野良猫の躾け方   作:ふみどり

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野良猫の躾け方

「よォ。似合わねえ制服着てんじゃん」

「……わざわざ会いに来てくれるとは思わなかったな」

 

 ブロック塀に寄りかかって自分を待っていたらしい少年に、つい困ったような微笑みを向ける。早く帰って堅苦しい制服を脱いでしまいたいのに、と内心だけで毒を吐いた。

 特徴的な白い髪に褐色の肌、耳元で揺れる花札のようなピアス。先日と同じ特攻服を身に纏った彼は、確か同い年だという報告を受けていた。

 

「黒川イザナくん。俺に何か用?」

「随分品行方正ってツラしてんじゃねえか。あのときとは大違いだな」

「俺は誰彼構わず威嚇するような真似はしないよ」

 

 君たちと違ってね、と微笑んでみれば、イザナの目元がぴくりと動く。激高して殴りかかってくるかと思ったが、意外と彼は冷静だった。ブロック塀から背を浮かせ、軽い足取りでこちらに歩み寄る。

 その顔に笑みを貼り付けたまま、俺の顔を覗き込むようにして言った。

 

「アンタ、普段は真面目な高校生やってんだ?」

「勉強は大事だからね。ちゃんと毎日高校に行ってるよ」

「ふぅん……それ、すげえ頭いいとこのだろ」

「はは、毎日ついていくのに必死だよ」

「成績トップとってるやつが何言ってンの」

 

 やはりイザナは俺のことを調べたうえで会いに来たらしい。

 うちの学校の生徒でも脅したのだろうか、と小さくため息をつく。悪戯に堅気を巻き込むのは方喰(うち)のやり方ではなかった。無関係の誰かさんには申し訳ないことをしてしまった。これだからクソガキの相手は面倒だ、と笑顔のうちで奥歯を噛みしめる。

 半端に知恵のある、ルール無用の恐いもの知らずほど面倒なものはない。

 

「俺のことを調べるのは構わないけど、何か知りたいなら俺に直接聞いてくれないかな。たいていのことは聞いてくれたら答えるから」

「へえ。何、ほかのやつ巻き込むの嫌なの?」

 

 極道一家の跡取りのくせに、とイザナは煽るように鼻で笑う。

 実際煽りにきているのだろうが、やはり彼はこちらのことを何もわかっていない。反射的にそう思ったところで、つい小さな苦笑が浮かぶ。

 いや、確かにこの世界もずいぶん変わってしまったと聞く。イザナがこちらの世界に対してそういうイメージをもってしまっているのもきっと無理はないのだろう。

 残念なことに、今や異端なのは方喰(うち)のほうだ。

 

「……ウチは昔気質でね。今世間で幅をきかせてるようなクズどもみたいな、ただ金を稼げればいいってやり方はしないんだ」

 

 俺がイザナと初めて顔を合わせたのはほんの数日前の夜のことだ。

 所用を済ませて帰宅すると、何やら若いやつらが怒号を飛ばしていた。何かあったのかと顔を出せば、イザナをはじめとする数人のガキが取り押さえられ冷水をかけられている。

 それだけ見れば十分に事情は理解できた。このところ、ガキの悪戯では済まないアソビで稼いでいる馬鹿どもがいるという話を聞いていた。方喰のシマで暴れたのか、クスリでも撒こうとしたのか。それを見とがめた若いのが折檻のために引きずってきたらしい。

 筋者に囲まれて震える悪ガキのなか、眼が生きているふたりだけは妙に目立っていた。それが彼、黒川イザナと、少し年下に見える火傷痕のある少年。

 肝が据わってんのがいンなァと思いながら、ほかを押しのけて彼らの前に出た。やんちゃがすぎようが何だろうが、堅気は堅気。躾は必要でも、やりすぎてはいけない。

 

『おい、お前ら』

 

 若、と呼ばれた俺に、イザナと少年は目を瞠った。同じ年頃の人間が筋者に敬語を使われていることに驚いたのだろう。

 うすく微笑んだ顔を保ったまま、ふたりを見据える。怯えのない瞳に感心はするが、まったく危なっかしい。

 

『堅気をウチに連れ込んで折檻はやりすぎだ』

 

 世間さまのルールなんぞには縛られない極道にも、通すべき筋はある。仁義を通し、筋を通し、自分たちのルールすら守れなくてはお天道様の下も歩けない。

 シマを守れ、堅気に手は出すな、クスリは御法度。弱きを食い物にする外道でなく、弱きを助け強気を挫く任侠たれ。それが極道の「筋」、方喰にとって絶対のルール。

 極道とはそういうものだと、文字通り骨身の随まで叩き込まれてきた。若と呼ばれる立場である以上、なおのことそれを破るつもりはない。それこそが「極道」である「方喰」の存在意義なのだ。

 その夜と同じくじっとこちらを見つめている大きな瞳に、なるべく穏やかに微笑みかける。

 

「別に君がどこで何をしようと俺にとってはどうでもいい。けどうちのシマで遊ぶのはやめてほしいな。ウチは堅気に手を出すつもりはないけれど、度を超すなら手は打たなきゃいけなくなるからね」

「は、あのときみたいにか?」

 

 あれいい刀だったな、とイザナは愉快そうに笑う。

 彼らを解放しろと命じたとき、若いののひとりがごね始めた。堅気に迷惑を掛けてたのはこいつらですよと、まあ使命感からくるものだったのだろうが、それでも「上」に意見したのは頂けない。

 隣に立っていたやつの白鞘におさまっていたドスが、景気よく空を貫く。耳たぶを掠って後ろの壁に突き刺さった刃は、夜の灯りのもとで鈍く煌めいた。

 

『俺に二度同じ言葉を言わせるつもりか?』

 

 今にして思えば、堅気を守ろうという使命感からの言葉にそれは俺も大人げなかったかなとふと反省する。今日帰ったら一応声を掛けておいてやろうと小さく決めた。

 しかし刀が宙を飛ぶ状況を面白そうに話してしまう目の前の彼に、さすがにちょっと肝が据わりすぎというか、少しは畏れというものを知って欲しいなと苦笑する。堅気には越えないで欲しい一線を軽く越えてしまいそうな危うさが見えた。

 しかし、そんな彼の「悪」の熱に浮かされる人間も少なからず存在してしまうのだろう。その先には碌なものなんてないのに、と俺としては苦笑するしかない。

 どうして堅気の世界で生きられるくせに、大人しくそこで息をしてくれないのだろう。生まれたときから堅気ではいられなかった自分には理解できない。

 

「あの程度では済まないってことだよ。と言っても、君は気にしなさそうだけど」

「わかってんじゃん」

「困ったね。それで、結局きみは何の用?」

「別に? 暇つぶしに顔見に来た」

「俺で暇はつぶせないと思うけど。家に帰るだけだよ」

「ならちょっと付き合えよ」

 

 ほら、とイザナが指さしたのは一台のバイク。

 つい「連れられた先でボコられたりする?」と尋ねると、「してほしいなら考えてやってもいいけど」と軽い言葉が返ってくる。これが本当にただの気まぐれだというなら、彼は相当に頭がイカれてるヤバイやつだと我が身を棚上げして遠い目をした。

 とはいえ、経験上こういうのは断っても諦めてくれないものだということは知っている。それなら一回で終わらせてしまった方がのちのちを考えれば楽だろう、と首を振って通学用の鞄を持ち直した。

 

「いいけど、すぐ戻るから服だけ着替えさせてよ。制服は肩がこるんだ」

「は? 俺を待たせんの?」

「ここで俺を待っててくれたんならあと数分くらい待てるでしょ」

 

 十分で戻ってくるよ、と顔も見ずに歩き出す。唯我独尊に見える少年は動く様子もなく、どうやら不満ながらも妥協したらしい。俺からすれば暇つぶしに誘われたことにもびっくりなら、妥協してくれたことにもびっくりだ。逆上して殴りかかってくることさえ予測していたのに、彼は何も言わず待つ姿勢にはいった。

 ひょっとしてこれ、懐かれでもしてしまったのだろうか。背中に彼の不満げな視線を感じながら、同世代の友人などもったことのない俺は足早に家へと急いだ。

 

 

 ***

 

 

 俺は、自分が極道一家の人間だということは特に隠していない。隠したところで人の口に戸が立てられるはずもなく、そんなところに無駄な労力をさきたくはなかった。どうせバレるのだ、堂々としていればいい。むしろそのほうが余計なトラブルも避けられる。

 だから、友人といえるものは生まれてこの方もったことがない。それを悲観しているつもりはなかったが、もう少し年の近い人間とのコミュニケーションは経験を積んでおくべきだったかもしれない。今になって少し後悔している。

 

「イザナ、俺は今日予定があるって言ったよね?」

「は? 俺は行くって言っただろ」

 

 何せ、とにかく会話が成立しない。

 半ば無理矢理連絡先を交換して以降、イザナはちょくちょく絡んでくるようになった。半強制的にバイクの後ろに乗せ、ゲーセンだの海だのに連れ出してくる。せめて待ち伏せでなく事前に連絡をいれろと口を酸っぱくして言えば、ようやく「今日」とか「行く」の一言だけメールをよこすようにはなったのだが、それでも俺の「今日は無理」という言葉を受け入れた試しはない。つい「日本語読めないの?」と尋ねそうになった言葉をごくりと飲み込んだ。さすがに海外の血が入っている人間に言っていい台詞ではない。

 今日も今日とてブロック塀に寄りかかっていたイザナは、俺を相手にガンを飛ばしている。同年代には怯えた顔や媚びを売る顔ばかり向けられていた極道息子にとっては妙に新鮮だったが、だからといってイザナの我儘を聞いてやる義理はなかった。

 あのね、と大きなため息をつく。

 

「俺も家の用事ってもんがあるんだよ。出かけてばかりはいられないの」

「まだヤクザじゃねーんだろ? 何だよ家の用事って」

「ヤクザじゃなくてもすることはあるんだよ。知っての通り特殊な家だからね」

 

 確かに俺はまだ「極道一家の人間」に過ぎず、俺自身が「極道」なわけではない。何せまだ学生の身、盃だってもらってはいないのだ。しかしそれでも、何かとこなさなければならない「雑務」や「お話」、「会食」はある。いずれあの組を継ぐ人間として、完全にノータッチではいられなかった。

 だから無理なものは無理、と言えばイザナはひとつ舌打ちを落とす。そして一瞬たたずに目前に迫りくる、その拳。

 

「……あんまり駄々をこねるんじゃないよ、イザナ」

 

 確かにその威力はただのガキとは言いがたい。力も技術も、何より容赦のなさも、そりゃあその辺のクソガキどもなら相手にはならないだろう。生まれたときから「暴力」に囲まれていた「方喰」の人間じゃなければ、きっと歯の数本くらいはイっている。

 左手で受け止めた拳を払って、前髪を上げたその額を掴む。小柄なイザナの頭蓋は、右の掌だけでも十分に足りた。

 

「今日は時間がねェって言ってんだ。聞き分けろ」

 

 いつもより少し低い声、荒れた口調。その使い方は理解している。

 俺だって今日のは行きたくないんだけどね、とそのままオールバックの額に軽くはたいてその横を通り過ぎる。オイ、と不満そうな声を気にすることなく、振り向かずにひらひらと手を振った。

 

「最近俺に構ってばかりでしょ? ほかのお友達とでも遊んできなよ。ワルイコトするならウチのシマ以外で、ほどほどにね」

「俺に指図してんじゃねーよ」

「指図じゃなくてオネガイだって。お互いのための」

 

 イザナ、と足を止めて首だけで振り返った。餌もあげていないのに近づいてきた野良猫は、可愛げはないが何となく愉快な存在ではある。

 わざわざ俺に構うなんて、頭がイカれている以外の何者でもない。

 

「俺はわりとイザナの後ろに乗るの嫌いじゃないんだ。また時間のあるときに乗せてよ」

 

 そう微笑むと、野良猫は返事の代わりに鼻を鳴らした。イザナの不満そうな視線が横にずれる。ようやく納得したらしい。

 またね、と笑顔で背を向ければ、背後でバイクの排気音が響いた。

 

 

 ***

 

 

「若、お時間が」

「わかってる。すぐ着替えるよ」

 

 制服のジャケットを投げ捨て、用意されていたスーツを手に取る。堅苦しいものから堅苦しいものへと着替えるのは気が重く、正直「雑務」にかかずらうよりもイザナと適当に出かけていたかった。

 やれやれとネクタイを締め直すと、さっと腕が伸びてきてスーツの乱れを直す。

 

「……このところ、例のガキがよく絡みにきているようですね」

「ああ、イザナのこと? なかなか肝が据わってるよね。一応逃がしてやったとはいえ、わざわざ俺に絡みにくるなんてさ」

「よろしいので?」

 

 父の片腕、そして俺の教育係でもあった彼は静かな視線を「若」に向ける。いや、静かな視線と表現するのは生ぬるいだろう。静かではあるが、熱はある。問いかけ、挑みかけ、答えによっては―――という、脅しすら含んでいる眼差し。

 しかしこちらにとっては慣れたもの。ふ、と口元を歪める。

 

「構わないよ。同い歳の堅気と話す機会なんて今までなかったけど、結構楽しいもんだね。ゲーセンに遊びに行ったのなんて初めてだったなぁ」

「若は幼少のころから真面目でしたからね。少しくらい羽目を外してもいいかと思いますよ」

「自分で言うのもなんだけど、俺たぶん羽目を外したらヤバい類いの人間じゃないかな」

「ご自覚があるようで何よりです」

「ははは、ならあえて勧めないでよね」

 

 いいんだ、と繰り返した。

 黒川イザナと関わりをもつことによって今後生じるメリットと、デメリット。その両方を考えたうえで、イザナの誘いに乗っている。

 脳裏に浮かんだのは黒川イザナ率いる「黒龍」(ブラックドラゴン)はじめ、巷でアソビまわっているやつらの顔ぶれと、そろそろそれを目障りに思っているこちらの世界の古狸やらクズの雑魚やら。さてどうやって遊んでやろうかなぁと、少しばかり心が躍っているのは否めない。

 若、と改めて一家の跡取りの気性を知る教育係が真面目な顔をする。何か言おうと口を開きかけたところを手で制して、にこりと笑った。

 

「黒龍から目を離すな。ついでに、調子に乗ってるっていうイザナのオトモダチからもね」

 

 いやあ「極悪の世代」なんて謳うよねえという笑い声に、貴方も同じ世代でしょうにと教育係は襖を開ける。つい失礼だな、と口を尖らせれば、彼は大きくため息をついた。

 彼らと一緒にされるなど、まったくもって心外だ。

 

「俺が真面目に『不良』やってたら、こんなに娑婆は平和じゃないよ」

 

 さてお仕事お仕事~と板張りの廊下に足を踏み出すと同時に、庭の鹿威しがカコンと音を立てた。

 

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