ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート 作:まみむ衛門
ガラル中を数日で、しかもほぼ徒歩または自転車で弾丸ツアーするジムチャレンジなんてイベントに参加している今からは想像もつかないが、スピカは元来怠惰であり、身体を動かすことが嫌いであり、頭を働かせることが億劫であり、そして家から出ることを厭う筋金入りの出不精である。
しかしながらさすがにバウタウンだけで一生を終えることはなく、20年と少しこのガラルで過ごしていて、他の町に行ったこともある。
例えば一番近所でありガラルの中心的な街であるエンジンシティには月に一度ぐらいのペースで行くし、観光・芸術の中心地であり店や施設が豊富なナックルシティにも行ったことがある。そして、最も栄えていて、最も大きなスタジアムがある、ガラル経済の中心地・シュートシティも、当然行ったことがある。オリヒメがここでしか売っていないなんだかよく分からないがお洒落らしい洋服を買うとなった時に、ついてくるよう頼まれたのだ。
だがその移動手段は徒歩などではなく、当然全部列車かアーマーガアタクシーだ。
そんなことを思い出しながら、バッジをついに八つ集めたスピカは、列車に揺られていた。
ナックルシティでキバナを倒し、ジムでのチャレンジは終わった。後は、時間ぎりぎりだが、シュートシティでセミファイナルトーナメントの申請をするだけだ。
しかしながら、この列車は、シュートシティ「の方」には向かっているが、そこに直接向かってはいない。
大都会の手前、ガラル経済の中心地へのアクセス道路とは思えないほどに険しい雪山である、10番道路に向かっているのだ。
ジムチャレンジはジムをめぐるのみならず、ガラル中をその足で経験し、ポケモントレーナーとしての強さを磨く場でもある。多くのサポートがあるのは事実だが、他地方のバッジ集めの旅と似た要素があるのは確かだ。
そういうわけで、しばしば公共交通手段が禁止され、わざわざ面倒な道路を自らの足で踏破しなければならないのである。
「行ったことがあるのに……」
色々用はあるだろうから、と居住地だけは最初からアーマーガアタクシーで行けることになっているが、チャレンジが始まれば、チャレンジ中に行ったことある町までしか行くことができない。ジムチャレンジの趣旨は分かってはいるが、オリヒメと一度だけ行った経験があるため、そこに不条理は感じないでもなかった。
「そうだ、オリヒメは……ロトム、頼む」
キバナと戦う前では、彼女は数少ないリタイアしていないチャレンジャーだった。だが、今はどうだろうか。
スピカはジムチャレンジ関連のニュースをスマホロトムに口頭で頼んで出してもらう。「了解したロトー!」と列車の中だというのに無駄にでかい声で元気に返事をしたのちに、画面にニュースが表示された。
「【速報】チャレンジャー・スピカ、キバナを撃破。今年4人目のバッジコンプリート」などという記事が最上段に特集されていて、泥だらけの汚い姿でキバナと自分が握手する写真がでかでかと載っている。気恥ずかしさを覚えて、スクロールしてそれを即座に視界から外し、他チャレンジャーの動向を探す。
ユウリ、ホップ、マリィがスピカに先んじて突破し、とっくにセミファイナルへのエントリーを済ませた。今回参加者の最有力候補であったドラゴン使いの一族・ケンギュウがネズに敗れ時間制限でリタイア。キルクスジムまでの六つのジムが今回の活動終了。
そんな様々なニュースの先に、ついに目的の人物の名前が見つかる。
【速報】チャレンジャー・オリヒメ、ネズに敗北。時間制限によりここでリタイア
「オリヒメっ……!」
載っている写真は、彼女がマクワを初回で撃破して握手している時の晴れやかなものだ。スパイクジムはエール団が支配する閉鎖的なジムであり、記者が撮影できなかったのだろう。
震える指で記事を開く。「まもなく到着いたします」という車内アナウンスは、今の彼女の耳には入らない。
去年に続いて二度目の参加となったチャレンジャー・オリヒメは、順調にジムバッジを集めていったが、七人目の番人・ネズに敗れたことで、時間制限によりついにリタイアとなった。
オリヒメは去年は初チャレンジでバッジを二つまで集め、さらにレベルアップした今年は四つ目までストレートでクリアする快挙を成し遂げた。「竜宮の乙姫」「リトルマーメイド」などのあだ名がつけられるきっかけとなった、ルリナとの決戦は記憶に新しいだろう。
だが、魔術師・ポプラに敗北を喫し、なんとかその日のうちにリベンジを果たしたものの、ここでの足踏みが祟って、無情にも時間に追われる形となった。
オリヒメのコメントなどは載っていない。これも同じく、スパイクタウンだからだろう。だが彼女の性格からすると、自分からメディアの前に現れて、何かしらのコメントはしそうなだけに、そこは不思議だ。アイドル的活動をしており、メディア露出に積極的なはずなのだが。
「それだけ……ってことだろうな」
今年のオリヒメは、今まで見たことないほどに、強く、美しく、そして輝いていた。オリヒメ自身もそう思っていたはずだ。それなのに、現実はこうして高い壁がある。ショックで、メディア露出などを気にしている場合ではないのだろう。
スマホロトムにバッグのポケットに戻ってもらうように指示をして、ぐっ、と汗ばむ拳を握る。いつの間にか車窓からは人の生活の気配が消え、雪が濃くなってきた。
「10番道路駅に、到着しました」
電車が止まり、アナウンスが流れる。
スピカは意を決して立ち上がり、早足で列車を降り、10番道路へと足を踏み出した。
○○○○○
険しい雪山の10番道路だが、「道路」と名付けられただけあって、一応人が通れる道はある。
ただしそこにも酷く雪が降り積もり、道路も舗装されておらず、雪の下には踏み固められた地面があるに過ぎない。
ワイルドエリアや孤島や雪原といった場所を除けば、ここはガラルで最も厳しい環境である。当然そこに住む野生のポケモンも強力かつ狂暴で好戦的だ。トーナメントに向けた最後の試練としても機能し、他地方の「チャンピオンロード」を真似てあえて開拓していないという噂もある。
そんな噂が立つだけあって、ここにわざわざ集まるトレーナーも強者ばかりだ。まずここで生き残れるのが強者の証であり、そしてわざわざこんなところに来るということは、全員が好戦的なトレーナーだ。その目的は様々だが、まず一番多いのは、「バッジを全部集めたチャレンジャーと戦いたい」というもの。
そういうわけで、ここは厳しい環境、狂暴で強力なポケモン、そして八つバッジを集めてトーナメントに向かおうとするチャレンジャーを倒してやろうとギラついた目的のある実力者たちが集まる。
「ペリッパー、『ウェザーボール』!」
このような厳しい自然でのバトルでは、トレーナーの性格が出る。
大別すると三つ。
そのような状況を極力避けて、安全に戦える場のみを求める者。
己の力を信じてその環境に耐え、またはこの状況すらも利用しようとする者。
そして、環境そのものを変えて自分にとって有利なものにしてしまおうとする者だ。
サーナイトに止めを刺すべくペリッパーに指示を出すスピカは、「雨」を防ぐために傘を差している。
そう、雪が降りしきるこの状況はスピカにとって好ましくない。だからこそ、ペリッパーの雨降らしで、自分たちに有利な状況に変えてみせたのだ。
初参加でその才能と能力をいかんなく発揮した「
(そう何度も戦ってられるか)
期限はギリギリ。時間はない。爛々と輝く目で「獲物」を探すトレーナーたちの視線を、吹雪に紛れながら上手に避けていく。
そうして二人ほど回避したが、ついに捕まってしまった。
アーマーガアタクシーのドライバー。ガラル中を飛び回り、時にはここやワイルドエリアのような厳しい環境にも飛んでいき、乗客を安全に運ぶ。本人もアーマーガアも、間違いなく実力者なのだ。
「『ほうでん』!」
アーマーガアをランターンの電気技で倒す。すると次に出されたのはフライゴンだ。ランターンでは分が悪い。すぐにガマゲロゲに変えて、先ほどとは逆に霰が降る天気を利用した氷タイプの「ウェザーボール」でフライゴンを一撃で倒す。
ナックルジムのジムミッションの時にその場で思いついた戦い方だ。ジムチャレンジは、彼女の実力をかなりのレベルまで底上げしている。
次に挑んできたのは、重装備に身を包んだ山男だ。彼もまたスピカとおなじタイプのトレーナーのようで、キバナのようにいきなりギガイアスで砂嵐に変えてきたが、ペリッパーがやられた後も雨を降らせられるようにとガマゲロゲに覚えさせておいた「あまごい」で塗り替え、有利な環境を奪い返して勝利する。
次に遭遇したのは、こんな中でもスーツにハットにステッキというスタイルを崩さないジェントルマンだ。その立ち居振る舞いはこの極寒でも涼やかで紳士然としている。ジムチャレンジャー向けに無料貸し出しされる防寒具で全身を包み酷く息切れしているスピカに比べたら天と地の差だ。
「バトルだ、ペリッパー! 『ウェザーボール』!」
降雪地域に特化したガラル特有の生態であるヒヒダルマのパワーはすさまじい。ただの一発で、ペリッパーの体力が一気に持っていかれる。その反面耐久力は低く、雨の「ウェザーボール」で一撃で倒せたが、厳しい状況だ。
「ガマゲロゲ、『ウェザーボール』!」
次に出てきたタイレーツは格闘タイプなのでペリッパーは有利だが、場に出た瞬間のみ使える、出が速い「であいがしら」が選択肢にあることは知っている。ガマゲロゲに下げ、雨を利用して安全に倒す。
最後に出てきたオトスパスも、「ウェザーボール」と「マッドショット」で倒しきった。
「ハッ、ハッ」
息切れが激しい。口から出る息はあっという間に目の前を白く染め上げ、なんとか吸おうとする空気は恐ろしく冷たくて肺を刺す。防寒具で口元を覆っていなかったら、もう一歩も歩けなくなっていただろう。
そしてそんな自分と同じく満身創痍のペリッパーに満タンの薬を与え、次なるバトルに備える。ジェントルマンと戦っている時から、道の先で一等ギラついた視線を向けてくる二人組がいるのだ。
「さあさあ、四人目のチャレンジャー、たっぷり取材させてもらいますよ!」
レポーターとカメラマン。アナウンサーに比べたら裏方の存在だが、この二人は有名だ。生粋のバトルマニアであり、ポケモンバトル専門で仕事をしている。ジムリーダーたちからも、バトルへの理解がマスコミ関係者で一番深いと評判だ。
その根源は、当人たちもまた実力者であること。ジムバッジを八つ獲得したチャレンジャーを、この地獄のような10番道路の最後の最後で待ち構え、取材と称して狂暴な笑顔でバトルを吹っかける。それをここ毎年できるだけの、図抜けた実力があるのだ。
(ダブルバトルなら、もっと厳しいのを経験した!)
二人とも有名人で実力者。だが、キバナに比べたら恐ろしくない。
「バトルだ、ガマゲロゲ、ペリッパー!」
吹雪いているから確信は持てないが、このすぐ先はシュートシティで、もう流石にトレーナーは待ち構えていないだろう。ここは全力だ。
一方相手が出してきたのは、エレザードとギギギアル。こんなところで戦うだけあってやはり進化しきったポケモンで、しかも明らかによく鍛えられている。
「ガマゲロゲは『ドレインパンチ』! ペリッパーは戻れ! バトルだ、トリトドン!」
エレザードは電気タイプ。ペリッパーは危険だ。すぐにトリトドンに戻す。
そしてガマゲロゲは、ノーマルタイプも含むエレザードに向けて効果抜群の「ドレインパンチ」を突き刺す。「ウェザーボール」のほうが威力が出るが、その肌がガサガサしていたことから、水タイプの技が恩恵になってしまう可能性を考え、安全策を選んだのだ。
事実、エレザードは雨が降って嬉しそうだ。ペリッパーの雨雲を利用し、「かみなり」を意気揚々と落とす。だが、トリトドンには効かない。
そしてギギギアルは「ギアチェンジ」をして、より攻撃的な回転をするようになった。
「もう一度『ドレインパンチ』! トリトドンはギギギアルに『ウェザーボール』だ!」
エレザードは二回の痛い攻撃でついに倒れ、ギギギアルもかなりのダメージを負った。一方そのギギギアルからの反撃は大ダメージにはならない。タイプのアドバンテージが活きている。
次いで出てきたのはオンバーン。とても素早く、特殊攻撃の威力も高いドラゴンだ。進化前のオンバットはドラゴンなのに臆病で力も弱い。さらに進化もとても遅いため、逆にペットとして人気なのだが……オンバーンまで育て上げたということは、やはり生半可なトレーナーではない。バッジ六つ分は確実な実力だ。
ガマゲロゲはギギギアルにトドメを刺し、トリトドンは飛行タイプへの手段として隠し持っていた「げんしのちから」でオンバーンに深い傷を負わせる。だがオンバーンはその翼を使って、「おいかぜ」を起こし、次へとつないだ。
そんな場面だというのに、カメラマンの男は悔しそうな顔をする。そうして少しためらいながら出したのは、可愛らしいまるっこいポケモン・トゲデマルだった。
(なるほどな)
電気・鋼タイプだ。水・地面が二匹並ぶこちらに対してあまりにも無力だろう。
その横で、レポーターがよく通る美しい声で指示を出す。だが、そんな指示に従って出された攻撃は、あまりにも暴力的な「ぼうふう」だ。大技ゆえにあたりにくいが、雨のせいで確実に起こるようになっている。直撃を食らったガマゲロゲは大きくダメージを負って苦しそうな上、巻き上げられたせいで目を回してしまい、倒れこんで身体を強打する。
不運だ。混乱してしまったらしい。だが逆に幸運にもトゲデマルは「ミサイルばり」でチクチクとさほど効かない攻撃しかできないようだ。ほぼ無傷のトリトドンは「げんしのちから」でオンバーンに止めを刺す。
そして、ガマゲロゲはようやく起き上がり、ふらつきながらも「マッドショット」の一撃で、トゲデマルを倒した。
(危なかった)
特性「かんそうはだ」で水技が効かない上に雨を逆手に取る「かみなり」まで持つ電気タイプのエレザード。
水技が効きにくいドラゴンなうえ、特性すいすいのアドバンテージをひっくり返されてしまう「おいかぜ」を持ち、同じく雨を逆手に取る大技「ぼうふう」を持つオンバーン。
電気タイプで、ダブルバトルでは厄介な技が豊富なトゲデマル。
ギギギアル以外の三匹が、水タイプしかいないスピカの手持ちに酷く刺さっている。トリトドンとガマゲロゲがいなかったら大惨事だっただろう。尤も、電気タイプとの戦いを見越してこの二匹を加えたのだから、それはありえないのだが。
「ようやくだ……」
スピカは疲労困憊になりながら、レポーターとカメラマンから励ましの言葉を受け――バトルは仕掛けてきたくせにインタビューに答えられないのは分かっているのか何も聞かれなかった――、目の前に見える大都市の光を目指して一歩一歩進んでいく。
これ以上絡む野暮なトレーナーはいないはず。
だが念のため、スピカはなけなしの薬で手持ちを回復させた。意外と金は貯まっているのだが、いかんせん買い物の暇がなさすぎた。
そうしてついに、吹雪から抜け、人の手が加えられた固い道路へと、味わうように一歩踏みしめる。
たった数日だが、何年もかかったような気分だ。
数日間確かに旅したが、一瞬のような気分だ。
だがこうして、ついに、数多の試練を乗り越え、最後のバトルの地であるシュートシティに足を踏み入れることができた。
そんな感動を覚えながらも、スピカは駆け足でスタジアムを目指す。もう、期限まで一時間もない。
「………………オリヒメ?」
「待ってたよ、スピカちゃん」
そんなスピカの目の前に、チャレンジャー用ユニフォーム姿のオリヒメが、可愛らしい顔に険しい表情を浮かべて、立ちはだかった。
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