探偵系VTuberの成り上がり ~謎を解いて、人気者になって、お金を稼ぎます~ 作:正雪
彼女は牧村由実というらしい。
らしい、というか同期生の牧村さんである。
ようやく思い出した。
顔は覚えていた。
ちなみに私はV(ペンネーム)とリアルで苗字の読み方を似せている。
VR上でもリアルでも、呼ばれた時に咄嗟に反応できるようにそうしたのだ。
だが、Vの姿で苗字で呼ばれたことはないので無意味であった。
で、そんな牧村さんが私のような者に声をかけてきたのである。
「東城さんって、ちょっと藤堂ニコに似てるよね」
「え? えー? そう? そうかなぁ? いやぁ、どうかなぁ」
「髪型とかなんとなく顔立ちとか。ニコちゃんに寄せてるのかと思うくらい」
――逆、逆ぅ! ニコが私に雰囲気似せてんのよ!
なんてこと言えるわけはないので。
「偶然だけどね。たしかに黒髪ボブでちょっと小柄ってとこはキャラかぶってるかもね」
「でも、この子ちょっと性格悪いよねぇ」
――なんやと、こらぁ!
とも言えるわけはないので。
「えー、そう? たしかに人狼プレイとかの時はちょっと相手の詰め方がね、ほんのちょっとだけキツいかな? っていう時もなきにしもあらずだけど、普段のトークとか割と温厚な感じだよ。ミステリ小説いっぱい読んでて、実際にミステリ作家っていうこともあって理路整然としゃべるから性格悪そうって思われることもあるのかもしれないけど。本当はけっこういい子なんじゃないかと思うよ。あ、千里眼オロチのインチキ見破ったのもあれは仕方なくっていうか別に売名目的じゃなかったと思うよ。報告動画とか観たら経緯も説明してくれてたし。あと――」
「え、あ、うん。めっちゃ喋るじゃん。なんかごめんね。東城さん、やっぱり藤堂ニコ推してるでしょ?」
――本人じゃい!
と言えたら楽なんですけども、当然言えるわけないので。
「…………うん。ちょっとだけ」
「推しの悪口言われたらいい気持ちしないよね。私も無神経だったよ。V好きなんだって思って、勇気出して声かけてみたの」
「牧村さんもV好きなんだ?」
「うん、そうなんだよね」
「へー、どういうの観るの?」
「東城さん、このあと講義ある?」
「ないけど。今日はもう帰るだけ」
「じゃあ、学食でお喋りしない?」
「いいよ」
私はリアルの人間と会話することがやや億劫にも感じたが、どうせ家に帰ってもVR上で独り言だ。
それなら現実生活のリハビリも兼ねておしゃべりに付き合うくらいいいだろうと思えた。
「あ、その本買うの? お会計してきちゃう?」
牧村さんは私が手に持ったままになっていた私の本を指して言った。
自分で自分の本を買うわけない。
いくらなんでも惨めすぎる。
「ううん」
「ニコ推しだったらもう持ってるか。V本人が作家なんだよね、たしか」
「うん」
「面白い?」
「と思うんだけど……どうだろ、あんまり売れてないからね」
私は時に自分で自分を傷つけてしまうのだ。
「へー。じゃあ、東城さんが買わないなら私買おうかな。さっき性格悪いとか言っちゃったし。罪滅ぼしもかねて」
「え、ホント?」
「うん、実は千里眼オロチ事件でちょっと気にはなってたんだよね、藤堂ニコって」
彼女が差し出してきた長くてきれいな指に私の著作をそっと乗せると彼女はレジへと向かっていった。
――めっちゃいい子じゃん! 性格悪いとか言ったの許すわ!