湖の求道者   作:たけのこの里派

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第二十七夜 “そうあれかし”と叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す

 教会内の一室で、カソックを着た男が鏡の宝具の前で顔を覆っていた。

 

 言峰綺礼。

 アサシンを失い教会の保護を受けながら、しかしアーチャーの助けでアインツベルンの森に襲撃した男である。

 そんな彼が、絶望に打ち拉がれていた。

 

「なんという事だ……」

 

 ギルガメッシュの持つ『浄玻璃鏡』の原典を渡された綺礼は、聖杯戦争の一部始終を観ていた。

 閻魔が亡者を裁く際、善悪の見極めに使用する地獄に存在するとされる鏡である。

 閻魔王庁に置かれており、この鏡には亡者の生前の一挙手一投足が映し出される為如何なる隠し事もできない。一説によればこの鏡は亡者を罰するためではなく、亡者に自分の罪を見せることで反省を促す為の物とも云われている。

 

 そういう意味では、反省処ではなかったのだが。

 

 王の問答。

 叛逆者の慟哭に、騎士王の絶望。

 聖杯の汚染に、大聖杯の惨状。

 

 それら悼むべき悲劇、恐るべき邪悪、排除すべき汚泥。

 それらを面白いと、愉しいと、美しいと思える自身を浄玻璃鏡は正しく映し出していた。

 見せ付けられていた。

 

「……ははッ、何なんだ? はははッ、何なんだ私は!?」

 

 万人が「美しい」と感じるものを美しいと思えない破綻者。生まれながらにして善よりも悪を愛し、他者の幸福ではなく、苦痛、絶望、不幸に愉悦を感じる、彼の信道に於いて忌むべき外道。

 それが言峰綺礼の正体だった。

 

「こんな歪みが? こんな汚物が? よりにもよって言峰璃正の胤から産まれたと? ははははっ、有り得ん! 有り得んだろうッ? 何だソレは!? 我が父は狗でも孕ませたというのか!?」

 

 愉悦の何たるかを、邪悪の趣向の享受を受けたのなら。

 彼は己が愉悦に呑まれ、ある種の悟り外道としての道を邁進していただろう。

 

 しかしそこに情熱はなく、時が来ればあっさりとそれを捨てて次に挑む、自身で見出した理想ではなくただ不完全な自身を痛めつける場であるという意識の方が強かったとしても。

 例え人との価値観を違えていたとしても、三十年掛けて積み上げた良識と信仰に偽りなど無かった。

 

「────」

 

 真っ先に彼が考えたのは自殺だった。

 この様な邪悪は在ってはならない。

 世のため人のため、代行者としての信仰は己に刃を突き立てろと断罪を所望した。

 だが、

 

「何故ッ……!?」

 

 形成した黒鍵の刃が、喉元で停止する。

 ソレだけは出来ないと、命など欠片も惜しくないと言うのに刃は一向にその喉元を掻き切ろうとしなかった。

 

「────それは、貴方が何かを無意味にしたくないからではないのですか?」

「…………英雄、王?」

 

 空間から染み出るように現れた、布地で出来た帽子────ハデスの隠れ兜を被りながら、黄金の少年王が現れた。

 その足下には、少年の持つ鎖に胴を縛られている遠坂時臣が白目を剥いて転がっていた。

 それに愉悦を感じる己に吐き気を催した。

 

「おや、どうしました? その今にも吐きそうな最悪の面構えは」

 

 いつぞやの様な、意味深で底の見えない王の笑み。

 そもそも浄玻璃鏡を与えたこの英霊が、今の綺礼の状態を知らないわけがない。

 きっとこの英雄は知っていたのだろう。

 

 言峰綺礼と衛宮切嗣が似て非なる真逆の存在であることを教えるためにアインツベルンの森へと導き。

 浄玻璃の鏡でもって己を見せ付けたのだ。

 

 嘸や滑稽なのだろう。

 いや、事実滑稽でしかないのだ。

 

 そんな邪悪を。こんな汚泥を。

 生まれてこのかた欠片も自覚出来なかった言峰綺礼の人生そのものは、これが茶番でなくて一体何だ。

 

「……クク、最悪なのは私の方だよギルガメッシュ」

 

 そうして彼は己を嘲笑しながら懺悔した。

 王に裁定を願ったのだ。

 王の断罪を乞うたのだ。

 自身で喉を裂けぬならば、邪悪だというのならばこの王に罰を受けられるのならばまだ自分の人生には意味があるのだと。

 

「何故?」

「────」

 

 …だというのにニヤニヤと、一体何が可笑しいのか。

 目の前の英雄王は綺礼の懇願を一蹴した。

 

「な、何故だ」

「何故…それは此方のセリフですよ。ソレの一体何が悪いのですか?」

「なッ……」

 

 民草の懺悔を聴いて内心嘲笑うのは。

 傷付いた被害者を癒しながら恍惚とするのは。

 悲劇に泣く遺族を眺めながら愉悦に浸るのは悪いことなのか。

 

「それは悪だッ!!」

「確かに、でもそれは口にしなければ、世間的には悪くないのでは?」

「な、あ────」

 

 4000年以上前の古代人が世間を語るな。

 そう声を大にしたかった。

 しかし呆気に取られる綺礼には二の句が継げられない。

 

「大人のボクははっきり言うでしょう。現代の世は受容が過ぎ、寛容が過ぎ、優しすぎると。ですがボクは言いましょう、それ故に貴方の様な人間でさえ受け入れてくれる、生きていけると」

「な、に?」

「要は賢く、ただ賢しく生きれば良いんですよ。視点の問題です」

 

 キンブリー・ムーブメント。

 言峰綺礼の振舞いを、後にランスロットはそう名付けた。

 

「外道には外道なりの世との折り合い、生き方というものがあるんですよ。世界はそこまで厳しくない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十七夜 “そうあれかし”と叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────AAAALaLaLaLaLaie!!」」

 

 征服王イスカンダルが、己が愛馬(ブケファラス)に乗って錬鉄の荒野を疾走する。

 否、その後ろに彼の軍勢が一人一人出現し、ライダーの後を追う。

 

 あり得ぬ光景であった。

 本来それは彼の固有結界でのみ観ることの出来る光景。

 

 だが、思い返して欲しい。

 ライダーは英霊を召喚する能力を持っている。

 

 それは自身の宝具である『飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)』は勿論、今騎乗しているブケファラスも本来は英霊である。

 そして『王の軍勢』の一人一人を斥候や伝達役として召喚することも可能だ。

 ただ、軍勢そのものを召喚するには固有結界が必須である。

 しかし守護者の固有結界が展開されている今、サーヴァントでしかないライダーの固有結界は展開さえ儘ならない。

 だが、今の彼には聖杯の原典たるウルクの大杯によって無尽蔵の魔力供給を受けている。

 

 固有結界を展開出来ないなら、一人一人を召喚すればいい。

 無論通常の固有結界を維持する以上の魔力が必要になるが、聖杯の魔力でごり押しという世の魔術師が聴けば発狂不可避な使い方によって軍勢を形成していた。

 

 そして彼等が向かうは錬鉄の守護者。

 泥の獣に向かわない理由は、単に相性が絶望的だからである。

 サーヴァントが触れただけで取り込まれる泥の軍勢相手に戦うのは、先程の英雄王からの施しが無く生前の宝具を持たない彼等ではどうしようも無い。

 

 だが、怪物退治こそ生前に経験したことがないが、彼等は本来一騎当千の強者。 

 数では勝てないが、剣群の投下程度で易々と破れる様な泥の軍勢と一緒にしてもらっては困る。

 

 勿論限界はある。

 雨のように襲ってくる剣群は、一つ一つが宝具の贋作。一度足を取られれば串刺しは免れず、事実既に千の兵が消えている。

 だが、

 

「解るか同胞達よ、我が軍勢よ! 余達は今、世界に挑んでいるのだと!!」

 

 消えた兵が、ライダーの声と共に再び戦場に現れ、守護者に向かって走り出す。

 明らかに異常だった。

 

「────そうか、『王の軍勢』の本質がサーヴァントの連続召喚だと言うのなら、魔力さえあれば消滅した軍勢を再召喚出来る……!」

 

 ケイネスは、そのカラクリを見抜いた。

 

 サーヴァントとは有り体に言えば座に存在する英霊本体の劣化コピーである。

 加えてライダーの『王の軍勢』で呼び出した者達は宝具さえ持っていない。

 だからこそ、直ぐ様討たれても次々に復活が幾らでも利くのだ。

 ソレは最早『王の軍勢』の域に留まらない。

 

 奇しくもそれはとある並行世界に於ける、人類史を薪に逆行運河を為そうとした獣の神殿に挑む、英霊達と同じであった。

 

「当たり前だが、聖杯一つでここまで変わるのか……」

 

 聖杯によるバックアップを受けたイスカンダルの率いる宝具は、『無尽の軍勢』へと昇華されていた。

 

『────』

「ぬぅ!?」

 

 しかし、そうなれば狙われるのは必然ライダーに絞られる。

 召喚者のライダーを倒せば、ソレだけで無限の軍勢は全滅するのだから。

 雨のように降り注いでいた剣が、塒を巻く様に殺到した。

 

「主の御業をここにッ!」

 

 当然、そこに最大の盾役を配置しない訳がない。

 

「────『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 聖女の結界宝具が、その悉くを防ぎきっていた。

 豪雨の如き剣雨も、奔流の如き剣群も。

 対城クラスの宝具でもない散発な攻撃では、その守りを一息に撃ち抜く事など出来はしない。

 使用中は一切の攻撃ができないデメリットが存在するが、今の彼女に攻撃などする必要は無い。

 ドライグとの戦いで旗に蓄積されたダメージさえ、ウルクの大杯は即座に修復していく。

 

 加えて二人は、イスカンダルの愛馬にして伝説の名馬であり、恐るべき人食いの凶馬。

 もしも乗りこなすことができた者は世界を得るだろうと語られた宝具にして英霊、英霊にして宝具であるブケファラスに騎乗している。

 その真名解放の破壊規模はイスカンダルの『遥かなる蹂躙制覇』より小さいが、機動性という点ではこちらが優れている。

 アーチャークラスといえど、捉える事は至難の業だ。

 となると必中か追尾能力を持つ宝具が率先して射出されるも、そんな宝具の数は限られてくる。

 ルーラーの宝具で受け止めている間に、ライダーが身に宿すゼウスの神雷で撃ち落とす事も可能だ。

 

 そしてサーヴァントである以上、少なくとも聖杯が機能している限り疲労で二人が倒れることはない。

 

「後はあの二人次第ですね」

「問題あるまい。あの獣も憐れよな、今のあやつ等と殺り合うなど」

 

 二人の役目は時間稼ぎ。

 この戦いは泥の獣を倒すことが必要なのであれば、真に個人的な感情で奮い立っている者達が居るのだから。

 

 そんな一方、獣が生み出す十万を超える泥の軍勢が、守護者の剣群によって削られながらも進軍する。

 

『────■■■■!!!!』

 

 古事記の一節の如く、剣群の殲滅を上回る速度でその泥尾から兵を製産する獣。

 それらに対して、黄金と血紅の閃光が瞬く。

 

「束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流────」

「これこそは我が君に捧げる赤雷、王を殺す邪剣────」

 

 聖杯の魔力供給によって、双方魔力を増幅・加速する宝具により威力を増大させていく。

 万の軍勢、何するものぞ。

 多勢に無勢など何時もの事。ソレらを撃ち破ったからこそ、彼等は英雄と呼ばれるのだから。

 

「────『我が君に捧ぐ血濡れの王殺(クラレント・ブラッドアーサー)』!!」

 

 先ずは赤雷が放たれた。

 津波の様な泥の軍勢を両断し、そのまま獣に喰らい付いた。

 

「(────あぁ、ランスロットランスロットランスロット!!)」

 

 喪った主を想い、それを奪った者達への憎悪の象徴は、しかして主との再会にその威力を増していた。

 再会の喜び、歓喜の想いが憎悪の念を凌駕し、その性質を反転させていたのだ。

 

 ────故に邪魔だ汚泥。さっさと消えて彼との再会を楽しませろ。

 

 そしてそれは、モードレッドだけのモノではなかった。

 赤雷によって抉り取られ両断された勢いの衰えた泥の軍勢に、間髪入れずに星の息吹が吹き荒れる。

 

「────『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』!!」

 

 加速増幅され横殴りに放たれた黄金の極光は、本来直線上に放たれる聖剣の一撃を放射状のモノに変えた。

 それは聖剣の連撃に他ならず、モードレッドとは違い竜の心臓を持っていた生前から手慣れた様子さえあった。

 込められている感情は歓喜、焦燥、そして────怒り。

 

 何故私の、彼の邪魔をする。何故何故何故何故何故何故何故何故何故────

 

 世界という個人ではない存在に対する憤怒。

 ランスロットとの静かで穏やかな時間を奪おうとする理不尽総てに対して、アルトリアは苛立ちを聖剣でもって発散していた。

 無論そんなことはおくびにも出さず、十三拘束の大半が解除された聖剣によって蹂躙を為していた。

 

 個人の能力としては、アーサー王は決して最強のサーヴァントではない。

 円卓の騎士だけで比較してもそれは明白である。

 膂力では日中のガウェインに劣り、技量ではランスロットに遥か劣る。

 しかし、聖剣による最大火力は英雄王の乖離剣を除けばサーヴァントでも最強の部類。

 星の聖剣の輝きは、聖杯から溢れ出る泥を掻き消していた。

 しかし、

 

『────■■■、■■■■■■■ッ!!!!』

 

 幾ら聖杯の泥によって汚染されたとは云え、妖怪としての側面を無理矢理引き出された玉藻の前の脅威は止まらない。

 

「漸く本体が動くか……!」

 

 泥の軍勢だけを殺到させていた獣が、悲痛の咆哮と共に前へ脚を踏み出した。

 

「ぬぉっ!?」

 

 同時に。

 守護者の剣群の勢いが増していく。

 最早雨とも呼べず、弾幕は『壁』へと変化していった。

 

 ここまでは前哨戦。

 ここからが本番。

 

 この戦場が斬り裂かれるまで、あともう少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見渡すばかりに絶世の美女が犇めき合い、全員が自分に好意を向けて愛情を表現する。

 言葉にすれば男の憧れだろう。

 そんな状況に対面している男、ランスロットは思う。

 

「さぁ」「さぁさぁ」「もっと」「もっと」「もっと」「もっと汝の」「汝の力を」「汝の研鑽を」「汝の姿を」「汝の表情を」「汝の眼を」「汝の武を」「見せてくれ」「視せてくれ」「観せてくれ」「魅せてくれ」「見てくれ」「私を」「私を」「見逃さないでくれ」「────()はまだ、味わい足らぬぞ(尽くしておらぬぞ)?」

「…………済まんが、俺は聖徳太子ではない」

『型月のその殺し愛何とかしてくれませんかねぇッ!』

 

 気絶させることで戦いを終わらせようと試みて、都合百回。

 二百を超える星の頭脳体が天を泳いでいた。

 

 其々が聖剣に匹敵する極光を複数展開し、その前に虚刀で意識を狩り取り続ける。

 しかしそれは更なる端末の出現を意味していた。

 彼女の本体は星そのもの。

 端末を幾ら潰そうとも意味はない。

 

 攻略法は本体である星を斬るか、星との回線を斬るかのどちらか。

 だが前者は論外であり、後者もどの様な影響が端末や星自体に生じるか分からない。

 故にランスロットは、ひたすら穏便な手を模索し続けていたが────

 

『何か、面倒臭くなってきやがった』

 

 英雄でさえ絶望する状況に、思考能力がずいずいと低下していく。

 元より頭を使うタイプの人間ではないのだ。

 相性ゲーをレベルごり押しで蹂躙するのがこの男。

 いい加減マトモに戦わせて欲しい、と内心吐き捨てる。

 

「「「「────ッ!!!!」」」」

 

 海を漂うように空中を舞っていた二百を超えるARCHETYPE:EARTHが、纏めて斬り捨てられた。

 それらが分身でも無ければ分裂でもなく、海水を媒体に形取った出力端子であることは解っていた。

 真祖の姫君を媒体にしている端末はその内一つ。

 海中に構築した異界に潜む、最初に沈んだ一体である。

 

『あー。どーすっかなぁ』

 

 そう心の中で呟きながら、海を両断する。

 

 モーセの奇蹟の様に大海が両断され、異界への切れ目を入れる。

 最高純度の真祖の神代回帰を用いて即座に切れ目を縫い合わせる前に異界へ突撃した。

 

 ランスロットの視界に飛び込んできたのは、美しい湖の広がる月夜の花畑だった。

 

 そこに佇むは、ランスロットを視認して凄惨に笑いながら歓迎するように手を広げる。

 

 瞬間、彼は己が得物を漸く抜き放った。

 煌めく刀身は、様々な色を重ね合わせた果ての黒。

 黒色の刃と言うよりかは、星空のような闇色の波紋。

 湖の騎士、円卓最強の剣の主武装。

 魔竜を斬り、魔王を斬り、月の王さえ斬り捨て、世界の外側の魔物と世界の裏側に犇めく幻想種を狩り尽くし、属性という属性を喰らい尽くした極限の聖剣。

 太極に蓋をした刃が抜き放たれた。

 

「────(ほど)け、『無窮なる湖光(アロンダイト)』」

 

 瞬間、男に及んでいたあらゆる拘束が結び目を解いた紐のようにほどけた。

 

「おぉ……! 来るか、来るぞ。来るがいい! 来いッ!!」

 

 そして空が墜ちてきた。

 

 落下するランスロットを追うように、天上に瞬いていた満月が落下を開始した。

 

「────『月落とし(プルート・ディ・シェヴェスタァ)』!!!!」

 

 それはかつて、1500年前に行われた鏡像などでは決してなく。

 異界内の、最高純度の真祖による神代回帰によって具現化された空想。

 百メートルの月を模した隕石でもなく。

 本物の月と同質量(7.347673×10^22kg)の超超質量攻撃が行われた。

 

 そして気付く。

 花畑に囲まれた湖の上に居る彼女は、まさしく鏡花水月に過ぎないことを。

 あの落下している月が、月姫その物なのだと。

 あの月を殺せば、苦労して斬らないでいた彼女を斬ってしまう事を。

 

 八方塞がり。

 今、まさにその只中だった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、太極が完全と成っていたこの男が、星の上に立てるわけがない。

 太極に皹を入れられた部分にチョイと上等で高尚な杭を打った程度で崩れる訳がない。

 単一の天とは、極小の特異点とは、人間大の根源がサーヴァントの宝具で撃ち破れるなど名前負けにも程がある。

 

 では何故太極に崩して、ただの人の身に戻ったのか。

 答えは単純。

 

「その刀か。その刀が、汝を抑え込んでいたのか」

 

 湖の乙女が与えた三振りの星の聖剣。

 その内の一振り。

 星の精霊、人を律する星の意思の代弁者を斬り続けて神秘を高め続けてその能力も高めた湖の聖剣。

 担い手のすべてのパラメータを向上させるこの聖剣は、世界の裏側外側の神秘も喰らい尽くした結果────能力のベクトルが反転した。

 

『言うなれば、アロンダイト強制ギブスと言った処か』

 

 能力の限定。

 存在の限定。

 太極の限定。

 星をその自重で潰してしまわぬ様に、世界一つを塗り潰してしまうその力を根刮ぎ内側へ向けていたのだ。唯でさえ内側に向かっていた力を更に内側へ捩じ込まれた。

 そんなパッツンパッツンに張り詰めた風船に近い状態へ、星の聖剣と星造りの権能を叩き込まれればどうなるかなど瞭然だった。

 それが今、担い手が縛っていた自縛を解き放った。

 

『まぁ、あの状態じゃあそんなに劇的に変わる訳でも無かったけど』

 

 太極が崩れる、人のソレとなった状態では少々身軽になる程度。

 後にその解放をそんな風に語る男が居たが、それを観て塔の中に居る不死の夢魔が苦笑いした。

 変化は劇的ではなく、反則的であった。

 

 決着は、一瞬で着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 何をしたか。

 途絶する意識の中、星の意思は肉を裂かれる感触をありありと感じたのを知覚した。

 先程の所謂エア斬りが遊びに感じるほどの衝撃が刃と共にARCHETYPE:EARTHに捩じ込まれた。

 

「あぁ、もう少し戯れていたかったのだが、な」

「身内の身体で遊びすぎだ」

「フハ、叱られるとは新しいな」

 

 心の臓腑が刃に貫かれながら、貫いているランスロットを抱き締める。

 

「何をした?」

「考えるのを、止めた」

 

 そんな進退窮まった究極生物の様な事を宣いながら、アホ丸出した。

 

「何か、いけると思ったからな」

「ふ、ははは。涼しい顔で何を言う。内心が漏れているが、汝を慕う女達が知れば失望するやも知れんぞ?」

「それは大変だ」

『それはソレとして、その女達とやらの御名前をお訊きして宜しいでしょうか』

「汝、告白されるまで絶対異性の好意を信じぬタイプか」

『勘違いした男の悲惨さを知らんのか。星は一体人の何を観てきた』

「その様な物言いは流石に星見が泣いてしまうぞ?」

「マーリンならば喜ぶと思うが」

 

 理屈を述べるなら、彼の必殺剣によるものである。

 デウス・エクス・マキナ。

 御都合主義の一撃である彼の必殺剣は、その域にまで登り詰めていた。

 

 そもそも、『幕引きの太刀(ミズガルズ・ヴォルスング・サガ)』とはなんだ?

 馬鹿正直に言えば、狂気に等しい渇望(ミーハー精神)が為した、純粋な剣技を魔法の域に昇華させた究極の斬撃である。

 この魔剣によってランスロットは根源に到達してしまったのだ。

 そしてこの魔剣は、全く同じ時間に同じ世界に干渉する多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)────魔術を使わずにただ剣技のみで第二魔法級の現象を起こす、名も無い剣士にすぎない亡霊を目標に作り上げたもの。

 

 そしてこの幕引きの太刀が分類される魔法の現象は、『形而上の存在を汲み上げて、物質に転換する』もの。

 即ち、第三魔法(聖杯)である。

 

 ────“AMEN(そうあれかし)”と叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す。

 

 彼の秘剣は、いつの間にか万能の願望器と化していた。

 尤も、そんなことをそんな天秤たる担い手は自覚していないが。

 

「ぬ……、そろそろ限界か」

「もう、いきなり出てくるな。前もって言え。エスコートぐらいはしてやる」

「それは、良い……。では、それまで汝に姫君を頼むぞ? 湖の────()の、愛し子よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

【────────────】

 

 自ら進軍を開始した泥の獣の首が、ズルリと切り落とされた。

 

 それで漸く、錬鉄の世界に大きな裂け目が生じていた事に気付く。

 地獄の亡者の様な軍勢も主人の死と呼応するように元の泥のように形を崩し、泥自体も穢れを払うように消え祓われていた。

 

「な────」

 

 呆然とする聖杯戦争の面々を無視して、空間が跳躍され錬鉄の守護者の懐に黒衣の剣士が出現した。

 そして、

 

『えんがちょ』

 

 一閃。

 あくまで獣に、聖杯に対する抑止力として顕現した守護者にその刃を防ぐ手段はありはしなかった。

 

『────ブラック企業退社おめでとう』

 

 守護者として世界に削ぎ落とされた感情を一瞬だけ取り戻した男は、愕然と目を見開きながらランスロットに霊核を破壊されたが故に世界に溶けるように消滅した。

 

 己を縛る契約が切り落とされた事を理解しながら。

 錬鉄の英雄は掃除屋としての呪縛から解き放たれたのだが、それは別の物語であり閑話休題。

 

「! 固有結界が、消えた……」

 

 世界を生み出していた心象の持ち主が消えたのだ。

 そうなれば固有結界が展開される道理は無く。

 剣山の荒野は元の、と言うと語弊が存在する冬木の大空洞の下へと帰還した。

 

「終わっ、たのか……?」

 

 その呟きは誰の声だったのか。

 そう確認しなければならないほど、あまりにも唐突で呆気なかった。

 

 これから本格的に戦いが始まると言った所での、ある種当然の横槍。

 神話や劇場でよく発生する御都合主義の神様(デウス・エクス・マキナ)

 

 ある意味、当然の結果。

 やるべき意思疏通を行えば、当たり前に行われるべき事が行われた。

 

 何はともあれ、獣と化した大聖杯は幕引かれた。

 突然降って湧いた星の頭脳体のハチャメチャも、後片付けを押し付けられた掃除屋の出張も。

 

 少なくとも、数百年続けていた傍迷惑な馬鹿騒ぎは────終幕した。

 




というわけで決着です。
なんだか話を巻いた感覚が残っていますが、これにて今作の第四次聖杯戦争の閉幕となります。
それと終物語を観ながら執筆していたので影響があるかと。

詳しい解説は追加予定です。
取り敢えずできたものを投稿しようと思いましたので。

修正は随時行います。ホント、いつも誤字報告機能助かります。
では次回エピローグにて最終話で、宜しければまたお会いしましょう。

Fate/Apocrypha放送中!
賛否両論されたりしてますが、個人的には楽しんでます。

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