かもしれないのだから。
ルーラーとアイリスフィールが最大限の警戒を払いながら、遂に我慢できないとばかりにセイバーが問い掛ける。
「なぜ……何故、貴女が此処にいる……!? ランサーのマスター? サーヴァントならまだしも、貴女は人間だ!」
「セイバー……?」
セイバーの反応に疑問を感じたのはアイリスフィールだ。
アイリスフィールの認識上、この場でエレインの顔を知っているのは二人。
一人はランサー。
当然と言えば当然。
彼女は彼のマスターなのだから。
一人はアイリスフィール。
切嗣が調べた魔術師の一人に、彼女の顔写真が存在していたからだ。
彼女にはエレインの情報は与えても、顔写真は見せていない。
1500年前の人間であるセイバーが、彼女の事を既知のように語るのはあり得ないのだ。
だと言うのに、彼女の表情はまるで死人を見たかの様なソレ。
セイバーはまさしくこの時代に存在する筈の無い者を見た顔で動揺していた。
「そう、私は人間だ。前回の聖杯戦争で召喚されてそのまま残ってるとか、別のマスターが召喚したサーヴァントとか、そんな勘繰りは必要無い完璧な人間だ」
─────アーサー王伝説に、エレインという名の女性は数多く登場する。
特に、ランスロットの周囲には多くのエレインが登場する。
一人は湖の乙女の名前の一つにコレがある。
一人はベンウィクのバン王の妻であり、ランスロット卿の母親である。
一人はアーサー王の異父姉。
一人は槍試合でランスロット卿との悲恋で有名な、アストラット・シャルロットの乙女エレイン。
ペレス王の娘にて
そしてこの世界に於いて、エレインは一人に収束された。
「─────それにしても、貴方が私のことを覚えてくれているとは光栄だな。それとも『彼』の遺品を盗んだことを根に持っているのかな騎士王?」
「『彼』が槍の腕を認めた御仁だ。忘れるものか」
それこそがエレイン・プレストーン・ユグドミレニア。
本来の正史ならば、ランスロットの息子である円卓の騎士ギャラハッドの母親となる女性だった。
「エレイン姫。貴女は一体、どうやってこの時代に─────?」
「何、湖の精霊の手を貸して貰って
「ッ!」
エレインの命令でランサーが、セイバーを襲う。
咄嗟に槍を切り払うが、ソコで違いに気付いた。
(コレは……膂力が向上している!?)
ランサーの身体を見ると、淡く刻まれたルーンが光っている。
恐らくこの場に居るであろう切嗣の眼には、膂力に関するステータスが上がって映っているだろう。
「悪いなセイバー。ウチのマスターは惚れた相手以外にはせっかちでな、
「何をッ……!?」
ランサーは地面を捲り上げる様に槍を振り上げ、土煙を巻き上げる。
土煙から逃れるため、セイバーは槍の衝撃を受け流しながら後方に跳び退く。
「
土煙の向こうからそんな声が聴こえると共に、セイバーの直感が悲鳴を上げた。
マズいマズいマズいマズいマズいマズい!
アレを放たれれば、ランサーの宝具の真名解放は、間違いなく自分の心臓を貫くだろう。
しかし、ソレを知覚しながらセイバーはどうしようもなかった。
元より防ぐ方法が聖剣の解放以外無く、下手をすればソレでも防ぐ事は叶わないかもしれない。
それこそ令呪で回避を命じられない限り。
だがもし自身と似たタイプの対軍宝具以上の威力ならば、アイリスフィールを背後に立たせている現状、セイバーに回避という選択肢はなかった。
だからこそ、敵側は土煙を上げて此方のマスターから令呪の使用をさせないために、その姿を隠したのだろう。
念話で自身のマスターに知らせるのも間に合わない。
セイバーが念話をし、ソレからマスターが令呪を使うその前にアレが放たれれば終わりだ。
土煙の中に赤い光と、ほんの僅かに
『
聴こえない。
ランサーの声が、何かに遮られる様に聴こえない。
(エレイン、彼女が何らかの方法で声を届かなくしたのか─────)
こうして思考する時間すら致命的だと気付きながら。
『─────AAAALaLaLaLaLaie!!!』
宝具が放たれる直前、雷鳴が轟く戦車の疾走が割り込んだ。
後書き描く前は色んな話が浮かぶのに、いざ書こうとしたら何も浮かば無ーい。
ちなみに自分は感想からネタを回収していくスタイルなです。
今後の展開と返信内容が変わっていく可能性があるので、くれぐれもご注意ください。
ていうか皆が某オレっ娘をバサカ枠って言いまくってるので、そんな感じになりそうな予感。
自分もそれで良いかなって思い始めたし。
修正or加筆点は随時修正します。てかしました。指摘感謝!
返信出来ないかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)
ネタバレ:当初の願いが叶うのはランサーとアサシンだけ(多分)