「────なぁ、本当に大聖杯を破壊して良いのか?」
『ぬっ?』
まだその阿呆が柳洞寺に赴く前。
間桐家の玄関前で、そんな問答があった。
『どないしたんイキナリ』
「お前は念話を良いことにハッチャケ過ぎだろう……セイバーともう一人のサーヴァントの事だ」
間桐雁夜は目の前の男とセイバーとアヴェンジャー、つまりアーサー王とモードレッドとの関係を知っている。
この男がどれほど大切に思っていたかを知っている。
彼女達も聖杯戦争に参加した以上、聖杯を求める何らかの理由を持っているのではないか。
大聖杯を破壊することは聖杯戦争を、少なくとも別の大聖杯が造られるまで終わらせる事を意味する。
ランスロットの行動は、聖杯を求める彼女達に反するのではないか────と。
すると彼は念話ではなく口で言葉を発した。
「願望機、それが完成された状態で使用されるのは極めて稀だが、叶えられた願いは一様にこの世界を大規模に変える願いでは
ランスロットの知る限り、正史に於ける冬木の聖杯戦争で願望機としての機能が使われたことはなく、あったとしてもそれは第三魔法という大聖杯本来の役目を行使しただけ。万能の願望機としての機能ではない。
あり得たかもしれないifでも、ルーマニアで完成した大聖杯は世界の裏側に持ち出され機能を停止させられている。
はたまた別世界の月の聖杯戦争では勝者は結果的に消滅し、裏側で聖杯を掌握した者も直ぐ様滅ぼされた。
おおよそ万能の願望機としての機能で叶えられた願いは、聖杯そのものの『並行世界の移動』と『移動した場所での幸福と善き出会い』。
世界を変えるとは言いがたく、そもそも聖杯を手放している。
ソロモン式聖杯? あれは例外である。
オラ早く新しい特異点作って聖杯寄越せや。
「その点、アルトリアやモードレッドは間違いなく歴史を変えるレベルの変革を求めるだろう。当時のブリテンは何かと面倒な立ち位置だったからな。考えられるのは、アルトリアなら故国の救済。モードレッドは……何だろうな」
故に真の意味で二人が聖杯を獲ることはないだろう。
有ったとしても現実でもあり、もしもの世界。正常な時間軸から切り離されている世界の観点からすれば意味不明なもの────特異点などの抑止力の影響が少ない場所でのみ。
「何より、アルトリアは恐らく抑止力との契約で聖杯戦争に臨んでいる。少なくとも彼奴に聖杯を掴ませるわけにはいかない」
アルトリアは死に伏した際、『聖杯を得ること』を対価に世界と契約している。
故に彼女が聖杯を掴んだが最後、世界の虜囚たる守護者と成るだろう。
「そうなれば俺は
「お、おう」
「何より、聖杯戦争は悲劇を産み出す。それは俺よりもお前がよく知っている筈だ、雁夜」
「桜ちゃん……」
間桐桜。そして何より間桐雁夜こそ聖杯戦争に於ける最大の被害者の一人だ。
そんな彼の呼び声に応えたからこそ、この男は此処に居るのだから────。
第二十一夜 宣戦布告
暗闇に闇色の炎を揺らめかせる災厄の釜を背後に、その男はルーラー達へ振り向いた。
「あの野郎……!」
アヴェンジャーが男との初戦に於ける醜態を思い出したのか、その感情に呼応して魔力が赤雷として火花を散らした。
「落ち着きたまえ。そのまま汝が突っ込んでも、以前のようにあしらわれるだけだ」
「────……チィッ!」
モードレッドは好戦的だが、決してバカではない。
この場で戦闘をしても先の焼き増しだろう。
打開策は彼女の邪剣による真名解放だが、しかし大聖杯があるこの場でそんなものを使うわけにはいかない。
黒く、よく見ればローブの先端が靄のように漂っている様は、明らかに尋常の装いではない。
やはり、何らかの宝具の類いであると考えられる。
そんなアヴェンジャーと彼女を諌める氷室を尻目に、エレインが驚きと共に呟く。
「驚いたな……独力でこの場に辿り着いたのか」
エレインの呟きが大空洞に響き、アイリスフィールと時臣が同意する。
この場は様々な、大聖杯等の聖杯戦争の仕組みの真実に辿り着かなければ至れない場所だ。
エレインは例外として、御三家秘中の秘は伊達ではない。
その仕組みは英雄王でさえ、考案者は神域の天才と述べるほどである。
「いや……そうでもないか」
この場にいない言峰綺礼は恐らくアサシンのマスター。
つまり消去法で残っているのは、御三家である間桐のみ。
となれば大聖杯の存在も、その場所を知ることも可能だろう。
(だが、何故今此処に居る)
エレインが思慮に呑まれている最中、ルーラーが前に出て口を開いた。
「見ての通り、大聖杯は汚染されています。今回の聖杯戦争は中断されました」
ルーラーの言葉に、耳を傾けるように黒衣のサーヴァントは姿勢を向ける。
その姿に彼女は内心安堵しながら、言葉を続ける。
「そしてランサーのマスターである彼女────エレインだけがアレに対して確実な解決手段を持っています。アレの正体は事態が終息してから他の御三家や監督役から説明があるでしょう。今は第四次聖杯戦争が終わらざるを得ないのだと理解してください。貴方が間桐のサーヴァントであるなら、その事を貴方のマスターにお伝えを」
「────────」
素顔を欠片も見せないローブの向こうには、驚愕しているだろう感情がまるで読めなかった。
だがそれも驚きはしない。
動揺さえ隠蔽してしまうほどの高ランクな宝具なのだろう。
『……そうか』
事実、モードレッドを除けばこの場の面々は初めてその者の声を聞いた。
それはまるでフィルターの掛かったような変声。
「とは言え、マキリの妖怪が『はいそうですか』と素直に納得するとは思えんがな」
吐き捨てるように、最大限の嫌悪を込めてエレインが間桐家の頂点を侮蔑する。
この状況下、御三家の中で足掻きそうなのが間桐臓硯であった。
アイリスフィールの様に根源に興味がなく、時臣の様に令呪をギルガメッシュに奪われる様な事態に陥っていない唯一の御三家であるからだ。
特に彼は蟲に身体を入れ換えた結果、魂が腐敗。
嘗ての崇高な理念は醜い妄執へ成り果て、目的と手段は入れ替わった。
この場に居る者達が聖杯を諦めているのは、偏にアンリマユの排除を優先している英雄達だからに過ぎない。
だが間桐臓硯は違う。
嘗て正義を志した魔術師は、人の命と苦痛を食い物とする妖怪に成り果てた。
不老不死という目的となってしまった手段の為なら、他人がどれだけ死んだところで気にもしないだろう。
『……あぁ、それは無い』
しかしそんなエレインの警戒を、そのサーヴァントは杞憂と断じた。
『あの哀れな妖怪は、俺がこの地に来て最初に滅ぼした』
「────────」
その発言に、間桐臓硯の正体と力を知っている者は少し驚いた。
間桐臓硯は蟲の群体。魂単体で蟲を支配する術を得た、正真の怪物である。
核となる本体は存在するが、そんな弱点は絶対に安全だと確信した場所に隠れているだろう。
故に現れる臓硯は全て触覚となり、替えの効く蟲。
そんな妖怪を滅ぼしたというのは、サーヴァントでも容易ではなかった筈だ。
だが、そうなれば話の辻褄が崩れる。
「では、お前は何のために此処に来た」
『俺は大聖杯を破壊するために此処に居る』
「────!!」
────────何もかも台無しになってしまいますよ?
(危ねぇッ……!!)
ほぼ全ての者が、ギルガメッシュのファインプレーに胸を撫で下ろした。
後数分此処に来るのが遅れていれば、大聖杯は破壊されていただろう。
更に最悪の場合、消しきれなかった泥は冬木の街を地獄へ変えていたやも知れない。
(加えて、目の前の
セイバーとアヴェンジャーという最上級サーヴァントの激突に割り込み、加えてアヴェンジャーをあしらい強制的に戦線離脱させる能力。
そして大聖杯の存在を知り、聖杯の価値を天秤に掛けて破壊を優先させる善性。
少なくとも反英雄ではない。
加えて会話ができるという事は、説得も可能だということだ。
「そ、そうでしたか。間に合って何よりです」
ルーラーが溜息を吐きながら安堵する。
実際、そのエレインの予想は間違っていなかった。
「ですがその必要はありません。彼女、ランサーのマスターが大聖杯の汚染を除去する術を持っています」
それ故に、聖杯戦争の参加者はエレインを勝者にしなければならない。
それほどに、大聖杯から生まれ出る者が危険なのだ。
此処に来るまでは渋っていた時臣も、既に諦めていた。
だが、
『
「え?」
この男は、聖杯などハナから欲していなかった。
『汚染されていようがいまいが、関係がない。俺は大聖杯を、聖杯戦争を終わらせに来た』
絶句であった。
特に魔術師であるマスター達とアイリスフィールは、その言葉を正しく理解するのに相当力が必要だっただろう。
ウェイバーがいの一番に反応できたのは、やはり無理難題や突拍子の無い発言をするライダーに付き合っていたから。
「お、オイお前! 話聞いてたのかよ!? もう聖杯を破壊する必要は無いんだよ! プレストーン先生しか聖杯を浄化できない以上、先生を勝たせないと不味いんだよ!」
「いや坊主、コイツはちと違う様だぞ」
「へっ?」
ライダーが察したように、ウェイバーを黙らせる。
「……どういうことだ」
『聖杯戦争は今回で終わりだ。第五次は無い』
「な────」
何故。
理解ができない。
大聖杯は聖杯戦争を、何よりサーヴァントを支える存在だ。
サーヴァントが大聖杯を破壊しようとするなど、今回の大聖杯の汚染のような事態が発生しエレインのような解決手段が無い場合のみだ。
それはまだ理解できる。
だが解決手段があるにも拘らず大聖杯を破壊するとはどういうことか。
「何故? 何故態々、大聖杯を破壊しようとする」
セイバーが問う。
目の前の男の、動機がまるで解らなかった。
『危険だとは思わないのか?』
「は?」
アイリスフィールと時臣を見て、
『倫理など度外視する、呪いの如く代々参加を義務付けられた魔術師によって行われ』
男の、ローブによって暗闇に隠された視線が、しかしマスター達を見据える。
『秘匿さえすればどの様な非道も黙認する魔術師に使役される、場合によっては街そのものを破壊する程の力を持ったサーヴァント』
そして最後に、サーヴァント達を見た。
『そして何よりそれらに巻き込まれる人々』
男が思い出すのは、聖杯戦争によって心を閉ざした少女と、彼女を助けようと己の命さえ投げ出した当たり前の人間性を持つ凡庸な男だった。
『お前達は危険だと思わないのか?』
「それは────」
────それを言っては仕舞いだろう。
正にそんな言葉だった。
そう、誰も彼もが聖杯を欲し、その戦いを欲し、ソコにいる市民の安全など二の次であった。
当然だ。魔術師とは本来外道と称される存在なのだから。
一般人への配慮は、神秘が漏洩しないための事後処理程度。
そんなことを今更持ち出されても困るというもの。
そして複数形にも拘わらず、その言葉はセイバーのみに向けられている様だった。
セイバーは、己の持つ聖剣を見下ろす。
街中で使えば、場合によっては一度に百を超える人間を殺せるだろう。
勿論そんなことをするつもりは毛頭無い。
だが、有事の際に絶対にしないと断言できるだろうか。
自分は使わなくとも他のサーヴァントが使わないとは限らない。
もし敵のサーヴァントが、仮に背後に護るべきマスターが居て避けられ無い場合、自分は聖剣を振るわずにいられるだろうか。
「成る程……」
エレインは理解した。
目の前のサーヴァントは聖杯によって得られるメリットより、聖杯戦争によって起こりうるリスクを注視したのだ。
「御高説は結構だが、お前がどの様な考えを持とうが関係がないぞ。ルーラーのクラススキルを知らないのか」
『……?』
サーヴァントが未だ一騎も脱落していない状態で、舞台装置である大聖杯を破壊しようとする。
ルーラーは聖杯自身に召喚され、『聖杯戦争』という概念そのものを守るために動き、なにより聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐためのサーヴァントである。
この大聖杯を破壊すると言いのけたサーヴァントは、間違いなくルーラーのペナルティ対象だ。
「私は聖杯戦争を円滑に、確実に大聖杯を正常化させて、何より罪無き市民を護るために存在しているサーヴァント。貴方の言い分は判りますが────」
『市民を護るために? 笑わせるな。真に民草を愛し、護らんとするならば聖杯戦争など運営するのが間違っている。そして何より、お前のような存在が次も召喚される保証など無いんだ』
「……っ」
『英霊同士の戦いに、このちっぽけな街が堪えられると思うか? 魔術師という外道が起こしている、基本神秘の漏洩さえしなければ何をしてもいいこの戦争に、この街の人間がどれだけ危機に晒される? お前ならば、問うまでもない筈だ』
「それは────」
当たり前すぎる人を思いやる言葉にルーラーの、聖女の瞳が揺れる。
或いは、彼女が憑依した少女だったのかもしれない。
「────もういい」
だが、ソコにエレインが会話を断ち切った。
「ルーラー、問答は最早無意味だ。漸くここまで来たというのに、最後で台無しにされてたまるか」
大聖杯を破壊されてどうなるか解らないのは彼女も同じ。
最悪、大聖杯からの
「さっさと令呪でこのサーヴァントを縛れ。高説も大聖杯の破壊も、全て終わってからにしてもらおう」
「……解りました」
『何を言っている?』
「ルーラーのクラススキルだ。さっきも言っただろう、お前がどういう考えを持っていようが、セイバーのような最高ランクの対魔力か英雄王のような何者にも汚染されない強すぎる自我でもない限り、令呪には抗えない。仮に両方に該当しようとも、二つ重ねられれば終わりだ」
エレインが放つ苛立ちを隠さない言葉に、ルーラーが神明裁決────ルーラーに与えられた
大聖杯の汚染を除去することこそ、目下最優先事項なのだから。
内心謝罪しながら、左手を掲げようとし────気が付いた。
「…………えっ?」
目の前のサーヴァントに対して、令呪が何ら起動しないことに。
思わずといった風に、令呪を使用しようとしたそのサーヴァントを見詰める。
そして、
そのサーヴァントと思っていた存在は、余りにアッサリとそう言い放った。
◆◆◆
「……………………は?」
今日は様々な驚愕があった。
大聖杯の汚染に始まり、王達の問答。
ライダーイスカンダルの覇道に、アーチャーギルガメッシュの強大さ。
アヴェンジャーモードレッドの復讐と、セイバーアルトリアの告白。
エレインの目的と手段と、ロンギヌスという贅沢すぎる大聖杯の汚染除去手段。
マスター、或いはサーヴァントは幾度も驚愕に表情を覆った。
だが、これはそのどれをも超えた衝撃を彼等に与えていた。
「…………サーヴァントじゃ、ない?」
アイリスフィールが震える声で、復唱した。
まるで自分の聞き間違いだと、現実逃避するように。
だが、現実はありのままだ。
『サーヴァントでも、サーヴァントを召喚したマスターでもない。俺はこの聖杯戦争という意味でなら、部外者だ。故に俺に対して令呪で縛ることなど出来はしない』
最上級サーヴァントの本気の激突に割り込み、圧倒する能力。
ルーラーの真名看破さえ防ぐ隠蔽能力。
それを為せる者が、サーヴァントではない。
流石にこれは、彼等とて理解不能だった。
「じゃあ貴方はサーヴァントでもない、ただの人間だっていうの?」
『ついでに言えば、魔術師ですらない』
「そんな────」
馬鹿な。
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
そんな理不尽な存在が居るなど、想像しろと言うのが無茶というもの。
そんな中でエレインが、現実逃避ではなく怒りに震える声で問いを投げ掛けた。
「サーヴァントでも魔術師でもないただの人間が、既にサーヴァントがこの場に居る聖杯戦争の大聖杯を破壊すると?」
『そうだ』
「……自分の言っている意味を解っているのか」
『聖杯戦争を終わらせる、俺の此処に来た目的はそれだけだ』
「────それはこの場に居る私達全員を敵に回すという事なんだぞ!」
マスターと、特にサーヴァント達は殺気立つ。
今すぐの大聖杯の破壊は、彼等の目的を阻む行為だ。
セイバーは何らかの方法で現界し続け、世界の外側に居るランスロットの元へ向かわなければならない。
ライダーもマスターを説得して受肉しなければならない。
今大聖杯を破壊されれば彼等を支える魔力供給の大部分を占めている大聖杯からのバックアップが喪われ、マスターの魔力供給だけでは現界を維持できなくなるだろう。
そもそもエレインの計画自体、予想もできない大聖杯の破壊によって頓挫するかもしれないのだ。他人事ではない。
そうなればランスロットを求めるアヴェンジャーも、黙っている訳にはいかなくなる。
そも御三家の者にとっては、大聖杯を破壊されるなど沙汰の外だ。
絶対にさせるわけにはいかない。
そして大聖杯を破壊した時、その中身を殺し尽くせなければ災厄の泥は地上に溢れ返るだろう。
ルーラーたるジャンヌはこの現代の冬木の街に居る人々を護る為にも、その可能性を微塵とて残すわけにはいかないのだ。
必然的に、五組のマスターとサーヴァントとルーラー全員を敵に回すことになる。
その中に英雄王が存在している時点で、仮に同格たる彼唯一の盟友がこの場にいても彼等に勝てはしない。
確かにその男は正体不明の力を有しているかもしれないが、流石にこれは仮に魔術師に意見を聞いても自殺願望者と捉えられても仕方がない。
一般人の無謬の平和を護るために動くことのできる人間を、ルーラーは尊いと思う。
そんな人物を傷付けるなどしたくない。
だが、彼女には聖杯戦争の義務がある。
彼が今大聖杯を破壊するというならば、排除しなければならない。
そんな状況だ。
だが、それでも男は欠片も揺らがず、
『────委細承知』
宣戦を布告した。
「ハハはハハハはハハハハハハハッッ!!!」
耐えきれないとばかりに狂笑を上げたのは、この場でこの事態を唯一望んでいたサーヴァント。
人類最古の英雄王は、顔を手で覆って悪魔の様に嗤っていた。
「そうでしょう! そうでなくては!!」
ギョロリと、豹変した少年王の眼光が呆然としている聖女に向けられる。
「さぁ、状況は把握できましたか? 聖杯戦争の部外者が、この戦争を邪魔しに現れ宣戦まで布告した。このままではこの破綻した聖杯戦争が、最悪の形で破綻しきってしまうよ。なら、貴女がすべき、言うべき事がある筈だ」
「それ、は」
「我々サーヴァントに
「────っ!」
この英雄王は、言えと言うのか。
「言え。言え言え、君は言わなきゃならない」
「しかし……ッ」
この、罪もない市民を護るために立ち上がった正しき人間を、我等の勝手極まる理由の為に。
人としての、聖女としての彼女が悲鳴を上げそうになる。
そもそも大聖杯の破壊も、今しなければならない理由はないのではないか。説得に力を費やせば、彼も解ってくれる筈だと。
エレインがアンリ・マユを滅ぼしてからでも、遅くは────
『言え、言うんだ』
「────」
ルーラーの迷いを、庇おうとした本人がその思考を一蹴する。
問答は最早埒も無し。
宣戦は既に布告されている。
直後の彼女は何かに追い詰められる様だった。
「────ッ、ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において! この場に集う全サーヴァントに令呪を以て命ずる!!」
ルーラーは令呪が刻まれた左手を掲げ、痛々しく叫んだ。
それが市民を護るためにこの場に現れた一人の人間を、磨り潰す行いに他ならないのだと知っているから。
「大聖杯を破壊せんとする外敵を、排除せよッ!!」
裁定者のサーヴァントの命令に、令呪が光り輝く。
その光は命令を受諾すると同時に弾け、その行動を律する鎖のようにサーヴァント達へと絡み付いた。
だが命令は寧ろサーヴァント達の行動を後押し強化するだろう。
そして命を受けたサーヴァント達の中で、やはりこの男がいの一番に動き出した。
「ならば! 一番槍はこの征服王が頂くぞ!!」
名乗りを上げた、筋肉が膨張したかと見紛うほどの気合いを迸らせるライダーを中心に、旋風が吹き荒れる。
それもこの冬の日本には絶対に吹かない、熱く焼けつくような風だ。
追加に肌をざらつかせる礫────まるで灼熱の砂漠を吹き渡っていた砂塵であった。
少なくともこの冒涜の大空洞であっていい物ではない。
「なっ、ライダー!?」
「これだけの益荒男達を前によくぞ言った! だからこそ、余は全力を以てそれに答えよう!!」
轟々渦巻く熱風の中心でライダーが口を開く。
「セイバー! アーチャー! 今一度王の問答を聴かせよ────王とは、孤高なるや否や!」
その問いにアーチャーは口元に寂しげな笑みを浮かべた。
名君であった彼は、成長と共に唯一人の道具を連れて孤高を選んだ。
英霊としては兎も角、幼少期の側面が強く在る彼の意識としては、盟友との出会いはまだ迎えていない。
どちらにせよ、神と人とも違う視点を持つ彼は名君であったが孤高であったのかもしれない。
「王は……孤高であらねばならない」
セイバーは己の半生を思い出すように呟いた。
彼女個人としてはランスロットの存在は余りに大きく、しかしその関係は悪く言えば依存に近かった。
己の王道、その果ての滅びを思い返せば解答に躊躇はない。
王として正しきは、孤高こそ最善手であったのだと。
「成る程、その様な王道も在るやもしれんし否定はすまい。だからこそ、貴様らに今此処で! 余の王道を見せ付けてやらねばなるまいて!」
砂塵の勢いが強まり、視界を保つのが難しくなった時。
砂塵が大空洞を塗り潰した後、条理ならざる理が現実を覆した。
「嘘……」
「そんな……っ」
そこには大空洞も、大聖杯も無い。
その理不尽の有り様の一つに、魔術師達が特に反応した。
「固有結界────だと!?」
照り付ける灼熱の太陽によって、晴れ渡る蒼穹。
熱風吹き抜ける広大な荒野に、砂塵舞う大砂漠。
それは魔法に匹敵するとされた、魔術の深奥。
魔術の大禁呪、魔術の極限であった。
「心象風景の具現化……、魔術師でもないお前が!?」
「無論違うぞ我がマスターよ。余一人が出来ることではない」
現実を浸食した結界の中心に、誇らしげな笑みを堪えたライダーは否定する。
『……御大層なものだ』
ローブ男の見えざる視線が、彼等の後ろに移った。
ウェイバーは思わず振り向き、絶句する。
其処には、あり得ざる『軍勢』があった。
「この世界、この景観をカタチに出来るのは、これが我等全員の心象であるからである!!」
蜃気楼の様なソレラが、次第に厚みを備えていく。
ウェイバーとアイリスフィールには解らなかったが、マスター達は理解した。
それが自分達の行ったことと、意味合いが同じだと。
「一騎一騎が、サーヴァントだと!?」
マスターに聖杯が与える、サーヴァントの霊格を見抜き評価する能力。
それが、その軍勢の正体を現していた。
「見よ、我が無双の軍勢を!」
肉体が滅び魂が英霊の座に召し上げられて尚、王に忠を誓い続ける伝説の勇者たち。
彼等が王の召喚に応じ、サーヴァントとして馳せ参じたのだと。
「彼等との絆こそ我が至宝、我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具────『
時空すら越える臣下との絆が宝具にまで昇華された、彼の王道の象徴。
征服王イスカンダルの持つランク評価規格外、独立サーヴァント連続召喚対軍宝具。
それが唯一人にのみ向けられていた。
他のサーヴァントが戦うまでもない。
万を超える軍勢に、黒いローブ男は圧し潰されるだろう。
それは最早闘争では無く、掃討ですらない。
『……ふむ』
だが、その脅威にさえ男は何ら揺らがなかった。
『征服王イスカンダル、正直
あまつさえ、眼中に無かった。
たった一人に、一人一人が一騎当千の勇者数万の軍勢を向ける。
その意味では、ライダーは慢心など欠片もしていなかった。
己を含め、原初の英雄王にケルト神話最強の大英雄。
常勝の騎士王に、それを屠った反逆の騎士。
それらに対して宣戦を布告した者が、どれ程なのか。
恐らく英雄王を除けば、ライダーは感覚的に理解していた。
「────来るぞ」
男の影が揺らぎ、砂漠に広がっていく。
それは扉であり、深淵であった。
ライダーの軍勢全てに影を落とす程の、絶望が現れた。
「…………嘘」
一騎当千の勇者? 数万の軍勢?
塵が何れだけ集まろうが、塵の山でしかないだろうが。
『────は』『はは』『ははッ』『ははは!』『ハハハハハハハハハハハハッッ!!』『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!』
余りに巨大すぎるその笑い声は、大きすぎるが故にまるで断続的に聞こえ、それだけで人間を粉砕する衝撃波に近かった。
そんな彼等を塵と断じる絶対強者が、その鎌首を滾らせる。
幻想の獣において最強とされる種。
それを倒すことだけで最高の偉業として人類史に刻まれる、幻想の中の幻想。怪物の中の怪物。
「あり得ない」
ブリテンの赤き竜王。
その化身と呼ばれたアーサー王が呆然と、男の影から現れた巨大な『赤』に対して呟いた。
強大すぎる絶望が、開戦の号砲として王道の象徴たる世界を軋ませる。
────こうして、第四次聖杯戦争最後の夜の戦いが始まった。
初手、『王の軍勢』対『偉大なる赤き竜』。
感想多すぎぃ!!