ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート 作:まみむ衛門
翌朝の目覚めはさっぱりとしたものだった。ジムチャレンジはガラル中を一日中めぐるし、バトルも多く、心身共に負担が大きい。その疲れで夜はぐっすりと眠れるのだ。
だが、気分は最悪だった。
昨日の夜の惨敗が忘れられない。四匹かけて辛うじてバイウールーは倒したが、その次に出てきたカビゴンには一太刀浴びせるのがせいぜいだった。
「はあ、やっぱそうなるよな」
調子に乗っていたのだろう。
初めてのジムバトルであるヤロー以外は一発で突破してきた。特に昨日は敗北なしで一気にバッジを三つも獲得したし、マクワには快勝だった。なまじ客観的にジムチャレンジを見る時間が長かったからこそ、「自分は強い」と思ってしまったのだ。
だが、現実はあれだ。
同じ初参加のルーキーだが、こちらは曲がりなりにも二十を超えた大学生で、あちらはオリヒメよりもさらに年下の子供。だが、その「才能」の差は歴然だ。チャンピオンの弟、という「ステータス」に逃げ道を求めたくなるが、違う。あの才能は、だれだれが血筋で、などはもはや関係ない。本人が持つ「天性」だ。
深く眠れたおかげで気分に反して疲労がさほど残っていない身体をのっそりと起こし、旅の準備をする。昨日は雑に放り投げてしまったので、洗濯も終わっていない。ジムチャレンジャー特権で洗濯・乾燥は最優先で使えるが、旅に出る前に何かと用意が必要である。
「才能、か」
思えばこのジムチャレンジは、よその地方では考えられないシステムだ。
ジムを巡ってバッジを集めるというのは変わらないが、よその地方では年単位の時間をかけて、誰でも参加できる。だがこのガラルでは、参加するにも確たる推薦が必要で、いきなり大観衆の前に晒され、そしてたった数日で全てを突破しきらなければならない。
努力や積み重ねではなく、才能がものを言うシステムだ。
「……私は、場違いだったのか?」
そんな暗い考えがよぎる。もうリタイアしてしまおうか。仮にバッジを集めきってセミファイナルトーナメントに出場したところで、あのホップには勝てない。
だが、そんな考えとは裏腹に、ジムチャレンジ前の彼女では考えられないほどに準備がてきぱきと進む。先へ先へ、と逸る気持ちは、昨夜から変わっていない。
次のジムに、早く挑みたい。
「…………少なくとも、『トレーナー』であるのは、確かか」
自分の変化に、スピカは皮肉気に苦笑する。
未だに「目と目が合ったらバトル」のような血の気の多さには慣れないが、バトルをすっかり楽しむようになった。
(なら少なくとも、他地方だったら、場違いではないな)
なにせもう、すっかり「ポケモントレーナー」なのだから。
手早く準備を終えたスピカは、足取り軽くポケモンセンターを旅立った。
○○○○○
スパイクタウンへの道中は厳しいものだった。
人間の身一つでは渡れない水場で、しかも雪が降っていてすこぶる寒い。同じ水辺でも、温かな気候の海辺であるバウタウンとは大違いだ。
そして他地方と違い、ガラルではポケモンの背に乗って移動するのは、緊急時以外は特別な免許がいる。
そんな時に住民たちが水を渡るには、「泳ぐ」か「漕ぐ」しかない。
水上を「漕ぐ」、といっても、恐ろしいことに、ボートや船ではない。
自転車である。
「くそ、最悪だ……」
なんとかキルスクの入り江を渡りきったスピカは、もしかしたら昨夜以上に不機嫌だった。
入り江では技術者が待機していて、ジムチャレンジャー向けにロトム自転車を「アクアモード」に改造してくれた。これで水上を渡れるには渡れるが、スワンナボートのように壁や天井があるわけではなく、バランスもとても取りにくい。そのせいで乗り心地は最悪な上、水は跳ねるし、雪にも晒される。そしてこんな寒い中その身一つで泳いでいる変わり者や狂暴な水棲ポケモンがバトルを挑んでくる始末だ。二度と体験したくない。もっとも、ワイルドエリアの水上はこれよりもはるかに危険なので、チャレンジを通してその練習をさせるこの構造は、間違いではないのは確かである。
そうしてようやく到着したのが、スパイクタウンであった。
先日までは何かトラブルがあって入り口が閉まっていたらしいが、今は解放されている。そしてそのトラブルを起こした張本人たち、およびジムチャレンジ中に各地で妨害行為を働いていたエール団は、このスパイクタウンの住民かつジムトレーナーである。
だが、そんな連中のいつもの騒がしさは、鳴りを潜めていた。なんだかしょんぼりとしている。
(何かあったのか?)
スピカは知らない。
ジムチャレンジを全て一発クリアし先頭を突っ走る少女が今年初めてネズを撃破したことを皮切りに、その直後にマリィが、そして今朝一番にホップが突破したことを。町の英雄のネズが立て続けに敗北し、それとついでに各所での悪さをみんなのアイドル・マリィにこっぴどくしかられたのを。
スピカからすれば「こんな理由」というほかない。
そんな間抜けな経緯があったこの町で、スピカのチャレンジがスタートした。
ミッション内容は、町の最奥にあるネズの下にたどり着くこと。ただし、エール団による妨害があるので、それを退ける必要がある。
(こんな薄暗いスラム街みたいなところの何がいいのか)
結果、町巡りみたいな形になっている。そうしてスパイクタウンについて知るにつれて、こんなところに住む人間の気が知れなくなってくる。
そんなジムミッションは順調だった。悪タイプのジムということでガマゲロゲに覚えさせていた「ドレインパンチ」が活躍する場面が多く、ズルズキンのようなポケモンには、伝家の宝刀ともいえる雨「ウェザーボール」をぶつけた。途中で挑まれたダブルバトルは初めての経験だったが、ガマゲロゲとペリッパーのコンビネーションがシングルバトル以上に活躍した。
そして、町の最奥のステージで歌を披露するネズの姿が見えたところで、スピカは立ち止まった。
(何の理由があるのか知らないが、ジムリーダーで唯一ダイマックスを使わない。このチャレンジでも使わないだろう)
だがそれだというのに、七番目、つまり、このガラルのジムリーダーで二番目に強いことを示す。
ダイマックスもなしに、全力のジムリーダーと渡り合って、好成績を残し続けているのだ。
――ネズの存在は、「持たざる者」の希望だった。
ダイマックスは特別な人間だけに許される強力な戦術だ。それは、許可だとか資金だとか出生には関係しない。そのトレーナー自身の「運命」次第である。
そんなあまりにも不平等な世界で、ネズはダイマックスなしでガラルを牽引している。本人のアウトローさとは裏腹に、ダイマックスを使えない大勢のトレーナーにとって、彼はヒーローでもある。
あのネズも頑張っているんだから。
――そんな希望が、時には「呪い」になることを明確に知っているのは、ネズ本人とごく一部のトップトレーナーだけだろうが。
何はともあれ、ネズは間違いなく、トップトレーナーの中でもさらに異質な「強者」だ。このまま挑んでよいものか。
「取っておいても仕方ないしな」
そうしてバッグからスピカが取り出したのは、道中でしばしば見つけていた不思議な飴。実に不思議で、食べさせるとポケモンの身体にエネルギーがみなぎり強くなる。
ここは悪タイプのジム。ガマゲロゲの得意ではない「ドレインパンチ」だけでは不安だ。ならば。
「オニシズクモ、食っていいぞ」
一番の新入りだがメンバー随一のパワーファイターで、悪タイプに強い虫ポケモンであるオニシズクモに、それを全部与えることにした。
オニシズクモは喜んで全部ボリボリとかみ砕いて飲み込む。するとみるみるうちに全身に力が湧き上がってきた。ポケモンの生態もさることながら、本当にこの飴は不思議である。なんか危ない成分でも入ってないだろうか。
そんな心配がよぎりながら、ついにネズのステージに足を踏み入れる。
「はあ……」
そして歌を中断したネズの第一声は、まさかの陰鬱な溜息であった。
「俺……だめなやつだからさ。仲間たちが変なことしてても、強く言えなくて。その揚げ句、昨日今日で三回も負けて、妹にも怒られて……」
だからなんだよ。そう言いたい気持ちをぐっとこらえる。このモードに入った人間は、黙って話を聞いてやるのが一番だ。落ち込んでいる時のオリヒメの愚痴に延々と付き合ったことが何度もあるからこそ分かる。
「……ここはダイマックスが使えない、ジムスタジアムだからさ。分かりやすい派手さはないけど……妹の友達みたいに、楽しんでいってくれ」
そしてまた、深いため息。
だがそれと同時に、ネズの纏うオーラが、陰鬱で湿ったものから、鬱憤が爆発したような、暗くて激しいものに変わる。それと同時に、バンドの演奏も激しいものになった。
「俺は! スパイクタウンジムリーダー! 悪タイプポケモンの天才! 人呼んで、哀愁のネズ!!」
マイク越しのシャウト。そして観客のエール団が神話の海割りのように道を開けると同時、ステージから飛び降りて、フィールドを挟んでスピカの対面に降り立つ。
「負けるとわかっていても挑む愚かなお前のためにぃ! ウキウキな仲間とともにぃ! 行くぜー!」
「「「「「「「スパイクタウン!!」」」」」」」
ネズとエール団の心を合わせた大合唱。それと同時に、スピカに準備させる間もなく、ネズが勢いよくボールを投げる。
「なるほど、今まで以上にアウェイってわけだ!」
リーグの方針に反発するネズのわがままが認められている理由。それは感情面や、ネズが実力で黙らせているだけではない。
このバトル環境、圧倒的なアウェイこそが、ワイルドエリアの常であり、そして最も「人を殺してきた」要因だからだ。何よりも、このジムチャレンジにふさわしい。
「みんなも名前を呼んでくれ! いくぜ! ズルズキン! いかくだ!」
「バトルだ、ペリッパー!」
だが、「場」を支配することにかけては、スピカも負けてはいない。
ペリッパーが場に現れると同時、天井近くに雨雲が形成され、屋内だというのに豪雨を降らせる。まるで怪物が降らせたようないきなりの雨。そしてそこに現れる、敵を睨みつける化け物。「
「『ねこだまし』!」
「『まもる』!」
ダイマックスの時間稼ぎ以外にも有効な技だ。悪ポケモンが様々な牽制技や小技を駆使してくるのは周知のとおりである。だからこそ最初の最初は、様子見が必要なのである。そんなスピカの目論見は成功した。
「『ウェザーボール』!」
ズルズキンとて、小技だけでなくそもそものパワーの強いポケモンだ。だが、雨の中での「ウェザーボール」の凝縮されたエネルギーには敵わない。数発のやり取りの末、ペリッパーも確かなダメージを貰ったが、ズルズキンを打ち倒した。
「特性あまのじゃく! カラマネロひねくれちゃいましょ!」
(予想以上だ!)
スピカは興奮する。だが逸る気持ちを抑えてペリッパーに「おいかぜ」を指示し、場を整える。
「バトルだ、オニシズクモ!」
そうして場に出したのは先ほど不思議な飴を与えて状態の良いオニシズクモだ。「おいかぜ」にのったその巨体はいつもに比べたら俊敏で、その勢いのまま「とびかかる」。
これによってカラマネロは大ダメージを受け、一撃でダウンした。不思議な飴を与えて成長したことで、強力な虫技をつい先ほど覚えたのだ。初めて見るポケモンだが、悪タイプは当然として、うねうねとした触手から漂う不思議な雰囲気から、エスパータイプも含むと一目でわかった。虫技は、二重で効果抜群だ。
「みんな、臭うけどいいよな! 『ふいうち』『どくどく』だ、スカタンク!!」
「『バブルこうせん』!」
「叫べ、咆えろ、がなりたてろ! 『バークアウト』だ!」
「おいかぜ」の効果が残っているうちに攻撃を仕掛ける。その判断は正解だ。スカタンクは激しく罵声を浴びせるように咆えて、オニシズクモのメンタルを削った。この調子では思ったような特殊攻撃が出せない。
「チッ、『とびかかる』!」
「『どくどく』!」
こうなったら仕方ない。毒タイプも含むスカタンクに虫技は特別効くわけでもないが、物理的な水技はまだ覚えていない。こうなってくると、オリヒメのギャラドスが羨ましくなってきた。
しかも悪いことに、時間がかかる展開になったところで「どくどく」を打ち込まれた。
結局そこからスカタンクは攻撃を何度も耐え、「バークアウト」を浴びせていた。ネズの与えたすごい傷薬のせいでさらに長引いたのもさらに悪い。道具は使うと便利だが、使われると本当に厄介だ。
そうしてスカタンクを突破したころには、もうオニシズクモの体力は風前の灯火でフラフラしている。もう限界だろう。
だが、ネズもまた、最後の一匹だ。
「ネズにはアンコールはないのだ! 歌も! 技も! ポケモンも!!」
ダイマックスはない。だというのにこのプレッシャーだ。周囲で盛り上がるエール団の歓声も耳障り。
「メンバー紹介! 甲高いうなり声が特徴のタチフサグマ!」
そうして現れたのは、ブラッシータウン近くの湖の奥地やワイルドエリアで縄張りのボスを張る程に強力で狂暴なポケモン・タチフサグマ。ネズの紹介の通り、甲高いシャウトを上げ、場を盛り上げる。バトルはもちろん、「この場」での戦い方も心得ているようだ。
「バトルだ、ペリッパー!」
だが、スピカはそれに心を乱されず、考えていた通りに進行する。マッスグマの進化系なら、タイプは悪・ノーマルのはず。準備していた流れの一つだ。
「とっておきのナンバーだよ! みんなに自慢してくれよな! 『じごくづき』!」
再び雨が降り出すが、その音に負けないネズのシャウトとタチフサグマの咆哮。それとともに繰り出された『じごくづき』はペリッパーの喉元に深々と突き刺さり、元々ダメージが蓄積されていたのもあって、一撃でダウンさせる。
切り札が登場し、スピカの一番の相棒であり代名詞であるペリッパーを一撃で叩きのめした。エール団のボルテージは最高潮になる。
だがスピカとて、ただで相棒を犠牲にしたわけではない。今まで何度も助けられてきた「雨」が、スパイクタウンを、ジムスタジアムを、ネズのステージを濡らし、浸食していく。
「バトルだ、ガマゲロゲ!」
悪・ノーマルならば、「ドレインパンチ」がよく効くだろう。雨のおかげでガマゲロゲが絶対に先に動ける。この勝負、スピカの勝ちだ。
「――っ! 待て、ガマゲロゲ! 『ウェザーボール』だ!」
しかし、タチフサグマの様子から何かを感じ取ったスピカは、拳を構えるガマゲロゲを制止し、遠距離攻撃の指示をする。
タチフサグマという名前。胸の前で両腕を交差する構え。あの足腰や立ち居振る舞い。
狂暴に見えて、その実、弱いジグザグマを守るための本能が備わっているのだろう。そして長いこと一定のエリアで「ボス」であり続けるということは、下手に縄張りを広げて争うのではなく、住処を守り続ける、「縄張り意識」の強さを意味する。それはちょうど、生まれ故郷で大好きなスパイクタウンでジムリーダーを続けるネズにそっくりだ。
「『ブロッキング』!」
スピカの観察眼と勘は正解だった。タチフサグマはどっしりと構えて防御姿勢を取り、とてつもない威力のはずの『ウェザーボール』を防ぎ、さらに受け流す。『まもる』と同系統の技だが、もしあれに直接攻撃しようものなら、受け流す動作によって体勢が崩され、防御力が大きく下がったに違いない。
「『ドレインパンチ』!」
だがこの手の技は、とても集中力を要する。連続での成功はしにくいし、そんな博打に出るほどネズはバカではないはず。ガマゲロゲは今度こそ機敏に動き、ブロックの隙間に拳をねじ込んで、腹へと『ドレインパンチ』を叩き込む。
――瞬間、嫌な予感が駆けめぐった。
「ガマゲロゲ、離れろ!」
ガマゲロゲが特性で大幅に素早くなっているとはいえ、タチフサグマが「遅すぎる」。何かとんでもないパワーをため込んでいる。至近距離のクロスレンジは危険だ。
ガマゲロゲも慌てて離れようとするが、深々と拳を突き刺すために、かなり前のめりに突っ込んだ。そうそう飛び退けるものではない。
そんな、効果抜群の全力攻撃を受けたタチフサグマは酷く苦しそうだ。だがスピカが叫ぶのとほぼ同時、痛みとダメージで一瞬光を失いかけた目に、鋭い眼光が迸る。
「『カウンター』!」
ダメージを二倍にして相手に返す技。
四倍に膨れ上がったダメージは、タチフサグマを一撃で満身創痍にした。だが、それを耐えきり、その倍のダメージをガマゲロゲに叩きこむ。ガマゲロゲがそれを耐えられる道理はない。
その強烈な攻撃の交錯に、エール団たちが大盛り上がりする。
タチフサグマさんすげえ! ネズさん最強! まだ負けてない! 二匹倒して、一匹はもうフラフラ!
そう、彼らの言うことは事実。スピカはかなり苦しい状態だ。
だが、もはやスピカは揺るがない。
エール団の言うことも事実だが――もうあのタチフサグマは、倒れる寸前なのだから。
「バトルだ、ランターン! 『でんじは』!」
容赦なく電撃を浴びせる。タチフサグマはネズに与えられたすごい傷薬で大きく回復するが、それと同時に全身を麻痺させられる。そこからは思ったように動けず、「バブルこうせん」や「ほうでん」を何度も浴びせられて、タチフサグマはついに倒れた。
○○○○○
「あれが噂の『鬼雨』ですか」
スピカが去ってしばらく。
四度目の敗北を喫したネズは、ぽかんとしながら、先ほどのバトルを思い出す。
だらりと長髪の隙間からのぞく睨みつけてくる眼光。
さしものネズも、少し鳥肌が立った。きっと一昨日の彼女相手ならばこうはならなかっただろう。このジムチャレンジを通じて、その実力が、ネズにほんの少しの恐れを抱かせるほどになった。ジムリーダーたちには遠く及ばないが、十分な腕だ。
そうして思い出すのは――ネズを本気で恐れさせた三人。
マリィ。元々素晴らしい才能を持っていたが、手加減しているとはいえこうして兄を越えるほどに成長した。次のジムリーダーにふさわしい才能と実力を見せつけてくれた。同じ年齢のころのネズよりもはるかに強い。
だがそれ以上に恐ろしかったのは、ホップとユウリだ。
あの二人はまだまだマリィと同じ年ごろで、未熟で幼い子供である。それだというのに、ひとたび対面して、「格」の違いを思い知らされた。この後のキバナ、10番道路、そしてセミファイナルトーナメントを経たら、もう自分を越える力を身に着けているであろう確信がある。
いや、もしかしたら、あのダンデすらも。
10年間、ガラル内どころか他地方とのチャンプオンカップ含めても公式戦負けなしの無敵のチャンピオン。そんなダンデを「越えるかもしれない」と心の底から思ったのは、生まれて初めてだ。
『あいにくながら、身の程は嫌というほど思い知らされたもので』
バッジと技マシンを渡すときのスピカの態度が気になった。
勝利したのだから、当然嬉しそうではあった。だが、何か鬱屈したものを抱えている様子でもあった。
スピカの経歴は順風満帆だ。なにせ最初のヤロー以来、全てのジムを一発で、それもそれなりに安定した流れで、クリアしている。だというのに、どうしてああも暗かったのか。元々ダウナー同士、パーソナリティーにそこはかとなくシンパシーを感じたこともあって、なぜそうなのか問いかけた。
その時の答えが、これだったのだ。
「ホップ、でしょうね」
今朝挑みに来て一発で突破したホップが、「昨晩キルスクタウンを出るところで、チャレンジャーの長髪のお姉さんにリベンジしたんだ! 雨を降らせる!」と元気よく話していた。間違いなく、昨夜にホップに惨敗したのだろう。
両者と戦ったから分かる。二人の間には、大きな才能の壁があった。それを昨夜に思い知らされたから、あんな暗かったのだ。
同世代にダンデとキバナがいるネズは、こんなこともあり、スピカにシンパシーを感じていた。
だからこそ、さらに問いかけた。
『この町はどうでしたか? いいところでしょう?』
ジムチャレンジは、入り口から最奥まで、このせせこましくて薄暗くて汚くて、そして愛おしいスパイクタウンの全てをめぐる設計だ。チャレンジャーにこの町とその良さを知ってもらいたいからである。
きっとスピカなら、気に入ってくれるだろう。そう期待しての問いかけだった。
『えーっと、あー…………ま、まあ、多分』
この瞬間、ネズが感じていたシンパシーは吹き飛んだ。あの雨女は敵だ。
もうそろそろ、そんな雨女が、「天候男」に挑んでいる頃合いだろうか。
ジムチャレンジの期限はもうギリギリだ。挑めても二回が限度。果たしてあのキバナに勝てるかどうかは、ネズには判断しかねる。
そして自分も、ここまで残った数少ないチャレンジャーを退けてきた。彼ら・彼女らの再挑戦は、せいぜいそれぞれ一回ずつが限度だろう。そして仮にそのチャレンジャーたちがネズに勝ったとしても、キバナには一回で勝たなければならない。
「はあ……はあ……お願いします、ネズさん!」
そんな中でやってきたのは、今年初めて戦う、青髪が綺麗な美しい少女だ。だが、その青髪は乱れており、可愛らしい顔には汗が浮かび表情も歪んでいる。
(「リトルマーメイド」オリヒメ、ですか)
ここまで残る猛者の名前は憶えてる。去年は鬼門の三つ目でリタイアしたが、今年は昨日にポプラで一度躓いた以外は順調に進んでいる。昨夜に再挑戦して勝ったという話も聞いているので、おそらくマクワは一度で突破したのだろう。
「ジムチャレンジの期限はギリギリです。他チャレンジャーとの公平性を期すために、一度しかチャレンジは受けられません。良いですか?」
「はい!」
覚悟が決まっている。
ルリナから聞いた話だと、先ほどの憎らしい雨女と年の離れた幼馴染で親友らしい。そして二人ともバウタウン出身らしく水タイプポケモン使い。戦い方も似ている。だがその戦いの様子は、鬼気迫る恐ろしさと、真っすぐな華やかさで、対比的だ。性格と見た目の違いだろう。
「……いいでしょう」
昨日からもう四回負けている。エール団たちも意気消沈気味だ。
だが、ユウリたち以外のチャレンジャーは退けてきた。まだまだ戦える。
ネズが立ち上がりマイクを構えると、ギャラリーのエール団たちが、今日一番の盛り上がりを見せる。この圧倒的アウェイにオリヒメは少し怯えた様子で肩を跳ねさせるが、すぐにネズを真っすぐに睨んで、恐怖とプレッシャーを克服した。
ポケモンたちも、エール団も、そして何よりもネズ自身も。
ふり絞れる限りの全力で戦うのが、オリヒメへの礼儀だ。
「ネズにはアンコールはないのだ! 歌も! 技も! ポケモンも!!」
手持ちが最後の一匹になった時の決め台詞を、あえて戦う前に叫ぶ。
オリヒメにとって、これが自分との、最初で最後の戦いなのだから。
「4人目のセミファイナリスト編」における制限
原作で語られることのないモブの立場、というゲーム製作者の拘りにより、原作よりも主人公補正が排除され、多くの縛りが為されている
ダイマックス不可、バトル中の道具使用は二回まで、プラスパワーなど使用禁止、バッジの数に応じて手持ちの数に制限、所有ポケモンのタイプがばらけるほどデバフがかかる、バフスキルはタイプ統一以外ほぼつかない、道具は原作隠しアイテム以外拾えない、隠れ特性不可、ダイマックスレイド不可、どこでもボックス不可、技マシンは店売りとジム突破時のもの以外不可、技レコード不可、原作にあった道具を貰えるイベントなどはなし、など。
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