UI ; Side M   作:歓宮志

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1976

 理想的な三寒四温ともいえる不安定な気候が続き、トレセン学園の春はまた新たな活気を迎えた。僕はそんな期待とか不安とかが入り混じった空気を浴びながら、トレーナー室で雑多な仕事をこなし続けていた。

 

 僕にとってこの年の春はなんだか訳のわからないまま始まってしまったように思う。

 人々の間からはまた新たな思想が芽生え、新たな活動が始まり、趣向が変化していった。

 ある意味では僕らはまだ激動の渦中に立たされていて、その渦をより一層激しくしているとも言える。これはいつの時代であっても同じことであるかもしれないが、しかしそれは僕にとってはいささか激しすぎたのだ。僕にはどうしてもこの動向に進んで便乗していくような心持にはなれなかった。全ては僕の関与しないくらいどこか遠いところで起き、僕の知らないところで消え去っていくのだ。

 僕は政治の問題とか経済の動きとかに興味がなかったから、そういった類の彼らが生み出した産物をなんの感情もなしに次々と受け流していった。なんだか明日にでも世界が丸ごと変わってしまうような世間だと思った。

 

 三年ほど前に新たなスターが誕生してから、トゥインクルシリーズという産業も人々の間に浸透し、これもまた例に漏れず変化を続けていた。

 この状況は彼女たちに当たる陽の光を増やしたが、人々の間に広まるということはそれに応じた弊害も必ず生じることになる。特に中央主催のレース場では、交通渋滞やゴミ処理や騒音などの問題に悩まされ、昼夜対応に追われていた。

 僕はこのトレセン学園のトレーナーという立場にありながらも、こうした動きもなんだか他人事のように感じていた。

 

 昨年僕の初担当となったウマ娘が卒業を迎えたため、ここしばらくは一人の状態が続いている。

 毎夜トレーナー室で書類に目を通し、ラジオを聴いた。この時分の僕の情報源はもっぱらラジオに限られていた。新聞は読む気になれなかったし、まだ新人とも言える僕の部屋にカラーのテレビが支給されたのは最近になってからで、何を見れば良いのかもわからなかったからだ。

 ラジオでの主な目的は音楽を聴くことにあったが、この仕事に就いている以上、ウマ娘に関わる情報も多く聴いた。今年のダービーの有力バだとか、イギリスで三冠を達成したウマ娘の後継者がどうなったとか、そんなところだ。このようにしてこの年の春は過ぎていった。

 

 梅雨の季節に入ってから、関東の空は雨雲で覆われ始め、僕の孤独感はより一層増していった。僕はこの頃カーペンターズを好んで聴いていたから、なんだかまさしく雨の日と月曜日の気分だなとか、そんなことを思いながら過ごしていた。

 そんな僕の状況を知ってか、同僚から何度も新たなウマ娘をスカウトするよう勧められたが、僕にはどうしてもその気になれなかった。

 はっきりした理由は僕にも判らなかったが、幾つかの心当たりはある。

 一つは昨年担当していたウマ娘を卒業まで迎えたばかりだということ。彼女は僕の初めての担当バだったから、彼女と三年間を共に過ごしたこと、そして彼女に別れを告げたことによる心労がかなり蓄積していた。

 もちろん彼女との三年間はとても大切なもので、どの瞬間を切り取っても忘れ難いほど特別なものだった。だからこそ、一度心の内を精査する時間が必要なのだと思う。そしてもう一つは、僕がこの仕事に就いた理由に関わるものだ。

 しかしどれも明白な理由だとは思えなかった。あるいはこれら全てが混在しているからなのかもしれない。とにかく僕はこの暗いぬかるみから抜け出せずにいた。

 

 僕のもとに変化が生じ始めたのは、七月の初めの頃だった。この日も僕はトレーナー室に篭り、学園近くの屋台で買った鯛焼きを頬張りながら細々とした仕事をこなしていた。

 太陽が見え隠れするような、中途半端な空模様だった。

 『レット・イット・ビー』の一曲目が終わりに差し掛かった頃、誰かが部屋を訪ねてきた。

 

 ドアを開けるてみと、そこには理事長秘書がいた。

 

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