湖の求道者   作:たけのこの里派

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エピローグ 聖杯探索

 新たに確認された七つの特異点。

 それを修復する戦いに、カルデアは挑む。

 だが、そのまま即座にレイシフトとはいかない。

 

 第一にカルデアの状況が万全とは程遠い。

 レフの爆破工作は、確かな傷跡を残したのだ。

 各重要機器こそダ・ヴィンチの処置で問題は少ないが、すべて無傷など出来はしない。

 そもそもレフにバレないようにした、あくまで問題が起こった場合の保険に近かったのだ。万全の対策とは程遠い。

 何より痛かったのは、一般スタッフの殉職である。

 メインスタッフで管制室に配置されていた者達は、オルガマリーを狙った爆弾に巻き込まれ、大半が死亡している。その穴埋めはダ・ヴィンチとて容易ではない。

 もしこれ以上の欠員が出れば、カルデアは機能不全に陥るだろう。

 

 第二に、特異点の観測。

 そもそもレイシフトとは、正式名称を擬似霊子転移、または疑似霊子変換投射とも云う。

 人間を擬似霊子化(魂のデータ化)させて異なる時間軸、異なる位相に送り込み、これを証明する空間航法である。

 解り易く言えば、タイムトラベルと疑似並行世界移動の合わせ技である。

 

 そんなレイシフトを行うには、カルデアスによって確認された特異点をより詳細に観測するため相応の時間がかかる。

 特に西暦以前になるとレイシフトの難易度が上がり、それこそ神代に至ってはレイシフト時に発生する問題は未知数だ。

 その為特異点はその規模の小ささ、即ち『人理定礎値』の低い順にナンバリングされ、レイシフトすることになった。

 

 その為、忙しいスタッフの代わりにマスター達には別の役割が与えられた。

 

「その為にも、貴方達にはサーヴァントを召喚して貰うわ」

「サーヴァント、召喚」

 

 即ち、カルデア所属のサーヴァントの召喚である。

 オルガマリーの言葉を復唱する立香達は、冬木で出会ったキャスターとセイバーを思い出す。

 正しく大英雄だった二人は、彼女にサーヴァントの頼もしさと恐ろしさを刻み込んだ。

 

「今後、どの特異点でも現地で何等かの形でサーヴァントが召喚されていると予想しているわ。でも、キャスターの様に必ずしも我々の味方という訳では無い。セイバーやランサーの様にね」

 

 実際、冬木ではキャスター以外のサーヴァントは全員敵だった。

 これで特異点の現地サーヴァントが全員味方と考えるのは楽観を超えて考え無しである。

 

「故に、当初の予定通り此方も予めサーヴァントを召喚し、戦力を補強します」

 

 当初、召喚サークルの要のマシュと、既に戦闘能力がトップサーヴァントレベルのランスを除いた、Aチーム全員が一騎は英霊を召喚する予定だった。

 尤も、現在の非常事態に於いて国連の「サーヴァント召喚は七騎まで」という制約は存在しない。

 勿論、本来は七騎以上ものサーヴァントを召喚する魔力リソース自体が無く、駄目押しにレフの爆破工作で使用できるリソースは更に少ないのだが。

 というよりレフの爆破工作と外部との通信途絶により、リソース不足からレイシフトさえ儘ならない危機的状況が将来予想されていた程だった。

 

「だったのだけど────」

「だけど……?」

「まさか、ランスからの魔力供給でカルデアを支えられるなんて、思わなかったのよ」

 

 ランスが自己生成する、というより本体から供給される魔力(オド)

 それだけで、カルデアは魔力リソース不足から脱却していた。

 

 当然だろう。

 そもそもランスロット自体が自己封印を行っているものの、『人の形をした根源』という、とある原初神性と同様に同じ存在位階からの攻撃しか受け付けない怪物である。

 世界そのものからの魔力供給と表現すべきなのだ。カルデア一つ運営できなくて、人間大の根源などと形容しえない。

 

 閑話休題。

 

「取り敢えず、後の事は───ロマニ。貴方とダ・ヴィンチに任せるわ。一応キアラも居るし、大丈夫でしょう」

「所長は?」

 

 立香の、特に意図の無い質問に、少し疲れた表情で苦笑する。

 まるで、疲れ果てながらも仕事に向かうOLの様に。

 

「私はカルデアの所長。やることは山積みなのよ」

「が、頑張って下さい」

 

 顔をひきつらせながら、その勇士を見送る。

 ギャグみたいだが、しかしある意味最も過酷な現実である。

 何せオルガマリーが死亡していた場合、所長業を代行する羽目になるだろうロマニは、間違いなく不眠不休を強いられていただろう。

 かの有名な独裁者ヒトラーは、曰く戦況に追い詰められずとも過労死していたという。

 全指揮権を持つ最高責任者とは、それほど忙しいのである。

 

「と! 云うわけで、これからは私が仕切らせて貰うぞーッ!!」

「モナリザだーッ!?」

 

 今までスタンバッてましたと言わんばかりに、突如現れた美女に立香が叫ぶ。

 そのお約束なリアクションに、やや過労気味なダ・ヴィンチは大変満足していた。

 

 

 

 

 

 

エピローグ 聖杯探索

 

 

 

 

 

 

「あのー」

「はい、立香くん」

「サーヴァントの召喚って、どうやったらいいんですか?」

 

 完全素人の挙手に、ダ・ヴィンチちゃんが対応する。

 当たり前の質問に、何処からともなく取り出した眼鏡を付け、ホワイトボードを引っ張り出す。

 

「先ず初歩の話から行こうかな。英霊とは、過去に何等かの偉業か信仰を成した者が、人類史に刻まれた存在だというのは解るかな?」

 

 そもそも、英霊召喚そのものは時計塔の魔術である。

 それを研究していたとあるキエフの蟲使いの末裔が、『魂の物質化』を一度だけ成功させた錬金術師の末のシステムに希望を抱いた。

 永続的な魂の在り方である境界記録帯(ゴーストライナー)を証明し、不可能と思われていた英霊召喚も出来るのでは。

 そんな考えが発端であり、同時に第三魔法の再現に苦心していた錬金術師の末は英霊召喚の論文を書いたキエフの末裔を欲した。

 その答えが、聖杯戦争である。

 

「ダ・ヴィンチ女史、話の腰を折るようで誠に申し訳ないのですが……。過去の偉人というのは、有名な文豪や作家も含まれるのでしょうか?」

「勿論さ。というか、私はその枠組みだよ。文豪といえば劇作家シェイクスピアに、童話作家のアンデルセン辺りは、十分召喚されうるだろう。まぁ、戦力が欲しい今は、召喚してしまっても困るんだけどね」

「そ、そうですか……」

 

 会ってみたい文豪でもいたのだろうか。

 少し残念そうにするキアラに、ダ・ヴィンチは首を傾げながら説明を続けた。

 さて、そんな冬木で起こったとされる、聖杯(第三魔法)を基軸に行われた英霊召喚。

 カルデアの英霊召喚はソレとは別物である。

 

「カルデアの英霊召喚。その要は、マシュの盾なんだ」

「盾が?」

 

 立香は思わずマシュに視線を向ける。

 思い浮かべるのは、彼女が振るっていた十字架をイメージさせる大盾だ。

 

「マシュの盾。より正確には彼女に宿った英霊の宝具。それが持つ『英雄が集う場所』という性質から、それを解析しながら冬木の聖杯戦争の儀式を解読、改良させて安定させたもの。それが今から君たちの行う英霊召喚だ」

 

 冬木の聖杯戦争での英霊召喚を元に、前所長マリスビリー・アニムスフィアによって作られた召喚式────守護英霊召喚システム・フェイト。

 英霊とマスター双方の合意があって初めて召喚出来るこの術式は、しかし今回の人類史の危機に於いて非常に効果を発揮するだろう。

 何せ利己的な目的が無い、人類を救う戦いだ。

 仮に聖杯戦争に興味の無い英霊でも、召喚に応じてくれるだろう。

 

「まぁ本来、六十年間地脈から魔力を蓄え続ける必要があるんだけど、ランス君のお蔭で一人につき一騎、サーヴァントを召喚出来る。まぁ合計三騎なのは魔力以外のリソースや機器の限界やらのせいだけど、これってホントに凄いんだぜ? まぁ兎に角、残る四騎の召喚はまだ難しいんだ」

「おー」

 

 パチパチ、と立香はランスに拍手を贈る。

 もし彼が居なければサーヴァントの召喚は一騎しか、あるいは召喚そのものが次の特異点へのレイシフトには間に合わなかった可能性さえある。

 

「細かい術式構成や魔術回路との接続は礼装がやってくれる。さぁ、マシュ。君の盾をここに」

 

 マシュは言われた通り、聖盾だけを顕現させ地面に置く。

 それは正しく円卓そのものだった。

『英雄が集う場所』。

 それは決して比喩ではなく、嘗て超人揃いの円卓の騎士たちが集った場所、という意味でもあるのだ。 

 英霊を召喚する触媒として、決して聖杯に劣るものではない。

 

「さて、という訳で早速英霊召喚、やってみよう! 最初は立香ちゃ──」

「もう、良いかしら?」

「アッハイ」

 

 ゆらり、と。

 立ち上がりながらそう確認する彼女は、噴火直前の火山を思わせた。

 あまりの魔力に、空間の歪みが視覚化される。

 芥ヒナコ(虞美人)、我慢の限界であった。

 

 そそくさと準備を始めたダ・ヴィンチは、即座に召喚準備を整える。

 十字の大盾を触媒に用いて召喚サークルが設えられる。その手前に設置された台座の前に立ち、礼装を経由せずに虞美人の魔力を接続し魔力を込める。

 より、自身の触媒化を進めるために。

 

「項羽様────虞は、虞は……っ!」

 

 詠唱は無い。

 万能の天才によって、科学と魔術の組み合わせを成したのだ。術者として必要なものは、あくまで要石としての召喚術式を成立させる魔術回路と適性のみ。

 術式が開始され、召喚サークルの円に沿うように、三つの光輪が紡がれる。

 

『ちょ、ストップストップ! 芥君、魔力込め過ぎ!!』

 

 ただ敢えて理由を付けるのならば、彼女が仮にサーヴァントになった場合───幸運値は最低だと言うことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

『二騎目の召喚は、一先ずまた今度。旧知の再会を祝って食堂で話でもしていなさい』

 

 目的の人物を呼べず悲しむべきか、かつての数少ない親しい友人との再会に喜べば良いのか。

 極めて複雑そうな顔のヒナコが呼んだ、これまた人の良さそうな仮面のサーヴァント。

 そんな申し訳なさそうにしている彼を引き連れ、彼女は食堂に向かって行った。

 

「もうー、ランス君の魔力で満タンに設定してたのに、そこに精霊としての魔力追加は流石に想定してないよ。全く……いやまぁ、色々昂っちゃったんだろうけどね?」

 

 術式の回路に損傷が無いかを調べる為に、モニタールームの機関室に向かいながら愚痴を溢すダ・ヴィンチ。

 一部始終を見守っていた立香とマシュは苦笑一択である。

 そんなマシュは、ロマニが召喚ルームを見回しているのに気付いた。

 目を細め、何か噛み締めるようにする彼を。

 

「……ドクター?」

「────……うん、いや。ボクはホラ、初めてマシュを見たのは此処だったから」

 

 それは、ロマニにとって今尚払拭出来ない罪。

 五年前、この場でマシュのデミ・サーヴァント化の為の召喚が行われたのだ。

 前所長、マリスビリー・アニムスフィアによって。

 

「ボクは前所長……マリスビリーの悪行を止める処か、知ったのはマシュのデミ・サーヴァント実験当時だった。友人のつもりだったんだけどね」

 

 デミ・サーヴァント実験。

 デザイナーズベビーによる、その身へのサーヴァントの召喚。

 それによって誕生した子供は、マシュとランスを除いて全滅し、マシュも英霊召喚の器となるための調整により、極端に寿命を喪った。

 ランスの星の聖剣によって、近付いていたマシュの寿命死が一先ず回避された時、ロマニは心底喜んだ。

 直後、喜ぶ資格が無い事に自らを責めながら。

 

「召喚の際、マシュに宿った英霊は暴れたよ。マリスビリーに一直線にね」

 

 思い出すのは、鎮圧システムから放たれる光線を盾で弾き飛ばし、逆に沈黙させたマシュ───その内に宿る英霊。

 多重防壁を殴り壊し、盾を消してマリスビリーに『何か』を突き付けようとした『彼』。

 

「当然だ、彼は最も清き騎士。最も強き騎士の血を引く、聖杯に選ばれた英雄なんだからね。だろう────ランス」

 

 あの、マシュのモノとは異なる金の瞳。

 それを染め上げていた感情は、非人道的な実験への怒りであった。

 マシュが止めなければ、カルデアはどうなっていたか。

 その結果、汗一つ見せず実験の成功に微笑んでいたマリスビリーに、友としてロマニが何を想ったか。

 結果として彼が選んだのは、マシュの主治医としての立場だった。

 

「済まない、マシュ」

「ドクター……」

 

 ロマニのマシュに宿る英霊を語る言葉には、明確に二つの感情が込められていた。

 それは羨望と────恥。

 聖杯という神の恩恵を得る機会の際、選んだロマニと何も求めなかった騎士。

 その選択を、比較せずには居られなかった。

 

「──────そう大層なモノでは無い」

 

 そんなロマニの悲観を、ランスが断ち切った。

 ハッと、ランスに視線を向けたロマニに、淡々と告げる。

 

「俺も、アレも。大したモノではない。当然お前もだロマニ。お前の選択もアレの選択も、お前が思うような差など無い」

「……っ。は───はは、君がそう言うなら……そうかもしれないね」

 

 ぐしゃぐしゃと髪をかき毟るロマニは、俯きながらランスの言葉を噛み締める。

 そんな彼に、アナウンス越しにダ・ヴィンチの不満が響く。

 

『そーだぞぅ。ていうか、さっさとそちらでの「システム・フェイト」の再調整を手伝ってくれないかなぁ。一応各回路のチェックは終わったんだけどー?』

「ご、ゴメン!」

 

 急いで台座の元に向かうロマニを、マシュは静かに見詰めていた。

 

「ドクター……、兄さん……」

「───────えっ、血を引く?

 

 そんなセンチメンタルな空気を、立香の気付きがぶっ壊した。

 ぎょっとランスを凝視する立香に、作業を行いながらロマニが補足を入れた。

 

「あぁ、かの聖盾の騎士はランスに宿る英霊、ランスロットの息子なのだと伝わっているけど……」

「息子ォ!?」

 

 妻子持ち。

 中学生程に見えるランスに、妻子。

 その衝撃は、夢でマシュに宿る英霊の記憶を覗いていたことで決して外見通りの人物ではないことを知っている立香に、だからこそ多大なダメージを与えた。

 あの男が選んだ女性を、彼女は想像出来なかったからだ。

 解るのは、確実に嫉妬による阿鼻叫喚の流血沙汰は免れないことだけ。

 ブリテンの滅びって色恋沙汰!? 

 そんな想像を膨らます立香に、ランス本人が否定する。

 

「──────俺には妻は居なかった」

 

 当たらずも遠からず、という時点でアレなのだが。

 真実はもっとややこしかった。

 

「アレは俺の細胞から作り出したクローンだ。造ったのは王姉モルガンだが、かの妖姫とは関わる事は殆ど無かったからな。故にアレを妻と呼ぶつもりはない」

 

 妖姫モルガン。

 又の名をモルガン・ル・フェ。

 円卓の騎士の内、ガウェイン、アグラヴェイン、ガレス、モードレッドの母であり、アーサー王の異父姉である。

 妹であるアーサー王を憎み、その王位を狙い様々な姦計謀略を巡らせた、ブリテンが滅びた内患そのもの。

 息子アグラヴェインに王妃ギネヴィアを脅迫させ、ブリテン滅亡の直接原因であるモードレッドというアーサー王のクローンを造り、呪いを刷り込み続けた。

 尤も、アグラヴェインはアーサー王に心底の忠誠を向け、モードレッドが暴走したのはランスロットの事実上の戦死が原因だが。

 それでも、ブリテン崩壊の元凶の一人と云えるだろう。

 

「何より彼女は既婚者だし、円卓の騎士の多くはモルガンの子だ。友や教え子の母を孕ませる特殊性癖は、俺には無い」

「ま、まぁ……」

「待って! 情報で殴り付けないで!!」

 

 あまりに明け透けなランスの発言にキアラが顔を赤らめ、より立香は混乱に溺れる。

 あらゆる外患を跳ね除け、打ち倒したにも拘わらず内患によって容易く滅びたブリテン。

 その人間関係は余りに複雑で、ついでに血縁関係はもっと複雑だった。

 ジョースター家か己ら。

 

『おーい、楽しそうなトコ悪いけど、チェック完了したよー』

「その、先輩。召喚の準備が出来たみたいです……」

「あぁもぉおおおおおッッ! やったらぁぁあ!!!」

 

 ダ・ヴィンチとマシュの催促に、ヤケクソ丸出しで台座に礼装によって魔力を送り込む。

 そんな立香に呼応する様に、召喚サークルが乱舞する。

 先程と同様、システム・フェイトは滞りなく召喚を開始した。

 召喚に伴い、光と発生する魔力反応による煙と紫電が撒き散らされ、視界が覆われる。

 

『さーて、どんなサーヴァントが召喚されたかなぁって─────は?』

 

 尤も最初にソレを把握したのは、モニタールームで俯瞰していたダ・ヴィンチだった。

 魔力煙が晴れた先、召喚サークルの先には────誰も居なかった。

 

「って、ちょっ、誰もいない!? 嘘でしょ、まさか失敗したァ!?」

「召喚工程は完了していた筈、失敗ではないと思うけど……」

「先輩、一先ず落ち着いてください!」

「でもでも───」

 

 半泣きに成りながら振り返った立香は、部屋に居る者達に縋り付く。

 そこには亜麻色の髪で片目が隠れている眼鏡の少女、マシュと。

 黒髪が所々跳ねた、異様に澄んだ表情と瞳の少年、ランス。

 絶世の美貌と聖者の慈愛を兼ね備えた、黒髪の美女、キアラ。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()困った顔の青年がいた。 

 

『───────』

 

 先程まで居なかった存在の登場に、気付いた立香とマシュ、キアラに不思議な沈黙が流れる。

 当の本人は、一体何がおかしいのか分からずに頭を傾げる始末。

 そんな沈黙を打ち破ったのは、人を導くが故に人を観る事が出来るキアラであった。

 

「……ドクターロマン?」

「ウッソォ!?」

「へっ?」

 

 その人物はキアラの言葉で驚愕する立香により、漸く自分の変貌を悟り───絶句した。

 

「………………Oh」

「ほう、随分雰囲気が変わる。馬子にも衣装とは言えんな」

 

 経歴不明なカルデア医療顧問、ロマニ・アーキマン。

 その真名を─────ソロモンという。

 その手にたった一つの指輪を持った、魔術王の姿が其処にはあった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

『まさかロマニが擬似サーヴァント化するなんてねぇ!!!!!』

 

 立香の召喚により姿が変貌したロマニ。

 訳も分からず謝罪する立香を宥めながら、それ以上に気不味そうなロマニとおぼしき青年は。

 しかし乱入したクソデカ口調のダ・ヴィンチにより、一旦混乱は収まった。

 

「っていうか擬似サーヴァントってナニ? デミ・サーヴァントとどう違うの? ていうかホントにドクターなの?」

「髪色も、肌も違いました……!」

「あー、うん。後で説明するね。そして僕にも考える時間を頂戴……!

『勿論駄目だぜロマニ。現在カルデアは絶賛ブラックなんだ、簡単に休めると思うなよぉ?』

「うぐぅ……っ」

 

 それでも驚愕にあたふたする二人だが、最も動揺していたのは間違いなくロマニ本人だった。

 変貌したロマニの姿は、既に元に戻っている。

 だが、オルガマリーにどんな報告をすればいいのか。

 

『────実は僕は、君の父マリスビリーが聖杯戦争で召喚したキャスターのサーヴァントのソロモンで、聖杯で人間として転生した存在なんだ! だから僕は魔術王ソロモンとしての霊基と、問題なく同調できるのさ。何せ僕自身だからね!!』

 

 果たして、どれだけの魔術師がソレを信じられるだろうか。

 Aチームでも、異端児デイビットかコミュニケーションお化けペペロンチーノなら、素直に受け入れていたかもしれない。

 前者はその無機質さ故に。後者はその寛容さ故に。

 あるいは、リーダーであるキリシュタリアは真面目に受け入れるかも知れないが。

 

 だがそんなことを、少なくともオルガマリーに言える訳がない。

 唯でさえ人類存続の最終防衛ラインを護る所長職で、その心身を擦り減らしているのだ。

 それが『現場にいると空気が緩む』とまで言われ、周囲が否定しない様なロマニが、実は魔術師の始祖だった───などと、果たして告げられるだろうか。

 

 ショックで倒れかねないし、あるいはヒステリーが再発するかも知れない。

 そんな彼の懇願は、響くダ・ヴィンチの声に却下された。

 友人の苦境が面白いのだろう、笑いを堪えるその声色に現れていた。

 あるいは、今までランスとダ・ヴィンチ以外()()()()()()()()()()()()、秘密を明かすことでその心労を減らそうとする気遣いか。

 

「はぁ……取り敢えずランス、君もサーヴァントを召喚してくれ」

 

 ロマニは一先ず考えるのを止め、ランスを見る。

 既に今回の召喚で虞美人が過去の知己であるセイバー・蘭陵王を。

 藤丸立香が自分(ソロモン)を触媒にソロモンを。

 何れも、触媒としての縁から来る召喚だ。

 

 では、湖の騎士ランスロットの端末であるランスは、一体誰が召喚される? 

 召喚者である彼に、類ずる人物が召喚されるのだろうか。

 否。彼と円卓が揃っている以上、召喚されるのは間違いなく────

 

『いよいよランスの番か。冬木で召喚されたアーサー王か、あるいは円卓の騎士の誰かが。ぶっちゃけ円卓関連者なら誰でもSSR確定だね』

「SSR!!」

 

 妙にテンションが高くなった立香が、妙に興奮してダ・ヴィンチの言葉を復唱する。

 同時に、現代日本の学生に決して馴染み深いとは言えないアーサー王伝説について質問した。

 

「マシュもそうなんですけど、円卓の騎士ってやっぱり凄いの?」

「まぁね。騎士王アーサーと円卓最強のランスを筆頭に、昼間はその力を三倍にする太陽の騎士ガウェイン。剣士でありながら弓の名手である哀しみの子トリスタン。そして────あー」

「? どうしたの?」

「……いや、アイツはホラ。死んでないから召喚されることは……うん、大丈夫。そう! 円卓の騎士は其々が大英雄に匹敵する超人集団!! 外れは───うん、無いね!」

「えェ……」

 

 急に言葉尻を弱めるロマニに、疑いの目を立香が向ける。

 円卓の騎士ではなく、しかし円卓そのものを造り出したとある夢魔が召喚される万が一を想定してしまったからだが、即座に否定する。

 兎にも角にも、根本的な心配はしていなかった。

 何故ならこのカルデアの召喚式で喚ばれる以上、人理の危機に駆け付けてくれたのだ。

 不満などありはしないのだから。

 ───そう、誰もが思っていた。

 

 変化は、召喚直後に()()()

 

「─────────が、あッ」

「は?」

 

 その小さく短い悲鳴は、召喚サークルとまるで違う場所から響く。

 それは、立香達の後ろから聞こえた。

 

「キアラさん?」

 

 立香の言葉に、返事はなく、

 召喚には何の関係もない筈の、殺生院キアラが身体をくの字に曲げ、苦しみに嗚咽を漏らしていた。

 同時に、彼女の背から黒い澱みが立ち上がる。

 

「ヒッ!?」

「マスター!!」

 

 ゾクリ、と。

 立香の本能的な部分が、恐怖のあまり悲鳴を漏らす。

 マシュはサーヴァントとしての姿に変ずるも、盾を召喚に使用していた故に無手。

 自らを盾とするため、立香の前に立つも彼女自身蒼褪めるのを禁じ得なかった。

 

「あッ……嘘、そんな、違う。私は……ッ!?」

 

 誰よりも苦悶するキアラの姿は、彼女の身に起こっている事態が先程のロマニのソレと類似しながら。

 しかし明らかに乖離していることを示していた。

 

「───ランスッッッ!!!

 

 ロマニは、取り戻したその最高位の千里眼で彼女に憑いた存在の正体を見通し、即座に叫ぶ。

 同時に自分はマシュと立香を護らんと、神速で神殿級の結界を構築した。

 何も無い状態では、あの魔性に立香が保たない。

 そして黒くおぞましい、しかし淫靡な魔力が彼女を包み込み、その頭に獣の冠(魔羅)が形作られかけた瞬間────。

 

「─────魔性菩薩か

アラ、四の方でしたか

 

 その全てが絶ち斬られた。

 彼女を覆う瘴気も、形成されようとしていた角も。異常の全てが斬り捨てられ、消え去っていた。

 

失敗でしたが、まぁ良いでしょう。

 所詮は余興で、「私」はここでは生まれ様も無い様子。せめて霊基は残せたということで、変化の切っ掛けとなれば幸いです。あぁ───でも

 

 キアラを傷付けること無く、それ故に獣の霊基を損なう事無くその魂のみを斬り祓ったのだ。

 残るのは、異常が無くなり倒れたキアラ。

 そして顔を自責に歪めたランスが、特異点では見覚えの無かった刀を残心と共に鞘に納める姿だった。

 

残念至極。「この私」の苦しみ、はしたなく喘ぎ───如何に堕ちていくかを楽しみたかった。自分を自分で堕落させられる機会など、那由多の彼方であったでしょうに───』

 

 その響く魔縁の言葉を、最後まで睨み付けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 斯くして、レイシフトの決行日が訪れた。

 

 レイシフトメンバーはそれぞれがレイシフトスーツに身を包み、コフィンを前に最終確認をするオルガマリーの前に揃っていた。

 

「むぅ……改めてすごい恰好。身体のライン出過ぎでは───?」

「フォーウ」

「レイシフトの安全性を少しでも上げるために、どうしても必要なんだ。現地ではいつもの礼装に戻ってるよ」

 

 全体の指揮と決定を負うオルガマリーと、各スタッフと共にレイシフトメンバーの存在証明やオペレーターを務めるドクターロマンに、解析を担当するレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 マスターである藤丸立香と、そのサーヴァントマシュ・キリエライト。

 同じく、そしてAチームの一人である芥ヒナコこと虞美人と、それに付き従う仮面の美麗。セイバー・蘭陵王。

 

 そしてランス・キリエライトと、本来レイシフト適性を持たなかった筈の、しかしサーヴァント召喚にて謎のサーヴァントを降霊したことでレイシフト適性が100%を叩き出した擬似サーヴァント─────アルターエゴ・殺生院キアラ。

 彼女はランスのサーヴァントとして、今回のレイシフトに特例で参加することとなった。

 心身を支えるセラピストが作戦に同行する。

 未だ一般人としか言えない立香と、戦いの恐怖を拭えないマシュにとって、キアラの同行は非常に有り難いものだった。

 しかし───

 

 チラリと、立香はキアラを気遣い気に覗き見る。

 其処には、穏やかな表情の、先日と変わらない様子の彼女がいる。

 だが、キアラと付き合いの長いオルガマリー達の表情は曇っていた。

 

 オルガマリーは、英霊召喚にて何が喚ばれたのか詳細に知らされていない。

 というより、召喚直後にランスによって追儺された為、何が喚ばれたか解る訳が無いのだ。

 解るのは、その場に居た者が揃って危険だと即断した事。

 現状解っているのは基本ステータスといった、表面上のパラメータのみ。

 後は、キアラに残された霊基から解析、推測するしか無いのだ。

 

 ──────ただ一人、最高位の千里眼を取り戻したロマニを除いて。

 

 それどころか彼女に巣食った霊基を見通すことで、今回の大災害の元凶さえ知ることができた。

 そう考えた場合、この召喚事故は寧ろ大成功と言えるだろう。

 

 問題は、その未来にロマニ自身が耐えられなかったこと。

 かつてソロモンだった頃の、共感能力と自我が一切無かった嘗てならば何の躊躇も無かっただろう。

 しかし、カルデアに居るのは嘗てソロモンだった、そしてソロモンの力を得た人間でしかない。

 だからこそ、彼はその情報を未だ誰にも伝えられずにいた。

 ロマニ・アーキマンには、そんな英雄染みた勇気が今は無い。

 

「───では、第一回聖杯探索(グランドオーダー)を開始します。ロマニ」

「今回レイシフトするのは、七つの特異点で解析が済み、現状座標を特定できている唯一のものだ。年代にして西暦1431年のフランス、────オルレアン」

「その時代は……!」

 

 オルガマリーとロマニの説明で即座に理解したマシュに、そこまで世界史に長けている訳でもない立香は首を傾げる。

 流石に年代と場所を口にされただけで察することは、日本人学生には難しい。

 

「えっと、その時代のフランスで何があったの?」

「はい先輩。その時代のフランスでは、イングランド王家……つまりイギリスとの間に戦争が起こっていました。フランスに有する広大な領土と王位を巡り、1337年から1453年まで約百年間両国間で起きた戦争です。通称─────」

 

 ─────百年戦争。

 正式なグランドオーダー初となる舞台は、その百年戦争の休止期間中であり、ジャンヌ・ダルクが火刑に処されてから然程日が経っていない時代である。

 

「この時代が人理定礎に選ばれた理由は、大陸からイングランド勢力を駆逐したことで王権が強化され、戦争を経て次第に国家・国民としてのアイデンティティーが形成されるに至った戦争だからだろうね」

 

 更にそこから1494年のイタリア戦争からイタリア統一運動に、オーストリア=ハンガリー帝国の成立。果ては第一次世界大戦へと繋がっていく。

 この百年戦争は、人類史の重要ポイントとして異論は出ないだろう。

 

「それって……」

 

 漸く理解した立香は、思わず顔を強張らせる。

 即ち、百年単位で行われた戦争の末期であるということ。

 戦争を体験せずに育った立香は、しかし第二次大戦の敗戦国である日本人であるが故に、『戦争の末期』というものが如何に危険で凄惨な状態であるかを学んでいた。

 

「えぇ。だから現地の人間との接触は、出来うる限り慎重を期しなさい。

 そんな戦争に加えて、特異点化によって歴史の差異が起こっているわ。

 現地の危険はカルデアからは分からないんだから」

 

 聖杯を持ち、歴史を狂わせている原因だけが問題ではないのだ。

 時代が違えば、価値観は全く別のものになる。

 特異点の原因を探るため、現地民との接触は不可避であるが、決して油断していいものではない。

 

「今回、こちらで予め用意できたまともな戦力は蘭陵王────君だけだ。負担は承知だが、君が頼りだ。立香君たちを頼んだよ」

「御任せ下さい、ドクターロマン。マスター達は必ずや、この身に代えても御守り致しましょう」

 

 ロマニの言葉に応じるのは龍の仮面が目を引く、中華の装いのこれまた中性的な容姿の武人だ。

 もし胸に詰め物を入れれば女性と見紛うであろう彼は、芥が召喚した剣の英霊。

 ────その真名を蘭陵王という。

 

 中国は南北朝時代、北斉に仕えた武将であり、その美貌と勇壮さで知られ、斉の軍神と讃えられるほどの稀代の名将。

 その高潔な在り方は、賜ったものは果物一つといえども部下達と分け合ったという。

 芥の望む英霊ではなかったが、決して外れではないサーヴァントだ。

 

「今回の召喚は、私にとって正しく望外の喜び。我が最期を看取って頂いた方に仕えることが出来るのです。決して不覚を取る事など出来ません」

「所詮人理程度の危機に、そんな気負う必要ないでしょうに……」

 

 周囲の優しい視線に、彼のマスターである芥は溜め息を吐く。

 かつてその誠実さ故に死ぬこととなった、数少ない友との再会である。

 項羽との再会を次の機会に、と考える程度には彼女は蘭陵王に好感を持っていた。

 同時に思うのは憂慮である。

 またその性格で貧乏くじを引くのでは、という心配だ。

 

「まぁ───」

 

 かつてよりはまだ、大丈夫だろう。

 そう思い、その憂慮を振り払う。

 今の蘭陵王の主は、猜疑心から忠臣に毒杯を送る愚物ではない。

 何より、同種の馬鹿が沢山居るのだから。

 

「素人マスターなんで、ご迷惑をお掛けすると思います!」

「よろしくお願いします、蘭陵王さん!」

 

 尊敬と恐縮を湛えるマシュと、顔面偏差値の急上昇により混乱の極みに達した立香が頭を下げる。

 それを微笑ましく受け止め、蘭陵王は華麗な返礼を見せた。

 

「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。とはいえ、私の出番はそこまで無いかも知れません。マスターの一人が、まさかの円卓最強と謳われる湖の騎士だとは。剣の腕に関して、私は彼に何手も劣るでしょう」

「────貴公の価値は、斬った張ったに限ったものではないだろう。蘭陵王」

 

 静かに佇むランスは、蘭陵王の賞賛を受け取りつつも首を横に振る。

 蘭陵王が長けているのは、将としての真価。

 武将として軍を率いた時により大きく発揮されるものであり、武は最低限学んだもの。

 無論セイバークラスに恥じぬ技量を備えているものの、山育ちで武術により根源に到達した輩と比較するのは間違っているだろう。

 

「軍を率いる将として、俺は貴公の足元にも及ばん。現地にて召喚されるサーヴァントとの連携を考えれば、貴公の役割は大きい。宜しく頼むぞ蘭陵王」

「ランス殿……!」

 

 ────蘭陵王の最後は、名声が高くなりすぎた彼を疎んだ人間による讒言の果ての、皇帝からの毒薬であった。

 およそ己の忠義を切って捨てられ、それが死後もトラウマとなっている彼にとって、此度の主君の一人となった伝説の理想騎士からの忌憚なき信頼は、その胸を打った。

 

「……キテル」

「先輩?」

「ナンデモナイヨ」

「さぁ、各員コフィンに入棺してくれ。これよりレイシフトを開始しよう────レオナルド!」

「あぁ、早速始めよう」

『はい!』

 

 未来を懸けた、世界を取り戻す戦い。

 それを前に、立香の足取りは決して重くはなかった。

 それはきっと、一人ではないことが大きいのかもしれない。

 

『アンサモンプログラム・スタート。第一工程開始します』

 

 各スタッフが細心の注意で機器を操り、工程を経ていく。

 無論ロマニとダ・ヴィンチも主要として手伝い、オルガマリーがそれを総括として見守る。

 彼女はレイシフト適性こそ前回の爆破で取得してはいるものの、そもそも死んではいけない人間である。

 アニムスフィアの当主として、何よりカルデアの責任者として。

 

『全員の全パラメータの定義完了。続いて術式起動、“チェインバー”の形成。生命活動「不明(アンノウン)」へと移行』

 

 サーヴァントが敵対するかもしれない場所に、彼女を送る訳にはいかなかったからだ。

 尤も、そんな理知的な判断の裏に歯痒さが無いわけではない。

 

 もし『彼』ならば、どうしたのだろうか。

 無論、立場も役割も違うが、『彼』は()()()()()()()()()()()()である。

 否。彼こそがこの立場に相応しいのかもしれない。

 少なくともオルガマリーは、自分が力不足であることを自覚していた。

 だが、そんな思考に意味はない。

 

 己の役割は、せめて大局的な判断責任を取ること。

 より良い未来の為に、何かを模索することを止めない。

 カルデアを継いで、キアラに諭されたことで見えた、オルガマリーの指針であった。

 そうしてオルガマリーが見守る中。

 レイシフトを始めようとした直前、その場に現れた人物がいた。

 

「─────あぁ、良かった。何とか間に合ったようだ

 

 急いでやって来たのだろう。

 息を切らせ、服もその綺麗な長い金髪も、少し乱れが見える。

 だがその表情と瞳に、一切の曇りは無かった。

 

「な─────キリシュタリア!? 貴方、どうやって此処に……! まだ動ける身体じゃないでしょう!?」

 

 白い礼装を纏った、才気纏う金髪の青年。

 Aチームのリーダー、キリシュタリア・ヴォーダイムが壁に身を預けながら其処にいた。

 

「あぁ。残念ながら、今回のレイシフトには耐えられないだろう。

 だが今回のレイシフトに参加できなくとも、私はマスター達の長を任命された身だ。その出立を見送る事くらいしなければ、Aチームのリーダーとして面目が立たないさ」

 

 オルガマリーがその才人を目にする度に、劣等感が彼女を蝕む。

 だが、今はそれを振り切り、管制室からレイシフトルームを見下ろす。

 ソレに、ほんの少し微笑んだキリシュタリアは、オルガマリーと同じ場所を見据えた。

 より正確には、自分達の尻拭いをして貰っている少女が納まったコフィンを。

 

「……彼女が、藤丸立香か」

「えぇ」

「……もどかしいな」

 

 彼が洩らした弱音に、オルガマリーは驚きを隠せなかった。

 その場に居た一部のスタッフでさえ、思わず彼を見てしまったほどだ。

 

「……驚いた。貴方でも、そう思うのかしら」

「君達は、私が偉大な人間に見えていたのか? 私はそんな大層なモノではないよ」

 

 その謙遜の言葉に、しかし答えたのはスタッフを統括するダ・ヴィンチだった。

 

『残念だけど、ランスが同じ事を言ったから説得力無いさキリシュタリア』

「それは……光栄だな」

 

 ほんの少し恥ずかしそうに、そして心底嬉しそうに、立香と同じくコフィンに納まっている英雄を見る。

 そこには人類史に刻まれた先人への尊敬と、信頼があった。

 

『第二工程突入 霊子変換を開始します』

「……補正式安定状態へ移行。第三工程! レオナルド! カルデアスは!?」

「問題なし。オールグリーンさ」

「全行程完了! オルガマリー所長、指示を!!」

「……ふぅ」

 

 オルガマリーに集まる視線を受け止め、瞳を閉じて息を整える。

 閉じた瞳に映るのは、カルデアスの灯が消えた時。

 あるいは、父が突然変死しアニムスフィアの当主となった時。

 あるいは────

 しかして、この三年間の激動は今この時の為に。

 

疑似霊子転移(レイシフト)始動(スタート)!』

 

 ────それは術者を過去に送り込み、過去の事象に介入することで時空の特異点を探し出し、解明・破壊する禁断の儀式。

 

 そして才人は見据える。

 その戦いに加わる者として。

 

『グランドオーダー、実証開始────!!』

 

 禁断の儀式の名は、聖杯探索(グランドオーダー)

 それは同時に、人類を守るために永きに渡る人類史を遡り、運命と戦う者達への呼び名でもある。

 

「───だからこそ眼に焼き付けよう。次は、共に世界を救うのだと」

 

 それは、未来を取り戻す物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ──────■■■

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ────よかった、間に合ったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ─────瞼を開く。

 

 レイシフトによってフランスに訪れた筈のランスの眼下には、見渡す限り幻想的な花畑が広がっていた。

 少なくとも、ここまで幻想的な風景はフランスには無い筈だ。

 ということは、レイシフトに伴う霊子変換の最中に差し込まれた夢、と判断すべきだろう。

 夢というのは簡単だが、幸いこれを彼は何度も体験している。

 

 とある聖剣の鞘と同じ名を冠する、世界の裏側たる妖精郷──────それを再現した風景。

 そしてとある夢魔が他人の夢に侵入した際に、よく再現する風景でもある。

 

「──────マーリンか」

「その通り。流石にもう慣れてしまったかな? 少し楽しみが減ってしまった様だ」

 

 振り返ればそこには、胡散臭い笑みを湛えた白い長髪の青年が立っていた。

 

 花の魔術師マーリン。

 騎士王アルトリア・ペンドラゴンの剣の師であり、育ての親。

 何よりブリテンの赤き竜(騎士王)を、魔術的に造り上げた───先王ウーサーに並び、ブリテンの悲劇の根本を担った者の一人。

 そして、決して死ぬことなく世界を見続ける不死の観測者。

 

「楽しみ? 俺はあまり人の楽しみになるような、面白い人間ではないだろう」

「君の内心と表情の乖離は、とても興味深かったよ」

 

 最高位の千里眼を保有するマーリンは、その種族的な理由も相俟って思考を読むことも可能だ。

 

そっすか(´c_` )』

「ははっ、そういうトコさ」

 

 かの花の魔術師は、人の感情を糧とする夢魔と人間の混血である。

 不死の英雄。それが、根源に選ばれながら決して冠位の英霊となれない理由である。

 その者は、今尚世界の裏側の理想郷にて世界を見通し続けているという。

 

「俺がデミ・サーヴァントとして召喚されたのは、お前の仕業か」

「その通り。君の端末を造るにあたって、カルデアの召喚術式は本当に都合が良かった。まぁ手段については、アルトリアには言わないでおくれ」

 

 カルデアの召喚術式は、ランスロットの血縁(クローン)たるギャラハッドの霊基を解析した末の産物。

『英雄が集う場所』として円卓を触媒にした召喚式ならば、英霊召喚としては中々のもの。

 そして何より────カルデアの英霊召喚システムの未熟さによる『隙間の多さ、曖昧さのおかげ』で、通常ならば例外・不可能・極低確率とされるサーヴァントの召喚も可能となるのだ。

 人理焼却による例外的な事例だが、それこそ神霊を疑似とはいえサーヴァントとして召喚できる程。

 これを利用しない手はない。

 

「君の本体は、今もアヴァロンで眠ってもらっている。下手に外宇宙に行かれると私でも捕捉できないし、何よりアルトリアに本気で顔向け出来ないからね」

「それだけでは無いだろう」

「……はっは。参ったね」

 

 その言葉に、マーリンは気まずそうに苦笑で答える。

 ランスは円卓時代という、罪悪感や後悔といったものとは無縁だった頃のクソ野郎(マーリン)しか知らないのも後押しし、思わず瞠目する。

 

「勿論、この事態への対処を考えて、手近に用意できる最大戦力をどうにか当事者にしようと考えたのさ。そして何より───いや、これは今はいいか」

 

 そうしてランスロットはランスになった。

 人理を薪として焚べた、憐憫の獣を討つために。

 

「さて。そんなボクから、君にお願いがある。まぁ、君ならこんなお願いは必要無いかも知れないけど」

「拝命しよう。お前の悪辣さは知っている。過程や手段によってどれだけ血が流れようとも、お前は必ず最良の結果を手に入れるだろう。

 どうやら俺の知らぬブリテンの末路は、お前を良い方向に進めたらしい。少なくとも、かつてのお前ならここでそんな勿体振る事は無かっただろうからな」

「……耳が痛いな。でもまぁ、君はいつもものわかりが良くて助かるよ」

 

 そして、マーリンは姿勢を正した。

 決してふざけた態度で言ってはならぬと、かつて同じ王に仕えた同士にソレを告げる。

 

 

 

「─────第四特異点で、死んで欲しい」

 

 

 

 アーサー王や円卓の騎士たちが聞けば即座に激昂しかねない、あまりに残酷な指令。

 それを刹那さえ躊躇はなく、涼やかさえ見せて。

 

了解した

 

 その言葉に頷いた。

 それはかつて、朱い月の王と対峙した時。

 王を逃がした際と同じ表情で──────。

 

 

 

 

 




~設定だけはあるキャラの今後~

らんすろ
 実はマーリンが仕込んでたデミサーヴァント(知ってた)
 第四特異点辺りでゲーティアが直接来るやろうなぁ、と推測したマーリンによって覚悟完了した。
 尚、それに曇るであろうマシュ達の表情にゲの字はキレ散らかす模様(理不尽)
 復活(というか本体起動)は第六特異点関連とか設定だけは存在している。
 ちなみに快楽天ビーストを召喚した要因は、コイツの「人から獣へ変転した」という共通点もあるものの、一番は召喚場所がカルデアで、キアラが傍に居たから。
 居なかったらスカサハか、それこそキャスター・アルトリア辺りが召喚されたかも。
 なので二騎目は触媒無しでランサーでスカサハ。三騎目は自分が死んだ後にメンタルケアを想定してローマで会うであろうライダー・ブーディカを召喚する。

藤丸立香
 原作の無個性プレイヤー投射型主人公。剣豪などのコミカライズで個性豊かすぎ問題。行き着く先はやはりフランシスコ・ザビ……!
 出来うる限り一般人メンタルで、かつマシュフィルターが掛かっているコミカライズの『mortalis:stella』仕様。
 今作では人類最後のマスターではないので、幾分かメンタルに余裕あり。尚第四特異点でのらんすろ死亡によりクソメンタルで巌窟王イベに突入。ナニモンナンデスの奮闘により復帰するも、マシュ共々未亡人みたいな雰囲気を醸し出し始める。
 らんすろ本体に一目惚れしたことを自覚するのは、らんすろ本体合流時である。
 召喚サーヴァントは未定。

マシュ
 らんすろに鍛えられた事で、基礎技能と心構えによりほんの少し恐怖を克服できた。
 尤も、師であり唯一の家族の死により瓦解する模様。
 殆んど原作通りだが、寿命関連が聖剣によって解決され、結末が変化したことで色々変更予定だが、あくまで設定の域。
 立香へは同性への尊敬の面が強く、異性に対する物はらんすろに向けている事に自覚はない。
 そこら辺は兄と呼んではいるものの血の繋がりの無さや、一般的な家族の定義を知らない為の弊害。
 万が一その恋慕に自覚し告白しようとも、らんすろが完全に妹として認識しているため、某劣等生お兄様みたいにガチ困惑されるのがオチ。
 尤も恋愛要素は立香が担当すると思うので、まぁ起きない事態である。

ロマン
 まさかのサーヴァントとしての力を取り戻すことに。
 カルデア的には非常に有用ではあるものの、人間の情緒を得たことで千里眼に振り回されることに。またマシュの覚悟を見守る前に力を取り戻したことで、原作終局特異点のような覚悟を持ち合わせることが出来ていない。
 その為、第一宝具による獣の打倒は不可能になった。
 なのでロマンのサーヴァントとしての性能をどれだけ生前に近付けられるかが、ゲーティア打倒の鍵である。
 また人間の情緒を得て千里眼に苦しんだことで、ゲーティアに同調こそしないが共感し、憐憫することに。ゲーティアはキレた。

キアラ
 fgoにおける完全被害者にて、戦力調整。
 ロマンが第一宝具の使用禁止を前提に設定してたので、らんすろのゴリ押し以外の要素を拾ってみたら、カルデアのマスター以外でコイツ以上の魔神柱の天敵は居らんやろうと。
 また、カルデアに合流しても違和感や矛盾は無いメンバーだったから。
 今作ではビースト適性のある奴のサーヴァント召喚に立ち会った為、ビーストとなった自分自身に憑かれる嵌めに。
 平静を装いつつデミ鯖としてレイシフトに参加しているものの、本人のメンタルはかなりいっぱいいっぱい。戦闘には肉弾戦を基本にし、ゼパ何とかで攻撃は忌避感からできない模様。
 如何にして己自身の獣(変態)に対応するかが鍵。
 らんすろ死亡により第五特異点で救世者として覚醒する模様。
 また、快楽天ビーストの霊基のお蔭で飼ってる魔神柱の解析でゲーティアの特性が丸裸に。

虞美人
 未だ作者に芥か虞美人かどっち表記か悩ませてる人。
 まぁ芥呼びに慣れてる人は芥、立香みたいな新人がぐっちゃん先輩でええやろ()
 フランス攻略後、項羽と再会して人生のハッピーセットに。
 人類史とかもうどうでもエエわ勢の癖に、友達害されたらキレる。


 という訳で、漸くfgoプロローグ編完結であります。
 一万五千文字超えたので誤字と同じ説明の繰り返し地の分がコワヒ。
 誤字脱字指摘兄貴姉貴、いつもありがとうございます。

 え?続きを描かないのか?
 この先は地獄なので描きません(固いいし)
 ぶっちゃけ他の作品をはよ進めねば、という思いがめっちゃ強いのと、書き始めれば完結にどれだけ掛かるのかわかんねぇ。というのがあります。
 またfgoによりどれだけ設定練り直したのか解らないので、fgo二次は描くにしてもらんすろを主人公にした物は今は描きたくないです。
 他のオリ主ものや既存キャラ性格変更ものといった、色んな設定はあるにはあるんですけどね。
 
 取り合えず何事も、絶賛滞り中の作品をある程度更新してからと考えております。
 宜しければ、別の作品にてまたお会いしましょう。


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