探偵系VTuberの成り上がり ~謎を解いて、人気者になって、お金を稼ぎます~ 作:正雪
私はVR空間内の無料アパートで藤堂ニコとして目覚める。
英国風アンティーク家具の書き割りに、安くてテクスチャーが粗いロッキングチェアしかない部屋は相変わらず心が寒くなる。
信じられないことだがVR世界の家具も現実と同じかそれ以上にお金がかかるのだ。
いまやかなりの数の人間がVRも半分現実のものとして受け入れているし、このVR空間の維持費もかなりもので、それに伴って劣化しないVR家具はそれなりに高い金額設定ということらしい。
わかるようなわからないような理屈だが、ここでこうしてお金儲けをさせてもらっている以上は受け入れざるをえない。
VR空間と配信プラットフォームに投げ銭のうちのそこそこの割合が引かれるので、イマイチ儲かっている実感がない。
「さて……行きますか」
私は無料スペースエリアから出て、呪井じゅじゅのライブがあるエリアへと向かう。
時間があるのとお金がないのと、さほどエリアとして遠くないのとで徒歩で向かうことに。VR空間なんてどこへでもワープさせてくれればいいようなものだが、ちゃんとタクシーにもお金がかかるし乗り物なんてとてもじゃないが買えるような値段ではない。
とはいえ、流石にタクシーやバスといった移動手段はかなり安く設定されている。
タクシーはAIによる完全自動運転で人件費もかからないので当然ともいえる。ほどほどに不便にしておくのが儲かるコツということなのだろう。
てくてく歩いているとちょくちょく視線を感じるし、たまに声をかけられるようにはなってきた。
「あ、ニコちゃんだ。本物ですか? 握手してもらっていいですか?」
「もちろんです」
「うれしいです。私、この間の千里眼オロチとの対決見てファンになったんですよ。もちろんチャンネル登録してます!」
『もちろんです』は本物と握手の両方にかかっている。
私は話しかけてくれた背の高い女性に手を差し出す。
彼女はファンタジー小説やゲームに登場するエルフのような風貌をしていた。
耳が尖っているし、服装も現代日本で歩いてたらエルフ耳じゃなくてもみんなが二度見するようなドレスだ。
私は探偵スタイルであること以外はかなり普通っぽいので、むしろ私の方が芸能人に握手してもらってるような気分である。
――エルフが芸能人なのかはよくわかんないけど。
「わー、このへんよくいるんですか?」
「いえ、普段は自宅から出ないんですけど、今日はこれからライブに行くんですよ」
「そういうの行くこともあるんですね」
「まぁ……なんというか行きがかり上……調査も兼ねて」
「調査! 探偵っぽい」
「えぇ、まぁ探偵なので。で、ちょうどいいのでお伺いしたいんですが、ネオガレージってどのへんですか?」
この姿では探偵だが、実際は探偵を自称しているただの女子大生であるが、こちらではもう探偵と言い切ってしまう。
「ネオガレージはここの角を右に曲がったところの地下です。看板わかりにくいんですけど、他に地下に降りる階段ないのでわかると思います」
「エルフさんはネオガレージ行ったことあるんですか?」
「あ、私はステージに立つ側ですね。地下アイドルがよくやるライブっぽい内装の箱なんですよ」
こういう現実にはいない可愛い人のパフォーマンスを観られるというのもVR空間の醍醐味なのかもしれない。
「そうなんですね。エルフさん可愛いですもんね」
――アイドルかぁ、そういう稼ぎ方もあるんだな。
「いえ……正直こっちだとみんな見た目可愛いですし、エルフとかちょっと捻った感じのアバターでもキャラ被り多いですし、なかなか人気も出ないんですよ」
「難しいんですねぇ」
私はキャラ被りとかは考えたこともなかった。
実際に他人の嘘を暴いて引退に追い込むような探偵は他にいないからバズりはしたものの、探偵風スタイル自体は結構いるのかもしれない。
「今度ぜひ観に来てください」
「わかりました。今度時間ができた時には観に行かせていただきます」
私は彼女から公演情報のデータを送ってもらうと、別れを告げてライブハウスへと向かった。