ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート 作:まみむ衛門
さわやかな潮風と明るい陽射し、そして活気ある街並みが魅力的なバウタウン。
そのある一角の民家の中は、外の街並みとは裏腹に、電灯はすべて消え、飾り気はなく一方で様々なものが散らかって雑然としており、わずかに薄いボロカーテンが通す陽光が差し込むのみの、陰気極まりない状態であった。
「もう、こんな時間だからね。はいるよー!」
そんな家に、10代半ば程度の少女が、そう叫んでから不満げに頬を膨らましながら、ズカズカと入っていく。肩甲骨のあたりまで伸びた青いロングヘアーと海辺の町らしい爽やかな制服、そしてなによりもその顔立ちとプロポーションは、まるでアイドルのよう――事実アイドルに近いと言えなくもないが――であり、この家にはどこまでも似つかわしくない。
「スピカちゃん! ほら起きて! 午後の講義にはせめてちゃんと出て!」
青髪の少女は玄関からさらにズカズカと部屋の中に入り、まるで勝手知ったる我が家のように一直線に、膨らんださびれたしわしわのベッドに向かい、手を伸ばして揺する。
「…………ふわあ、もうこんな時間?」
そんな激しい目覚ましだったが、布団の中の人間の反応は緩慢だった。
もぞもぞと布団の中で名残惜しそうに身じろぎすると、そのままぴたりと止まり、もう一度夢の世界に旅立つ。だが青髪の少女が無言で掛け布団を引っぺがして、叩き起こした。
「……グッモーニン、オリヒメ」
「今がモーニングなのはスピカちゃんだけでしょ!」
時計は午後12時半を示している。怠惰な人間の休日でも、これを「朝」とはそうそう主張しないだろう。青髪の少女――オリヒメの言うことの方が、間違いなく正しかった。
そうして布団を引っぺがされて不満げな部屋の主・スピカは、仕方ないと言わんばかりにのろのろと体を起こし、ベッドの上で胡坐をかく。ゆるゆるのシャツで、下は下着以外履いていない。そのあまりにもだらしない姿で無作法に大欠伸をすると、ぼさぼさの長い茶髪を無造作に掻き、もう片方の手で目をこすった。
オリヒメには負けるが、このスピカという女性も、見た目は悪くない。
ベッドの上で胡坐をかいているから分かりにくいが、それでも分かるほどに手足はすらりと長く、顔立ちも美人系で、鮮やかな色合いの茶髪の艶は良く、はかなさを感じさせる白磁のような肌も魅力的だ。
ただ、長い茶髪はやや癖っ毛気味な上、今はそれに寝ぐせも重なって酷いことになっているし、さらに今の行動の通り彼女は怠惰そのものなので、これをほぼ整えることなく平気で外出する。綺麗な顔にある眼には覇気がなくいつも気だるげでクマも常にできていて、さらにやや猫背気味だ。服も、さすがに下着姿のままではないが、動きやすくて飾り気のない安物しか持っていない。極上の素材を持ちさらに気を遣って可愛さを磨いているオリヒメからすれば、もったいないことこの上なかった。
――この二人は、やや奇妙な関係だ。
オリヒメは十代半ばの女子高生、スピカは二十歳になったばかりの大学生。
その出会いは、スピカがトレーナーズスクールに通い始めたばかりのころ。たまたま家が近く、またお互いに一人っ子だったこともあって、まるで姉妹のように交流してきた。歳の離れた幼馴染関係である。
当初は流石にスピカが世話を焼く側だった。だが、スピカの生来の怠惰と、オリヒメの真面目な性格から、いつの間にか、こうしてオリヒメが世話を焼くばかりになっていた。どちらが年上か分かったものではない。
「ほら、早く準備して。また遅れちゃうよ」
「……今日は休講でーす」
「嘘はダメ」
最初は騙されたが、もう通用しない。スピカも分かっているようで、しぶしぶ準備を始めた。
見ての通り、スピカは非常に不真面目な大学生だ。地頭は悪くなく、これといって自習や学習塾の利用をせずともクラスの平均よりやや上の成績を取ってきた。だがそうしたある意味マイナスの成功体験と怠惰な性格が重なり、通っている大学は、決して良いとは言えない近場のものである。大学に通った理由は、「何もしたくないから」。モラトリアムを求めただけに過ぎない。
ちなみに大学はほどほどにさぼり、空いた時間はこうして家でごろごろしているか、バウタウン名物の海鮮レストランや市場で少しバイトをして、わずかな遊ぶ金を稼いでいる。
「提出課題も近いんでしょ。もう終わったの?」
「とっくに、ほら」
こちらは嘘ではない。スピカが教科書を放り込んでいるバッグの中を示すと、そこにはきっちり規定分のレポートが準備されている。怠惰な性格だが、一方で要領が良く物事を効率的に進めるタイプなので、宿題や課題の類は「面倒くさい」以外は苦にならないタイプなのである。
とにかく、飛び切りの怠惰が足を引っ張るタイプの女性であった。
「キャモォ……」
「あ、キャモメちゃんもおはよー」
だらだら準備しているのを見守っているうちに、オリヒメが全開にした窓から、キャモメが入ってくる。彼はスピカが唯一連れているポケモンで、普段はこうして放し飼い同然にしている。怠惰な主人を見て呆れ果てた声で鳴いている通り、良識のある性格だ。
そうこうしているうちに準備が終わり――ノロノロやってもこれだけの時間で終わるのは年頃の女性としては異常なまでにスピカが手間をかけないため――、緩慢な動作でスピカが立ち上がる。それを見たキャモメは慣れた様子でスピカの肩に止まった。
「ん」
スピカも慣れたもので、ごそごそとモンスターボールを取り出し、キャモメを戻す。長い間一緒にいるから、お互いの間には確かな信頼関係が芽生えていた。
「あ、そうだ。スピカちゃんに渡すものがあるんだ」
「んー?」
またいつものお節介なお洒落用品か。興味なさげにスピカはオリヒメを見る。
「はいこれ」
渡されたのは封筒。何か郵便物だろうか。
『バウタウン・ビギナートレーナーズトーナメント エントリーチケット
ナンバー9・スピカ』
「スピカちゃん、この大会、キャモメちゃんと出てね♪」
「…………は?」
○
スピカは、キャモメを連れている都合上ポケモントレーナーとして登録されているが、バトルはここ数年間全くやっていない。トレーナーズスクール含むこれまでの学校生活で、授業や遊びで何回もバトルをしたことあるが、それはほぼ全ての人間に共通だ。義務教育やよくある鬼ごっこやかくれんぼのような子供の遊びのようなものである。
一応トレーナーズスクールに通っていたが、トレーナーは目指さず、普通のお勉強中心のクラスにずっといた。普通の学校よりもトレーナーズスクールの方が近かったので、普通の学校代わりに選んだに過ぎないのだ。そしてそのような子供や家庭は、一定数いるし、トレーナーズスクールもそのような需要を見越して、整った教育を提供している。
バトルをしない理由は簡単。疲れるからだ。
日常生活すら怠惰に過ごす彼女にとって、一瞬の刹那にすべてを集中するポケモンバトルは、非常に面倒で疲れる。楽しくないことはないが、ごろごろしたり本を読んだりネットサーフィンをしている方が性に合っているのだ。
故に、いつの間にか勝手にエントリーされてたのは、当然戸惑った。
「スピカちゃんもキャモメちゃんもすっごく強いんだから、たまにはバトルしないともったいないよ!」
とは、実行犯のオリヒメの言である。
「全く、トレーナーってやつはみんな強引なのか……」
強引な性格でないトレーナーを何人も見てきているが、とりあえず呟く。そしてオリヒメに数々の「お世話」を止めると脅されたせいで断れなくなり、あれから二週間後、結局会場に足を運んでいた。
「あ、スピカちゃん来た! 頑張ってねー!」
観客席ではなく、来賓に近い席にいたオリヒメが、ニコニコと華やかで可愛らしい笑顔で手を振る。こんな面倒を押し付けてきた張本人だが、これを見せられては何も言えない。スピカもつい笑顔が漏れ、ゆるゆると手を振り返す。
オリヒメがなぜ勝手にエントリー出来て、さらにあんな席で観戦できるのか。
それはオリヒメが、それなりに名の通ったトレーナーだからだ。
彼女は幼いころからトレーナーズスクールで才能を発揮し、校長の眼鏡にかなって推薦を受け、去年度のジムチャレンジに参加したのだ。そのルックスと素朴で真面目な性格が受け、他地方よりもはるかに高度なエンタメ化されたジムチャレンジで人気を博し、それ以来、アイドル的人気のあるアマチュアトレーナーとしても活動している。ジムチャレンジも、初挑戦にしてバッジ二つを獲得し、今年度の推薦もゲットできている。いわば、地元で名の通った有望株エリートと言うわけだ。
だから、本人の了承なしにエントリーできたのだろう。とはいえ、彼女もそれなりに無理をしたはず。理不尽な話だが、ふがいない結果を出したら、可愛い妹のような幼馴染の顔に泥を塗りかねない。
幸い、この大会は、スピカ同様素人の集まりだ。ジムチャレンジ推薦候補すらまずありえない。ペットとちょっとした遊びのつもりで参加する一般人や、タイプ相性を勉強し始めたばかりの子供が参加するようなレベルである。自分が一番格下ということはないだろう。
「さて、と。じゃあほどほどに頑張りますかね」
腰に下げているただ一つのモンスターボールが、覇気のない独り言に応えるように、小さく揺れた。
○
「ふう、それなりに頑張ったかな」
参加人数は10数人と小規模。トーナメント形式なこともあり、すぐに大会は終わった。オリヒメのそば、やたら一か所だけ豪華な来賓席に、まさかのメジャージムリーダーで地元の名士・ルリナが現れたのには驚いたが、それ以外はこれと言って変わったこともなかった。
結果は準優勝。決勝の相手はトレーナーズスクールでオリヒメの次に成績の良い子で、真面目にトップトレーナーを目指しているようだった。負けて当然であり、むしろ決勝戦まで進めたのは僥倖だった。オリヒメの顔に泥を塗ることは無かろう。
身体は火照り、顔には汗が浮かび、心地よい疲労感がある。久しぶりに、心の底から楽しい時間だったかもしれない。
準決勝まではそれなりに楽勝だったし、決勝もだいぶ格上相手に互角の戦いが出来た。キャモメも自分も、久しぶりのバトルにしてはよく動けていたし、相手の動きもしっかり読めて先回りも出来た。意外とバトルの腕は衰えていないようだ。
そうして手作り感あふれるチンケな表彰台でぼんやりと閉会式を過ごす。一位の子には、ルリナ直々に、ジムチャレンジの推薦状が手渡された。しっかり見ていなかったが、そういえば優勝賞品としてこれが出るとチケットに書いてあったような気がする。遊びみたいな大会なのに、やけに豪華なものだ。
その様子を横目で見守り、準優勝賞品が何だったかを思い出そうとしていると、ついに自分の番が回ってきた。
「準優勝おめでとう。素晴らしいバトルだったわ」
「はあ、どうも」
なんとルリナ直々に渡してくれるらしい。こんな小規模なイベントでも嫌な顔一つせず、爽やかかつ格好良い笑顔を浮かべている。そしてそのルックスは、間近で見るとすさまじい。自分もかなり身長が高いが、彼女の脚の長さには到底かなわない。あの可愛いオリヒメですらちんちくりんのようだ。
渡された景品はきのみお得セットだった。そう言えばそんなようなこと書いてあったような気がする。頑張ってくれたキャモメもさぞ喜ぶだろう。
「そして、これは特別なんだけど」
ルリナがそう言って、手を腰の後ろに回す。なんと、サプライズ景品があるらしい。どこまでも太っ腹だ。
「貴方のバトルは、とても素晴らしかった。キャモメとも良い信頼関係が築けていて指示から動くまでがスムーズ。あまりバトルの経験はないってオリヒメから聞いたけど、信じられないぐらいだわ」
「え、と……ありがとう……ございます?」
ルリナのような人間にこうも至近距離でべた褒めされては、さしものスピカといえど、照れと戸惑いが大きい。木の実セットを持っていないほうの手で、思わず後頭部を掻いてしまう。
「特に、貴方、素晴らしい観察眼ね。お互いのポケモンや相手トレーナーのことをよく見ているわ!」
「ど、どうも……」
あまり自覚はない。自然観察にしろ、遊びのバトルにしろ、昔からよく言われてはいるが、実感は全くなかった。なんだか居心地悪くなってオリヒメに目線で助けを求めると、彼女は嬉しそうに満面の笑みでウンウンと頷いている。そういえば、一番そう言ってくれたのは彼女だった。
訳の分からないまま、仕方なく成り行きに身を任せるしかない。
そんなスピカに対し、ルリナは、モデルの時とは違う、子供のような純粋な笑みを浮かべて、上品なデザインの封筒を手渡してきた。
「だから、私、ジムリーダー・ルリナは――――スピカ、貴方を、ジムチャレンジに推薦いたします!」
「……………………はい?」
会場が大盛り上がりするなか、スピカは、濃いクマが出来た目を丸めて、たっぷり数十秒、呆けるしかなかった。
ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ