湖の求道者   作:たけのこの里派

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第三話 奮闘

 

 

 

 ランスがダレイオス三世を斬り捨てたと同時刻。

 一方、石像を乱立させている鎌を持ったフードの女サーヴァント───ランサーとの戦闘は、意外にも拮抗できていた。

 否、その性質からマシュが押してさえいた。

 

「やぁああああああッ!」

「チィ!」

 

 ランサーが振るう鎌の名はハルペー。

 ペルセウスが振るった、女怪ゴルゴーンの頚を落とした不死殺しの宝具である。

 

 無論そのランサーのサーヴァントはペルセウスではない。

 怪力を奮い、加えて人を石に変える魔眼を持つ、蛇に変えて襲い掛からせる事が出来る長髪の、加えて絶世の美女。

 

「女怪ゴルゴーン───いや、女神メドゥーサ……!」

 

 その特徴からランサーの真名を、その戦いを見守っていたオルガマリーが戦慄するように呟く。

 

 神々の迫害によって形の無い島に閉じ込められ、欲望によって勇士達に狙われた姉達を護るため戦い続けた果てに怪物と成り果て、戦女神アテナに宝具を授けられた英雄ペルセウスによって暗殺された怪物。

 

「反英雄は己を討った死因となる物品を宝具として所持している場合があると聞くわ。であるならば───気を付けてマシュ! その鎌は!!」

 

 不死殺しハルペー。

 効果は単純明快。ギリシア神話の主神ゼウスとアルゴス王アクリシオスの娘ダナエーの息子ペルセウスが、かつてメドゥーサの首を斬った女怪殺しの神剣。「屈折延命」という不死系の特殊能力を無効化する神性スキルを有し、この剣でつけられた傷は自然ならざる回復・復元ができなくなる、その名の通り不死者に死を押し付ける概念武装。

 それは、マシュとて百も承知であった。

 だが、

 

「せいっ!」

「貴女は───怖く無いのですか!?」

 

 即ち、二度と癒えない不治の傷を負う恐怖が。

 苛立ちと不理解に満ちたランサーの声に、しかしマシュは恐れる事無くその刃に聖盾でもって押し通る。

 

「怖いです!」

 

 虚勢無く、聖杯に選ばれた聖盾の騎士の力を与えられた只人(ただびと)の少女は叫ぶ。

 その恐怖を決して消化できず、心で必死に押さえ付けながらも。

 

「でも呪いなら、兄さんが斬ってくれますから!」

 

 それでも、続いて口にしたのは信頼だった。

 ロンギヌスの槍によって不治の傷を与えられた漁夫王ぺラムを、傷を蝕む神秘そのものを斬り伏せる事で癒した逸話を持つ。

 例え不死殺しといえど、それが神秘によるものであるならば太極の断片は容赦なく斬り伏せるだろう。

 

「このッ……!」

 

 生意気な。

 そう苛立ちを隠せずにその美貌を歪ませながら、己の怪力でもって鬱陶しく間合いを潰してくる盾をひっくり返そうとするが、

 

「マシュ!」

「フッ!」

「ぐあっ!?」

 

 ガクンと、即座に力点をずらしたマシュが怪力を空振らせる。

 如何に怪物の怪力を振るおうが、その身体の構造が人と同じである以上、()()という技術は通用する。

 そして体勢を崩されたランサーへ、狙い通りと言うようにシールドバッシュを叩き込んだ。

 

「……なんか……マシュ強くないですか? いや、凄いしカッコいいですけど」

 

 知り合った少女の勇姿に、しかし立香が問う。

 デミサーヴァント。一言二言程度しか知らない彼女は、その概要から何となく想像を走らせていた。

 

 英雄の力を得る。

 成る程凄まじいのだろうが、流石は日本のサブカルチャーは頭がおかしいほど豊富だ。

 そういう系統の力が、強いて言うなら借り物の力が果たしてああも本物に通用するのだろうか、と。

 

「それでも強すぎるわ! あの子一体この一年で、マシュに何を仕込んだの!?」

 

 マシュとランサーとの相性は良い。

 倒された怪物と正当な英雄の力を有する者という構図は、必然その反英雄性から有利不利を形成する。

 英雄に討たれたという事実と信仰が、ランサーをサーヴァント足りえさせるのだから。

 しかし本来マシュの実戦はコレが初めてである。

 それを本物のサーヴァント相手にここまで立ち回れること自体がおかしいのだ。

 

 しかし、カルデアには円卓の白き手(ガレス卿)反逆の騎士(モードレッド卿)カーボネックの姫(エレイン)を鍛え上げた阿呆が居た。

 

 一年前、カルデアスの異常と特異点発生から、マシュが数居るレイシフト実験のマスター候補生の中で筆頭となった時から、ランスはマシュの身を護らせる為に数多くの技術を教えていたのだ。

 

 英雄としての宝具は無く太極としての神威は無くとも、唯一残ったその技術と経験は正しく超人揃いの円卓で頂点を欲しいままにした男のモノ。

 一年掛けて、箱入り娘をそれなりに使える様に鍛えるのなぞ造作もなかった。

 

 そこに聖盾の騎士の力が上乗せされればどうなるか。

 そもそも技巧など無い、黒化で怪物性を引き出されて通常のサーヴァントよりも尚冷静な思考も出来ないランサーと、拮抗できない訳が無かった。

 

(だけど……ッ)

 

 決め手が無い。

 護る事に特化したシールダークラスとしての彼女に、怪物としての不死性も合わさったランサーを仕留める事は出来なかった。

 

 なるほど静止状態から動体への移行動作から相手の動きを推察し、攻撃を封じることは出来た。

 しかし、攻撃は出来てカウンターだけ。

 そもそもランサーは速度に優れたサーヴァント。

 マシュ自身の攻撃はまるで当たらない。

 尤も、攻撃手段自体精々盾で殴り付けるのが関の山なのだが。

 

「……あぁ、成る程。つまりしつこいだけですか」

「ッ!」

 

 ランサーがその鎌を地面に突き刺し、大地を捲り上げた。

 怪力スキル。

 怪物特有の筋力増強スキルは、正しくその用途を果たす。

 轟音と共にマシュ処か、カルデアの三人は宙に放り出された。

 

「キャアアアアッ!?空を───飛んで……ッ!?」

「飛んでるんじゃありません所長!落ちてるんです、カッコつけて!」

 

 そのまま人が叩き付けられれば十二分に死に至る高さ。

 無論デミサーヴァントとなったマシュにとって大した高さではない。

 だが、オルガマリーと立香にとっては致死のそれだ。

 

「所長、先輩!」

 

 そうなれば、マシュは救出せずには居られない。

 それはシールダーとしての本能であり、マシュ自身の気質であり─────

 

 

「漸く隙を見せましたね、漂流者」

「───」

 

 

 その本能を抑え付けるには経験が致命的に足りないマシュの、明確な弱点の一つでもあった。

 

「マシュッ!」

 

 立香の叫びと共に、不死殺しの刃が煌めく。

 成る程湖の騎士の端末ならば、かつて漁夫王に刻まれた聖槍の呪いさえ断ち斬った逸話も相俟って、ハルペーの呪詛も解呪(というか術式そのものの両断)に支障は無い。

 だが、それ以前の話─────

 

「その首落として尚、その健気な奮闘を続けられるというのなら、心から誉めてあげます」

 

 不死殺し以前に、デミ・サーヴァントだろうが致命傷を受ければ死んでしまうのは道理である。

 

 

 

「──────オイオイもう終わらせちまうのか?勿体ねぇ」

「ッ!? があッ!」

 

 

 

 尤も、その刃がマシュに届くことはなかった。

 ハルペーが届く前、跳躍したランサーを爆炎が呑み込む。

 全身を煙に包まれながら落ち、何とか立ち上がろうとするランサーに対し、杖を持ちローブや装飾を纏った青髪の男がその背中を踏み抜く。

 

「『(アンサズ)』─────早速で悪いが、終わりだぜ」

 

 踏み抜かれた背には、男────キャスターが刻んだ原初のルーンが刻まれていた。

 

「貴さッ─────」

 

 ランサーの断末魔は再び起きた、先程の比ではない爆発の轟音に掻き消される。

 そんな様子を、オルガマリーと立香を抱えて地面に降り立ったマシュが呆然と眺める。

 余りにも鮮やかに行われた怪物退治。

 それに三人は、怪物や反英雄ではない────本物を見た。

 

「つー訳で嬢ちゃん達、兎に角移動するぞ。こんな開けた処でのんびりするもんじゃねぇ」

「貴方は─────」

 

 ローブを脱ぎ、その美貌と快活な笑みともにそのサーヴァントは三人を導く。

 キャスター、参戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ステンバーイ……ステンバーイ。おっと、スネイクスネイク────』

 

 そんな様子を透明化した上に気配遮断して見守っている少年が居るが、出るタイミングを逃したのかダンボールを探していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話 奮闘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは、学校?」

「ここなら少しはのんびりできるだろ」

「ひゃぁー、疲れたぁ」

 

 廃墟の様に荒廃した学校に辿り着いた一行は、校舎内の一教室でようやく腰を下ろしていた。

 立香は体を伸ばしながら机に座り込み、マシュは眼を輝かせながら遠慮がちに椅子に座る。

 その様子に、彼女の事情を知るオルガマリーが優しい目をしながら苦痛に耐えるように顔を顰めた。

 

「─────いつの間にか、この街の聖杯戦争は入れ替わっていたのさ」

 

 キャスターを名乗るサーヴァントは、この特異点を端的に告げていた。

 いつの間にか街は燃え、人々は消え失せ、挙げ句マスター無きサーヴァント達が自身を含め現界を維持していた。

 

「そんな状況で、真っ先に聖杯戦争を再開したのがセイバーの奴だ」

 

 反転したセイバーは次々にサーヴァントを襲い、その骸を従えていった。

 まるで、何か敵対している勢力に対し、備えるように。

 

「んで、正常なのは俺だけだ。まぁ、バーサーカーはどうにもセイバーの奴にも制御出来てねぇ様だから、まだマシなんだがな」

「成る、程……」

 

 何とか返事をするオルガマリーが、頭を抱えながらよろめく。

 この特異点の全貌は兎も角、解決策は明瞭だ。

 本来この時代の日本、その一地方都市が滅びようと特異点など発生するわけがない。

 なら原因は聖杯戦争一択である。

 

「聖杯戦争……ラプラスにより観測された、2004年のこの地で行われた特殊な魔術儀式───────」

「聖杯戦争?」

「あぁ……貴女は訓練どころか満足な講義すら受けていなかったのだったわね。本当に、あとでスカウト班に査察を入れないと……」

 

 オルガマリーが立香の言葉に本格的に溜息を吐く。

 明らかに精神的疲労が蓄積している。

 国連主導のプロジェクトで起こった謎の爆破に、47人の凍結処理。

 責任者としての彼女の負担はどれほどか。

 そんな彼女が、未だ気丈にしていられるのは、マシュと立香、そして未だ行方不明のランスを、この特異点から無事に脱出させなければならないという所長としての義務感。

 そして何より――――――

 

「聖杯戦争とはカルデアの発明の一つである『事象記録電脳魔・ラプラス』が観測した、2004年の日本の地方都市で行われた極めて特殊な魔術儀式です」

 

 疑問符を浮かべている立香に、マシュが説明する。

 聖杯を求める七人のマスターと、彼らと契約した七騎のサーヴァントが、万物の願いをかなえる「聖杯」を奪い合う争い。

 聖杯に選ばれ令呪を宿した7人のマスターが聖杯を巡って相争い、最後の1人がその所有権を手にする、魔術師同士の殺し合い。

 その際召喚されるサーヴァントとは、歴史上神話上伝承上で善悪問わず偉業を成し、人理にその名と存在を刻まれた英雄偉人である。

 

 他ならぬキャスターもその一人。

 

「男の子が好きそうな話だなぁ」

「尤も、今じゃどいつも此奴も真っ黒い泥に汚染され、それで何とか形を保ってる残骸だろうよ」

「では、残っているサーヴァントは――――」

「事実上、俺とセイバーだけ。セイバーを倒せばこの街の聖杯戦争は終わる」

 

 キャスターはそのために行動をし、そして戦力となるであろうカルデアと接触した。

 すべては廻らない時計の針を進めるために。

 

「所長」

「えぇ。狂った聖杯戦争の終結は、特異点の解決に繋がると推測しました。キャスター、貴方に協力を要請できるかしら」

「おうよ、此方もそのつもりだったからな」

 

 オルガマリーの言葉に、ニヒルな笑みを浮かべて首肯する。

 

「英霊たるもの、現代の人間の一助となれば影法師の身としては重畳だろうよ」

 

 ────曰く、クーフーリンは数多くのクラス適性を有する武芸百般の大英雄である。

 そんな彼がキャスターとして現界した場合、ドルイドの導き手として召喚者を助けるという。

 

 掌を差し出し握手を求める彼に、オルガマリーは恐る恐る握り返す。

 オルガマリーの必死に抑えていた震えが、止まった様な気がした。

 これが数多くの女性を魅了したクランの猛犬の魅力というのならば、彼女は苦笑せざるを得ない。

 

 当初、マシュを含め恐怖の対象でしかなかった英霊を、ここまで心強く感じるようになったのだと。

 

「しっかし……デミ・サーヴァントね。訳アリなのは解ってたが────道理で宝具を使う素振りも無かった訳だ」

「……」

 

 本来宝具とは、英霊にとっての象徴であり奥義であり、軌跡そのものである。

 そしてそれ故に、英霊は当たり前のように宝具を使用できる。

 出来ないとしても、それは何らかの理由が存在するからだ。

 

 そしてマシュが宝具を使用できない最大の理由は────

 

「私は、私に宿ってくれた英霊の名を知らないのです」

 

 単純な話、有り得ない話だが仮にアーサー王が聖剣を持っていたとして、それが聖剣だと知らなければ、その聖剣の真名を知らなければ、発動自体出来ないだろう。

 己の宝具を高らかに謳う事、即ち『真名解放』こそ、宝具の最大出力解放の大前提に他ならないのだから。

 

「……マシュは今までに前例の無いデミ・サーヴァント。通常のサーヴァントとの違いは本来時間を掛けて検証してみないと解らないものよ。加えてマスターは受けるべき訓練すら受けていない素人同然。でも今はそんな時間は無い───キャスター、貴方にお願いが有るわ」

「おう、何だ星見の嬢ちゃん」

「藤丸の魔術回路を、速やかに使用可能状態にしてもらえないかしら」

 

 即ち、令呪以前に魔術を行使するための第一段階。

 魔術回路の構築とon.offのスイッチ作りである。

 

「……うん?」

 

 無論それは一度しかやる必要が無いが、危険の伴う行為である。

 余談ではあるものの、その命懸けの作業を毎晩の様に行い『どうでもいい練習のたびに背骨をまるごと人工の背骨に移植するような命の綱渡りをしているようなもの』と比喩される様な激痛に耐え続けていた正義の味方志望の少年が居たが、これは完全に間違った行為である。

 

 しかし原初のルーンという神代の魔術を扱えるキャスターならば、より安全にそれを為せるだろう。

 大神オーディンが生み出した原初のルーン。

 現代で再興したルーンの人一人殺すことは出来ても灰には出来ないソレと、原初のルーンは街一つ消し飛ばせると言えば、その比較が分かりやすいだろう。

 神代の魔術とは、まさしく神の権能の一端を振るう力とも言えるのだから。

 

「うん?」

 

 尤もそれを行う際に伴う激痛は、欠片たりとて軽減されるとは限らないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 炎上する街の、心臓部。

 柳洞寺と呼ばれる寺の更に奥の大空洞。

 

 そこに、一人の黒い甲冑を纏った王が居た。

 

「……」

 

 何かを待ちわびる様に、しかし同時に来て欲しくない様な。

 そんな二律背反に、しかしその表情は漆黒のバイザーによって覆い隠されている。

 

 残りの手駒は弓兵一人。

 しかしきっと、勝つことは儘ならないのだろう。

 多勢に無勢というのもあるが、その戦術眼こそが強みであるのに対して黒化というのは余りに相性が悪すぎた。

 反転し切ったのなら話は別なのだろうが、それも栓無き話。

 或いは制御不能だったバーサーカーならばキャスターも倒せていたかもしれないが────

 

「……」

 

 セイバーは語らない。

 ()()()()()()事を承知の上で、この特異点を無理に維持し続けている彼女は、しかし倒されることを望んでもいた。

 そして叶うなら、自身を斬る者が自らが最も慕う騎士ならばあるいは─────




ネギまがなかなか進まないから、できてるのを投入で候。
あとがき補足もしたいけど眠いのでまた今度。
誤字指摘ニキにはいつも感謝。
でも同じ文章が連続して修正されるのは勘弁。

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