湖の求道者   作:たけのこの里派

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第七章記念
そしてパソコンがぶっ壊れた。


第二十二夜 太極の具現

 幻想種────

 文字通り、幻想と神秘に生きる生命を指す名称である。

 それは魔獣、幻獣、神獣など魔術師が、その性質や神秘の多寡によって位階に区別する超常の存在だ。

 

 魔の如く、幻の如く、神の如く人々に想像された獣。化外、怪物、化物。

 古き伝説の中にしか存在しない、実在せざる幻想。

 人が犬猫や馬、草木等の動植物の形態や生態をつぶさに記録する傍らに、同様に知識として記された異形の生物群。

 或いは、過去の時代に息づいていたかもしれないと魔術世界では認識されている。

 

 そんな、かつて世界に伝説のままに厳然と存在した彼等は、しかしその多くは姿を消した。

 神秘溢れる神代の時代から、人理へと移行するにつれその肉体を棄て、魂となり世界の裏側、或いは外側に移り住んだが故に。

 

 そんなかつて存在していた幻想種の中でも、頂点と呼ばれる者達は在る。

 ────竜種、ドラゴン。

 分類としては幻想種同様「魔獣」「幻獣」「神獣」の全ランクに存在しており、なおかつその中で最優良種と見なされることが常である『幻想種の頂点』。

 

 決して人では敵わず、ソレを斃した時点で問答無用に人類史に英雄として記録される、地上全土に於ける最強の魔。絶対の幻想。

 

 そして────十字教の台頭によって、西洋に於いては魔とされる竜種の中でも数少ない異例。

 西暦以降に最後の神代の国とされた地で信仰を受け、守護神として存在した竜が居た。

 

 悪しきサクソンの白き竜を撃ち破った、ウェールズの象徴。

 その化身とされた大英雄はその地の過去、現在、そして未来の王として君臨するとされる勝利の竜。 

 

────『赤き竜(ウェルシュ・ドラゴン)』。

 

 そんな竜でありながら信仰を受け龍や神霊に近い規格外が今、敵として現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話 太極の具現

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────ふはははははははッッ!!! 仮初めとは言え久方振りの大地! 久方振りの人間だ!! 「主」の天蓋の下ではヒトなど皆無だったからな!』

 

 その偉大なる威容が、当然のように人の言葉を口にする。

 それそのものが最早宝具の域の衝撃波として、マスターとサーヴァント達に襲い掛かるが────。

 

「危ないなぁ」

 

 アーチャー────ギルガメッシュが即座に動いた。

 マスター達の眼前に出現した透明の障壁は、人間を容易く爆散させる轟音を遮った。

 しかし断続的に襲ってくるソレに、マスター達は悲鳴をあげる。

 

「キャァ!」

「うわぁ!?」

 

 サーヴァントは兎も角、強度が人間でしかないマスター達にとっては死の咆哮だ。

 しかし、それはあくまで音。

 

「フン!」

 

 エレインが素早く聖槍を抜き、世界の大気を掌握して前方に真空を作り出した。

 空気中の波でしかないソレは、真空に阻まれ彼等には届かない。

 

 ただの一挙一動が、人を圧砕する。

 それこそ殺意を以て睨み付ければ、人など塩の柱に変えるだろう。

 

 例外であるエレインを除き、その威容に晒されたマスター達は尻餅を突いて固まっていた。

 無理からぬ話である。

 もしサーヴァント達が居なければショック死するほどの恐怖だ。

 

 エレイン自身、『槍』を持っていなければ恐怖で震えていたかもしれない。

 

「(しかしこれではライダーの宝具も……)」

 

 万軍を率いる、イスカンダルの文字通り無双の宝具。

 こと白兵戦を主とするサーヴァントには絶対の脅威を誇るイスカンダルの固有結界も、しかしあくまで人相手。

 神霊に匹敵する程の竜種相手では、その特性は満足には活かせないだろう。

 

 だが、

 

「────く、ククク」

 

 その男は馬鹿であり、

 

「クククク、ハハハ、ガーッハッハッハッ!! 何が出るかと思えば、なんとかの名高きウェールズの赤き竜! 何という威容! 何という圧力!! 何という奇縁!!!」

 

 何より、英雄であった。

 

「あぁそうだとも、確かに余は生前竜殺しを成せてはいない。だからこそ此度の召喚、感謝するぞマスター! この遠征にて、その偉業を為す機会を与えたことを!!」

 

 剣を掲げ、大望を抱く。

 憧れた神話の中の英雄達に並べるのだと。

 これで燃えねば英雄などと名乗れはしないと。

 

「我が勇者達よ! 我等が挑むは偉大なる赤き竜、相手にとって不足無し!! 敗戦濃厚の戦いこそ、闘志とは猛り燃え上がるのだ!!!」

 

 『彼方にこそ栄えあり』。

 元より彼の求めるモノは、無理難題。

 そして無理を通して道理を蹂躙したが故に、男は『征服王』と呼ばれたのだから。

 

「────いざ! 竜殺しと征こうではないか!!」

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』

 

 兵共の夢の跡。

 それを前に、竜とその天蓋は欠片も動じない。

 英雄の、人の足掻きを愛でるのが竜であり。

 その天蓋たる男にとって、軍勢とは単騎で蹴散らすものだからだ。

 

『さて、オレを出したのはどういうことだ? 主ならオレなど呼ばずに持ち前のイカレ具合で敵など、この脆弱な世界を含めて塵芥以下だろう』

「………」

 

 その威容に不釣り合いなほど穏やかな声で、己の主に赤竜は問う。

 

「観ていただろう。アーチャーとランサー、ライダーの相手をしていろ。必要なら『白竜(アルビオン)』も喚ぶが」

『いいや。折角の機会、白いのにくれてやるものか』

 

 そもそも、戦場に於いて男が内包した獣を呼び出す事は本来無い。

 そんな必要が欠片も無いからだ。

 男が内包する全ての幻想よりも、男の方が遥かに強い。

 そんな男が、竜を呼び出した。

 

『……────難儀なモノだな、お前も』

『敵前逃亡は銃殺だからね、しかたないね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎兵が、戦車兵が、歩兵が先陣を駆ける王に続く。

 その姿を、────呆然とマスター達が見送った。

 

「………行ったな」

「何をッ……、考えている……ッッ!!!」

「無理をするなケイネス」

 

 己のサーヴァントの暴走を、抜けた腰と凍り付いた膝を八つ当たり気味に酷使して立ち上がろうとするケイネスに、エレインが遠い目で気遣った。

 

「まぁ、前向きに考えましょう。ライダーさんのお蔭で作戦会議の時間を稼げた」

 

 アーチャーがまとめるが、時間はそう無いだろう。

 

「……アレが赤き竜か。かつて魔竜に変貌したヴォーティガーンとどちらが上だ? アーサー王」

「伝説通りに考えれば、白き竜を打ち倒した赤き竜の方が強いのは明白でしょう」

 

 ヴォーティガーン。

 セイバーが生前に戦った、戦乱の最中にあるブリテンに、大陸から流入してきたサクソン人を招き入れて統一を目指し、さらなる混乱を生み出した『卑王』の異名を持つブリテン王の一人。

 ブリテン島の意思と同化して魔竜と化し、ブリテンを守護するためにそこに生きる人間すべてを滅ぼそうとした脅威であった。

 聖剣の頂点たる『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』とその姉妹剣『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』の光を喰らい、ただの一撃でガウェインを地に叩き伏せ、二人の騎士を除く遊軍を全滅に追い込んだ恐るべき魔竜である。

 

「へぇ、その時はどうやって倒したんだ?」

 

 そんなヴォーティガーンとの戦いを参考にしようと、ランサーがセイバーに質問したが、

 

「……駆け付けたランスロット卿が、一太刀で両断しました」

「…………」

 

 まるで参考にならなかった。

 弱点だとか、攻略法とかを知りたいがための質問だというのに、開けてみれば「殴ったら死んだ」並に中身の無いものだった。

 

「まぁ、両断すれば死ぬだろうが……」

「ちなみにランスロットは当時最強の神秘殺しだ。下手をすれば両断しても死なんかも知れん」

「何の参考にもなりませんね」

 

 閑話休題。

 

「取り敢えずランサーさんはライダーさんの援護に向かってください。流石にあのままでは蹴散らされて終いでしょうし」

 

 ライダーの固有結界は特殊であり、呼び出したサーヴァント達を含めた全員が魔力を出し合って作られている。

 その為通常の固有結界より遥かに燃費は良いものの、逆にサーヴァント達の兵数が減れば全体の負担も増え、最終的に維持できなくなるだろう。

 

「おう、怪物退治は得意だぜ」

 

 そこで怪物狩りのプロフェッショナルであるクー・フーリンが参戦する。 

 

「ルーラーさんも。その旗なら、あの赤竜の息吹も防げるでしょう。足りないならボクがフォローしますね。それでも足りないなら令呪を追加して強化してください」

「わかりました」

 

 ルーラーは元々戦場を駆ける英雄。

 この場のサーヴァントの中では最も戦いの経験値が少ないジャンヌだが、その少ない経験値の全ては集団戦である。

 更にその宝具の防御はセイバーの聖剣さえ防ぐほどだ。

 彼女ならば、必ずや赤竜のブレスを防いで見せるだろう。

 

 そんな二人は、ライダーの軍勢を追うように駆け出し、あっという間に最後尾を追い抜いた。

 

「ボクは上から戦況を俯瞰し、各々を援護します。マスターさん達はボクと来てくださいね」

「ま、待て。では、アーサー王とモードレッドは……!?」

 

 地面から出現し、マスター達とアーチャーを掬い上げる様に出現したヴィマーナが、彼等を安全な場所に避難させようとする。

 その作配に、アーチャーを除いて瞬間火力が高いセイバーとアヴェンジャーが入っていない事に氷室が戸惑いの声をあげる。

 

 その困惑に、ギルガメッシュは困ったように苦笑し、視線を向けた。

 

「……?」

 

 セイバーとアヴェンジャーは、無言で一点を注視している。

 氷室だけではない。アイリスフィールや他のマスター達もその視線を追い────言葉を失った。

 

 

「────だってホラ、大本命が残ってるじゃないですか」

 

 

 巨大な竜へ突撃する軍勢の後ろ。

 ソコに居る筈のないローブの男が、悠然と二人の下へ歩いていた。

 

「馬鹿な……!?」

 

 迂闊だった。

 突如出現した最上級の竜種の存在に気を取られ過ぎた。

 

 それにしても王の軍勢の直線上に居る男を見るに、軍勢を素通りでもしない限りあの位置に居るのはおかしい。

 空間転移か透過、はたまた何等かの術か。

 

「彼はただ真っ直ぐ歩いて来ただけですよ」

 

 万象見通す英雄王が、男の()()()だけは辛うじてソレを見抜いていた。

 

「存在感というのは、大きすぎれば逆に気が付かないんですよ」

「……ッッ!?」

 

 意味が解らない。

 常識が邪魔をして理解が及ばないのだ。

 当の本人がこれを聞けば「『知られざる英雄(ミスターアンノウン)』! 次は『光化静翔(テーマソング)』かな? 不知火ちゃんは何処」と、これまた理解不能な言動をほざくだろう。

 

「どうやら彼はセイバーさんとアヴェンジャーさんをご指名の様です。なら、お任せした方が良い」

「……英雄王、奴は何者だ」

 

 エレインが、呟く。

 

 かつて彼女は、とある666種の獣の命を体内に展開した固有結界を内包する死徒(吸血鬼)を殺している。

 だが、目の前の敵は規模も、質量も、何もかもが違う。

 神霊級の竜種を従えるなど、どんな存在なら可能なのだ。

 

「うーん、それを知ってもあんまり意味は無いんですけどねぇ……。アレは……まぁ、有り体に言えば一種の『根源』ですね」

「は────?」

 

 この場の魔術師全員が愕然とする。

 当然だろう、目の前の敵が魔術師の最終目標と言われても、意味不明なのは当然である。

 だが、エレインは知っていた。

 

「根源─────チャタル・ヒュユクの女神でも取り込んでいるとでも言うのか?」

「おや、そういう答えが出るのですか」

 

 アーチャーが珍しく驚きに眼を見開いた。

 エレインが口にしたモノは、約八千年前に名が失われた原初の女神。

 ギルガメッシュにとっても完全に理解の外にある力、国造りの大権能『百獣母胎(ポトニアテローン)』を有している、母なる女神の万物を生み出す力の具現である。

 そして何より大地を創造した地母神たちの母にあたる女神とは、即ち、万物を生み出した「根源」だ。

 エレインは『知識』によってその原初の女神を取り込み、全知全能に近付いた少女と、そんな少女を取り込み神とならんとした魔人のことを知っていた。

 

「いいえ、違いますよ」

 

 だが、英雄王はそれを否定する。

 

「取り込んでいるのではありません。彼は彼自身が有り得ない筈の根源の在り方を獲ている、云わば()()()()()()()()()()と言っていいです」

「……根源、そのもの?」

「或いは宇宙、或いは世界、或いは特異点、或いは太極の具現。ですが既存の根源の仕様からは外れ、星や人なんかの規模を遥かに超えてしまったモノ。何れも本来決してヒトガタで在ってはならない、この宇宙の定めた秩序から悉く逸脱した単一の理です」

 

 話が大きくなってきた。

 魔術知識が乏しい氷室は話に付いて行けていないが、あるいはそれは幸運かもしれない。

 少なくとも、魔術師達は顔色を一変させていた

 自分達の戦っている存在の強さが、規模が、次元が、文字通り違っていたのだ。

 

「彼がそんな存在に成り果てた時点で、本来この世界はとっくに塗り潰され、あらゆる秩序が書き換えられ、押し流されていた筈です」

「でも……そうなっていない」

「えぇ、それがまた何ともおかしな事になっていまして……。根源とはこの世界のあらゆるモノが流れ出した原点……文字通り『全て』の起源だ。だけど彼は、流れ出る筈のモノが全て()()()()()()()()()()。恐らく、彼の内側には一つの宇宙が存在しているんでしょうね。いやはや、神にさえ物理法則は適応されるのに、この星が彼で潰れていないのが不思議でならないよ」

 

 赤き竜も己の内側に存在している世界の住人の一人なのだろう。

 その強度は御察しである。

 立っているだけで、その圧倒的質量で世界が潰れてしまう程の強度。

 時空や次元、因果や摂理を煩わしいと一蹴し、己は己なのだと自己を道理の上に置く不遜を当然の様に押し通す。

 戦いの土俵に立つには同規模の存在のみ。即ち最低でも宇宙規模の存在だ。

 とある蒼輝銀河(サーヴァントユニヴァース)と呼ばれる別宇宙では、「銀河生命論」という自分と同じ存在位階からの攻撃しか受け付けないスキルを原始女神が持つ。

 それと同じだろう。

 

 それこそ、宙や世界そのものを傷付けることを目的とした宝具や権能が前提の存在。

 それでもやっと、一矢報いることができる領域。

 それ以外では、かすり傷一つ付けることすらできないだろう。

 

「ハッキリ言いましょう。彼が本気で戦う気ならば、ボク達は絶対に彼には勝てない。いや、そもそも戦いにさえならない」

 

 魔術師達が、エレインでさえも沈黙する。

 アーチャーの話が正しければ、あの男は幾千幾万の神霊さえも、場合によっては一蹴するだろう。

 英霊の、しかも側面だけを現界させているに過ぎないサーヴァントでは、どう足掻いても話にならない。

 

「ですが幸い、彼はとても手加減をしてくれている。それこそ、蟻を潰さない様に摘まむ程の配慮をね」

 

 ライダーの固有結界が未だ健在なのがその証拠だった。

 もし彼がその気ならば、軽く踏み締めるだけでこの世界は薄氷を割るが如く容易く粉砕するだろう。

 だが、彼は態々赤竜を呼んだ。

 

 そもそも彼の目的である大聖杯の破壊も、サーヴァントやマスター達を無視して行えば良い。

 それこそ、邪魔する余地が無いほど、何が起こったのか認識する暇すら与えず、一瞬以下のうちで終わるだろう。

 にも拘わらず、此方が戦わざるを得ないような言動を取り、こうして態々戦っている。

 

「何故……?」

「さて。ボクも彼の在り方は理解できても、その素性や考えを見通すことは出来ませんから」

 

 勝機は無い。

 だが、活路は存在している。

 そこまで語ったアーチャーはヴィマーナの玉座に座った。

 

「もしかしたら、この場の人に知己でも居るのかも知れませんね」

 

 余りに不条理な存在へと激突する騎士達の戦場を見下ろして。

 

 

 




前書きにも書きましたが、自宅のパソコンが壊れました。
なので新しいパソコンを買うまで携帯での投稿になります。

ネギまを先に執筆したかったのですが、パソコンの故障でスランプに入ったのか、冒頭の所で躓いて、気分直しに七章をプレイして勢いで書き上げてしまったので此方を更新。

繰り返しますが、パソコンが壊れてしまい携帯での投稿になります。
つまり? 誤字脱字のオンパレードだ。

修正は随時行います。
ホント、誤字報告機能助かります。

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