せいぜい週に一、二本程度だった煙草が、このところ格段に増えた。理由なんてわかりきっている、この野良猫どものせいだ。
しゅぼ、と手の中でライターの炎が弾ける。
「やっほ~伊織チャン元気ぃ?」
「うわ、俺らの顔見た途端に煙草出すって何? 制服着てるときは吸わねえって言ってなかった?」
「俺も別に吸いたいわけじゃないんだけどな。イザナ、何で追い払っといてくれないの」
「お前が嫌がってンの面白えから」
あとから他の奴らも来るかもって、俺は別に仲良くなりたくもなければ関わりたくもないのだが、本当に彼らの頭の中がわからない。
路地裏で灰谷兄弟に遭遇して数日後、俺はこの三人に拉致られて横浜にある廃倉庫に連れて行かれた。今度こそリンチでもされるのかと思いきや、そこに揃っていたのは「極悪の世代」の残り、つまり武藤泰弘、望月莞爾、斑目獅音。しかも妙に友好的に挨拶をされてしまい、これならリンチのがマシだったなともはや何回目かもわからない遠い目をした。
大将のダチなら先に紹介しといてくれよな、なんて灰谷蘭に言われたときはぎりぎり拳を我慢できたのだが、斑目獅音に耳元でやかましく叫ばれたのには我慢できなかった。
やっちゃった、と鼻に拳を食らって悶絶している一応「堅気」の彼を見て反省していた俺は、殴りたくなる顔してるそいつが悪いから気にするなと望月莞爾に肩を叩かれ、武藤泰弘もその後ろで大きく頷き。何かちょっとイイ奴らだなと思ってしまった自分の頭を力一杯殴ってやりたかった。いや、実際爆笑しながら斑目獅音をつついている灰谷兄弟よりだいぶまともな感性をしていると思う。
とはいえ、一応自分の立場としてちゃんとナカヨクするつもりなんかないよと当人たちに宣言をしたのだ。イザナが絡んでくるくらいならまだしも、「極悪の世代」全員と顔見知りになってしまうとお互いに面倒ごとが増えるだけだから関わるなと。
まあしかし、そんな親切な忠告など彼らが聞き入れるわけもなく。先日は「遊んであげる」などと偉そうなことを口にしたが、もはや逆に遊ばれている自覚はあった。関わってくる以上は使い倒してやろうと思うが、さすがに額には青筋が浮いてくる。
じゃあ人目のつくところでは他人のふりした方がいいのかと言ってくれたムーチョくんの気遣いだけが救いだ。少しは見習えクソガキども。
「伊織クン、メシいこーよメシ。腹減った」
「大将何食う~?」
「肉」
「三人で勝手に行きなよ……」
竜胆に無理矢理肩を組まれ、俺は煙草をくわえたままため息をつく。ひとつ下の竜胆としては一応気を使って「クン」をつけているらしいが、もっとほかに気を使うところがあるだろうと。週に数回こうして待ち伏せをされるのだからまったく迷惑このうえなかった。
ちゃんと用意してくる土産がなければ、とっくに相手になんかしていなかっただろう。
「気になってんだろ? 最近起きてる窃盗事件」
竜胆のその言葉に、すっと煙草の先を下げる。視線だけで続きを問えば、面白そうにそいつは歯を見せた。
「メシ、付き合うよな?」
「言うからには価値のある情報なんだろうね」
「そこは後のお楽しみだろ」
「……仕方ないな、着替えてくるよ」
だいたいこうして妥協させられるのだから、日々自分の甘さを痛感する。
しかし、自分と全く違うルートから得られる情報が貴重なのは確かだった。しかも灰谷兄弟のカリスマか脅しかで得てくる情報だけあって、それなりに信憑性が高い。
礼代わりに適当に予約した焼肉店はイザナのお気に召したらしい。ぱくぱくと肉を口に運ぶイザナを見て、大将大好きの灰谷兄弟もご満悦の様子だ。傍若無人でも素直にひとを慕う心はもってるんだなと変に感心しながら、追加の注文をしてメニューを戻す。
で、と肩肘をついて微笑めば、ハイハイと蘭が箸を指でまわす。
「何かさー、裏に頭のいいやつがいンだって。そいつもガキらしいんだけど」
「実行犯と別に計画立ててるやつがいるってこと?」
「そ。分け前欲しい馬鹿に声掛けて窃盗団みたいなことやってっけど、別に仲間ってわけじゃねーっぽい。もし手足が捕まっても多分ソイツは捕まンねーんじゃね?」
「その『頭』の情報は?」
「知んね。調べてほしい~?」
にやにや笑う蘭を無視し、視線を浮かせて思考を巡らせる。
高級店を次々と襲っている窃盗団は、防犯カメラを見る限り犯人の特定こそ出来ずともかなり年若い集団だということがわかっている。そのわりには抜かりのない計画で盗みを成功させるものだから警察も手を焼いているようだ。
今のところ彼らは「方喰」のシマの外で好き放題をしているようだが、徐々に手を広げているのは犯行現場を見ればわかる。このまま行けば「方喰」のシマでアソビを始める可能性もある上に、そろそろ「ワルいコ」の素行を問題視し始めている本家の爺どもが本気で動いてもおかしくはない。
今、方喰には
お互いのために「ワルいコ」には大人しくしててほしいんだよなあ、と手元のジンジャーエールに口をつけた。
そんな気になンの、と竜胆に聞かれてうーん、と頭を揺らす。
「俺には俺の事情があるんだよ。出来るだけ世間には平和でいてほしいんだ」
だからそいつら、邪魔でねえ。
俺にとっては何気ない言葉だったが、灰谷兄弟はぴくりと肩を揺らした。ふ、と愉快そうにイザナは肉に食らいつく。
「どうすンだ? 手伝ってやろーか、探すのも、痛めつけンのも」
「情報提供はありがとうだけど、それ以上のことをしてもらうつもりもさせるつもりもない。何度も言うけどイザナ、俺は黒龍と組む気ないからね。コッチには関わらせないよ」
「……へえ」
「というか手を出されると俺が殺されるんだよね。勘弁してほしいな」
え、と驚いた顔をした三人に、まだわかってないのかよとにこりと微笑みかける。
「いい加減自覚してね、君たちはコッチの大人にお目こぼしをもらっている状況なんだよ。ガキのやんちゃで済むうちは見逃してくれるけど、そろそろはしゃぎすぎだって自覚くらいはあるでしょ? わかんだろイザナ、一回ウチのに捕まってんだからさ」
「クソガキ潰すためにクソガキの手を借りるなんて極道としては恥以上の恥だってことだよ。俺は極道じゃないけど、それでもウチの看板に泥を塗る真似は出来ない。そんなことしたら折檻や勘当通り越して真面目に殺されるね。それが筋を通すってことだ」
俺がイザナと付き合いがあっても特に問題視をされていないのは、今のところイザナが方喰の関係するシマで遊ぶのを控えているからだ。そして「大人しく遊んでてくれるようにある程度コントロールしている」なんて本心半分嘘半分なことを言って誤魔化しているから。そうでなければ軽く十回は俺の頭は割られている。
実を言えば、わりと危ない橋を渡っている自覚はあった。イザナが
今の距離感がかろうじて誤魔化しのきくぎりぎりのラインだ。これ以上は極道の跡取りとて誤魔化せるものではない。むしろ、日々真面目にまだ堅気なりに跡取りとして働いているからこそ誤魔化せているとも言えた。
本当に甘くないんだよ、と俺はひらひらと手を振る。
「俺を殺したいなら好きにしてくれて構わないけど、そのときはさすがに俺も皆まとめて道連れにするからね」
「それで脅してるつもりか?」
「ただの事実でオネガイだよ。皆死ぬより皆生きてる方がいいと思わない?」
正面に座るイザナの挑戦的な瞳を笑顔でかわし、グラスの空いている蘭におかわりを尋ねた。
蘭の顔色に特に変化はないが、彼が意外と思慮深いことくらいは伊織も察していた。竜胆は少しばかり向こう見ずなところがあるが、蘭はわりとリスクを避けたがり、今も何となく伊織から目を背けている。今後の付き合い方でも考えているのだろう、このまま少しは距離をとってくれたらいいと思う。
しかし案の定というか話の深刻さをあまり理解していなさそうな竜胆は、さして気にした様子もなくメニューを広げる。竜胆の場合、単純に「方喰伊織」を面白がって関わってきている節があった。そもそも利用しようという頭がたいしてないのだろう、単純というか逆に面倒というか。こいつ考えなきゃいけないことを全部兄に任せてきたんじゃないだろうかと思う。蘭の苦労が偲ばれると同時に全力でざまあみろと内心で笑った。いいぞもっと兄貴を苦労させてやれ。
追加のオーダーを店員に通し、今網に乗っているものを食べきってしまおうと再び箸を手に取る。同時に伊織さぁ、と斜向かいから声が飛んだ。
「何?」
「お前の家、えーと『方喰一家』? 何か事情でもあンの」
「何で?」
「やけに必死っぽいから」
お前がそんな頑張んなきゃなんねー理由でもあンの、と何気ないながらも鋭い目を向ける蘭。
ちょっと喋りすぎたかなぁと反省しながら苦笑を向けるが、それがカマ掛けだということは確信していた。蘭が方喰の事情など知るはずもない。
「そりゃ必死だよ、極道は筋とメンツにうるさいからね。俺が気を抜いて何もしなくても、張り切ってやりすぎても、どちらにしろ角が立つ。だから上手く片付けなきゃいけない」
方喰の跡取りとして、方喰なりのやり方でね、と返した微笑みに、フーンと蘭は興味のなさそうな顔で目を背ける。何かを気取られたとは思わなかった。さすがに腹の読み合いの経験値が違う。
オイ伊織、と蘭の隣で偉そうに座る彼に呼ばれ、そのまま目線をずらす。少々不機嫌な顔をしたオウサマは、それ、と網の上を箸で指した。
「焼けてんだろ。寄越せ」
「俺が丹精込めて育てた肉を寄越せってイザナ、暴君が過ぎるよ」
「あ、てめ、」
「うわ大将の肉食っちゃった」
「何でイザナの認定されてんの? 俺が育てたんだから俺のだよ」
「あ゛? 伊織てめェ、調子に乗ってんじゃねえぞ」
「乗ってないよ。ほらイザナ、竜胆の前のが焼けてるからそっち食べたら」
「こっち!? いやいいけどさぁ」
「り~んど、ほら俺の肉やるから拗ねンな~?」
「ってそれ焼きすぎて焦げてんじゃん!」
物騒な話はそこまでとばかりに始まる肉の奪い合い。別にそこまで食い意地が張っているつもりはないが、まあこれも同い年とのコミュニケーションの一環かなととりあえず自分の肉は死守することにした。
お前の肉は俺のものとばかりに灰谷兄弟の肉を奪っていくイザナはなかなかに面白く、そのあと店にやってきた残りの「極悪」たちの前からも次々と奪うその食い意地は大したものだなといっそ感心させられる。特に斑目の前からは一瞬にして肉が消えるのでおそらく彼はこういう役回りなのだろう。俺もうるさいやつは嫌いなので同情はない。
こいつらが迷惑かけなかったかと尋ねた武藤には曖昧に笑うことしか出来なかったが、まあこれはこれで面白かったと思っておくことにした。同い年の人間たちと騒ぎながら焼き肉だなんて、俺の人生を考えれば最初で最後かもしれない。
ただ、結構かなり騒ぎすぎたために顔馴染みの店主からかなりにこやかな笑みを受ける羽目になったのはよろしくなかった。
極道だろうが悪ガキだろうが、堅気に迷惑をかけてはいけないのです。方喰のやり方が染みついている俺は、そっと会計に迷惑料を添えて店を後にした。
***
「馬鹿騒ぎは頂けません」
「反省してるってば……で、調べはついたの」
ここに、と教育係に差し出された写真と資料を受け取る。柔らかな髪色の姉弟と、弟の方と同じ年頃に見える黒髪の少年。それぞれの経歴と現状、添えられた但し書き。
ぱらぱらと資料をめくっていけば、おおよその事情が頭に入った。ふーんと最後まで目を通し、部屋の隅にある文机に放り捨てる。
事情は把握した。あとは誰に対してどう対処するかだが、さして悩むほどのことでもない。問題を片付けるためならば、多少のことは躊躇するつもりはなかった。
「病院に手を回して、あとは銀行かな。頼める?」
「はい。よろしいので?」
「いいよ。随分優秀みたいだから」
そういうひとは大事にしてあげないと、と明るく言えば、同感という風に教育係もコクリと頷く。極道なりの「大事に」であるところは申し訳ないが、そこは自分たちに目をつけられるようなことをした彼が悪いと思う。
大人しく堅気の世界で、その才能を発揮していればよかったのに。
「好きな子のために四千万なんて、随分健気で可愛いよねえ」
極力「堅気」に手は出さない「方喰」とはいえ、相手は向こうからこちらの世界に土足で踏み入った人間。
容赦をしてやるつもりはさらさらなかった。