湖の求道者   作:たけのこの里派

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第十三夜 YESロリータNOタッチ

 聖杯戦争三日目の朝、ウェイバー・ベルベットは凡庸なビジネスホテルの一室で目を覚ました。

 しかしそれは清々しい目覚めではなく、隣に眠る同居人のイビキによる最悪に等しいものである。

 

「何でこうなったんだよぉ……」

 

 ウェイバーの不条理への小さな抗議も、同居人────ライダーの盛大なイビキによって掻き消される。

 

 聖杯戦争に於いてライダー陣営、イスカンダルとケイネス、助手のウェイバーは当初ハイアットホテル最上階に陣営を敷いていた。

 

 最上階を貸し切って敷かれた、神童と称されるケイネス自慢の魔術工房による迎撃システムは、一流と呼べる魔術師でも攻略は困難を極めるだろう。

 

 彼は己を何処までも愚弄する────様に思える────ライダーの行動に対するストレスの発散を、己の賛美によって解消しようとしていたのだ。

 しかし、

 

『しかしのマスターよ。セイバーやアヴェンジャーのあの対魔力では、正面から叩き潰されるであろう。それにこの様な目立つ場所、かの名高き騎士王とその子の宝具ならばこの最上階ごと横合いから消し飛ばされるのではないか? 少なくとも余の戦車ならばそうするぞ?』

 

 至極真っ当な指摘により、彼の魔術師としてのプライドは正しく叩き潰された。

 如何にケイネスが現代の魔術師として超一流だとしても、サーヴァントにとって現代の魔術師など何ら脅威では無い。

 実際、対魔力の極めて高いセイバークラスや今回のアヴェンジャーならば、正面から突破されるであろう。

 

 アーチャーのギルガメッシュの力量は解らないが、それでも彼は原初の英雄王。

 神秘が古ければ古いほど強くなるのならば、原初の英雄たる彼は間違いなく最強のサーヴァントだ。

 仮にキャスターの造ったものだとしても、工房一つに梃子摺るなどあり得ない。

 

 ランサーに至っては、彼自身キャスタークラスで召喚されてもおかしくないレベルの魔術師だ。

 ステータスに表記されていたスキルである原初のルーン魔術は、凡百のキャスターのサーヴァントを圧倒するだろう。

 

 未だ姿を見せないアサシンは解らないが、同じく姿を見せていないキャスターが現代の魔術師の工房に梃子摺るとは思えない。

 それがライダーの見解であった。

 

 それに御三家と違い、外来のマスターの利点はその拠点が解らない点だろう。

 ケイネスの工房場所はそれを台無しにしていた。

 

 ライダーは悪意など欠片もなく、征服者として戦略の基本を説いた。

 優しく、それも丁寧に。

 

 そもそも現代の魔術師と、人間を超えた英霊とを比較すること自体間違いである。

 徒競走で例えるなら、現代の魔術師が全力で走っているのに対し、英霊は始めから最高速のジェット機でブチ抜ける様なものなのだ。

 

 しかしケイネスはそうは取らなかった。

 偏に、己が勝手にとはいえ、好敵手と定めた相手(エレイン)がその英霊に食らい付くであろう事が解るからだ。

 それがどれだけ異常な事なのだとしても、彼は比較するのを止められない。

 

 故に彼は早々に工房を引き払い、適当なビジネスホテルを貸切り、其処にひたすら隠蔽と感知、そして時間稼ぎのみを重視した物を設置した。

 その後は工房の核と呼ぶべき部屋に引きこもり、出ては来なかった。

 

 解りやすく言えば、彼は挫折したのだ。

 正史と違い英霊同士の戦いを唯観るだけでなく、ライダーの傍で直に体感した。

 英霊と渡り合う好敵手と己を不相応にも比較していた彼は、どう足掻いても少なくとも聖杯戦争中にあの領域に追い付けないと悟ったのだ。

 それは彼の、マスターではなく魔術師としてのプライドを完膚なきまでに破壊する出来事だった。

 故に引きこもった。

 

 ウェイバーや、現界したがりのライダーを残して。

 

「先生が何か悩んでるのは分かるけど、だからと云って僕に丸投げは酷いじゃないかよぉ」

 

 自身より腕力も背丈も遥かに上回る問題児の面倒を見させられるのは、勘弁して欲しいのだ。

 先日はテレビに食らい付いていたが、相応の服装を通販で手に入れた。

 今日のライダーの行動範囲は、冬木の町に広がる。

 

 ライダーの行動を、おそらくケイネスはある程度許容するだろう。

 縛り付けようとした結果が初日の醜態だ。

 逆効果と知っているのならば自分は工房に引きこもり、都合の良い弟子にライダーを丸投げして必要になったら令呪で呼び出せばいい。

 アサシンなどの暗殺は怖いが、その為の感知に優れた工房を用意したのだ。

 

 問題は、その弟子の負担が半端では無いという一点に尽きるが。

 

 

 

 

 

 

 

第十三夜 YESロリータNOタッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────突然だが、少女の話をしよう。

 かつて女であり、一人の男を求めた少女の話を。

 

 少女はかつて女だった時、許されざる恋をした。

 女は妃だった。

 王に嫁ぎ、王の理想に共感し同調し、共にその理想を遂げようと心に誓っていた。

 

 王は女だった。

 度々魔術によって性別を偽っていたが、王に嫁いだ女は女に嫁いでいたのだ。

 現代ならばあり得ざる状況だが、当時は如何せん男尊女卑の時代。

 女が王として国を統べるのは些か不味いものがあった。

 

 王に同性を好む趣味は無く、かといって女もそんな趣味は持ち合わせていなかった。

 しかし王は、その衰退した国に襲来する蛮族を撃退し国を建て直すには必要不可欠の存在であり、おそらく他の誰が王の代わりに頂きに就こうとも、国は護れないだろうと容易に察する事が出来るほどに優れていた。

 そして妃はそんな王を尊敬していた。

 

 凡そ、子供を生む以外に女に価値が無かった時代に於いて、彼女の覚悟は相当なものだった。

 当初は実際よくやっていた。内外共に問題を多く抱え、時代の変化によって神代最後の国として徐々に滅びへと流されながらも、しかし本当に良くやっていた。

 彼女も、王も。

 

 ────────変化の切っ掛けは、黒い男だった。

 

 王の危機を救い、蛮族を斬り捨てたが故に王に気に入られ、妃である女を護衛する程に取り立てられた。

 それほどまでに男は出鱈目であった。

 

 それこそ万軍を蹴散らし、王やその騎士達がひたすら梃子摺り、突破口を見付けることすら困難なブリテンの魔龍を、ただの一振りで殺し尽くした。

 まるで御伽話の中から現れたかのように、空想染みて男は凄まじかった。

 

 ────覚悟を決めた女が、心奪われる程に。

 

 王妃が王の騎士に恋をする。

 許される事ではない。下手をすれば国を割る大事だ。

 その男が、王よりも民や騎士から支持を得ていたこともソレを助長していた。

 

 もしもここで男が野心を抱き、謀反にて王を打ち倒し妃を奪ったのなら話は変わっていたかもしれない。

 もしも男も妃に惹かれ、許されざる関係を紡いでいれば話は変わっていたかもしれない。

 

 しかし男にはそんな野心は欠片も持ち合わせていなかった。

 何故なら男は日々のライフワークに満足していた。

 

 男風に言わせるならば────上司(アルトリア)は可愛い。

 妹分の部下二人(モードレッドとガレス)可愛い。

 王妃(ギネヴィア)眼鏡属性感じる可愛い。

 取引先の令嬢(エレイン)可愛い────もう最高じゃないか。

 ビバ、リア充サイコー────と。

 

 何とも言えないが、男はある種馬鹿で、阿呆だった。

 誰も彼も精神的に年下だったこともあったのか、保護者っぷりが堂に入っていた王兄の存在もあってか恋愛対象には入らなかったのだ。

 

 外見だけならJCを三十路目前の野郎が恋愛対象とか、お巡りさんを呼ばれるか毒舌ツンデレシスコン兄貴に殺されます────などと、本気で考えていたのだ。

 

 外面だけはいっちょ前な彼は、あろうことか一般的な倫理観とやらを都合の良いときに持ち出す悪癖があった。

 吸血鬼の群だの、魔龍(ヴォーティーガーン)だの、天体の最強種(アリストテレス)の悉くを伐り伏せておいて、空腹に倒れた聖女に手を差し伸べる程度には常識人だと事もあろうに自負しているのだ。

 

 先程例えに挙げられていた取引先の令嬢(エレイン)ならば、この事を知ればキョトンと惚け、ソレもまた彼だと微笑むだろう。

 男がこの世界に再び足を踏み入れる切っ掛けを作った半死半生の男(雁夜)は、何とも形容出来ない表情で頭を抱えることだろう。

 

 さておき、あり得たかもしれないifならば兎も角、この物語に於いて女は妃に甘んじた。

 恋は総じて求めたがりだが、ソコはたまの男との食事で満足していた。

 それこそ、そんな日常で満ち足りてしまうほど。

 

 しかし、そんな幸せな日常も男の消失で破綻する。

 王は機械の如く冷徹になることで、男の護った国を守ろうと悲嘆から目を逸らした。

 王の子は尊敬し依存すらしていた男を犠牲にして残った国を憎み、あっという間に滅ぼした。

 

 男の死が何もかもを破綻させた。

 否、ソレほどまでに男の存在は尊かったのだと女は思った。

 誰も彼も男に依存していたのだと。

 

 悲嘆に暮れ、妃という肩書きすらも喪った女は────同じ男を想う女と出会った。

 女は妃に問い掛けた。

 

 ────彼を取り戻したくはないか?

 

 国が滅び、枷の無くなった妃は有らん限りの思いで女に縋った。

 もう一度、一目会いたい。

 かつて妃が拐われた際に颯爽と現れ、その身を案じてくれたように。

 

 女は妃に共感し、妃は女に同調した。

 

 女は万能の願望器を追い求め、妃は男を育てた神秘に願った。

 もし仮に女が願望器を見付けられなかった場合、男を求め続ける為に。

 

 斯くして神秘は女と妃に手を差し伸べた。

 女はその素養故に、来世に於いても記憶と人格、能力を保ち続けた。

 妃は女程優れておらず、来世に於いて記憶は喪われた。

 

 そして妃は少女となり、そして奇跡は起こったのだ────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────雨生龍之介は生粋の殺人鬼である。

 最初は五年前、好奇心から人の「死」の意味を知るために姉を殺害し、以来地方を転々としながら殺人を繰り返してきた。

 

 殺して殺して殺して殺して殺して────聖杯戦争が始まる時点で42人に達していた頃、彼はモチベーションの低下を自覚していた。

 

 そんな彼は原点に立ち返ろうと、姉の遺骸のある雨生家に戻り────見付けた。

 魔導書、それも魔術師だった彼の幕末時代の先祖のもの。

 幕末、翻ってそれ即ち第二次聖杯戦争の資料だった。

 

 完全な一般人としての常識を有している龍之介には、その内容はまるで創作物のように胡散臭く、荒唐無稽のソレだった。

 しかし龍之介にとって、その魔導書の正否など関係がなかった。

 要は、ソレが刺激的かどうか。

 

 ────儀式殺人。

 彼が行い、四度起こした事件の名だ。

 

 ソコに至る道筋は、別に魔術だの異能だのは関わっていない。

 龍之介、彼の神憑り的な犯罪能力によって、一度、二度、三度目と犯行を続けていった。

 最早病み付きになり、完全にその刺激の虜になっていた。

 

「みったせー、みったせー。みた……何回言うんだっけ? 四度? 五度? えーと、満たされるトキをー破却する……だよなぁ?」

 

 そして四度目に押し入ったのは、四人家族の民家。

 本来ここで最後の一人の末っ子である少年を召喚された悪魔──と龍之介は思っている──の生け贄として生かしているのだが、如何せん事情が変わった。

 

「ねーお嬢ちゃん、悪魔って本当にいると思うかい?」

 

 その家に遊びに来た少女の存在が、末っ子の死を決定付けた。

 勿論正史においてその少年も惨たらしく殺される末路なのだが、しかし目の前で友人の死体とその弟が殺される瞬間を見せられれば、当時年相応(・・・・・)の少女は混乱の渦中にいた。

 

「メディアでよく俺のこと悪魔やら何やら言われてるけど、失礼しちゃうよね。俺一人が殺してきた人数なんて、ビルとかを爆弾で吹っ飛ばしただけで簡単にトんじゃうのにさ」

 

 無理もないだろう。

 とある阿呆とぶつかった所為で、心ここに在らずといった(てい)で友人の家に向かったら、初めて見る男にあっという間に拘束され、この惨状だ。

 少女は手足を縛られ、呆然と怯えることしか出来ない。

 

 そんな様子に龍之介は益々機嫌を良くし愛嬌を振り撒いた。

 

「それにもしオレ以外にモノホンの悪魔がいたりしたら、ちょっとばかり失礼な話だよね。それ考えたらさ、もう確かめるしかないじゃない?」

 

 男────龍之介は血に塗れた死体を少女に見せ付けると、愉悦と純真な子供のような喜色に染まった笑顔で死体をバケツの様に振り回し、召喚陣を描き終える。

 満面の笑みも、頬に付いた返り血で狂気に変わる。

 それが死屍累々を形成し、自身の生殺与奪を握っているとなれば、少女が正気を保っているのは一般的に見れば奇跡だろう。

 

「でももし万が一? モノホンの悪魔さんが現れてただ話すだけの手持ちぶさたってのも、無いじゃない? だからね、もし悪魔サンがお出まししたら、一つ殺されてみてくれない?」

「……────」

 

(────死、ぬ?)

 

 そもここに至ってそれを考えない程、彼女は幼くても馬鹿ではない。寧ろ頭は良い方だろう。

 死を意識したことの無い日本の小児とはいえ、これだけの惨状と狂気を見せ付けられて思い至らない訳がない。

 

(い、嫌だ)

 

 そんな彼女を支配した感情はしかし、死の恐怖ではなかった。

 死に直面した事で、作り替えられた彼女の身体が、現状を打破する様に魔術回路を形成する。

 

(だって。だってようやく)

 

 奇跡だと思った。天文学的数値以下の確率を、少女は引き当てていた。

 

(漸く『彼』に、もう一度逢えたんだから────)

 

 未だ、少女は想い人の顔を思い出せない。

 黒いベールに覆われた様に、彼女は唯一人の記憶の一切を思い出すことが出来ない。

 だが、理屈ではないのだ。

 

 記憶が未だに戻って居なくとも、つい数分前の記憶すら曖昧になろうとも。

 彼女の魂が叫んでいた。

 

(────こんな処で、死んでなんていられるものかッッ!!!!)

 

 そして、此処に契約は完了した。

 

 英霊召喚は、場合によってはその詠唱を省く場合がある。

 とある並行世界の第五次聖杯戦争に於いて、衛宮士郎が詠唱無しにセイバーのサーヴァントを召喚せしめた様に。

 血で描かれた召喚陣が魔力を帯び、目も眩む程の光と暴風を撒き散らして己の役割を果たす。

 即ち、英霊を召喚する。

 

「────」

 

 召喚者である少女も殺人鬼である龍之介も、呆然としながら召喚陣の中に顕れた存在に釘付けになる。

 

 光の中から顕れたのは、血臭を撒き散らす白銀の全身甲冑(フルプレートアーマー)

 刺々しい、まるで他の一切を拒絶するような圧迫感と、それ以上に見るものを圧倒する威圧感を纏う姿。

 

「────サーヴァント・アヴェンジャー、推参した」

 

 そんな姿に、しかし少女は泣き叫ぶ子供の姿を幻視した。

 それは正しく、とある黒い騎士のみが有していた視点でもあった。

 

 かつて少女がキャメロットでその兜の下を見せた時も────

 

(キャメロット?)

 

 無意識に口が動いたのを、少女は自覚していなかった。

 

「……モード、レッド?」

「あん?」

 

 少女が溢した名前に騎士が怪訝そうな言葉を呟くも、

 

「手前、まさか────」

「────COOOOLッ!!!」

 

 龍之介の歓喜の叫びに遮られてしまう。

 ゆらりと、騎士が龍之介の方を見ると、更に瞳を輝かせて言葉だけでなく手振りで感動を伝えんと近付いて行く。

 

「すっげぇすっげぇ!! 鎧も凄いけど何よりそのデッカイ剣がやべぇ! ソレ絶対人斬ってるでしょ? 俺も相当切り刻んでるけど、そんなレベルじゃないっしょ御宅!」 

「………………」

「なぁ、アンタなら知ってるかな! 俺も何十回も何十人も切り開いて来たけど、なんかしっくりいかないんだよね。いや、みんな綺麗だったよ? バイオリンにした子はとても良い音色を奏でてくれたし、他には────」

「ッ……!!」

 

 龍之介の口から出てくる狂った言動に、未だに拘束されている少女が何度目かわからないほど息を呑む。

 

 ────死の探究。

 テーマだけならば龍之介はまさしく魔術師らしいモノだった。

 しかし僅かに記憶が戻りつつあると言っても、感覚だけなら常人のソレである少女には理解したくもない内容だった。

 

「オイ」

 

 そんな龍之介に、騎士は何の感情も込められていない声で問い掛けた。

 

「コレをやったのは、テメェか?」

「おっ、そうそう! 最近ハマってるやり方なんだけど、取り敢えずこう言うのって生け贄必須じゃない。だからまぁ、一つご一献どう?」

 

 兜によって頭が覆われている為、その表情を窺うことは出来ない。

 それに、龍之介自身も目の前で起きたことに興奮していたこともあった。

 

 だから分からなかった。

 目の前の騎士が凄まじい怒気を撒き散らしていたことに。

 

 瞬間、龍之介の視界が衝撃と共に瞬いた。

 

「…………へ?」

「テメェのハラワタでも切り裂いてろ、外道」

 

 地面に倒れた龍之介は、自分の下半身を見上げていた。

 全身甲冑の騎士は、英霊の中でも非常に強い膂力で以て龍之介の腹部のみを消し飛ばしていたのだ。

 

 龍之介の上半身は地面に落ち、物言わぬ下半身はグラつき傷口を落ちた龍之介に見せ付けるように倒れ、その中身をぶちまけた。

 

「……うわぁ……! キレイ……だ────」

 

 それを見た龍之介は目を輝かせ、そして満足そうに目を閉じた。

 

「……ッ」

 

 惨殺としか言えない末路、しかし満面の笑みの死に様に戦慄する。

 殺人鬼の凄惨な、しかしあまりに穏やかな死に顔に、友人やその家族を殺された恨み言すら絶句した少女は言えなかった。

 そんな彼女に、騎士は近付いて一振り。

 

「あ……」

 

 器用に少女の身動きを封じていたテープを切り裂き自由にすると共に、少女の包帯に包まれた手の甲に刻まれた令呪の魔力を確認する。

 

「オイ、王妃紛い」

「お、王妃紛い!?」

 

 記憶を取り戻しつつある少女はあんまりな呼びように思わず復唱してしまうが、騎士は構わず宝剣を虚空に溶かすように消し、その兜を解いた。

 

「あ────────」

 

 そこには、流れる様な金糸の髪と非常に整った美しい容姿。

 そして、光を喪い深い絶望に溺れ狂気に身を浸す事で心を保たんとする昏い瞳があった。

 

「手前、名前は」

「わ、私の名前は────」

 

 そして少女は自身の名前を口にする。

 

 朧気に、しかし数日後に復讐者が宿敵である騎士王に食らい付く頃には、唯一人の顔を除いて全て思い出す前世の名ではなく。

 今世に於ける、王妃でなくただの少女としての名を。

 

「────氷室、鐘」

 

 ギネヴィアという一人の王妃の人生を背負った少女が、何もかも狂った聖杯戦争に参戦した、その瞬間であった。

 

 

 

 

 

 




聖杯問答への導入とモーさんのマスター回でした。

ケイネス先生は初めての挫折でヒッキー化。ケリィに狙われる確率がひたすら上がりましたが、ケリィ本人がダメージを負ってるので数日は大丈夫。
その代わりライダーから枷が完全に外れましたか。

そしてモーさんのマスターはギネヴィアこと氷室鐘ちゃん。ちなみに独自設定です。
何故氷室なのかは、「氷室の天地 Fate/school life」より前世占いによれば────某国のお姫様で、望まぬ婚姻をさせられそうになったが、祝宴の席で料理に睡眠薬を混ぜて全員眠らせた後、目をつけていた美形の騎士を拉致して逃亡。しかも、騎士の誓いで手を出さない彼を手篭めにしてしまった。最終的に彼は非業の死を遂げたとのこと。
すなわち『グラニア姫』であります。
そして原典的にはギネヴィアの元ネタであり、ならグラニア→ギネヴィア→氷室という発想から彼女が選ばれました。

モーさんが全盛期以上のステータスに魔力放出を全開以上の出力で出せたのは、彼女がらんすろから血を受けたからです。
つまりらんすろの所為です。

という訳でやっとこさ描けたバーサーカー陣営。
次回は聖杯問答へと移行します。
勿論、そこまで次話だけで行けるか分かりませんが。

修正or加筆点は随時修正します。

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