探偵系VTuberの成り上がり ~謎を解いて、人気者になって、お金を稼ぎます~   作:正雪

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解決しない編 探偵 vs VRの王子様(後編)

「指名してくれてありがとう」

「いえいえ」

 

 彼が差し出してくる名刺データを取り込みながら答える。

 別にデータの連絡先をリストに登録するようなことはないのだが。

 

 私は意外と緊張していなかった。

 というのも、エラ君のアバターがかなり女性寄りの風貌だったことと、ここがリンちゃんが借金漬けにされないための最後の防波堤だという責任感が急に湧いてきたのだ。

 アドレナリンが溢れてくる。

 

「僕のことはどこで知ったの?」

 

 リンちゃんのことは言わない。変に警戒されても困る。

 

「ホームページで見てカッコいいなって思って……一目惚れですかね」

「嬉しいな、ありがとう」

 

 男装の麗人のようなホスト、エラ君は私とぴーちゃんに微笑みかけると、焼酎の水割り的なものを作ってくれる。

 ここはお姫様扱いというよりホストクラブっぽい。

 

「そっちの彼女は?」

「ワタシは彼女に誘われてきました」

「このお店はどう?」

「こういうガーリーなのは趣味ではないですが興味深いです」

 

 ぴーちゃんは特に表情を変えることなく、周囲を見渡しながら言う。

 

「ははは、ここはお姫様になりたい子たちが来る店だからね。サイボーグの子の趣味とは少し違うかもしれない」

「そっちの探偵ガールは僕のお姫様になってくれるのかな?」

 

 探偵ガールは別にお姫様になりたいわけではないが、まぁそういうことにしておこう。

 

「もちろん! 好きな人のお姫様になりたいに決まってるじゃないですか!」

 

 なんか筋肉を褒める時のテンション!

 

「嬉しいな。ありがとう」

「エラ君も私のこと好きになってくれますか?」

「なれるといいな」

 

 そう言って爽やかに微笑みかけてくるが、私はあんまり好きになれそうにない。

 はっきり言って嘘くさいし、友達が沼にハメられかけている、という前提もある。

 

「ところでお姫様たちはこんな遅い時間にここに来てて大丈夫なの? 僕は出勤時間が遅いから、これからも会いに来てくれるか心配なんだけど」

「えぇ、まぁ大丈夫です」

「ワタシ、殆ど寝ません」

 

 何せ暇な大学生とAIなので。でも今後会いには来ないと思いますが。

 

「エラ君は0時からしか出勤しないから、サカサマのエラなんですか?」

「ははは、そうだよ。よくわかるね」

 

 ぴーちゃんは少し考えて、「あぁ、そういうことですか……」と小さく呟いた。

 

「まぁ、伊達に探偵ファッションをしているわけではないので。シンデレラの逆ってことですね」

「そういうことだね」

「12時までしか会えないシンデレラ、その逆で12時からしか会えないエラ君」

 

 シンデレラというのはそれが名前なのではなく、「Cinder=灰」が「ella」にくっついているのだ。

 継母に付けられた灰かぶりのエラというあだ名なので、名前自体はエラというわけだ。

 

「博識なんだね」

「小賢しい女の子は嫌いですか?」

「そんなことはないよ。もちろん、僕に会いに来てくれる姫はみんな大事さ」

 

 ん?

 なんともいえない違和感があった。

 

「エラ君は日中は何をしてるんですか?」

「夢を壊すようだけど、昼の仕事をしているよ」

「昼は昼でお金を稼がなきゃいけないなんて、エラ君は王子といっても小国の王子なんですね」

「上手いこと言うね。なるほど、そういう言い方をすればいいのか」

 

 エラ君はサラサラの髪を優雅にかきあげながら言う。

 

「ところでエラ君は昼も夜も国のために働いているわけじゃないですか?」

「うん、そうだね」

「もし、心に決めた一人の姫が夜の仕事を辞めてって言ってきたらどうしますか?」

「それは無理なんだ」

「お金そんなに必要なんですか? 姫が働いてご飯食べさせるって言ってもですか?」

 

 エラ君は腕を組んで、逡巡した後に言いにくそうに話し始める。

 

「病気の妹の治療費で多額の借金があってね。それをこの仕事で返済してるからちょっと難しいかな」

「王国の予算から出せなかったんですか?」

「そうなんだよ、小国だからねぇ」

 

 嘘くせぇ。こいつ、ホントに嘘くせぇ。

 ぴーちゃんも苦笑いしている。

 

「本当に尊敬しちゃいますよ。私にはとてもできないです。この話を聞いて、エラ君のこと好きになっちゃいました」

「あはは、ありがとう」

 

 はぁ。私はぴーちゃんの方をチラリと見る。ぴーちゃんは私にだけわかるように小さく首を横に振った。

 やっぱりコイツ……。

 

「あのですね……」

「うん? どうしたんだい? 何か気になることがある?」

「まぁ、そうですね。でも、気になることはだいたい解決しました」

 

 正直、私は思っていたよりも面倒くさいことになりそうな予感に辟易していた。

 

「解決?」

 

 エラ君が表情を曇らせる。

 こんな表情もカッコいいとリンちゃんは思うのだろうか。

 リンちゃん……。

 私がこれからすることは彼女のためになるわけだが、その後のことを考えると暗澹とした気分になる。

 

「そうですね。まず一つ言えるのはあなたはホストには向いていません」

「どうしてそう思うんだい?」

「あなたの言動は……そうですね、矛盾しているような言い方になりますが、中途半端に一貫性があり気持ちが悪いです。自分に嘘を吐ききることができていない。ゆえに言わなければならないことが言えず、言わなくていいことを言ってしまう。そんな人間にホストは務まらないのではないかと思います」

「あまり嬉しくない言葉だね」

 

 怒ろうにも怒れない、また彼のハンパなところが出てしまっている。

 私の言っていることが感覚的には理解できていても、言語化できないのだろう。

 クリティカルなことを言われているはずなのに、具体性がないから反論もできない。

 

「喜ばせようと思って言ってませんから」

「どういうことか……教えてくれるかい?」

 

 私はあんまりこれ言いたくねーなーと思いながらも、もう深夜1時になるし、あんまり長引かせるのもよくないなーということではっきり言うことにした。

 

「あなた……ピンク髪のギャルに一目惚れしましたね?」

「え?」

 

 男装の麗人系王子様ホストは明らかに狼狽している。

 

「な、なんで? 君は彼女と知り合いなのか?」

「まぁ、そういうことです。私は彼女が真実の恋を見つけた、なんてトチ狂ったことを言うので目を覚まさせてあげようとここに参上したんですよ。あなたが誰にでも同じように接して、女の子に貢がせるクズだと証明しに来たんです」

 

 私は何かを言おうとする彼を手で制して、続ける。

 

「ホストと客の間に真実の恋なんてものはありません。一般的にはね。なので私は『エラ君は私にも好きって言ってくれたよ。誰にでも同じように言ってるんだよ』と友人に報告してこの事件の幕を引くつもりでした。でもあなたは違った。私はかなり露骨に私のことを『好き』だと言わせるように誘導しました。が、あなたは言わなかった。ホストにもかかわらず。一言好きだと言えばいいのに、言わなかった。いや、言えなかったんです。あなたもまた……真実の恋とかいう嘘くさいものに気づいてしまったんじゃないですか?」

「…………どういったらいいものか」

「あなたは正直者です。だから、私は少し怒っています」

「僕は正直者なんだろうか?」

「今日あなたが話したことにはどうやら嘘はなさそうですからね」

「わからないじゃないか」

「ホストが当然吐くべき嘘。客のことを好きだと言うことができなかったということもそうなんですが……いや、普段から言わないようにしたのに私の友人にだけ言ってしまったのかもしれません。ともかくまぁ、これは本当にたまたまですが、私の隣にいる彼女、P2015ちゃんというんですがAIなんですよ、高性能な。つまり、嘘発見機とまではいきませんが、トレースされている表情筋や手足の動きからある程度の動揺は見抜くことができるので、あなたが明らかに嘘を吐いていたり動揺を見せたら合図してもらえるように言ってあったんですが……」

 

 ぴーちゃんが遠慮がちに告げる。

 

「ワタシが見た限りでは……あなたには嘘を吐く時に人間が見せる兆候は現れませんでした」

「ま、保険というか私の推理の裏付けのための答え合わせくらいのことですが」

 

 エラ君はお手上げだというように両手をあげた。

 

「すごいな君たちは」

「あなた、本当に日中も働いていて、夜も働いてるんですね。言っておきますが、私はまぁ今はこれ量産タイプのアバターですが探偵Vとして有名ですし、こちらのぴーちゃんも今人気急上昇中のAIアイドルですよ」

「全然知らなかった。お姫様たちはそんな話してくれないからね」

「まぁ、アイドルとはいえ他の女の話なんてしないでしょうねぇ」

「そういうことなんだろうね。店内であまりこういう話はしたくないんだけど……君の言うとおりだよ。僕はあの子に恋をしたようだ」

「本当に一目惚れなんですか? VRアバターですよ? 本物じゃない」

「アバター越しだってわかるさ、僕はきっと彼女の魂に恋をしたんだ」

 

 わっかんねーなー。

 全然ピンとこない。

 

「彼女と通じ合ったとは思ったんだけど……名前も言わずに去っていってしまってね。なんとかもう一度会いたいと思ってたんだ。ガラスの靴でも落としていってくれたらよかったんだが……僕のシンデレラ」

 

 エラ君にとってはリンちゃんもまたシンデレラだったのだ。

 

「まぁ、別に店外でもリアルでも二人がいいなら勝手に会えばいいんですけどね……このまま二人を繋ぐわけにはいきません」

「…………」

「ワタシもそう思います」ぴーちゃんも言う。

 

 なぜなら……。

 

「あなたが正直者であるということは……夜の仕事が辞められないくらい多額の借金があるということでもあるからです。それの解決の糸口を見つける必要があります」

 

 つまり……解決したようで何も解決していない。

 リンちゃんが好きになった相手は、リンちゃんのことが好きだったわけだが……借金まみれでもあったのだ。




今回、珍しく長くなりました。
途中でぶった切って3話分くらいにしてもよかったんですが、ここで分割すると、前中後編の次なんなん?ってなってしまうのでもうキリがいいところまで書ききりました……。

あと「小説家になろう」の転載版のブックマークと評価を入れていただいた皆さんありがとうございました。ジャンル別11位にランクインできました。
作中作『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』の宣伝活動の一環として色々お試し中でして、なろうの方でこの作品を知って、さらに書籍のことも知ってくれる人が何人か出てきたらいいなというなかなかに遠回りなやり方ですが、やらないよりはマシかなぁと。
また書籍の予約がはじまりましたら短編書いたり、Twitterでお知らせ出したりとかしたいと思います。
2月に正式な発売日が決まるそうですが、現状4月下旬くらいになりそうと聞いています。
引き続きよろしくお願いいたします。

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