湖の求道者   作:たけのこの里派

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連日投稿。
実は長かった一話を分割しただけだったり。


第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』

 

 

 

 

 

 

 

 冬木教会から、ギルガメッシュが取り出した黄金とエメラルドが輝く舟────古代インドの二大叙事詩「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」に登場する飛行宝具『天翔ける王の御座(ヴィマーナ)』。

 ソレが浮上し、ぐんぐんと高度と速度を上げ夜空を駆ける。

 

 その船上にはサーヴァントとそのマスター達が各々複雑な心中で夜の街を見下ろしていた。

 

「切嗣……」

 

 アイリスフィールは静かに、教会近くに潜伏していたが故にこの場には居ない己の夫の名前を呟く。

 

 聖杯が汚染されている以上、切嗣の願いは叶わない。否、仮に聖杯が汚染されていなくとも、彼はどれだけ願おうがその祈りを聖杯に託せない。

 エレインはあの後、アイリスフィールに語った。

 

『無色の魔力であった聖杯は所有者によってその色を変える。つまり所有者は、過程を人の手に及ばない領域で省略する聖杯に「手段と過程」を入力しなければならない。だが人を殺すことでしか人を救えず、そうならない過程と手段を得るために聖杯を求めた衛宮切嗣に、この冬木の聖杯は無用の長物だよ。でなければ奴が望んでもいないにも拘らず、君達家族を除いた人類を滅ぼしてしまいかねない』

 

 そう、断言した。

 それが本当かどうかは、切嗣の信念と嘆きを知っているアイリスフィールには真実だと理解できた。

 全く皮肉なものである。

 恒久的な平和を望みながら、彼が聖杯を手にした場合成る結果が最も破壊的な結末であるのだから。

 それを知ってしまった以上、アイリスフィ-ルは夫の為に彼へ聖杯を渡すわけにはいかなくなった。

 

 どちらにせよ、聖杯戦争はエレインの勝利に終わるだろう。

 アインツベルンは聖杯を持ち帰れなかった自分達にどう対処するのか。

 そもそも汚染云々の事を激しく問い詰めたいが、ソレ以上に娘が心配である。

 

 エレインによって大聖杯が清浄化されれば、再び起こる戦争の為にアインツベルンは娘のイリヤスフィールを聖杯の器に据えるだろう。

 必然、切嗣とアインツベルンはイリヤスフィールを巡って敵対する。

 その時、自分は────。

 

「アイリスフィール? 顔色が優れませんが」

「セイバー」

 

 思考の渦に落ちていった彼女を掬い上げたのは、彼女の夫のサーヴァント。

 

「ふふ、気遣ってくれてありがとう。でも貴女も、人の心配をしている余裕は無いでしょう?」 

「……そんなことは」

 

 そんなセイバーの表情に溢れているのは、困惑だった。

 ランスロットとは二度と会えないと、聖杯を使って彼を含むブリテンの臣民を救う為に会ってはならないと。

 そう思った矢先にエレインの手段と目的を知り、心が揺らいでいるのだ。

 

 何より彼女の願望────王の選定のやり直しを行ったとしても、ブリテンが救われる事はない。

 何せブリテンの滅びは、人理定礎に於けるターニングポイントの一つ。

 英雄王ギルガメッシュによる神代の終末の確定。

 魔術王ソロモンの死による神秘衰退の加速。

 それらに並ぶ程に神代最後の国の滅びは、世界が完全に人の世に変わる最重要な転機の一つなのだ。

 ソレを覆すことは、ブリテン以外の人理を悉く覆すことを意味し、抑止力が動く案件になるだろう。

 モードレッドのように初めから滅ぼすつもりなら兎も角、アルトリアの想いは届かない。

 

「本当に浅ましいですね、私は」

「そんなことは……」

 

 それを言うなら自分もだ、という言葉を内心呟く。

 そんなアイリスフィールはセイバーの宿敵であり嫡子を盗み見る。

 アヴェンジャー────モードレッドは眉間に余りに深い皺を作り、頭を抱えてた。

 

 ランスロットの存命という真実は、彼女の心の容量を容易く上回った。

 何もかも投げ捨ててランスロットの存命を歓喜し、エレインに付いていきたい感情を、プライドと復讐者としての性質が邪魔をし、感情を表に出さずにいた。

 サーヴァントでなければ、知恵熱さえ出しそうな勢いである。

 

 そんな彼女のマスターであり、ランスロットの現状を1500年前にエレインと共に湖の乙女より知っていた氷室(ギネヴィア)は、エレインへの感謝と憧憬に溢れていた。

 輪廻を超えて己の願望を掴もうとしている彼女に、嫉妬すら超えて感嘆していたのだ。

 だが、

 

「────どうして、頭の中で何かが引っ掛かるのか」

 

 彼女の前世の記憶は、モードレッドを召喚した時点で殆ど戻っている。

 ただ、召喚した前後の記憶が混乱しているのか上手く思い出せない。

 それが、それこそが致命的であるという予感があったのだ。

 

 一方、勝者同然であるエレインはヴィマーナの上から冬木の夜景を見ながら中心に設置された玉座に座るアーチャーを見ていた。

 

 その英雄王は玉座にもたれ掛かり、まるで何かを心待ちにしているような表情をしている。

 それが彼女にとって堪らなく不安であった。

 

「おぅ、どうしたカーボネックの姫よ」

「あのサーヴァントの底知れなさを改めて再確認している処だ。して、聖杯は諦めたのか征服王?」

 

 そんな彼女に声を掛けたのは、マスターさえある意味敵に回ったライダー、征服王である。

 

「さぁの。まぁ、此度の遠征は困難を極めることは間違いない」

「そこで諦めたと言わない辺り、英雄たる所以だなライダー」

 

 エレインの呆れ混じりの称賛にガハハハ、と高笑いを上げる大男は戦術で戦略を覆した偉人だ。

 この程度の困難はよくあったことなのかもしれない。

 

「して、何の用かなライダー?」

「うむ、実はだな」

 

 急に神妙になったライダーは、エレインに近付き問いを投げ掛けた。

 

「お主、実は聖杯以外でも余を受肉させる方法を知っておらぬか?」

「……何故、そう思った」

「お主の知識量は、余の想像を遥かに超える。此度の聖杯戦争でもそれは明らかだ」

 

 知っていることを肯定する言い方で問い返した彼女に、ライダーはニシシと笑顔で答える。

 

「……ふぅ。調子に乗って語りすぎたか。沈黙は金、雄弁は銀。良く言ったものだよ」

「では、あるのだな!」

「あるにはある。だが受肉してどうなる? 先程の問答で世界征服は出来ないと身に染みたと思ったのは私の間違いか?」

 

 ライダーの生きた時代と現代は余りに違う。

 何よりケイネスはライダーの神秘の漏洩を絶対に赦さないだろう。

 

「それは神秘の漏洩故であろう? 小僧に聞いたぞ、現代は血統ではなく民に選ばれた者が王になるのだと」

「……ウェイバーが倒れているのはそれが原因か」

「うむ! 余の時代の征服が駄目ならば、郷に従うまでよ。余は再び王として君臨し、現世なりの方法で覇道を為すまで!!」

 

 根こそぎ聞き出されてムンクの叫びが如き面貌で伸びている少年と、諦めることをまるで知らない大王を見て嘆息しながら答えた。

 

「サーヴァントに三画全ての令呪で以て『受肉せよ』と命じれば、一応は受肉出来るだろうよ」

「おぉ!! 真か!」

「嘘は言わんさ。尤も、ケイネスがソレを承服するかは話は別だ。頑張って説得するがいい」

「プレストーン、貴様ッ」

「はははは。様々な手段で説得されるだろうが、尻は護れよ? 流石に妹の婚約者が男に襲われるなど、ブラム学部長に顔向けできん」

 

 ギョロリ、と此方を向くサーヴァントに本気で自害を命じようと、青褪めたケイネスが思った直後に、

 

「────皆さん、着きましたよ」

 

 一行を乗せた舟は目的の場所に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────それは星を祭る祭壇だった。

 

 本来暗闇のはずの空洞を、その祭火の焔身は照らしていた。

 しかしそれは聖火の炎とはまるで違い、その色は彩を食い潰さんとする黒。

 その祭壇は最早嘗ての荘厳さを微塵も残さず失い、悪神を奉る冒涜のソレに。

 

 大空洞『龍洞』の中心、そこに安置されている大聖杯は────無色など烏滸がましいほど禍々しい、呪いの汚泥を撒き散らす災厄の釜と成り果てていた。

 

「────馬鹿な」

 

 これ程とは────。

 その場にやって来、闇色の炎に照らされ二の句を口に出来なくなるほど絶句した時臣とアイリスフィールが、崩れ落ちるように膝を突いた。

 判るのだ。

 これは母の胎に等しい。

 

 英霊の魂という養分を欲し生まれ出ようとする者の子宮なのだと。

 そして悟る。

 これは我々を滅ぼすに足る存在なのだと。

 

 そんな大聖杯にランサーは唾を吐き捨て、セイバーは静かに目を閉じる。

 アヴェンジャーは下らなさそうに舌を打ち、氷室(ギネヴィア)は手で口を押さえた。

 

「ここまで……ッ」

 

 ルーラーは唇を噛み、物事の深刻さを思い知る。

 そんな彼女に、エレインは十割の善意で忠告をする。

 

「裁定者のサーヴァントは聖杯────────詰まる所コレ(・・)に召喚される訳だ。此れの目的は己の誕生。必要な栄養は召喚される英霊総て。ならその栄養を効率良く摂取する方法は何だ?」

「……ッ!」

「気を付けろ、これの干渉があれば貴様とて容易く塗り潰されるだろう」

 

 裁定者のサーヴァントは聖杯戦争に参加する全サーヴァントに使用可能な令呪を各サーヴァントごとに二画保有するスキル、『神明裁決』を有する。

 それでサーヴァント全員を自害させればいい。

 たったそれだけで『この世全ての悪』は誕生する。

 

「今、それをしないのは先程保険を作った際(・・・・・・・・・)にも言ったが、マスター達の令呪が消費されていないからだろう」

 

 令呪を令呪で相殺する。

 どちらの命令が強くなるかは、サーヴァントの意思次第。

 仮にルーラーを大聖杯が汚染し、自害を強要しようともマスターが令呪で対抗すれば行動不能になるものの防げないことはない。

 

 だが、エレインには疑問があった。

 この汚染された聖杯ではルーラーを召喚できない筈だった。

 もし仮に何らかの理由で召喚可能となったとして、何故態々この聖女を召喚した?

 大聖杯の中に巣食う『この世全ての悪』には自我がない。

 あるのは既に受諾された「この世全ての悪であれ」という願いと、大聖杯としての聖杯戦争を執り行う機能のみ。

 それなのに何故ジャンヌ・ダルクは浸食され属性が反転していない?

 いやそもそも、もっと都合の良い人格のサーヴァントを見繕えばよかっただろうに。

 

(────抑止力か?)

 

 ジャンヌは生前抑止力に後押しされた存在である説が存在する。

 彼女の召喚に抑止力が関わっている可能性はあるだろう。

 

 だが、その場合何に対しての抑止だ?

 アンリ・マユか?

 

 改めて様々な疑問がエレインの思考を占めていた処、ケイネスが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「確かにこれを正常にするなら、聖槍でも必要だろうな」

「おや? そこは自分ならば、と大言壮語すると思ったのだが」

 

 エレインの言葉に、傲慢な彼らしくない感傷に染まった表情を作る。

 

「私とてこれをソコまで過小評価など出来んよ。ただ、これ程見事な術式がここまで台無しにされているのを観ると、余りに惜しい。見るに堪えんよ」

 

 心底口惜しそうに大聖杯を見て、静かに目を閉じた。

 そんな彼の変化を、エレインは内心驚きながら見届けた後に、この場に来る切っ掛けとなった少年王を観る。

 

「これで満足かアーチャー」

 

 主催者は自分達の求めていた物の有り様を見て失意に暮れ、他のサーヴァントやマスターも危険性に即座に浄化を望んだ。

 

 セイバーとアヴェンジャーは想い人との再会の希望を見て、戦意は削がれた。

 ランサーは元々聖杯に興味が無く、ライダーもこれを見てソレでも受肉を望むほど阿呆ではない。

 そして主催者は対処不能。

 第四次聖杯戦争、事実上の中断────終結を意味していた。

 

 そう、汚泥にまみれた大聖杯を観ているアーチャーに問い掛ける。

 しかし、

 

「……アーチャー?」

 

 エレインの問いに、彼は答えなかった。

 否。アーチャーは彼女の問いなど聞いておらず、そもそも大聖杯など見ていなかった。 

 大聖杯が安置されている場所、その少し手前を見て凄惨なまでの笑みを浮かべながら注視していた。

 

 まるで其処から目を逸らしては危険だというように。

 幼年期とはいえ、あの万夫不当の英雄王がである。

 明らかに異常だ。

 確かに霊体が触れれば即座に拘束・分解されるあの大聖杯は、サーヴァントにとって死神に近い。

 が、慢心をしないあの少年王ならばそこまで脅威ではない筈だ。

 

「静かにしろエレイン」

 

 そんな風付きのアーチャーに困惑する彼女を尻目に、ランサーがエレインの前へ青色の戦装束を纏って出る。

 間違いなく、戦闘態勢であった。

 

「気ィ抜くな────いるぜ(・・・)

「な」

 

 エレインは驚愕しながら、ランサーの猛獣のような視線の先を追い────見つけた。

 

「あれは────」

 

 倉庫街でセイバーとアヴェンジャーを一蹴した、黒いローブを纏った謎のサーヴァント。

 ソレが丁度彼女達と大聖杯の間で、邪悪に鳴動する大聖杯を仰ぎ見ていた。

 

 聖杯を巡る四度目の戦争。

 その波乱が今、起源『傍迷惑』(だいたいコイツの所為)の元へと遂に収束する。

 

 

 

 




やせい の らんすろ が あらわれた


実はアイリスフィールが持ってる盗聴器から話を把握して百面相してたケリィ。

そしてイスカンダルは大統領への道を歩き始める────────!
史実からしてバイだからね仕方ないね。

そして主人公なのに某人間大好き系吸血鬼並みに出番がなかった主人公、参戦。


いつも感想ありがとうございます。
修正or加筆点は随時修正しますので、よろしければ誤字報告システムをご利用いただければありがたいです。

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