ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート   作:まみむ衛門

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 やたらと長く感じるが、ジムチャレンジはたった数日でガラル中をめぐりバッジを八つ集めるという、他地方からすれば無茶ぶりがすぎる弾丸イベントだ。他地方の制度と違い「旅」どころか「旅行」ですらないほどに道中サポートが整っているが、それでも、短期間で集めきるのははとてつもなく難しい。

 

 ましてや、ガラルのジムリーダーは、他地方のように「教育者」「地元の名士」などではなく、ガラル全土から選ばれた「トッププロ」である。その実力も、地元贔屓が多分に含まれる評価とはいえ、他地方のジムリーダーより高い。

 

「結構ギリギリだぞ……」

 

 ネズを倒して、ポケモンセンターで回復してすぐ。アーマーガアタクシーを呼んでナックルシティへと運んでもらい、すぐにジムに駆け込んで挑戦の手続きをする。もうジムには他チャレンジャーの姿は見えない。タクシーの中で確認したニュースによると、ホップ、ユウリ、マリィ以外は全員、すでにリタイアしたか、ネズ以前で苦しんでいるらしい。オリヒメが昨晩二度目の挑戦でポプラをなんとか乗り越えたと聞いた時は冷や冷やしたが、今朝に初挑戦でマクワを破ったと知って一安心した。

 

 ただ、人の心配はしていられない。自身が呟いた通り、無茶な日程のジムチャレンジは、もう期限が迫っている。キバナにチャレンジできるのは、間の修行も含めると、三回できれば良い方だろう。

 

「来たか」

 

 そうして手続きをすると、なぜか宝物庫に行くように指示され、スタッフの案内についていく。その宝物庫で待っていたのは、長身の美男子と、三人の真面目そうな、ナックルジムのユニフォームを着たジムチャレンジャーだ。

 

 スピカが入った時、口を開いたのは、明らかにオーラの違う長身の男。彼こそが、このガラル最強のジムリーダー・キバナである。

 

「一番手のチャレンジャーが来た時に確認したが、リタイアせずに残っているのは10人もいなかった。そしてついさっき確認したら、さらに数が減って六人だ。うち三人はこのオレさまを破り、シュートシティへと向かった。お前はオレさまに挑む四人目だな」

 

 もうそんなに減ったのか。

 

 自分とオリヒメ以外の動向をなんら気にしてなかったスピカは目を丸める。アーマーガアタクシーで確認したのはついさっきのこと。オリヒメは残っている六人のうちの一人、というわけだ。

 

「お前の噂は聞いている。今年初挑戦で、ヤローのやつに一回破れるも、そこからは全部初回でジムリーダーたちを突破している。世間ではルリナやオレさまを差し置いて『鬼雨』なんて呼ばれてるらしいじゃねえか」

 

「キウ?」

 

 キバナのみならず、その背後のトレーナーたちも全員猛者だ。そんなのが四人いるこの空間にいるせいで、ずっと緊張しっぱなしである。そんな中で飛び出した聞き覚えのないワードに、スピカは首を傾げた。

 

「化け物の降らせる急な雨のことだ。バトルが始まると同時に雨を降らせ、敵を射貫くようににらみつける。お前にぴったりだぜ」

 

 なるほど、どうやら「鬼雨」のことを言ってるらしい。

 

 いつのまにか有名人になっていたようで、異名がつけられたようだ。

 

「…………もっと他にあっただろうに……」

 

 スピカは額に手を当てて首を横に振りながらため息を吐く。

 

 スピカとて、二十歳を過ぎたとはいえ、逆に言えば二十歳になったばかりの女の子。そんなおどろおどろしくて無駄に詩的な異名よりも、もっと普通で可愛くて華やかなものがよかった。もっとも、そんなのをつけられたらつけられたで恥ずかしくて落ち込むだろうが。

 

「実際見事なもんだった。バウタウンは海の町だし、雨もキツいのが降る。水ポケモンと雨の戦い方をよくわかってるな」

 

「はあ、そんなもんですかね……」

 

 キバナとスピカはおそらく年齢的には同じ。キバナがこの態度なら、スピカも崩して構わないだろう。だが、相手はジムリーダーであり目上、という意識が、結果的にスピカに中途半端に崩れて逆に無礼な敬語を使わせていた。

 

「さて、そういうわけだ。ここまで勝ち残るやつはそもそもめちゃくちゃ(つえ)え。ここのジムチャレンジはいたってシンプル。オレさまが鍛え上げた三人のジムトレーナーをダブルバトルで相手してもらおう。その実力を、たっぷり見せてくれ。カモン、リョウタ!」

 

 キバナに応え、ジムトレーナーの一人が踏み出してきて、ボールを構える。

 

 こんなところで戦ってよいものだろうか、という迷いもあるが、スピカは少し考えた末に、二つのボールを構えた。

 

 ダブルバトル。野良バトルを含めても、片手の指で足りる数しかやったことない。まさか最後の二つが、ここまでの流れを崩してダイマックスなしとダブルバトルとは。

 

「いけ、ペリッパー、ヌメイル!」

 

「バトルだ、ガマゲロゲ、ランターン!」

 

 スピカが選んだ最初の二匹は、様子見の意味合いもあるが、戦略的要素も強い。ここのジムはドラゴンタイプ専門だが、一方でキバナがあらゆる天候を操るのは有名である。だからこそ、ペリッパーを後ろに控えさせた。

 

 その判断は正解だった。相手も同じく雨を戦術の核にしているらしい。慌てて傘を取り出して差しながら指示を出す。

 

「ランターンは『ほうでん』、ガマゲロゲは『ドレインパンチ』!」

 

 ペリッパーはよく知っている。となると、初めて見るヌメイルというポケモンはドラゴンタイプだろう。水技は半減。ならば「ドレインパンチ」が確実である。

 

 その判断は正解だった。ガマゲロゲは特性すいすいで素早く動いてヌメイルに「ドレインパンチ」を叩き込んだ。さほどのダメージになっていないところを見るに、耐久力に自信のあるポケモンらしい。その次に動いたのは、電気をまき散らすランターン。その攻撃は相手二匹にまとめて襲い掛かる。

 

 ヌメイルは予想通りドラゴンだったらしく、あまり効いた様子はない。一方ペリッパーは何もできずその一撃で沈んだ。

 

 そしてこの無差別電撃は、仲間も巻き込むリスクがある。だが、ガマゲロゲは地面タイプで、効果はない。これを見越しての最初の二匹だったが、とても上手く刺さった。

 

 ヌメイルが何とか反撃してくるが大したダメージにはならない。次のターン、二匹がかりの攻撃を加え、ヌメイルを戦闘不能にさせた。

 

「なるほど! なかなかやるな! 次は二人目、カモン、レナ!」

 

 次いでレナが出してきたのは、キュウコンと、熱のこもった甲羅が特徴的なバクガメスだ。あの見た目からしてドラゴンタイプで、炎タイプも含むとみられる。

 

 そんな初めて見る珍しいドラゴンに驚く暇はない。なにせ、キュウコンがボールから出ると同時に天に向かって吼えると、天井に小さな太陽が浮かび、燦燦と宝物庫を照らしたからだ。

 

(特性日照り? キュウコンがそんなことできるなんて知らないぞ!?)

 

 無理もない。キュウコンがそもそも人前に滅多に姿を見せないし、その中でもこの特性を持つ個体はとてつもなく希少である。

 

 だが、何はともあれ、ある程度予想の範囲内だった「晴れ」だ。

 

「バトルだ、ペリッパー!」

 

 不本意な異名だが、「鬼雨」の真骨頂を見せてやる。

 

 即座にランターンを戻して、相棒のペリッパーを場に出す。それと同時、小さな太陽は突然発生した雨雲に隠れて暗くなり、冷たい雨が宝物庫に降り注いだ。日照りからの突然の雨。「鬼雨」の名にふさわしい。

 

 雨が降って急激にコンディションが良くなったガマゲロゲの「ウェザーボール」は、当然キュウコンを一撃で叩きのめす。バクガメスは背中の甲羅を赤熱させているが、自ら動く様子はない。どうやらこの展開はレナの予想外だったようで、慌てふためいている。

 

「どっちも『ウェザーボール』!」

 

「トラップシェル」を知らないスピカは何が起きたのか分かっていないが、チャンスなのは確かだ。そのまま得意技で攻めたて、バクガメスもダウンさせる。

 

「ほう、ダブルバトルでの天候の戦い方もよくわかってるな。最後の三人目だ、カモーン、ヒトミ!」

 

 とぼとぼと戻るレナにそっくりな女性が前に出る。三番手にするということは、一番強いのだろう。スピカは少し迷った末、先ほどと違うボールを手に取る。

 

「いけ、ユキノオー、ジャランゴ!」

 

「バトルだ、ペリッパー、ガマゲロゲ!」

 

 ペリッパーが場に出て即座に雨を降らせるが、相手のユキノオーが少し遅れて霰を降らせ、結果的に天候を塗り替えられる。三人目だからそろそろ違う戦術を取るかと思って雨とすいすいを押し付けられる並びにしたのに、やや予定外だ。

 

 だが、これならこれで問題ない。

 

「ガマゲロゲはジャランゴに『ウェザーボール』! ペリッパーもユキノオーに『ウェザーボール』だ!」

 

 こちらの布陣にドラゴンと霰を併用してくれるなら好都合。雨に比べたら火力が大幅に落ちるが、氷技はドラゴンに効果抜群だ。ジャランゴはかなりのポテンシャルを感じる強力なドラゴンだが、この一撃でダウンする。ペリッパーのユキノオーへの攻撃は抜群の「エアスラッシュ」のほうが通るが、あのポケモンはいかにも耐久が高そうで、どちらにせよ一撃で落とせないならこれで十分だ。

 

 それなりに余裕を持って耐えたユキノオーは、不思議なオーロラをまとい、自分の周囲を覆う。スピカは知らない技だが、霰が降っている時に限り使える、極光が身を守ってくれる「オーロラベール」だ。

 

 だが、それはあまり効果をなさない。ユキノオーは遅いためガマゲロゲとペリッパー両方に先行を許し、その集中攻撃を受けて、あえなくダウンした。

 

「いいよなあ『ウェザーボール』! このオレさまがトップに立つこのナックルシティにぴったりだと思って、昨日入荷してもらったんだ! 買ってくれたなんて嬉しいぜ!」

 

 急に売るようになったのはこいつのせいか。

 

 スピカは興奮するキバナに呆れた目を向けながら、頑張ったポケモンたちに漢方薬を与えて――ポケモンたちは恐ろしく嫌そうな顔をしていた――回復させてからボールに戻す。

 

 とにかく、これでキバナへの挑戦権を得た。

 

 最後の、最強のジムリーダー・キバナ。

 

 ついに、彼と戦う時が来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『鬼雨』の戦い方、たっぷりと見させてもらったぜ」

 

 ジムに戻り、お互いに準備を終え、スタジアムでキバナと向かい合う。

 

 観客の数はこれまでに比べて圧倒的に多い。最後のジムリーダーと、ここまでたどり着いたチャレンジャーの戦いだ。そのエンターテイメント性は、当然人々を惹きつける。その差は、観客がエール団だけだったスパイクタウンの直後なだけあって、余計に感じられる。もっとも、あちらは完全アウェイだったため、今はあの時ほどのプレッシャーは感じない。

 

「この目で見て改めて分かった。異名にふさわしい。今までのジムバトルの映像よりも、さらに成長している」

 

 審判の指示に促されお互いに背中を向けて離れてもなお、キバナの言葉は止まらない。普段は温厚で紳士的な青年らしいが、天候を使うチャレンジャーということで、興奮しているのだろうか。

 

 振り返り、またお互いに向き合う。興奮した様子だが、その垂れ下がった目もあって、まだまだ温厚な印象を受ける。

 

「だけどよお……気に入らねえなあ……水も滴るイイ男のオレさまを差し置いて、そんな異名をつけられるなんてよ」

 

 とっさに、本能的に、スピカはボールを構える。

 

 キバナの放つオーラが急激に大きくなった。ワイルドエリアで遭遇しかけた一帯のボスやネズの、そしてホップの比ではない。

 

 そんなスピカと違いキバナは余裕の表情でスマホロトムを使って自撮りする。

 

 

 

 

 

「そんな雨雲、全部オレさまが吹っ飛ばしてやるぜ!」

 

 

 

 

 だが直後、顔つきが急に獰猛に変わり、その全身からプレッシャーが噴き出した。

 

(これが、最強のジムリーダー!?)

 

 まだ何も起きていない。それなのに後ずさりしてしまいそうになる。それでもスピカは、まるで本人がドラゴンになったかのように吼えるキバナを睨みつけながら、ポケモンを出した。

 

「いけ、フライゴン、ギガイアス!」

 

「バトルだ、トリトドン、ガマゲロゲ!」

 

 いきなり歓声が爆発する。

 

 ここまでジムチャレンジでほとんど姿を見せていなかったカラナクシがトリトドンになり、最後の最後で姿を現したからだ。

 

「吹けよ風! 呼べよ砂嵐!」

 

 さらに、キバナが代名詞ともいえる天候操作をいきなり行ったのもある。砂嵐は観客から見えにくいため場合によってはブーイングが起こるが、キバナのそれは、彼の最大の特徴にして見せ場として、ガラルどころか世界全体に受け入れられていた。

 

 トリトドンへの驚きを、キバナの実績と人気が吹き飛ばした形だ。キバナの宣言通りと言える。ジムリーダーは興行の主役としてエンターテイメント性もカリスマも持つ。その頂点がキバナだ。

 

「バトルだ、ペリッパー!」

 

 だが、スピカはさらにそれを吹き飛ばす。驚きをもって迎えられたトリトドンをすぐに下げ、相棒を場に出した。すると上空を雨雲が覆い、すぐに雨が降り出して、吹きすさぶ砂を落とし、バトルフィールドを塗り替えた。

 

「そうだよなあ、やっぱ『鬼雨』はそうこなくっちゃなあ!?」

 

 バトルとなると途端に獰猛になるキバナに負けず劣らず、スピカも砂で汚れ雨でぬれて垂れ下がった長髪も気にせず、身の毛もよだつ姿で睨みつける。キバナの代名詞を即座に塗り替え、「鬼雨」が姿を現した。観客はさらに興奮し、広くて栄えたナックルシティ全体に響き渡る程の大声を上げる。

 

「ガマゲロゲはギガイアスに『ウェザーボール』!」

 

「鬼雨」の名にふさわしく、打ち付ける冷たい雨のように、彼女の戦いは冷徹だ。観客を沸かせる砂嵐を吹かせた強力なポケモン・ギガイアスをいともたやすく沈める。先行していたキバナの指示に従ってフライゴンが「ワイドブレイカー」でこちらの両方の体勢を崩すように薙ぎ払うが、大したダメージにならない。

 

「まだだ! 行け! サダイジャ!」

 

 続いて出てきたのは、砂色の太い大蛇。

 

(砂嵐戦術……蛇……フライゴンと同じ地面・ドラゴンか?)

 

 キバナがこの状況で使うなら十分あり得る。恐らく以前ホップが使ってきたスナヘビの進化系だ。だとしたら、少し厄介である。

 

「念には念を入れて……戻れペリッパー、もう一度だトリトドン!」

 

 ガマゲロゲは自分の仕事を分かっている。雨が降りしきる中真っ先に動いて、強力な水エネルギーの塊をサダイジャに浴びせた。見た目からするとかなりの耐久力がありそうだが、その一撃で倒れた。明らかに効果抜群。どうやらドラゴンタイプは含まれてないらしい。

 

「もう一度、吹けよ風! 呼べよ砂嵐!」

 

 だが、その衝撃を利用して、サダイジャが去り際に大量の砂を吐きだした。それは再び砂嵐となって雨雲を吹き飛ばす。

 

 判断は正解だった。一発耐えられて「すなあらし」で再度塗り替えられるのを警戒してのペリッパーバックだったが、結果的に上手くいったようだ。

 

 そしてさらに望外の結果ももたらした。

 

 フライゴンは身体のわりに小さい手にバチバチと電気を迸らせてトリトドンに殴りかかった。「かみなりパンチ」だ。当然、ペリッパーなどの雨を降らせるポケモンへの対策はしてある、というわけだ。だがトリトドンは地面タイプ、殴られた衝撃自体は感じるだろうが、ノーダメージに等しいだろう。

 

 これでキバナのポケモンを二匹倒した。一方こちらはほぼノーダメージ。雨のアドバンテージを利用してギガイアスとサダイジャを行動させることなく倒したのが大きい。

 

 

 

「荒れ狂えよオレのパートナー! スタジアムごと、鬼雨(やつ)を吹き飛ばす!」

 

 

 

 キバナが咆える。

 

 そう、これでもまだスピカは苦しい。

 

 場は砂嵐、そして出てくるのが、最強のジムリーダー・キバナの、最強の相棒・ジュラルドン。無敵のチャンピオン・ダンデのポケモンを最も多く倒し、あのリザードンと互角の戦いを繰り広げる。ジムチャレンジ用にかなり手加減してくれるだろうが、それでもなお、今まで戦ってきた誰よりも、間違いなく強い。

 

 牙を見せるように嗤うキバナは、ジュラルドンをボールに戻し、巨大化させる。そしてスマホロトムと息ぴったりに自撮りをして、後方に投げた。

 

 キョダイマックスしたジュラルドン。その威容は、巨大な塔のようであり、ダイマックスエネルギーが光となって煌々とあふれ出す。

 

「――っ! 雨雲を呼べ、ペリッパー!」

 

 心が萎えそうになる。それでも、この苦しい状況を、手持ちのポケモンたちが、そして何よりも信頼する相棒・ペリッパーが、吹き飛ばしてくれる。そうなるように、トレーナーとして、全力を尽くしてきた。自らが傷つかず、ポケモンたちに苦しい思いをさせる、ポケモントレーナーとしての、最も重要な役割だ。

 

「火照った体に雨が染み渡るなあ!」

 

 再び降り注ぐ雨に、キバナは嬉しそうだ。スピカの全力をその身に浴びて、ハイテンションになっている。

 

 そんな雨の中、ガマゲロゲは最初から分かっていたかのように臆することなく動き、フライゴンに雨で大きく強化された「ウェザーボール」を叩き込む。すっかり得意技で、動きが洗練されている。その強烈な攻撃は、ドラゴンタイプを含むため効果抜群ではないながらも、フライゴンを大きく弱らせる。お返しの「ワイドブレイカー」は、またさほどのダメージにならない。ペリッパーに交代する可能性は高かったが、トリトドンが交代しないことを考えると、「かみなりパンチ」はリスクが高すぎて選べない。

 

「いくぜ……竜よ、咆えろ! 必殺! キョダイゲンスイ!!」

 

 そしてついに、キバナのもう一つの代名詞が飛び出す。ジュラルドンがドラゴンエネルギーを凝縮させ、ガマゲロゲにキョダイな攻撃を浴びせた。その威力は見た目のわりに低くてなんとか耐えきっているが、代わりにガマゲロゲが少し調子悪そうだ。何が起きたかじっと見てみると、どうやら、技に使うエネルギーを奪われたらしい。

 

 だが、「ウェザーボール」はその場の天気のエネルギーを利用する技だ。雨が降っている時のその強力さとは裏腹に、ポケモンが消費するエネルギーは少ない。まだまだ大丈夫だ。

 

(キョダイマックスしか使えない技は今見た! となると他は普通のダイマックス技のはず)

 

 ジュラルドンとキバナを睨みつけながら、スピカの頭がフル回転する。

 

 ダイマックス技の中には、天候を変えるほどの莫大なエネルギーを持つものもある。天候使い・キバナの切り札だ。間違いなくその手札はあるだろう。

 

 ならば。

 

「また頼んだぞ、トリトドン!」

 

 ペリッパーはまだ大事にしておくべきだ。状況は有利に変わりないが、相手が相手、念には念を入れておくに越したことはない。

 

「まだまだだ! 吹けよ風、呼べよ砂嵐! 『ダイロック』!」

 

「読み通りだな、ガマゲロゲ、トドメの『ウェザーボール』!」

 

 ジュラルドンがダイマックスエネルギーを操作して地面から巨大な岩盤を引っ張り出すが、二度目の雨で素早くなったガマゲロゲのほうが圧倒的に速い。最初からずっと場にいたが今一つ活躍できなかったフライゴンをついに倒す。

 

 その直後、巨大な岩盤が倒れ、トリトドンに襲い掛かった。その衝撃で砕け飛び散った岩は砂となり、衝撃波と風圧で飛び散って、砂嵐となる。だがトリトドンは地面タイプ。さほど効いた様子はない。

 

 雨を降らせるポケモンとしてメジャーなペリッパーに効果抜群で、なおかつ砂嵐を起こせる。そして何よりも、ダンデのリザードンに二重の弱点となる。キバナのジュラルドンが、この技を持っていないはずがない。スピカの考えた通りだった。

 

(は、ははは、すげえ、すげえぞこいつは!)

 

 キバナは興奮する。

 

 彼の手持ちはそのどれもが珍しく、そして強大なパワーを持った、生態系の頂点たる「ドラゴン」だ。ルーキーのスピカにとって初めて見るものが多いだろう。だがそのタイプや性質を、恐ろしいほどの観察眼で一瞬で見破り、最も突き刺さる戦法で、相手のやりたいことを封じ込めて、容赦なく、豪雨のように流し去る。

 

 さらに、ジュラルドンの「ダイロック」も見破っていた。

 

 また生半可なトレーナーは、一手失う「交代」の選択肢を嫌うが、スピカは迷わず実行した。このバトル、動くのは常にガマゲロゲのみで、トリトドンとペリッパーは交互に場に出すだけ。だがその全てが、キバナの動きを誘導し、かつ完全に封じ込めている。読もうと思えば読めるが、その行動は相手が居座った場合を考えるとリスクが大きすぎるし、そもそもそのような強気の戦い方は、「ジムバトル」として禁止されている。

 

 ここまでの彼女のジムバトルを見て思った。スピカの戦い方は――彼女が持ちうる限りの「最善手」を選び続けている。

 

 この戦いでもそう。キバナは何もできていない。スピカの手持ちは一匹も倒せず、好き放題されている。

 

 

 

 

 

 鋭い闘争心で相手を睨みつけて持ち前の観察眼でその性質を即座に見破り、雨を降らせて場を支配して自分たちが最も有利なフィールドを確保して敵を巻き込み、容赦ない冷徹かつ論理的な戦術を組んで最善手を選び続ける。

 

 

 

 

 

 彼女は、このジムチャレンジを突破するにふさわしい逸材だ。

 

「だがまだ負けてねえ! 倒しきれ! オレさまを叩きのめしてみせろ!」

 

 キバナは叫ぶ。やれるものならやってみろ、と。

 

「『キョダイゲンスイ』!」

 

 今度はトリトドンをペリッパーに下げなかった。「ダイロック」で強気の攻めをしなくて正解だ。つくづく、恐ろしい戦い方をする。

 

 フィールドもポケモンもお互いも、雨と砂でぐちゃぐちゃだ。

 

 そしてそこにキョダイマックス技の膨大なエネルギーが降り注ぎ、それらを吹き飛ばし、そこら中に散らす。最強のジムリーダーの試合に相応しくないようで、何よりも相応しい泥臭さと汚さ。ポケモンバトルが、「厳しい野生での戦い」であるという根源を思い出させる。

 

 小技とはいえ二度の「ワイドブレイカー」、そして二度の大技「キョダイゲンスイ」を受けたガマゲロゲはついにダウンする。……そのはずだったが、ダメ押しとばかりにスピカが冷静にガマゲロゲを回復させていて、倒すには至らない。

 

 そしてその間にトリトドンは「だいちのちから」をジュラルドンに食らわせる。強力な鋼に覆われたジュラルドンは物理的な面では要塞の如き硬さだが、特殊防御の面では薄い。さらに効果抜群となれば、体力が大幅に増えていてもなお、大きなダメージとなる。

 

「まだだ、『ワイドブレイカー』!」

 

 元の大きさに戻ったジュラルドンに即座に指示を出す。

 

 だがその攻撃は、ガマゲロゲもトリトドンも、倒すことはできない。

 

 ああ、もどかしい。

 

 こんな、手加減を強要されるジムバトルではなく。

 

 本気で、コイツと戦いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「トドメだ、『だいちのちから』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 キバナは、倒れゆく相棒をボールに戻しながら、戦いが終わってもなお不完全燃焼な熱を抱えたまま、ここでひとまずの完敗を認めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ」

 

 華やかなジムで、大勢の観客の前で、素晴らしいバトルを繰り広げて、みんなを魅了させてきた。得意のダンスと、周囲、特にスピカからよく褒められるルックスを活かしてやってきたアイドル的活動も、とても楽しかった。そして今は本格的にスポンサーもついた。

 

 だがこの瞬間は。

 

 一人も自分を応援する人がいない、むき出しの壁に猥雑なポスターが張られた、日が降り注がず陰気な照明のみの暗い暗いステージで、オリヒメは、汗と雨でずぶ濡れになりながら、息を切らして跪いていた。

 

「終わりましたね」

 

 ネズがタチフサグマを戻す。周囲の怖い恰好をした人たちが、ネズの勝利に、そしてオリヒメの敗北に、下品な大歓声を上げる。

 

 激戦の末、なんとかタチフサグマを引きずり出した。だが、オリヒメの五匹のポケモンはすべて倒された。昔から連れ添ってきたオニシズクモとカマスジョーはそれまでの三匹に倒され、大好きな幼馴染に憧れて仲間にしたペリッパーとガマゲロゲ、そして何よりも大切なギャラドスは、タチフサグマに叩きのめされた。

 

 敗北。タチフサグマもかなりギリギリだったが、その接戦のすえにオリヒメは、ラストチャンスを逃したのだ。

 

「いい戦いでした」

 

 何を思ったか、ネズは周囲のエール団を一喝して黙らせると、オリヒメに歩み寄りしゃがんで、彼女に語り掛ける。

 

「俺もギリギリでした。お前は強い。よくここまで来ました」

 

「だ、だ、だったら!」

 

「でも、バッジは上げられません。決まりとか関係ない。俺に負けるやつに、このバッジを渡すわけにはいかない。それに渡したとしても、俺如きに負けるようじゃ、キバナには勝てないから」

 

「う、ううう、ううううう――!」

 

 分かっていた。

 

 それでもオリヒメは、改めて現実を叩きつけられ、声を上げて泣いてしまう。

 

 去年に比べて強くなった自信があった。そしてジムチャレンジ中にこれまでにない成長を何度も成し遂げた誇りがあった。

 

 だが、この戦いで負けた。もうチャンスはない。

 

 オリヒメのジムチャレンジは、終わってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネズさん! さっきの女、あのキバナに勝ったって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、エール団の一人がスマホロトムを持ってどたどたとデリカシーなく駆け込んでくる。ネズは責めるような目線を向けるが、焦っている彼に届くことはない。そして彼の叫びを聞いた観客のエール団たちもまたざわめいてしまう。

 

 ネズが苛立ちまじりにひったくるように受け取ったスマホロトム。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、泥だらけのフィールドでぐちゃぐちゃに汚れながら握手し、キバナからバッジを受け取るスピカの姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スピカちゃん!?」

 

 顔を伏せていたオリヒメが、バッ、と顔を起こして、ネズからスマホロトムを奪って、食い入るように画面を見つめる。

 

「スピカちゃん……キバナさんに……勝ったんだ!」

 

「知合いですか?」

 

「幼馴染で、誰よりも大切な親友です!」

 

 オリヒメの顔に、また涙が滴る。

 

 悔しさと悲しさの涙が、うれし涙に変わった。

 

「そうか……スピカちゃん…………ジムチャレン、ジ、を……」

 

 だが、だんだんとその顔が暗くなり、また目線が下がり、だらりと全身から力が抜ける。

 

 この差はなんなのか。

 

 暗いステージで敗北し、リタイアが決定したオリヒメ。

 

 その先まで進んでバッジを獲得しきったスピカ。

 

 二人の間に、厳然とした「格」の違いを感じてしまう。

 

 お姉ちゃんみたいな幼馴染で、だけどだらけきって情けなくて世話のかかる妹みたいで、賢くてかっこよくて可愛いところもあって頼りになる尊敬する親友で、大好きな大好きなスピカ。

 

「なるほど」

 

 ネズは、オリヒメが何を思ってるか、すぐに分かった。目を静かに閉じて、そうとだけ呟くと、ゆっくり立ち上がって去っていく。

 

 まだチャレンジャーが控えている。時間はギリギリだ。彼ら・彼女らのラストチャンスへの道を開けるか、はたまた引導を渡すか、しなければならない。

 

 だが、考え直して、また踵を返して、うつろな表情で声も出さずに涙をだらりと流すオリヒメの前に屈んで、語りかける。

 

「気持ちがわかるとは言いません。俺、ダメなやつだから、気の利いたことは何も言えない」

 

 ネズも目を伏せる。根本的に、彼はネガティブだ。

 

「色々思うところはあるでしょう。ですが、これも勝負の世界。お前は今、そのさらに深い所に、足を踏み入れたんだ」

 

 敗北。勝負である以上、何度も経験した。ましてや相手は常にトップクラスたち。

 

 だが、敗北に慣れたことは一度もない。手加減を要求されるジムバトルですら、負けた後は悔しくて放心するし、ましてや試合本番で負けたら、その夜は眠れず、感情を音楽にぶつけるしかなくなる。

 

 このジムチャレンジではるかに強くなったオリヒメは、「バトル」の深淵を、ついに知ったのだ。

 

「お前もトレーナー、あの雨女(スピカ)もトレーナー。こうして差が出るのは当たり前です」

 

 ネズの言葉は冷たい。厳しすぎる現実だ。

 

 シビアな世界で生き、その中で誰よりも我を貫き通してきた彼のその言葉は、あまりにも重い。

 

 だがその内容とは裏腹に――声は穏やかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは、お前なりの最高の方法で、お前が満足するやり方で、大好きな幼馴染を送り出してやるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言い残して、今度こそネズが立ち去る。ポケモンを回復しなければならない。バトルで乱れたフィールドを整えなければならない。

 

 オリヒメも、女性のエール団員に支えられ、チャレンジャー用控室に運ばれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前もトレーナー、あの雨女(スピカ)もトレーナー』

 

『お前なりの最高の方法で、お前が満足するやり方で、大好きな幼馴染を送り出してやるんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベンチで一人顔を伏せて泣くオリヒメの脳内に、その言葉が、何度も何度も反響し、まるでネズのライブで見せるシャウトのように、ひどくハウリングしていた。




みんなもダブルバトル、やろう!

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