湖の求道者   作:たけのこの里派

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連続投稿二回目、聖杯問答開始。

そしてモードレッドのクラス修正指摘、ありがとうございます。
申し訳ありません。


第十六夜 王の問答

 

 御三家による会談。

 しかしエレインの策と偶然の積み重ねによりほぼ全ての陣営が冬木教会に集まっていた。

 

「さて……間桐から連絡があり、当主が体調上この場に出席できない為、報告者であるエレイン・プレストーン・ユグドミレニアと主催側の遠坂、アインツベルンのみで、会談を行う」

「おや、集まった彼等は全面的に無視か? 何か聴かれては困ることでも?」

 

 冬木教会内部、聖堂の中心に今回の聖杯戦争の監督役の白髪の男性が大半と言って良い参加者達の注目を浴びる。

 八十という年齢でありながら、老いを感じさせない鍛え上げられた筋肉がカソックを張り詰めている。

 アサシンの元マスター言峰綺礼の父、言峰璃正である。

 

「……無用な混乱を与える必要も無いでしょう。それで貴女の言う『聖杯の異常』とは具体的には一体何なのですかな?」

「まぁ待て。『兵は拙速を尊ぶ』とは言うが、同時に『急がば回れ』とも言うだろう」

「……では何を」

 

 するとエレインは聖堂にいる他の陣営を仰いだ。

 

「折角大多数のマスターとサーヴァントが揃ったのだ。彼等の聖杯に捧げる願いを聴いてからでも遅くは無いではないか」

「何のために?」

 

 反論の言葉を口にしたアイリスフィールが、エレインを睨む。

 全く以て意味がわからない。エレインの目的も、その為の道筋も。

 

「『納得』が必要だからだ」

「……納得?」

「そう、『納得』だ。理解では足りないと、『彼』はよく言っていた。【────『納得』は全てに優先する】。全て話して、それでも戦いを続けると言われれば面倒だ」

「あら、貴女にとって悪い状況なら、私達にとっては朗報でなくて?」

「あぁ、言葉が足りなかったな。私よりも、あぁそうだな。衛宮切嗣にとって最も悪い状況になる、と言った方が良いだろうな」

「……な、にを」

 

 そのエレインの言葉は、アイリスフィールの仮初めの余裕を根刮ぎ奪い尽くした。

 夫である衛宮切嗣にとっての最悪とは何だ。

 人類を救済せんとする彼にとっての最悪など、一つしか────。

 そんなアイリスフィールを尻目に、エレインは続ける。

 

「それに英霊ならば、己の願望を偽りはしまい?」

「当然だとも! とは言ったものの、余は王の格比べでソレを聴きたかったのだがなぁ」

 

 征服王が喜悦を滲ませて、しかし残念そうに唸る。

 この場に己に匹敵する王が複数いるのだと確信しているが故の、未練である。

 

「王としての格など、比べるまでも無くそこの英雄王がぶっちぎりだ。ライダーも勿論極めて優れた王なのだろうが、ソレを超える王などあり得ない」

「当然ですね」

 

 そんなライダー、そしてセイバーとギネヴィア、アヴェンジャーすら切り捨てる様にエレインは断言し、そしてアーチャーは言葉通りに肯定した。

 確かにセイバーやライダーは歴史や伝説に名を残す大英雄。間違いなく王としての格は非常に高いだろう。

 

「だがアーチャーは、ギルガメッシュは格が違う」

 

 世界(抑止力)に望まれ世界を治めた世界王。

 彼こそ生まれながらに王であり、そして王であれと望んだ神々の思惑すら軽々と飛び越えた原初の神殺しの英雄。

 

 カリスマで人類最高数値を誇るイスカンダルを超えたスキルランクA+。

 軍団の指揮能力、カリスマ性の高さが王として求められる者の資質ならば、残酷ながら数値化されている為ハッキリとしている。

 

「うぬぅ……」

「…………」

「しかも彼処に居るのは、理想の統治者として人々を心酔させた名君としての側面である若きギルガメッシュ。王としては間違いなく最高峰だろうな」

 

 そしてギルガメッシュとしては唯一にして最大の欠点である慢心すら、今のアーチャーには無い。

 成年時よりは数値的な戦闘能力は落ちるだろうが、王としては正に理想の体現だろう。

 そしてそれは理想王として君臨したアルトリアにすら成し得なかった領域である。

 

「最大の要因は、国を存続させ次の時代に託したという、王として最重要の責務にして義務を果たした事だ」

 

 生まれながらに「王であれ」と望まれた者としてはセイバーも同じだが、国と理想に滅ぼされた彼女とは違い暴君であったものの、晩年は裁定者として穏やかに国を治め、次の王に都市を委ねたギルガメッシュとの差は歴然であろう。

 それは反逆され国を滅ぼされた騎士王にも、征服はしても治めずに死後に国を割った征服王にも出来なかったことだ。

 

 その差は致命的だろう。

 というよりもこれが行えていない時点で、セイバーとライダーは、そういう意味では数多いた凡百の王にすら劣る。

 

 暴君だろうが名君だろうが暗君だろうが、それ以前の話だ。

 時代も環境も価値観も違うアーサー王とイスカンダルよりも、ギルガメッシュが優れている絶対の証明であった。

 

「ソコを突かれると痛いのぅ。だが────バビロニアの英雄王、余は一つ聞きたい」

「はい、何でしょう」

「この世全ての財を集め尽くした貴様が聖杯に願うものとは一体何だ?」

 

 ライダーの疑問。

 それはエレインの趣旨に沿ったものであり、王として格上と認めざるを得ない存在が何を求めているかの純粋な興味であった。

 

「ははは、簡単ですよ。ボクは己の敷いた法を護るだけです」

「法を?」

「はい。この世界の人類が造った宝具や財宝の類いは源流が存在し、自慢ではありませんがその原典は全てボクの蔵で保有しています。仮に未来で生まれる様々な技術も余す事無く、ね」

 

 ギルガメッシュが持つ宝具、生前の彼が『宝具の原典』を含む無限に等しい財宝を収めた蔵、『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。

 その正体は人類の叡知の原典にしてあらゆる技術の雛形。

 故にこの宝物庫には比喩無く人類が生み出すものであれば、文字通り全てが存在する。

 

 そして、これまで幼い相貌に笑みばかり浮かべていたアーチャーの表情が変わる。

 目を細め、前々日にあの謎のサーヴァントが乱入して来たときのように。

 

「────即ち聖杯すら、(オレ)の蔵に存在する(オレ)の宝。その宝を盗人が手出しするなど、(オレ)の敷いた法を犯す罪人だ。王が罪人を裁く理由を語る必要はありますか?」

「然り。自らの法を貫いてこそ王。だがなぁ、余は聖杯が欲しくて仕方がないのだ。で、欲した以上は略奪するのが余の流儀。なんせこのイスカンダルは征服王であるが故」

「是非もありません。貴方が犯し、ボクが裁きましょう」

 

 ギルガメッシュは己の宝を護るため。盗人に罰を与えんが為に、この戦争に参加した。

 

 ならばそれを奪おうとするライダーとの間に、最早問答の余地は無い。

 求めるのではなく王として在るがゆえに、己が敷いた法を護るために。

 

 そしてそれは、その場の遠坂時臣と言峰璃正と予め知っていたエレインを除く全員を戦慄させた。

 

(アーチャーはあらゆる宝具の原典を有している。それはつまり、あらゆる英雄の弱点を突けると言うこと────!?)

(まさに英雄殺しのサーヴァント! 聖杯戦争に於いては反則のソレよ。遠坂時臣、まさかそんな英霊を召喚してくるなんて……!)

 

 それは聖杯戦争に於いて、最早悪夢だ。

 英雄であるが故に、その弱点は必ず存在する。

 竜の因子を持つセイバーならば竜殺しの武器を。ランサーならば誓約(ゲッシュ)の要因たるカラドボルグを。

 アーチャーに殺せない英雄は存在しないのだ。

 理論値における、最強のサーヴァントである。

 

「でも、大人のボクはそれすら億劫だった。嘗てのウルクと現代の変わりように耐えられなかったみたいでして、若返りの妙薬でボクに丸投げしてね。なのでボクの目的は裁定ですね」

「聖杯を、品定め……」

「そう、ボクの蔵に相応しいか否か。相応しいのならばこれを狙う貴方達を裁きます。元々これも大人のボクに丸投げされた役目の一つですから」

 

 傲慢極まる、しかしそれが許される原初の英雄は、堂々たるや。

 不敵な笑みを浮かべる人類最初の裁定者は、エレインにそれを向ける。

 

「だから────良いですよ、お姉さん。思惑に乗って上げますね」

「……どういう風の吹き回しだ? 此方としては有り難いが────」

 

 不気味である、と。

 ジャンヌやアイリスフィール、切嗣から散々言われたエレインは、明らかな不安要素の存在に訝しむ。

 

「だって、そうすれば皆で彼と遊べるじゃないですか(・・・・・・・・・・・・・・)

「────彼?」

 

 エレインの問いに、少年王は何も答えない。

 血のように紅い瞳で、ただ無邪気な笑みを浮かべるだけだ。

 

 エレインの計画は順調である筈だ。

 最早チェックを終えた状態だが────決して完璧ではなかった。

 

 寧ろ意図的に穴を作ってある程だ。

 完璧だと判断してその計画を盲信して、仮に崩れた際に対処が出来ないでは済まされない。

 

 ギルガメッシュの存在が、まさしくその穴である。

 その気になれば盤上ごと引っくり返せるその力は、全能さすら窺える域にある原初の英雄は、余りにも不安要素だった。

 

 思惑に乗ってこの英雄王に何の益がある?

 彼とは何だ?

 

(一応仕込みは万全だ。上手くいけばアーサー王とギネヴィア王妃、業腹だが畜生を引き込める。ライダーは論外だが、喚くのは遠坂と間桐。前者は兎も角、後者は妖怪を殺せばどうとでもなる手合いだ。遠坂の悪足掻きが何処までいくかは予想するしかないが、アーチャー一人ならランサーでも半日は保つ。……最悪は私の『槍』を求める可能性だが……そうなれば『目的』さえ果たせればくれてやれば良い)

 

 手放せば破滅を齎すと云われる聖槍、しかしそれでも構わない。

 彼と一目会い、抱擁を交わせるのなら本望だ、と。

 

 覚悟など、とうの昔に済んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六夜 王の問答

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪い流れだ。

 遠坂時臣はエレインに乗じた己のサーヴァントを見て、内心頭を抱える。

 サーヴァントの問答に何の意味があるのかは理解できないが、それでも時臣を悩ますモノは先刻から変わらずに一つである。

 

 聖杯の異常。

 

 アインツベルンのマスター(と思しきホムンクルス)も、この異常は知らない様子だった。

 なら何故、外来のマスターが聖杯の異常などと口にする?

 最強のサーヴァントを召喚した時点で勝利を確信していたにも拘らず、今は聖杯戦争自体が躓き始めた。

 

 エレインの言う異常が出鱈目であるなら、監督役であり、祖父からの友人である璃正からペナルティを与えれば良い。それがこの場に於ける最上だろう。

 だが万一、本当に聖杯に異常があれば? 今回の聖杯戦争が出来なくなる程度ならまだマシだ。

 もしそれが、今後の遠坂が聖杯による根源への道が閉ざされる、取り返しのつかない程のものだったら?

 己の代の失態はその先の、娘の凛にすら響くだろう。

 

 それは、それだけはあってはならない。

 今の遠坂時臣を支えているのは、最早代々受け継いできた家訓のみだった。

 

 エレインはアーチャーに視線を返し、彼は満足そうに頷いた後、ライダーに向き直った。

 

「ライダーさん、ボクは貴方の問いに答えました。なので今度はボクが問いを投げましょう。貴方の聖杯に捧げる願いはなんですか?」

「あー……まぁ、なんだ」

 

 その言葉に、ライダーは恥ずかしそうに頬を掻きながら答えを濁す。

 そんなライダーを、信じられないものを見るように目を剥いたケイネスとウェイバーを尻目に、ライダーは言葉を出した。

 

「────……受肉、だ」

「…………は?」

「おや」

「あ?」

「────」

「はァッ!?」

 

 それに一番驚いたのはケイネスとウェイバー師弟だった。

 

「お、おおおおお前ェ! アレだけ世界征服だなんだと言ってただろうごボォ!?」

「…………理由を聞こうか、ライダー」

 

 掴み掛かるように詰め寄ったウェイバーをデコピンで吹き飛ばし、それを完全に無視したケイネスが頭を抱えながら震える声でライダーに問い掛けた。

 

「たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする? 征服は己自身に託す夢。聖杯に託すのは、その第一歩に過ぎんわ」

 

 ライダーは拳を握り締める。

 魔力で編まれた、確固とはとても言えない、マスターと聖杯に依存した仮初めの肉体を。

 冗談のような、奇跡の様なその身体を。

 

「────余は転生したこの世界に、一個の生命として根を下ろしたいのだ」

 

 征服王イスカンダルの死因は諸説あるが、一番有力なのは病死である。

 そんな彼が万全の肉体と生命を求めるのは、当然と言えるだろう。

 にも拘らず、今のライダーには何一つ在りはしない。身体一つすら。

 故に求めるのだ。『征服』の基点たる肉体を。

 

「まぁライダー、貴様の世界征服はどちらにせよ無理だろうがな」

 

 そんなライダーに、彼が醸し出した雰囲気をブッた斬る様に何の躊躇もなく切り出した。

 

「……む? どういうことだ、ランサーのマスターよ。流石にそれは聞き捨てならんぞ?」

「世界征服だが、それはどの様な方法だ? まさかとは思うが、その戦車で国の首相官邸に突っ込んで略奪などと言うまいな?」

「────そんなこと、私の目の黒い内は絶対にさせん」

 

 エレインの仮定に、ライダーのマスターが。

 神秘の秘匿を第一とする魔術師────ケイネスが青筋を立てながら断言した。

 爆発寸前の活火山の如き怒りを彼がかろうじて耐えていられたのは、偏にエレインとの交流のお蔭だろう。

 それに、珍しくライダーが鳩が豆鉄砲を喰らったように面喰らう。

 

「……えっと、どういう……」

「当然だな」

「まぁ、そうなるわよね」

 

 それに本来魔術師でなく、かつ神秘の溢れる国を前世に持つ氷室が首を傾げ。

 この場に於いてケイネスに最も近いタイプの人間であり、ケイネス同様生粋の魔術師である時臣が首肯し。

 アイリスフィールが当然の帰結を見届けた。

 

「……………………何故だ!?」

「当たり前だろうがぁ!! 神秘の秘匿は魔術師にとって第一原則! それをやらかそうとするお前はこの場で袋叩きにされてもおかしく無いんだぞ!?」

 

 ライダーの疑問の叫びに、ウェイバーが堪忍袋の尾が切れた様に罵倒混じりで理由を答えた。

 人間の極限に至った王であるライダーは、しかし現代からしてみれば古代人でしかない。

 我が道を戦車で行くを地で遣るライダーの『征服』が、現代的な訳がない。

 

 最悪、ホワイトハウスに『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』で突っ込みかねない。

 全国中継待ったなしだ。

 そうなれば幾ら魔術協会と言えど秘匿など無理だ。

 

「我が覇道を阻むか、マスターよ!」

「必要なら令呪での自害も辞さん」

「ぐぬぬぬ」

「当たり前だ馬鹿!!!」

「あはははははっ!」

「いや、笑って遣るなよアーチャー……」

 

 サーヴァントの暴走を諌めるのはマスターの役割。

 その為に与えられている令呪を用いてライダーを止めるのは、寧ろ彼の義務と言って良い。

 生粋の魔術師に召喚されている時点で、ライダーの世界征服は第一歩で躓くだろう。

 

「さて────、一応貴様の願望も聴いてやろうか? 畜生」

「あ?」

 

 そしてエレインが次の順番に選んだ者は、途端に剣呑になるのが必然の相手であった。

 

 

 

 

 




英雄王と征服王と騎士王。誰が一番優れているのかは様々なモノが在るでしょうが、今作に於いては英雄王がトップに輝きました。

やれ暴君だやれ国を滅ぼしただのやれサーヴァント失格だの言われてますが、何やかんやでキチンと国を存続させて後世に託した時点で、滅ぼした騎士王や後継者をキッチリ指名せずに死んで国を割った征服王より「王」としては優れているのではないでしょうか。
つまり二人はダビデより王として劣っている……(錯乱)

イスカンダルが征服を達成するには、先ず生粋の魔術師以外のマスターに召喚されなければなりませんね。
聖杯で征服するなら兎も角。


修正or加筆点は随時修正します。

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