探偵系VTuberの成り上がり ~謎を解いて、人気者になって、お金を稼ぎます~   作:正雪

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彼女は死ぬべき人間だったのか?

「先輩ってここではどんな感じだったんですか?」

 

 店長は落ち窪んだ目を下に落とし、私の目を見ないようにして話す。

 

「正直ね、勤務態度はあまり良いとはいえませんでしたね」

「そうなんですか」

「綺麗な顔をしていたのでお客さんはついてたんですけどね。仕事に対する姿勢がよくなかった」

 

 私はリリーの活動を見てきてはいない。

 幾つか動画を観た程度だ。

 だが、リリーに対してそんなイメージは抱かなかった。パフォーマンスは見事だったし、VR酔いや身体意識ズレのリスクを負ってでもフェアリータイプのアバターを使っていた彼女はまごうことなきプロだと思った。

 

「といいますと?」

「お客さんを馬鹿にするような言動や愚痴が多かったですね。彼女を慕ってここまでくるような後輩のあなたには信じられないかもしれませんが」

「そうですね……私の知っている先輩とは少しイメージが違います。でも、本当のことを知りたいです」

 

 私はスマホを取り出し、日高つばめ殺害のニュース記事を表示する。

 すでに一度読んで、全メディアの記事の内容は頭に叩き込んであるが、あたかも今初めて読んだかのような顔をして質問を投げかける。

 

「先輩を刺した彼氏がどんな人かって店長さんはご存知でしたか?」

「えぇ、もともとここの常連でした」

「お客さんを馬鹿にしているのに、お客さんと付き合うんですか?」

「彼はずいぶんとお金を持っていたそうです。働かなくていいし、好きなものを買ってあげるから付き合ってほしいと言われたそうですよ」

「はぁ……でも、そもそも問題として店員がお客さんと付き合うっていうのは禁止ではないんですか?」

「禁止ですけどね、表面上。でも、うちは芸能事務所というわけでもないですし、禁止したところでこういうのは止めようがないですから」

 

 店長は小さく溜め息を吐く。

 私も一緒になって溜息を吐く。

 リリーはリアルでなかなか問題があったようだ。

 そして、店長はかなり心労があったようでもある。ただ不健康なわけではなく、この窶れ方は仕事のストレスからくるものなのだろう。

 

「それで……なんというか痴話喧嘩の延長線上で刺されるところまできちゃったということなんでしょうか?」

「だと思います。他の子たちの話を聞くとすずめさんは別れ話をすると言っていたそうなので。別れ話がうまくいかなったんでしょう」

「最初から見下してる相手にお金を使わせる目的で付き合っていたなら最初から破綻していたんでしょうね」

「そうですね。あなたはあまりすずめさんのお友達という感じがしないですね」

「気が合いそうにないですか?」

「えぇ。あなたはまっとうな人間に思えます」

「そういっていただけるのはありがたいですが……私もあまり褒められた人間ではないと思います」

 

 嘘を吐いているのは私も日高つばめと変わらない。

 つばめがどんな悪人だったとしても正当化はされないだろう。

 

「あなたがどんな人間かこの短い時間話しただけではもちろんわかりませんが、それでも善良な人間だとは思います。毎日色んな人間を見てきてますからね」

 

 私は渇いた笑いで照れを誤魔化す。

 他人の秘密を暴く探偵が善良でいられるのかはわからない。でも、少なくともそうありたいとは思う。

 そして私はこの短い会話で以前にフローラと話した時に抱いた違和感の正体に辿り着きつつあった。

 あと一つの質問でそれは確信に変わるだろう。

 

「最後に一つだけ訊いてもいいですか?」

「どうぞ」

「日高先輩は地下アイドルをしてたと思うんですが、アイドル活動について何か言っていましたか?」

「えぇ……アイドルなんて儲からなくてバカらしいし、ファンも気持ち悪いと。もう亡くなった子のことを悪く言いたくはないんですが、だからアイドルとしても上手くいかなかったんだと思います」

「ありがとうございます。十分です」

「それはよかった。あまり気持ちのいい話ではなかったと思いますが。さて、どうしますか? 体験入店」

「やっていきます。たぶん、ここで働くことはないと思いますが」

「えぇ、それがいいと思います。東城さんにはあまり向いているように思えない。いえ、たぶん続けていればファンも増えて人気者になると思います。でもね、もっと他に向いていることがあるような気がしますよ」

 

 私には店長も他にもっと向いている仕事があるような気がしたが、それを口にするのは憚られた。わざわざ言わなくても、きっと彼もわかっている。そう思った。

 

 ――リリー……あなたの秘密に辿り着くまであと少しです。

 

 そして社会科見学と割り切って、私はメイド服に着替えてカウンターに立った。

 お客さんはいっぱい話しかけてくれたが、うまく返事ができずにどもるし、注文は間違えるしで散々だった。

 でもどうやら向いていないということがわかっただけで十分だ。

 私は探偵でミステリ作家だ。

 その仕事を果たす。


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