湖の求道者   作:たけのこの里派

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加筆修正
あくまでプロローグのみじゃよ


Fate/Grand Order編
プロローグ 始まりの微睡み


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無菌室から彼女が漸く出て、カルデア内部を歩く許可を得たのは、丁度所長────否、前所長であるマリスビリー・アニムスフィアが謎の死を遂げた数日後であった。

 

「────……」

 

 薄白髪にメガネを掛けた少女は、初めて見るカルデアの無機質な廊下を、しかし感動的な面持ちで眺める。

 

 マシュ・キリエライト。

 時計塔の天体科を牛耳る魔術師の貴族であるアニムスフィア家が管理する、此処国連承認機関『人理継続保障機関フィニス・カルデア』に於いて、非常に特異な立ち位置に立っている少女だ。

 

「これが、外の景色……。空は、吹雪で見えませんね」

 

 地球環境モデル『カルデアス』を観測することによって未来の人類社会の存続を世界に保障する人理継続保障機関であるカルデアは、標高6,000メートルの雪山の斜面に入り口があり、そこから地下に向かって広大な施設が広がっている。

 そんなカルデアから見える景色は、必然的に雪山と吹雪の曇り空。

 しかしそんな殺風景でさえ、彼女にとって新鮮な『初めて』であった。

 

「やぁ、どうだいマシュ。カルデアから見える光景は」

「えっと……。吹雪、でしょうか」

 

 語りたいのだろうが、興奮か感動か。

 或いはその感情を表現する言葉が浮かばないのか。

 彼女は廊下の先から現れた男の質問に答えられずにいた。

 

「あれ? うーん、今日も青空は見えないか。カルデアの外はいつも吹雪いてるけれど、ごく稀に空は晴れて、美しい星が見えるんだ。いつか君も見る日がやって来るさ」

 

 何の確証もないことを口にするのは、どうにも軽薄な印象を与える笑い方をする男だった。

 しかしそこに悪意も醜悪なそれもなく、少なくとも真摯さがあった。

 

「はははは。まぁ、無理に答える必要は無い。これからも君が過ごす場所なんだから、感想なんてものは陳腐でないと」

 

 ロマニ・アーキマン。通称ドクターロマン。

 カルデアに於いて医療部門のトップを務める、彼女に初めて親身に接した人間だ。

 そしてマシュの主治医でもある。

 

「さて、次に行こうか。カルデアは狭いようで広い。観るべき場所は、あまり多くないけどね」

 

 そうだ。

 今はカルデアを観て回るのが彼女の目的である。

 その後彼女はカルデアの様々な場所を歩き、見た。

 管制室、レイシフトルーム、ラウンジ、医務室、マイルーム────。

 そして最後に、ロマンはとある場所に訪れた。

 

「ここは……?」

 

 ロマンに案内された場所は、マシュが今まで過ごしていた無菌室に似ていた。

 その室中に、人一人入れるようなレイシフトのソレにも似たカプセルが安置されている。

 否。そのカプセルには紛れもなく人が納められていた。

 

「彼は、一体……?」

「……そうだね、彼は言うならば、うん。君のお兄さんだよ」

 

 兄。

 その言葉に、マシュは実感が持てなかった。

 それはデザインベビーとしての彼女にとって、親族や肉親など縁のないモノ処か想像すらしなかったものだからだ。

 

 ────マシュ・キリエライトはカルデアで造り出されたデザインベビーである。

 

 人類存続を目的とした特務機関であるカルデアでは、様々な魔術的、科学的な発明が成されていた。

 その内の一つに、『守護英霊召喚システム・フェイト』と呼ばれる発明がある。

 2004年に完成し、とある極東の島国で行われた大規模魔術儀式に於ける英霊召喚を基に作り上げられたものだ。

 

 英霊召喚。

 即ち神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰をもって彼らを精霊の領域にまで押し上げた英雄達。

 そんな英霊と、人間であるマスター双方の合意があって初めて召喚出来るシステムだ。

 カルデアはこれを用いて()()のサーヴァントの召喚に成功していると()()()()()

 そしてそんな英霊召喚と同時に行われている実験があった。

 

 ソレこそデミ・サーヴァント実験。

 人と英霊を融合させ、カルデアが自在に運用可能な兵器とするための試みである。

 そして彼女────マシュは、そんなデミ・サーヴァントの実験のために作られた、生きた英霊召喚の触媒であり、受肉した兵器として作られた。

 

 カルデアの前所長マリスビリーが人間と英霊を融合させることで英霊を「人間に」するために遺伝子操作によって作り出した、英霊を呼ぶのに相応しい魔術回路と無垢な魂を持った人間。

 英霊と人間を融合させるデミ・サーヴァント実験の被検体となり、英霊の召喚自体は成功したものの、彼女の中に召喚された英霊はその高潔さから彼女と融合することも、彼女の死亡を招く彼女の体からの退去も拒み、彼女の中で眠りにつくことを選んだ。

 

 そして、そんなデザインベビーはマシュ一人では無かった。

 

「彼は確かに、召喚されたモノと融合を果たした。だからこそ今も生きているんだ。尤も意識は無く、昏睡状態が続いているのだけどね」

 

 まるで己の罪状を話すように、苦々しくロマンは口にする。

 事実、彼はそのデザインベビーの少年とマシュを己の罪だと考えている。

 マリスビリーの助手でありながら、その様な非道の実験が何年も行われていた事すら気付けなかった自分に悔いている。

 

「では、彼も私の様に英霊に生かされて……?」

 

 自身の境遇を前例として、疑問を口にする。

 マシュは成る程前日まで無菌室から出られずにいた。

 しかしキチンと目は覚めており、無菌室内とはいえ生活していたのだ。

 

 では、目覚めない彼は何が原因で眠り続けているのか? 

 

「彼のバイタルはそこまで異常を示してないよ。……その身体に秘めるオドを除いて」

「……オド? つまり、魔力ですか?」

 

 魔力。即ち、魔術を発動させるための要素のことである。

 加工された生命力であるが、魔力が生命力に還元されることや生存に魔力を必要とする存在もおり、生命力と同一視されることもある。

 自然に満ちる星の息吹である大源の魔力『マナ』と、生物の生命力より精製される小源の魔力『オド』に分かれる。

 つまり、眠り続けている彼の生命力が異常だった。

 

「うん。そのオドが何かに繋がっているのか、異常な数値を見せている。魔術回路も変質してるし、それが英霊との融合の結果による変化なんだろう。だけどソレの魔力量は英霊でさえまるで比較にならない。上限とか下限とかの話じゃなく、総量さえ数値として計り知れない程の魔力量なんだ。仮に万能の願望器だってこんな事にはならないさ」

「英霊では、比較にさえならない?」

「あぁ。だから彼と融合したのは英霊ではないのではないか、という推論が立てられた。だから英霊召喚例は三体で、彼は含まれない」

 

 勿論、矛盾といえる箇所はある。

 そもそも英霊召喚システムによる召喚なのだから、英霊が召喚される筈なのだ。

 しかし、明らかにサーヴァントの規格を次元違いに超えている魔力である以上、最早英霊と呼べない存在が召喚されたのだろう。

 事実、この英霊召喚システムの参考元であるとある極東の都市────冬木に於いて行われた魔術儀式、聖杯戦争では神霊を召喚しようと試みた事がある。

 尤も、召喚されたのは決して神霊そのものでは無かったし、本来不可能なのだが。

 

「……彼は、一体どんな夢を観ているのでしょうか」

「さて……どうだろうね」

 

 曖昧に答えるロマンは扉を開き、マシュを部屋の中に通す。

 部屋の中心に安置されている棺のような、揺り籠にさえ見えるカプセルのガラスを、彼女は覗き込んだ。

 

 ガラス越しに見えた『彼』は、寝たきり故に切られずに伸びた黒い髪が目元を覆っていた。

 辛うじて見える瞳は、まるで開かずの扉を彷彿とさせるように閉じている。

 或いは、マシュの内に眠る英霊のように態と眠っているのか。

 

「マリスビリーを継いだ……いや、継がされたマリーも何度も来ようとしているみたいだが、彼女はああだろう?」

「はい」

 

 マシュの脳裡に浮かぶのは、自身の顔を見て罪悪感と恐怖に押し潰された表情に染まった、前所長の娘にして現所長のオルガマリー・アニムスフィアだ。

 高慢で強気の態度で臆病で小心者の己を隠す、余りに重い立場を背負わされた女性に、マシュの様な非人道的な行いの被害者と対面するにはタイミングが悪すぎたのかも知れない。

 

 マシュに対してさえ、ありもしない報復に怯え切っているのだ。

 もしこの眠っている少年が目覚めたら、きっとマリスビリーの娘である自分へ報復に走るだろう、と。

 そんな気は欠片もないマシュの様に、『彼』も些事だと笑うかもしれないのに。

 

「……こんにちは、私の名前はマシュ・キリエライトです」

 

 貴方の名前は、何でしょうか。

 そんな風な言葉を言いそうになり、しかし彼が名前さえ与えられていない存在であることを思い出し、口を噤んだ。

 

「私を生かしてくれている英霊なら、彼を目覚めさせる事は出来たのでしょうか?」 

「さぁ……どうだろうね」

 

 悲しげなロマンの言葉を受け止めつつ、カプセルの中の少年へ視線を戻す。

 切なげに、彼の顔を覗けるガラスを撫でながら、呟く。

 

「……早く起きてください、兄さん」

 

 共に歩き、共に視て、共に感じたい。

 自分が感じた、これから感じるであろう人並みとは呼べない、しかし未来ある人生を。

 そう思っての、言葉だった。

 

 ────マシュは、彼女は知らなかった。

 自身と融合した英霊の名さえ。

 

 自身と融合した存在と眠り続けている少年が融合した存在が、肉親と呼べるほど非常に近しい存在であったことを。

 そんな英霊と融合したマシュの呼び声が、どんな影響を与えるのかさえ。

 

 その言葉で、本当に目覚めてしまうとは思いもせずに。

 

「なッ……マシュ! 今すぐカプセルから離れるんだ!!」

 

 部屋のモニターで『彼』のバイタルを観察していたロマンが、マシュに叫ぶように言い放つ。

 

「え?」

「バイタルが異常値を出している! これは────ッ!?」

 

 瞬間、カプセルから衝撃が走った。

 まるでウォーターカッターが物体を切り裂いた様な音と共に、カプセルが二つに割れる。

 

「────」

 

 内側から輪切りにされたように、パカリと割れたカプセルから黒髪の少年がゆっくり起き上がる。

 マシュは、何故かその姿に目を背けることが出来なかった。

 

 彼女は後に語るだろう。

 始まりは其処だったのだ。

 それは余りに神秘的な光景に見えて、運命さえ感じさせる程の────。

 

 ゆっくりと開かれた少年の瞳は、少女を映す。

 それは湖の水面を思わせる、とても美しい色をしていた。

 そんな彼が無表情にも此方を向き、首を傾げ問う。

 

「────御早う、君は誰だ?」 

 

 その日からだろうか。

 彼女の世界(景色)色彩(いろ)が付いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プロローグ 始まりの微睡み

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、一度も出たことの無い家から眼鏡越しに空を見る。

 未来を暗示する様な、曇天と雪に覆われた空を。

 

「青空は、今日も見えませんか……」

 

 残念そうに、しかし少女の表情に悲壮なソレは見受けられなかった。

 かつて一度、それこそ人生で一度きりだとしても。

 彼女は、目の覚めるような蒼天を見た事があった。

 

「キュウ」

「えぇ、流石にそう何度も雲を斬り散らすのは色々な人に大迷惑です。私の為に兄さんが怒られるのは嫌ですから」

 

 少女に寄り添う、犬のような兎のような、しかし少女の兄の様な少年は「今は恐らく猫だ」と語る白い獣は、彼女の微笑みに同意するように一鳴きした後、シュタタッと廊下を駆けていった。

 

「フォウさん?」

 

 あの可愛らしい獣は神出鬼没だ。

 それこそ少女と少年にしか殆ど姿を見せない。

 そんな獣が、確りと何処かに走っていったのだ。

 その先に、少女の慕う少年がいるのだろうか? 

 少女は自然に獣の後を追った。

 

 彼女の予想は、しかして的中した。

 

「兄さ─────」

 

 ただ付け加えるなら、彼一人ではなかったのだが。

 それはまるで舞台の一シーンの様だった。

 横たわる二十歳近い少女を、少女よりもほんの少し年若い少年が抱き起こしている。

 

『ラララッ忘ぅれッ物~』

 

 幻聴が聞こえたが、そんなものは動揺した少女の耳には馬耳東風。

 とある変態天才芸術家から『おねショタ』なる概念を教わった少女には、その光景がラブシーンの一幕にさえ見えた。

 尚、その変態はこの組織の顧問にシバき倒された模様。

 

「(そもそも兄さん(あの人)には女性とのそういった話は聴いたことがない。いえ、確かにオフェリアさんや芥さんとも話している姿は見ますが、だからと言ってオフェリアさんはキリシュタリアさんが─────)」

 

 少女の焦りは、果たして彼女だけの物だったか。

 よくよく考えれば、恋人こそ居なかったが近しい女性なら確実に居たではないか。

 ガレスにモードレッド、何より我等が─────

 

 少女自身の物とは異なる動揺に、彼女の揺らぎはより強くなる。しかし恋人との逢瀬と言うには野晒しの廊下では余りに風情がない。

 そう自分に言い聞かせるように少女は少年に問い掛けた。

 

「に、兄さん……その方は……ッ!?」

「マシュか」

 

 少女────マシュ・キリエライトの動揺など欠片も察せていないように、感情が薄い彼女よりも更に情動を感じさせない黒髪の少年はゆっくりと倒れていた女性を抱き上げる。

 

「解らない。カルデアの制服を着ている以上、ここの所員だろうが……マシュが知らないとなると今回召集されたマスター候補だろう」

「そ、そうですか……。て、てっきりその、恋人の方なのだと。その、抱き止めてていたので」

「生憎と、俺に妻や恋仲が居たことはない」

「フォウ……」

 

 少年の言葉の何処に呆れたのか、間延びした声を獣───マシュがフォウと呼ぶソレが溢し、トタトタと軽快な動きで少年が抱き上げている赤髪の少女の頬を舐める。

 生暖かい────他人から見れば全く変化の無い視線をマシュに少年が向けるが、そこで倒れている少女が呻き声と共に目覚めた。

 

「……頬を、舐められたような────」

「起きたか」

「──────」

 

 眼を開いた赤髪の少女は、しかし至近距離にある少年の顔に硬直する。

 その様子に何を考えているのか、少年は少女の見開いた瞳を興味深げに更に覗き込む。

 

「ひゃうぉおお!?」

 

 そんなやり取りが数秒、しかし赤髪の少女にとって永遠に等しい数秒後、正気を取り戻した少女は顔を真っ赤に染めながら打ち上げられた魚の様に跳ね飛んだ。

 だが幸か不幸か、成人手前の赤髪の少女より明らかに1つ2つ程の年下であろう少年は、腕の中で激しい動きをした少女を落とすことなく抱え続けた。

 

「立てるか?」

「は、はい……」

 

 その様子を見ていたマシュは思わず苦笑いを浮かべる。

 少年は人形のように顔立ちが整っており、曰く普通の異性ならば目を奪われるらしいのだが、それ以上に目覚めた時イキナリ異性の顔が目の前にあれば誰だって動揺する。

 顔を未だに紅潮させながら小さく呻く赤髪の少女は周囲を見渡して呆然とする。

 

 少年の肩を借りながら、何とか立ち上がった少女は周囲を見渡す。

 

「君達は……というか、私はどうして此処に?」

「いきなり難しい質問です。私達は貴女の事を何も知りません」

「あっ」

 

 何も知らない以上、少女が彼女に対して答えられることは本当に少ない。

 しかし、少しでもあるのならばすべきだろう。

 少なくとも、今の少女はソレが出来るのだから。

 

「私はマシュ・キリエライト。此処は国連主導組織、人理継続保障機関カルデアです」

 

 自己紹介すること自体が嬉しいのか、何とも言えなさそうな少年を讃える少女は、マシュ・キリエライトと名乗った。

 少年と同じく、やはり此処カルデアの所員の様だ。

 

「お休みのようでしたが、通路で眠る理由がちょっと。硬い床でしか眠れない性質なのですか?」

「実はそうなんだ。畳じゃないとちょっと────って。私、ここで眠っていたの?」

「その段階か……。カルデアの敵対組織が一般枠のマスター候補に暗示を掛け、入館時のシミュレートによって解除されたのか? 侵入者ならば気絶しているのはオカシイからな」

「えっ」

「ファッ!?」

 

 少女とマシュが少年の言に青ざめる。

 マシュの質問も大概だが、この少年の考察も大概物騒であったりするのだ。

 

 入館時にシミュレートを受けた彼女は、霊子ダイブに慣れていなかったが故にダイブ酔い。それが原因で、シミュレート後に表層意識が覚醒しないままゲートから歩いて、力尽きただけなのだが。

 事実、今も足下がフラついている。

 

「兎に角、医務室に連れていこう」

「ひゃ!?」

 

 無表情のまま彼女を横抱きに持ち上げ、廊下を進む。

 下手をすれば自分よりも年下とおぼしき少年の男らしい行動に、思わず顔を赤らめる。

 しかも極めて整った容姿の少年が行っているのだ。

 曖昧としていた意識が明瞭となり、強く異性を意識せざるを得ない。

 

 尤も、等の本人は『これは医療行為、色々とやわらかーいが何ら問題ではない』等とすっとんきょうな幸せ脳内回路が標準運転している。

 彼の本性をカルデアで知るのは、今の処所属している(カルデアの)天才サーヴァント、そして小さな(フォウ)だけなのだが。

 

「取りあえず、名前を聞こうか。格好からして部外者という筈はないが」

「わ。私の名前は藤丸立香! えっと、貴方は……?」

「────、これは失敬した」

 

 少年の名を問えば、彼はピタリと硬直して謝罪して己の名を口にする。

 彼女、藤丸立香と長い付き合いになる頼もしき同胞の名を。

 

「ランス────ランス・キリエライトだ。ようこそカルデアへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 神代は終わり、西暦を経て人類は地上でもっとも栄えた種となった。

 

 我らは星の行く末を定め、星に碑文を刻むもの。

 人類をより長く、より確かに、より強く繁栄させる為の理──人類の航海図。

 

 これを魔術世界では『人理』と呼ぶ。

 

 そして2015年の現代。輝かしい成果は続き『人理継続保障機関カルデア』により人類史は100年先までの安全を保障されていたはずだった。

 しかし、『近未来観測レンズ・シバ』によって人類は2017年で滅び行く事が証明されてしまった。何の前触れもなく、何が原因かも分からず。

 

 カルデアの研究者が困惑する中、シバによって西暦2004年日本のとある地方都市に今まではなかった、『観測できない領域』が観測された。

 これを人類絶滅の原因と仮定したカルデアは人類絶滅を防ぐため、実験の最中だった過去への時間旅行の決行に踏み切ることを決定した。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『────────ハイハーイ、ダ・ヴィンチちゃんだよー! どうしたのかなランス君』

「……モナリザじゃん」

 

 腕時計のような端末から映し出されたのは、まるで絵画に描かれた絶世の美女をそのまま映したかのようだった。

 否。

 比喩ではなく、そこにはかの有名なモナリザがいた。 

 

「レオナルド、忙しい中悪いが少し調べて欲しい。レイシフト番号49番、藤丸立香だ」

『オッケー、数秒お待ち。……出た。凄いな、レイシフト適正100%だ! 数値だけならカドック君以上のカルデア二位とは、補欠生とはいえ中々の逸材──って、入館時の模擬戦闘の設定が上級(シニア)になっているじゃないか!』

「それは……」

 

 モナリザの姿でその作者を名乗る美女の、モニター越しの美声の強い語気にマシュが気まずそうに声を漏らす。

 

「廊下で倒れていたことに、何か関連があったのか?」

『データを見た感じ彼女は魔術的に完全な素人だ。ただでさえ慣れてないのに、そんな彼女が高難易度の霊子ダイブなんて倒れるに決まってる。幾らレイシフト実験当日とはいえ、こちらの落ち度だよ』

「ならロマンの所に連れていくべきか?」

『そうだね、事前説明……所長との顔合わせがあるけど、こちらの不手際が原因の不調をおして何かあれば大変だろう。とはいえ所長も相応に忙しい。誰がとは言わないけどカウンセリングで随分精神的に安定しているというのが、これまた面白いのだけどね』

 

 マシュが思い浮かべるのは、少し前まで責任と心労で押しつぶされそうになっていた、若きカルデア所長。

 少年の進言でアニムスフィアが管理している別部署とも言える所からメンタルセラピストを引き抜き、カウンセリングを受け随分回復したとは言え、国連主導の実験であるレイシフトの直前に不手際などあってはならない。

 

「わかった。一先ず自室で休ませてロマンを連れてこよう。マシュ、オルガマリーに彼女と俺の欠席を伝えてくれるか。一応後で俺からも報告しに行くが」

「はい!」

『それじゃあ立香ちゃんの部屋の場所を端末に表示しておこう。ロマニの場所は……おや』

「どうした?」

『いーや、ランス君はそのまま彼女の部屋へ向かってくれればいいのだよ』

「?」

 

 その後、件の医療部門のトップ『ロマニ・アーキマン』が、立香が宛がわれていた部屋をサボリ場にして寛いでいたのだが──────

 その日に起きる、人類史を文字通り揺るがす()()()の始まりの一日は、そんな風に始まった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「とまぁ、最初を綴るならこんな感じかな?」

 

 花吹雪舞い散る花園で、男は眼を閉じる。

 

 花を彩った装飾のあるローブを纏い、長い白髪を穏やかに靡かせながら頬に肘掛けする。

 異性を惹き付ける整った容姿の、しかし浮世離れというより人間味が薄いとさえ思わせる彼の名は、マーリンという。

 

 アーサー王伝説を筆頭に、様々な王を育て、支えた伝説の魔術師。

 曰く、アーサー王伝説の最後に質の悪い妖精によって幽閉されたとされるキングメーカー。

 

 世界の裏側、星の内海。

 妖精達の住まう理想郷。

 そこで彼は伝説の通り、己自身を築き上げられた塔で幽閉していた。

 

「獣の偉業を前に、漸く種は芽吹いた。いや、良かった良かった」

 

 景色一面に美しい花と気持ちの良い陽気に包まれた世界の裏側、その一区画。あるいは一部分、あるいは一側面。

 虚空に浮かぶ塔の最上階で、花の魔術師は最高位の千里眼を以って世界を見通す。

 世界の裏側で閉じ込められていても、彼は其処に居るだけで現在の世界全てを見通していた。

 夢魔と人間の混血である彼は、不死故に1500年間、ずっと。

 

「いささか強引な介入だったけど、こうでもしなければ本当に君は世界の外側で彷徨い続けていただろうからね。一石二鳥というやつさ。まぁ影の国の女王と出会いながら彼女の望み通り斬り殺して折角の帰還の手段をふいにしてしまった時は、流石に目を点にしてしまったけれど」

 

 だがソレはソレで君らしい、と。

 星の内海、妖精郷にて佇む星見の夢魔が、すぐ傍で()()()()()()()()()()()()を見て笑う。

 

「ギャラハッドのデミ・サーヴァントに円卓。触媒としては申し分ない。彼が端末としたデザイナーズベビーも、彼自身が再び端末を作れるように細工をした。今僕が出来る救援は此処までだよアーキマン。そろそろ英雄王に呼ばれる頃合いだしね」

 

 男は眠り続ける。

 そうでなければ、ただ其処に在るだけで人理を壊してしまいかねないが故に。

 そうならないよう、策を巡らせるのが夢魔の男の役割である。

 

「眠り姫は王子の接吻で目を覚ますものさ。この場合、姫と王子の立場が逆なんだけどね」

 

 罪無き者のみ通るがいい。

 そんな、罪を自覚したこの半魔にとっては、それこそ人理が焼却されようとも出ることを拒む自戒の檻。

 それでも彼が行動したのは、ひとえに罪の根源となった少女だった王の為か。

 

 元円卓の騎士にして宮廷魔術師。

 彼はかつてバッドエンドで終わってしまった物語を、ハッピーエンドにせんと足掻いていた。

 

 嘗て仕えた王だった少女は、御使いを名乗る詐欺師の甘言を切り捨て聖槍に呑まれて尚、自身の名前さえ喪いながら己の唯一を探し続けている。

 そんな彼女と、そんな彼女を探し続ける忠臣に対してお節介をやらかすのも、また魔術師の趣味だった。

 

「後日談や次回作で物語が真に完結するのなんて、よくあることだ。そうだろう? アルトリア」

 

 その為の無知なる斬神の獣は、今しばらく穏やかに夢を見る。

 その夢が覚めるまで、後もう少し─────

 

 

 

 




あと2話投稿予定

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