探偵系VTuberの成り上がり ~謎を解いて、人気者になって、お金を稼ぎます~ 作:正雪
私はマッキーに別れを告げ、ヘッドセットを装着する。
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VRヘッドセットのOSは自宅で使っているものと同じだ。特に操作性に困ることもないだろう。
いつもと違うのはグローブタイプコントローラーとフットペダルがあるくらいだ。コントローラー操作でなく、手足で直観的に操作できると没入感がより高まるという。
私はVR触覚グローブコントローラーを使用して、中空に浮かぶアイコンの中からVR空間『グリモワール』を指さして選択する。
――おー、グローブタイプコントローラーってこんな感じか。これいいかも。
目の前にKADOKAWAのロゴが浮かび上がると、全身が浮遊感と共にVR空間へと連れていかれる。
真っ白な空間に本が浮かんでいる。立派な魔導書だが中身が読めるわけではない。
今の姿は何者でもないマネキンのようなのっぺらぼうだ。
[目の前に浮かぶ本を手に取ってください]
手を伸ばして本に触れる。
[ようこそいらっしゃいました。これからあなたはこの魔導書『グリモワール』の中で紡がれる物語の世界の住人となります。よろしいですか?]
→[はい]
[いいえ]
[注意事項をお読みになった後、次に進むを選択してください]
注意事項というのはまぁ免責事項とか色々だ。
VR酔いがあるから長時間のプレイはダメだとか、実際にVR内で起こった暴力をはじめとした違法行為も現実で裁かれる可能性があるとか、VRでの金銭のやりとりで起こったトラブルにKADOKAWAは関与しないとか、VR内からの配信とか投げ銭をもらう行為はYouTubeのような配信プラットフォーム使っていても契約上一定のパーセンテージをVRプラットフォームとして差し引きますよとかそういうのだ。
私はもう一度読んでいるので読み飛ばす。
――承知してますよと。
こんなの読んでいないと後からゴネるプレイヤーも多いようだが、私は真面目ちゃんなのと自慢ではないが文章を読むのがめちゃくちゃ速いので説明書とか注意事項とかは基本的に読み飛ばすことはない。
今ではだいぶ衰えはしたが、かつてはフラッシュ記憶も得意で中学生までは教科書なんて配られた初日にパラパラっとめくって全ページ暗記していた。
高校生になると文字量と情報量の多さで流石にそれは難しくなってきたが、今でも速読といっていいレベルで本を読むことができる。
きっとこの能力が呪井じゅじゅの事件の時の資料整理や活動期間の並び替えで役に立ったのだろう。
文章を書くのが速いわけではないので作家としては別にあんまり役に立ったことはないが、探偵としては今後も役に立つこともあるかもしれない。
[あなたの名前を教えてください]
「TJ。アルファベットのT《ティー》とJ《ジェー》」
[TJ様ですね]
[あなたの姿を選択してください]
――あれ、なんか選択肢が多いな。
無料プランはベースは固定の男性風の見た目と女性風の見た目に髪型と色のカスタマイズができるだけなのだが、KADOKAWAの人気キャラクターのアバターも追加されている。
――VRカフェのオリジナルアバターってことなのかな。
私は無難に女性タイプの汎用アバターの髪型を自分にあわせて黒髪ボブにして、あとの目や服の色も全部黒にして、完成とする。
[それではあなたはこれから物語の世界へ旅立つことになりますがご安心ください。わからないことがあれば右手の人差し指と中指を立てて空中で円を描いてください。仮想ウィンドウが表示されます。そこでマニュアルも確認できますし、ナビゲーションAIの呼び出しも可能です]
「はいはい、わかってますよ」
[失礼いたしました。それではあなたの物語に幸多からんことを]
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一瞬の暗転の後、私は再びVRカフェのカプセルの中に戻っていた。
VR空間内で活動するどこにでもいる――何百万人も同じ姿だ――汎用アバターの姿として。
「さてと、外にはマッキーがいるのか」
私はカプセルの扉を開いて、外に足を踏み出す。