探偵系VTuberの成り上がり ~謎を解いて、人気者になって、お金を稼ぎます~ 作:正雪
森の中で切り株に腰掛ける探偵コスプレ少女が、仁王立ちのスーツのオジサンに話しかけるというのは画として非常に違和感がある。
が、そんなことをあまり気にしても仕方ない。
私はこれまでのことを順序立てて、ステージ下のオジサンに語り掛ける。
「先日のリリーが悲鳴を上げ、ログアウトポイントでもないライブハウスから強制的にログアウトさせられた瞬間を見ていました」
「君もいたのか?」
「はい、VRカフェで作った捨てアカで」
「探偵Vの藤堂ニコといえば有名人だからな。僕でも知ってる。もし今の姿でいたら誰かしら気づいていただろう」
「有名ではあっても人気ではない、というのが悩みどころではあるんですが、まぁそれは置いておいて。あの場にいた私は個人的に何が起こったのか調べ始めたんです。あと、とある人物からも真相が知りたいから調べてほしいという依頼も受けました」
プロデューサーは小さく溜息をひとつ吐いて、呟いた。
「フローラだな……おそらく。コーネリアも納得はしていなさそうだったが、飲み込もうとしていた」
「依頼主に関する情報については何も言えませんが、とにかく私は調査をスタートしました。あの悲鳴、VR機器側からの強制ログアウトで彼女の身に良からぬことが起こったのは確実です。私は翌日に殺人事件やVR中の事故といったそれらしき報道がないか確認しました。そしてその中に元地下アイドルの女性が交際相手に刺されたというものを発見したんです」
「…………」
プロデューサーの表情は困惑しているが、私にはその困惑の理由はわかっている。
「続きがあるので聞いてください。リリーの死――と言ってしまいますが、その状況と日時を照らし合わせて矛盾がなかったので、その女性の正体がリリーだと思い込んでいたのですが、調査を進めていくうちにどうしても納得ができないことが出てきました。リリーは非常に真面目でアイドル活動に熱心だった。むしろ、それ以外のことに興味がないようですらあった。ところがこの殺害された女性はあまりアイドルであったことに誇りを持っておらず、自分のことを好きでいてくれるファンのことも馬鹿にしていたようです」
「あぁ、リリーはアイドル活動に真摯に取り組んでいたよ」
「えぇ、そちらがリリーの本来の姿だったのでしょう。だから、違和感に気付けたんです。あの時に起こった殺人事件で"表面上"リリーに一致するものは一件しかなかったために私はすっかり勘違いしていたんですが……」
私は切り株から腰を上げ、フロアの彼の真正面に降り立って言った。
「あの日、起こった殺人事件は3件ありました……」
「そうなのか」
男子大学生が自宅に侵入してきた強盗に刺殺された強盗殺人事件。犯人は警察から逃亡中に自殺。
40代男性が介護を苦に父親を殺害してしまった事件。犯人は自首。
元地下アイドルの女性が交際中の男性に刺殺され死亡した事件。犯人の男性もその後自殺。
「リリーの事件と対応していたのは、男子大学生の殺害事件の方だったんですね。リリーの中の人は男性だったんです。バ美肉というやつですね。被害者の名前は岡部純太さんだと報道にありました……おそらく犯人がVR機器を取り外したか、怒りに任せて部屋を荒らしたか、プライバシー保護のためかは私には知りようもありませんが、VR使用中の事件だと報道されなかったのも勘違いした要因の一つです」
男は肯定も否定もせずに私の目を見つめ続ける。
「あなたがただ引退とだけリリースを出したのはメンバーが殺されたグループや所属アイドルなんて人気が落ちるに決まっているから隠したかったのではないですか?」
「すごいな。探偵ってのはそこまでわかるものなのか」
「リリーが死亡している、ということだけが確定情報としてはわかれば、まぁ……このくらいは消去法で。ただ他に選択肢がなくなっただけのことなので」
彼は本当に感心したといった口調で、私を馬鹿にしているようには感じなかった。
彼がフローラにリリーの中の人が亡くなったと告げたことで選択肢は2択に絞られ、そのうちの1つが違うらしいとなると残りはひとつになる。
それだけのことだ。
「次になぜ彼が殺されなければならなかったのかについてです。ここから先は想像することしかできませんが、犯人はおそらくリリーの熱狂的なファンだったタムラという人物だと思っています。犯行のタイミングにライブハウスにいなかったこと。事件後にファン仲間が誰も姿を見ていないこと。リリーのお別れイベントにも姿を現さなかったこと。そして先日、リリーとちょっとした口論になっていたという証言。そこからの予想です」
「犯人は自殺してしまったし、彼の自宅のVR機器の情報は僕らは知る余地はないけど、そうなんだろうね」
「えぇ、そして犯行の動機ですが……彼は女性だと思って愛していたリリーの中の人が男性だと知り、裏切られたと思って犯行に及んだのではないでしょうか。ただ、どうやってリリーが男性だと知り、さらには中の人の住所まで調べられたのかは断定はできませんが」
「断定はできない、ということは想像はつくのかい?」
「あくまで想像ですが。VR上でだけの知り合いの個人情報は基本的に知りようがありません。ストーカー行為を行ったとしても、勤め先も学校も何もわからないものです。ただ、一つだけ例外があります。それは本人自らが……教えた時です」
「リリー本人が犯人に自分の正体を明かしたというのかい?」
「それ以外には考えられない、というだけです。ひょっとしたら何か方法があるのかもしれませんが。最近、私の友人がVR上の姿を私にだけ見せてくれました。彼女が自ら教えてくれなければ一生知ることもなかったでしょう。きっとリリーにとってはそれが信頼の証であり、タムラさんにとってはそれが裏切りだった。でもタムラさんはリアルで会って刺し殺すまでは理解者のフリをしていたんじゃないかな、と私は思っています」
賀来は小さく何度か頷いた。
「僕自身もなんでリリーは殺されなきゃいけなかったのかずっと疑問だったし、タムラさんがやったことまでは想像がついたがその理由がわからなかった。でも君のその推理を聞いて得心がいったよ。たぶん、そういうことだったんだろうと思う。リリーから客の中に気になる人ができた場合にアイドルであるリリーとして恋愛はしていいのかと訊かれたことがある。VR空間内でリリーのアバターでファンと会うのは禁止だが、リアルではアイドルではないから自由にすればいいと答えたんだ。そういった感情は禁止したところでどうにかなるものではないからね。彼の性別のことは知っていたし、意図がわからずにそのまま忘れていたんだが……君の言うことが筋が通っているように思えるね」
コンカフェの店長も同じようなことを言っていた。
きっとその感情は……禁止したってどうしようもないのだ。
アイドルであることに誇りを持ち、どれだけ必死に打ち込んでいても……。
「リリーはアイドルとしての活動中は恋愛を切り離すという約束だけは守ったのでしょう。でも、タムラさんはアイドルとしてのリリーに対して恋愛感情を持っていて、VR上で恋愛がしたかった。でも、リリーはそれは受け入れなかった。そんなところかもしれません。二人とも亡くなっている以上、真実はわかりません」
「あぁ、そうだな」
「ただ、生きている人間ならわかっていることもある。私はあなたに一つ訊きたいことがあります」
「なんだい? ここまでバレているなら今さらだ。なんでも話そう」
「なぜ、フローラとコーネリアに彼が男性で殺害されたと正直に話さなかったんですか? それを聞くまで私は配信はできないので」
賀來プロデューサーは目を閉じ、じっくりと時間をかけてから話し始めた。
「そうだな――」