探偵系VTuberの成り上がり ~謎を解いて、人気者になって、お金を稼ぎます~   作:正雪

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神様は人を殺したのか

 私が話し始めようとしたところ、ちょうどアイリッシュコーヒーがやってきた。

 一緒にお通しまで付いている。

 生ハムとチーズが小さくカットされて洒落たグラスに入っている。

 実際には食べられないのに芸が細かい。

 ちなみに私はお酒は飲めないが生ハムもチーズも好きだ。

 

「何か頼みましたか?」

「いや、いらない……意味ないからね」

 

 ジョーカーが首を振る。

 

「せっかくバーに来たのにつまらないこと言いますね。一杯奢りますよ。彼女に電気ブランを」

 

 バーテンダーはショットグラスとジョッキをジョーカーの前に並べると隠し扉の向こうへと消えていった。

 

「ありがとう。君はロールプレイにこだわるタイプなんだね」

「じゃなかったら、探偵ごっこなんてできませんね」

「なるほどね」

「とりあえず乾杯」

 

 私が差し出したグラスに彼女はジョッキをコツンと当てる。

 

「で、何が訊きたいんだい?」

「神様、というのがいるらしいんですが、それについて何か情報は入ってきてますか?」

 

 ジョーカーは少し眉間に皺を寄せる。

 

「そのことだったのか。ちょうどよかったよ。実は私も神様の正体については気になっていてね、調査依頼をしたいと思ってたんだ」

「自分で調べないんですか?」

「実はしばらくリアルの方が忙しくなるから、あまりログインできないんだ」

 

 こんな大金を賭けたギャンブルをするような不気味なアバターにもリアルの生活はあるのだ。繁忙期というのもあるだろう。

 私もそろそろ前期の期末試験に向けて準備をしなければならない。

 小説を書く時間も取りたい。

 大学生っていうのも意外と暇ではないのだ。いや、暇か……。

 

「で、あなたのところにはどんな情報が入ってるんですか?」

「最近、スラムで一人死んだ。まぁ、それはスラムでの言い回しで、正確には神様がどうとか言いながら強制ログアウトになったんだ」

「リアル側で頭でも打ったんでしょうか?」

「いきなり意識不明になったのかもしれない。ともかく、彼はその日以降グリモワールには戻ってきていない」

「なるほど」

「その後、こちらに入ってきた情報ではその彼はP2015のファンだったらしいということと、ファン仲間にもVR上で詳しいことは言えない、としか語らなかったこと。ただ、神様の力で願いが叶う。もう推しのところには行かないかもしれない、というようなことは言っていたようだね」

 

 まさか強制ログアウトしてそのまま来なくなるとは。

 しかし、これだけの情報でもわかることはかなりある。

 ファン仲間にもぴーちゃんにも詳しくは言えないのに、匂わせはする……興味は引きたいのだ。

 

「神様の正体については不明だが、どうやらグリモワールでロクでもないことをしているらしいということだけはわかっている。不思議なのは完全に正体を隠すわけではなく、自分の存在をチラつかせてはくるのに尻尾が掴めないところだ。死んだ男が正体をバラす可能性を危惧して始末されたのかもしれない」

「まぁ……その可能性も否定はできませんね。でもそもそもの話なんですけど、なんであなたが正体を知りたがるんです?」

 

 ジョーカーになにか不利益をもたらす存在なのだろうか、神様とやらは。

 

「グリモワールがリアルで騒がれるようなことは事前に潰したいのさ。ここでは色々とグレーゾーンなことも行われている。私がやっているハイレートなギャンブルだとかマネーロンダリングだとか色々ね。そういうのが掘り起こされるような可能性は潰しておきたい。ここには政治家のヘビーユーザーも多いから、ある程度はもみ消してくれるだろうが、マスコミが騒ぎ立てると一度地下に潜る必要が出てきたり面倒だからね」

「なるほど、納得です」

 

 ジョーカーはけっこう大変そうな道を選んでいるな、と思った。

 

「さて……私は行くところができたのでそろそろ行きます。ありがとうございました」

「役に立てたかい?」

「はい、解決まではさほど時間はかからないかもしれません」

「それはよかった」

 

 私は一応手元のグラスを空にすると立ち上がって、青白い顔の女に向かってひとつ言っておくことがあるのを思い出した。

 

「あとジョーカー……」

「なんだい?」

「期末テスト頑張ってくださいね」

「は? え? ……なんで」

「電気ブランって、そっちの小さなショットグラスの方が本体ですよ。ジョッキで乾杯する人なんていないです。お酒飲んだことない子供以外はね」

 

 ジョーカーが目を白黒させている。

 バーに来て、ドリンクを頼まないやつなんていない。

 ロールプレイにこだわらないなら盗聴対策なら喫茶店でいい。

 ここを指定したのは背伸びをしたのだろう。だが、それが逆効果だった。

 名探偵の私はちょっとした違和感にも気づいてしまうのだから。

 

「知らなかったんでしょう? 飲み物を注文しなきゃいけないってことも、電気ブランはショットグラスとジョッキのビールが一緒に出てくることも。私もね、お酒は飲まないんですけど、知ってるんですよ……大人だから」

 

 あと私も大学生だから、そろそろ学生が忙しくなるのも知っている。

 

「背伸びはほどほどに」

 

 私はそう言い残して、バーを立ち去った。

 

 ――子供かぁ。

 

 あの8000万円とかギャンブルで稼いだ分、ちゃんと税金払ってんのかなぁ。


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