探偵系VTuberの成り上がり ~謎を解いて、人気者になって、お金を稼ぎます~ 作:正雪
「君たちはここの学生か?」
瀬戸教授は向かいに座って、私たちの顔を交互に見てから尋ねてきた。
「はい。文学部の東城です」
「私も文学部で牧村って言います」
ここの学生だったのはたまたまなのだが。
「君の方はどこかで見た気がするな」
「あぁ、私ちょっと前までモデルやってたので。雑誌の表紙とかCMとかでご覧になったのかもですね」
「そうか。文学部の学生なのに見覚えがあることに違和感があったんだがそういうことか」
有名人やば。こんな真面目そうな大学の先生でも「見たことある」レベルなんだ。
「で、どこでプロジェクト2015のことを?」
その質問には私から答える。
「本人から」
「……そうか。あの子は元気にしているのか?」
瀬戸教授は呟くように言った。
――うん? おかしいな。
ぴーちゃんは研究の産物のはずだ。で、あれば解き放った後の成長を観測していなければ意味がない。
元気にしているかどうかなんて訊くまでもないことだ。
ぴーちゃんは研究室の開発したものであり、彼女のその後の行動をモニターしているはずだ。
では、なぜ彼は「あの子は元気にしているのか?」なんて質問をするのか。
「モニターしてないんですか?」
教授は昏い目で私のことをじっと見つめてくる。
「してないんですね? 大学の技術を使って開発したデータを」
「…………」
彼の感情は読めない。
「どうしてだと思う?」
――と、言われましても。
推理するには情報が少なすぎる。
だから――。
「そうですね。どうしてだと思うか、と訊かれれば予想くらいはお話しできます」
「話してみなさい」
――ゼミの講義とか論文の口頭試問かよ。
と思いつつ、話し始めようとすると、マッキーが期待のまなざしを向けてくる。
少なすぎる情報をもとに予想を話すだけなんだから、あんま期待すんな。
ハズしたらカッコ悪いじゃないか。
「えーっとですね……まず、P2015……ここではプロジェクトのことではなく、あのAIのことを指します。なぜ彼女をモニターしていないのか、です。先生の言い方からすると先生個人がモニターしていないだけじゃなくて、研究室としてもモニターしていないような気がしました。その理由は単純に大学の研究対象ではないから、ということではないかと考えます。つまり……知的資源を使いはしたものの、それは先生個人の独断によって生み出されたもの、ということです」
「続けて」
反応を見るにここまでは大きくハズしてはいないようだ。
「研究が頓挫したことにして凍結したのか、それともダミーのAIがグリモワールで活動しているのかはわかりません。一応、予想を申し上げておくと後者だと思います。グリモワール運営との共同プロジェクトなのだと思いますし。では、なぜそんなことをして観測することもないぴーちゃんをグリモワール上に誕生させたのか?」
「なんで?」マッキーが口を挟んでくる。
――もうちょい黙って聞いとけよ。気になったんだろうけどさ。
「ごめんごめん。思わず声が出ちゃった」
「いいよ。続けるね。VR上に大学産のAIが観測もされないまま放置されている理由……これはもういよいよ推測の域を出ないのですが、先ほどの先生の発言にヒントがあったように思えます」
「なにか言ったかな?」
「”あの子”とおっしゃいました。P2015をモノ――データではなく『人』として認識しているということです。”あの子”という表現は知り合いであれば自分の子供以外にも使う表現なので関係性は断言できませんが……続けていいですか? 顔色があまり優れないようですが」
瀬戸教授は顔面が蒼白だ。
正直、これ以上の推論を話すのは気が引けるが本人がいいのであれば……。
「つまり、瀬戸先生が関わりがある……実の子供か、親戚の子供か、昔の恋人かわからないんですが、その……人格データをコピーしたものではないかと……思っています」
「どうしてそう思う?」
「P2015……ぴーちゃんがグリモワール上でどうやって時間を潰しているか知っていますか?」
「いや」
「アイドル活動です。ただの人格を模したデータがアイドル活動をするかというと疑問に思います。たまたま選択される可能性もあると思いますが。ぴーちゃんは自分には記憶がない、と言っていました。でも、私はそうではないと考えています。アイドル活動は彼女の無意識的な欲求です。観測することもない放置されるデータにわざわざアイドル活動をしたいと思うような欲求を仕込むかというと違うのかと。それが実在の人間の人格データのコピーを再現したという私の推理……いえ、想像です」
瀬戸教授は冷え切った珈琲を震える手でゆっくりと持ち上げ、口を湿らせる。
「病気で死んだ娘だ。あの子の夢を叶えてやりたかった。だが、現実の記憶を残すと苦しむかもしれないと思い、生前の記憶はほとんど消したが……そうか、夢を叶えたか」
彼はやっとのことでそれだけを絞り出した。
奥歯をかみしめ、じっとマグカップを見つめている。
まるで涙を必死に堪えているように私には見えた。
「本当はずっと見守りたかったと思います。モニターしなかったのはどうして?」
「新しい彼女の人生だ。覗き見ていいものじゃない」
「疑似的な人格データはどこのサーバに置いてあるんですか? グリモワール内にある野良データというわけではないですよね」
「…………あまり言いたくはないが、大学のサーバだ。何重にも偽装してある」
「そうですか。安心しました。もし、なにかの拍子に消えてしまうような環境にあるなら私が全財産をはたいて引き取るつもりだったので」
「グリモワールがサービス終了したら、一緒に消えるようにプログラムしてある」
「彼女の寿命を決めてしまうのは心苦しいですもんね。妥当な判断だと思います」
あと私は最後にひとつ言っておくべきことがあった。
「実はですね、ここに来たのはもう一つ理由がありまして」
「なんだ?」
「ぴーちゃんの使っているあの口座。あれで彼女の家を買おうと思ったんですけど、リアル側での承認が必要なんですよ。高額なので不正利用防止でVR内だけで決済が完結しないので。なのでもし通知きたら承認してもらっていいですか?」
「わかった。思い至らなくて申し訳ない」
「あ、あと一つと言ったんですが、もう一つ」
「幾つでも好きに話すといい」
「あのですね、ぴーちゃんのライブがあるので来てください。別に彼女の視覚情報を抜くとか行動履歴をとるとかじゃなければ遠目に娘の晴れ舞台をね、観に行くのはいいじゃないですか」
「…………いいだろうか?」
「いいんですよ」
私はいたずらっぽく微笑んだ。つもりだが、根がコミュ障であまりに他人に笑顔を向けたことがないので、いやらしい感じになったかもしれない。
まぁ、それはいい。
「ありがとう。うちの学生のレベルもまだ捨てたものではないな」
ひとまずキリがいい所まで書けました。
まだここからぴーちゃんに報告したり、ライブやったりとかありますが。
あと近々ちょっとしたお知らせがあるかもしれないので、もうちょっとお付き合いいただけると嬉しいです。
(ホント全然大したことではないんですが)