ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート 作:まみむ衛門
いよいよクライマックス
「………………オリヒメ?」
「待ってたよ、スピカちゃん」
防寒具にも傘にも雪が降り積もり、明らかに満身創痍のスピカ。
その前に、なぜかこのシュートシティの道のど真ん中で、真っ白なチャレンジャー用ユニフォーム姿のオリヒメが、立ちはだかっていた。
「スピカちゃん。キバナさんも倒して、バッジ、全部集めたんだね。おめでとう、本当におめでとう」
「あ、ああ……」
オリヒメは薄く笑って、スピカを褒めたたえる。だが、この状況についていけないスピカは、ぽかんとしたまま、意味のない声を漏らすのに精いっぱいだった。そうなったのは、オリヒメの可愛らしいはずの笑顔に、とてつもない迫力を感じてしまったのもある。
「あたしはね、ダメだった。時間ぎりぎりで、ネズさんに負けちゃって」
「あ、あ、ああ……知ってる。その……残念だったな」
そんなオリヒメは、笑みを自嘲的なものに変え、顔を伏せて、少し小さくなった声でそう続けた。その内容は、いわば「成功」を収めたスピカに対して、あまりにも気まずい「敗北」。スピカの言葉は、より曖昧で、そして遠慮がちで、薄っぺらいものになる。そして一方で、細くなったオリヒメの声が、やけに平坦なのも気になった。
「そっか。あたしのことなんて気にしてないと思ったけど……やっぱスピカちゃん、優しいね」
「そんな、そんなことは……」
オリヒメはまた、スピカを讃えた時のような明るい笑みを浮かべる。だがその口から語られる言葉は、あまりにも自虐的だ。スピカはなんとかして否定する。
違う。優しくなんてない。ただ、オリヒメのことを忘れるわけなんてない。
訳が分からなかった。
なぜ、こんなところで、こんな格好で、オリヒメが自分を待っていたのか。
自分を見送りに来た。十分考えられる。オリヒメは、優しくて、素直で、人の気持ちがわかる良い子だ。自分ごときの幼馴染としてはもったいない。そしてそんな彼女に、散々甘えてきた。
ならばなぜ、ここで足止めみたいなことをするのか。スピカにもう時間が遺されていないことは知っているだろうに。
「ねえ、あたしね。去年のジムチャレンジ、すっごく悔しかった。だけど、次も頑張ろうって思えて。いっぱい頑張って、いっぱいバトルして、見てくれる皆を魅了させようって」
「ああ、ああ、知ってる。知っているさ」
オリヒメの両親かそれ以上に、その姿を一番傍で見てきた自負がある。オリヒメには恥ずかしくて伝えていないが、彼女が出る数少ないメディアや放送は毎回チェックしていた。少しずつ有名になっていくことが、自分の事のようにうれしかった。そしてそんなオリヒメの「足枷」になっている自分に少しずつ嫌気が差し、それでも彼女と離れるのが嫌で、甘えに甘えていた。
「だけど、やっぱりだめだった。今年こそは、って思ってたのに。八つ集めるなんて夢のまた夢。キバナさんに挑むことすらできなくて、ネズさんに負けて、終わり」
オリヒメは笑顔のままだ。見惚れてしまいそうなほどに可愛い。だが、目を離せないほどに、そこに恐ろしさも感じてしまう。
スピカは何も言葉が出ない。
混乱。焦り。疲労。痛み。寒さ。汗。愛情。気まずさ。
色々なものが、スピカのよく回る思考と、誰にでも反発してしまう口を、止めてしまっていた。
気まずい、硬質な沈黙。
大都会・シュートシティの喧騒だけが響き渡る。
だが、スピカの耳にそれは入らない。
「――――でも! スピカちゃんは! 今年初挑戦で、もうここまで来れた!!!!」
その沈黙は、オリヒメの爆発によって破られる。
いつもはくりくりとした明るい目は見開かれて暗い光をたたえてスピカを睨みつけ、普段なら見る人を和ませる表情豊かな口元は獣の歯茎がむき出しになっている。強く握られた拳はプルプルと震えさせ、美しい青髪を振り乱して、激情を吐き出す。
「あたしのほうがポケモンバトルでは先輩なのに! スピカちゃんと違って小さいころからずっとバトルを頑張ってきたのに! 旅立ったばかりのころはあたしが手加減してやっとだったのに! 最初のヤローさんにすらスピカちゃんは負けていたのに!」
スピカは震え、立ち尽くし、オリヒメを見ることしかできない。
そんなオリヒメは、情けない姿のスピカを睨みつけたまま、なりふり構わず口から唾を飛ばしながら叫び続ける。周囲の驚きの目が集まるが、二人とも、全く気にする余裕はない。
「あたしとスピカちゃんで何が違うの!? 使うポケモンはどっちも水タイプだけ! バウタウンで育って! ルリナさんに目をかけて貰えて! ルリナさんたちが言ってたように観察眼!? でも、ポケモンのタイプなら、あたしだって知ってる! その場で予想なんかしなくても、スピカちゃんよりもずっと分かってる!」
もうオリヒメも、自分が何を言っているのか分かっていないだろう。
普段の彼女なら、決してこんなことは言わない。
「なんなら、水タイプの中でも、使うポケモンもほとんど一緒じゃん!? スピカちゃんを真似して、ペリッパーちゃんも、ガマゲロゲちゃんも捕まえて、いっぱい育てた! でも、ネズさんにすら勝てなかった!」
ペリッパーと、ガマゲロゲ。
ペリッパーはもちろん、ガマゲロゲは、スピカのジムバトルでとても印象的なポケモンだ。水・地面の優秀なタイプで、そもそもが三段階進化の最終進化で、特性すいすいによって雨が降る中では無類の強さを誇る。事実、カブとの戦いからずっと、ガマガル・ガマゲロゲは、ペリッパーと並ぶ主力であり続けた。
そんな自分の戦いを、オリヒメは真似した。
オリヒメは、なぜかは知らないが、こんな自分を昔から、そして今でも、姉のように慕ってくれて、時折真似するようなことがある。だが、ペリッパーだけでなく、ガマゲロゲまで。
――いつの間にか、ポケモンバトルですら、オリヒメが、追いかけ、真似をする側になっていた。
そして、そこまでやっても、オリヒメはスピカに追いつけない。
「あたし、もうわかんない、わかんないよ……。スピカちゃん、何なの、何が違うの……?」
大きな瞳からボロボロと涙をこぼす。そんなオリヒメの姿を見つめるスピカの視界も、滲んでくる。
何も答えられない。なんとか答えようと、励まそうと、言葉を絞り出そうとするも、いつもの減らず口はパクパクとコイキングのように動くことしかできない。
……また沈黙。
オリヒメは大粒の涙をこぼしながらスピカを睨みつける。
スピカは立ち尽くしながら、涙を流して、ぽかんとするだけ。
そんな状況が一分続く。そしてそれをまたも破ったのは、オリヒメだった。
数度深呼吸し、呼吸を整え、静かに目をつむり、袖で強く涙をぬぐう。
「……だからね、スピカちゃん。あたしに教えてよ。あたしとスピカちゃん、何が違うのか」
瞬間、オリヒメが叫んだ時以上の緊張が、二人の間に走った。
ああ、分かっていた。これだけは分かってしまっていた。
オリヒメが立ちはだかった時からずっと、スピカは何もできなかった。
だが、ジムチャレンジを通して成長したトレーナーの本能が、スピカの身体を動かしていた。
オリヒメがボールを構えると同時――――最初からずっと握っていたボールを、スピカも構える。
訳が分からない。
ただ、トレーナー同士が、こうして会ったら。
「じゃないと、スピカちゃんを、トーナメントに出してあげないから!!!」
――――ポケモンバトルをするしかない。
ポケモントレーナーのオリヒメが、しょうぶをしかけてきた!
「バトルだ、ランターン!」
「ペリッパーちゃん、オンステージ!」
お互いの先頭は、アラベスクタウンで戦った時と同じ。だが、スピカの観察眼と本能が告げている。あのペリッパーは、キバナの手持ち程ではないが、自分の仲間で最も信頼できるペリッパーと同じほどに強い。これほどの実力があれば、ネズは突破できたはず。ネズに負けてからの時間的に、これほど成長できるわけがない。オリヒメの激情をくみ取り、ポケモンたちが「今の限界」を一時的に越えたのだ。
「ここからは真剣勝負! お互いに持ち物も道具使用も禁止だよ!」
潮のお香を筆頭とした持ち物。元気の欠片をはじめとする道具。どちらも、スピカの厳しいジムチャレンジを支えてきた。他チャレンジャーとの明確な違いの一つは、彼女の道具使いが上手かったというのがある。だが、それは禁止された。
「…………上等だ、オリヒメ」
お互いにポケモンを出して、ようやく、スピカも気を取り戻し、覚悟が決まった。
結局、ポケモントレーナー同士、最後はこうなるしかない。ならば、最大限の敬意と想いをこめて全力をぶつけ、大好きな
「戻って、ペリッパーちゃん! ガマゲロゲちゃん、オンステージ!」
ペリッパーはランターンに対してあまりにも不利。逆に有利なガマゲロゲに、雨のアドバンテージもあって、この場を託す。迷わないスピカが異常なだけで、ポケモンの交代はリスクが伴うし複雑に状況が絡み合うため、多くのトレーナーが使わない。オリヒメも例外ではない。だがこの瞬間、急激に集中力が増したオリヒメは、普段からはあまりにもかけ離れた猛者として、大好きな
「甘いんだよ! 『バブルこうせん』!」
だが、スピカはさらにその先を行く。
誰よりもずっと見てきた、大切な
だからこそ、ガマゲロゲに交代すると読んで「ほうでん」ではなく「バブルこうせん」を打つと最初から決めていた。
場に出て早々に、雨で威力の増した泡の光線を受けて、オリヒメのガマゲロゲは大きくのけぞる。地面タイプも含むガマゲロゲには大きなダメージになった。
ペリッパーからのガマゲロゲ。スピカにとって最もなじみのある戦い方だ。その弱点も、当然把握している。
「ガマゲロゲちゃん、『マッドショット』!」
「バトルだ、ペリッパー!」
電気タイプのランターンはガマゲロゲに不利。そして地面技を飛ばしてくると見越して、ペリッパーを出した。どんぴしゃだ。
「そんな……」
オリヒメの動きが、完全にスピカに読まれてる。
自身も、ポケモンたちも、これまでにないほど、想像もつかないほど、絶好調のはず。
唖然として、スピカを見つめる。
――そこには、雨でだらりと重く垂れ下がった長髪の隙間からこちらを睨みつける、恐ろしい「化け物」がいた。
(――――っ!!!)
全身に、恐怖感と危機感が駆け抜ける。
スピカは、普段は傘をさすが、真の正念場であるジムバトルでは傘を差さない。そして闘志をむき出しにして、雨に濡れるのも気にせず
ジムリーダーのホームグラウンドであるはずのスタジアムを、黒雲で包み雨を降らせ地面を濡らして侵犯する、怪物。
「
「っ……あたしだって、『リトルマーメイド』『竜宮の乙姫』だもん! 負けない!」
だが、その恐怖を踏破する。明るくて前向きだが、その根っこは気弱なオリヒメは、
「さあ、歌声でみんなを魅了しちゃうよ! 『ハイパーボイス』!」
「押し流せ! 『ウェザーボール』!」
喉袋を膨らませたガマゲロゲは、それを激しく震わせて爆音で叫ぶ。その声は鼓膜を破る程のパワーがあるが、一方で、どこか美しさがある。ペリッパーはその衝撃で身体をよろめかせるが、水エネルギーの塊を反撃でぶつけ、オリヒメのガマゲロゲをダウンさせた。
「まだまだ! カマスジョーちゃん、オンステージ!」
次いで現れたのが、オリヒメの古くからの仲間・カマスジョーだ。そのポケモンの種としての性格はもちろん、特に攻撃的な個体である。特性すいすい、そしてオリヒメの想いをくみ取っているのもあって、かなり張り切っている。
「『かみくだく』!」
「バトルだ、トリトドン!」
スピカの戦い方は賢い。ここで相棒を失う愚を犯さず、なおかつ雨が降る中での「アクアブレイク」を警戒し、特性は呼び水のトリトドンを出した。だが、オリヒメはこれを読んでいた。だからこその「かみくだく」だ。
「ペリッパーちゃん、オンステージ!」
ならばまた交代だ。トリトドンはキバナとの戦いでようやく姿を見せた。その技は「だいちのちから」、そしておそらく「ウェザーボール」だろう。それを読んで、どちらもさほど効かないペリッパーを出した。ギャラドスやオニシズクモでも良いが、オニシズクモの攻撃もまた地面タイプで特性呼び水のトリトドンに効きにくいし、ギャラドスはもっとも信頼するパートナーなのでここで出したくはない。
「『げんしのちから』!」
その判断は正解だった。
トリトドンは岩技を隠し持っていたのだ。オリヒメの知らないスピカ。その衝撃が、スピカを真似したペリッパーに抜群の効果で突き刺さる。
「負けないもん! 『エアスラッシュ』!」
「ウェザーボール」に注目がいきがちだが、スピカが初挑戦にして挫折を経験し、そして初めての強大な敵を乗り越えた時に使ったのは、ペリッパーの飛行技だった。
それがよりペリッパーにとって得意な形になって、トリトドンに襲い掛かる。さほどのダメージにはなっていないが、その風の刃は、トリトドンを怯ませ、その行動を止める。
「もう一度、『エアスラッシュ』!」
「止まるな! 『じこさいせい』!」
再度その身に「エアスラッシュ」の直撃を受けるが、今度は怯まなかった。柔軟な体は傷を癒しやすい。体内のエネルギーを使って傷を「じこさいせい」する。カマスジョーとペリッパーで重ねたダメージが、ほぼ無に帰した。
「諦めない! 『エアスラッシュ』!」
「『じこさいせい』」
オリヒメの奮闘もむなしく、トリトドンはまたも動いて「じこさいせい」し、ついに傷を完全回復させる。その次の「エアスラッシュ」にもひるむことなく「げんしのちから」を放ち、結果的に与えた傷が浅い状態でペリッパーが倒された。
「オニシズクモちゃん、オンステージ!」
得意の虫技も、大得意の水技も、どちらも通じないが、相手からも有効打はないはず。ならば、苦手な草タイプとの戦いで無類の活躍をしてくれた、仲間たちのパワーファイターにここを任せる。
ここは泥臭い戦いになった。オニシズクモはひたすら「かみくだく」し、トリトドンもその高い耐久力で耐えきって「げんしのちから」を連発する。オニシズクモは特殊防御が高い上、「げんしのちから」は効果抜群なもののダメージは低い。お互いに防御を捨てた殴り合いの末、効果抜群の攻撃を浴びせ続けたトリトドンが、最後には残った。
「頑張って! カマスジョーちゃん、オンステージ! 『かみくだく』!」
「『じこさいせい』!」
ペリッパーの『エアスラッシュ』、オニシズクモの『かみくだく』三回、そしてカマスジョーの『かみくだく』。これだけの攻撃を、トリトドンは、満身創痍になりながらもなんとか耐え抜いた。そして、オリヒメの蓄積をあざ笑い絶望を叩きつけるかのように、その傷を癒していく。
トリトドンは、オリヒメがほとんど知らないスピカの
オリヒメに運が向かない面もあった。『かみくだく』をこれだけ入れたのに、一度も体勢を崩さず防御力が下がらない。「げんしのちから」の潜在能力解放もなかったが、統計的な確率の上では、やはりオリヒメの運が悪い。
結果、カマスジョーの奮闘虚しく、「だいちのちから」二発で倒されてしまう。トリトドンは「じこさいせい」も挟んでいたため、傷は少ない。
ついに、オリヒメは最後の一匹になった。
一方スピカは、トリトドンがかなり疲弊していて、ペリッパーも満身創痍だが、誰もやられていない。
圧倒的な差。
経験豊富なはずのオリヒメがバッジ六つでリタイアし、これまでトレーナー経験すらほとんどない初参加のスピカがバッジコンプリートを果たした。
両者の間に横たわる、トレーナーとしての「格の違い」。
それがはっきりと表れている状況だ。
だが、オリヒメは、歯を食いしばり、絶望から流れ出てしまった涙を乱暴にぬぐい、一番傷が多く、そして一番大切に磨いたモンスターボールを構える。
そう、最後の一匹だ。
いや、違う。
「最後の一匹じゃない! 隠し玉のポケモンなんだから!」
自分にとって最大の壁であるルリナを乗り越えた時の覚悟を思い出す。
スピカも、奇しくも水ポケモン使い。押し寄せる大水の如き容赦のなさは、ルリナにそっくりだ。
ああ、確かに自分は、結局途中リタイアした「敗北者」だ。
だがそれでも――――大きな大きな壁を、大切なパートナーと一緒に乗り越えた。
「ギャラドスちゃん、オンステージ!」
そ圧倒的なパワーを持つ暴力の権化、水を支配する「竜」が姿を現す。
水ポケモンを華麗に操る可愛らしい姿から、「リトルマーメイド」とも呼ばれた。
その一方で、人々を震え上がらせる暴竜と心を通わす姿から、「竜宮の乙姫」とも呼ばれた。
雨はいつの間にか止んでいる。「鬼雨」は相変わらず恐ろしげな姿で睨みつけてくる。
それでも、ここは負ける気がしない。
ガラルのトレーナーだ。最後に残ったポケモンこそが、勝利の決め手なのだ。
「『りゅうのまい』!」
伊達に二年間厳しいジムチャレンジに参加していない。太古のエネルギーを具現化して放つ「げんしのちから」は、何発も打てるものではないと知っている。高価で珍しい特別な薬を使わなければ五回が限度。ペリッパーとオニシズクモが、その五回を消費しきってくれた。今のトリトドンに、ギャラドスを傷つける力はない。ならば、暴竜は激しく舞いその潜在能力を大きく高める隙になる。
昔からコイキングはリズムに合わせて跳ねるのが好きだった。オリヒメもダンスは得意で大好きだ。この両者が出会ったのは、きっと運命だったのだろう。ギャラドスになってもこうして、力強く踊ってくれる。その姿は全然違うが、力強いギャラドスと可愛いコイキングを、つい重ねてしまう。
「バトルだ、ランターン!」
スピカもそれが分かっていたのだろう。トリトドンを場に残して隙をさらし続けるのではなく、勝負を決めにくる。ギャラドスは電気タイプにとても弱い。ランターンは最初に出してすぐに戻して以来何もしていないから無傷だ。カマスジョー相手にもトリトドンで粘ったのは、ギャラドスとの戦いを見越しての事だろう。本当、どこまでも、周到で、容赦がなくて、賢い。そして自分の考えた作戦を信じ、覚悟を決めて遂行する姿は、初めて会った時からずっと持ち続けているかっこよさも感じる。
「これで終わりだ! 『ほうでん』!」
いくらギャラドスのパワーが強大でも。さらに「りゅうのまい」でそれを増大させていても。スピカの手持ちの屋台骨を担うランターンは耐久力が高いから、一撃では倒せない。この勝負、スピカの勝ちだ。
だがそれでも、オリヒメはすがすがしい気持ちで全力をぶつける。
スピカはオリヒメに甘えっぱなしで、何度も我儘を聞いてもらった。
だが、オリヒメもまた、感情豊かな女の子だ。スピカの方がだいぶ年上なのもあって、甘えることもあったし、わがままを言うこともあった。なんなら、スピカがジムチャレンジに参加しているのも、オリヒメの我儘だ。時間ぎりぎりなのにこうしてバトルを挑んでるのも、とんでもない我儘。まさしく大暴れだ。
これもまた、暴竜たるギャラドスとぴったり。
ランターンに最大ダメージを与えられる、全力全開の大技。
「ギャラドスちゃん、『あばれる』!」
ギャラドスは咆え、その巨体をうねらせて衝撃波を撒きちらしながら、全力でランターンにぶつかる。
ランターンは耐えるだろう。スピカはオリヒメの全力を受け止め、そして、一匹も倒されることなく、勝利し、華々しくセミファイナルトーナメントに進むのだ。
だがランターンは想像よりもはるか遠くに吹き飛ばされ、石畳に強く打ちつけられ、そこから動くことはなかった。
「「………………え?」」
オリヒメとスピカ。両方が、起き上がらないランターンを、ぽかんと見つめている。
スピカの「ほうでん」の指示を遂行しない。いや、できない。
明らかに、瀕死状態だ。
「まさか…………急所?」
スピカの声が震える。
ポケモンバトルでたまに起きる、当たりどころが良すぎる・悪すぎる瞬間だ。ダメージが大幅に上昇し、攻撃する側の不調と、攻撃を受ける側の好調が無効化される。
スピカはぎこちない動きで、ランターンをボールに戻す。
ギャラドスはその攻撃力ばかり注目されるが、耐久力にも優れる。スピカの残りの手持ちで、倒しきる手段はほぼ無い。しかも、攻撃力と素早さが上がっているから攻撃を耐えられるポケモンも少ないし、先に動くこともほぼできないだろう。
大逆転。土壇場での奇跡が、オリヒメに勝利を、スピカに敗北をもたらした。
「スピカちゃん、まだバトルは続いてるよ!!!!!」
そんな唖然として固まるスピカに、オリヒメが金切り声で叫ぶ。
スピカは肩を跳ね上げ、弱気が表出した瞳で、おびえたようにオリヒメを見る。
「言ったよね。あたしに勝たないと、スピカちゃんをエントリーさせてあげないって! それは変わらないからね! そこにポケモンセンターはある。何度でも、何度でも戦うよ!」
「鬼雨」と畏怖を集めた姿は欠片もない。雨に打たれて凍えて震える哀れなワンパチの様だ。
そんなスピカに、原因であるオリヒメは、言葉を浴びせ続ける。
「こんなところで諦めるスピカちゃんじゃないでしょ!? 『鬼雨』の異名は飾りなの!? ヤローさんに負けた時のことを思い出してよ!!!」
初めてのジム戦で、巨大な壁が立ちはだかった。
持つ者と持たざる者の差。半ば無理やり参加させられた大イベントで、衆人環視の前で、それを叩きつけられ、スピカは挫折した。
だが、立ち上がったのだ。
ジムチャレンジャーとして。一人のトレーナーとして。
だからこそ、ここにいる。
相棒をペリッパーに進化させ、ホームグラウンドのジムリーダーを雨で包み、一回で倒し続けてきた。
そんなスピカが、ここで立ち止まるはずがない。
「――――――ああ、そうか、そうだな。そうなんだろう。そうかもしれない」
しばし固まったスピカは――突然、雨でずぶ濡れになった長髪を掴み、ぐしゃりと握り潰す。絞られた雨水が、ぽたぽたとシュートシティの石畳に水たまりを作る。
「そう。そうだ。私はそんな感じだったかもしれないな。なーんにも自覚ないけどな。ちょっとバトルが上手くいって調子乗ってるだけの、怠惰で自堕落なダメ大学生のはずなんだが」
完全に萎えていたスピカの気迫が、また噴き出してくる。
「お前に誘われて、ポケモントレーナーなんかになっちまった。バトルジャンキー、乱暴者、血の気が多い。私とは対極・真反対の存在だ」
さらに強く髪を握りつぶし、激しく水が滴る。
それは直接地面に落ちるのみならず、額からスピカの顔に流れ、涙を洗い流してくれる。
「でもよ、ああ、認める。参加して良かった。楽しかった。理不尽なダイマックスも、馬鹿みたいに素っ頓狂なジムミッションも、場所によって環境が全然違うガラルを無駄にその身で歩かされるのも、ワイルドエリアも、観客の反応も」
たった数日で、こうも変わっちまうものか。髪で隠れた口元が、自嘲で歪む。
20年間怠惰で貫き通してきた人生が、強い熱を帯び始めた。
こんな、理不尽で、疲れて、馬鹿みたいで、危険で、確実性がなく、心乱されて――そして楽しい世界に誘ってくれたのは、オリヒメだった。
「なあ、オリヒメ、ありがとな。今までも、今も、色々と」
髪から手を離し、腰に下げたボールに手を伸ばす。
これで覚悟が決まった。
勝ちもあれば負けもある。このバトルは、そもそもオリヒメが負け、スピカが勝ったから起きたものだ。そしてほとんどまたスピカが勝つはずだったのに、最後まで全力を尽くしたオリヒメが、勝ちを手繰り寄せようとしている。
今まで大一番は全部作戦通りで勝ってきた。今回は違う。ここからが、常に危険と困難と予想外が待ち受けるポケモントレーナーとしての本当の実力が試される。
「バトルだ、ペリッパー!」
そして爽やかに晴れ渡ったシュートシティに、「鬼雨」が降り注いだ。
再び暗雲に包まれて空が暗くなり、降りしきる雨のせいで視界が悪くなり集中力が乱される。
そしてその向こうに立つのは、こちらを睨みつける恐ろし気な怪物。そして、大切で、大好きな、一番の大親友だ。
「負けないよ! ギャラドスちゃん、『あばれる』!」
「『まもる』!」
本能と闘争心と衝動に任せて「あばれる」この技は、ポケモンにも、トレーナーにも、コントロールが効かなくなる。同じように暴れ続けるしかできない。
そんな暴力の塊から、ペリッパーは不思議なエネルギーによって身を「まもる」。これによって「あばれる」状態が強制的に終了し、その反動で、ギャラドスは前後不覚の混乱状態になった。
まだだ。まだ負けていない。
スピカはこぶしを握る。ギャラドスは混乱しながらもペリッパーに止めを刺したが、仕事としては十分だ。
「バトルだ、ガマゲロゲ!」
ペリッパーが大きな仕事を成し遂げた。
一つ。雨を降らせたこと。これで「りゅうのまい」をしたギャラドスよりもガマゲロゲが速く動ける。
二つ。ペリッパーの「まもる」によってギャラドスは混乱した。ヤローに挑んだ時からずっと、一方的なダイマックスを凌ぐために使っていた技だ。いつしか使わなくなったが、ここにきて、ダイマックス並の暴力を抑え込むことに成功したのだ。
「『ウェザーボール』!」
ガマゲロゲの手札では効果今一つだろうとギャラドスにはこれが最大打点だ。大自然の支配者に相応しいタフネスも持つギャラドスには同じ水タイプということもあってあまり効いた様子はないが、確実にダメージを重ねることが大事だ。
だが、降り注ぐ雨はギャラドスにも好影響を与える。威力の増した『アクアテール』はガマゲロゲに直撃し、一撃で戦闘不能にさせる。
「バトルだ、オニシズクモ! 『とびかかる』!」
「頑張ってギャラドスちゃん! 『かみくだく』!」
混乱しているというのに恐ろしい集中力でオリヒメに従い続けたギャラドスだが、ここにきてついに、身体が上手く動かず、石畳に落下して叩きつけられてしまう。激しく動こうとした勢いとその巨体の重さが全身に伝わり、大ダメージとなった。
そしてそこに、オニシズクモが「とびかかる」。これで上昇していたギャラドスの攻撃力が元に戻った。
「『りゅうのまい』!」
「『とびかかる』だ!」
だがようやく、ギャラドスが正気に戻った。再び宙に浮き全身をうねらせて暴れるように舞う。しかしその激しくも荘厳で流麗な舞を、オニシズクモが邪魔をした。再び集中力が乱され、素早さだけが上がるにとどまる。ギャラドスからすればオニシズクモは虫けらも同然のはずだが、確実に苦しめることができていた。
「だったら、『あばれる』!」
「まだまだ『とびかかる』!」
「りゅうのまい」はもはや無意味。ならば攻撃するしかない。
だがオニシズクモとて軟なポケモンではない。その一撃をどっしりと耐えてまた「とびかかる」。ついに、ギャラドスからその恐ろしすぎる暴力の一端を奪うことに成功した。また、ここまで大した攻撃は貰っていないが、その蓄積と、何よりも混乱による自爆のせいで、ギャラドスもまた満身創痍だ。
これならば。ギャラドスの攻撃は本調子ではない。オニシズクモがここからもう一度「とびかかる」をしてそのあと「かみくだく」をすれば倒しきれる。
オニシズクモはギャラドスの「あばれる」を耐えて、また「とびかかる」。すっかりギャラドスの気力は萎えて、その動きに激しさはだいぶなくなっている。
今度こそ、スピカの勝ちだ。
「『かみくだく』!」
「『あばれる』!」
トドメの一撃を加えようと、鋭い牙で襲いかかる。だがギャラドスは、もうだいぶ緩慢になった動きで暴れて抵抗した。そのキレはないが素早い動きは、オニシズクモの身体を先にとらえ――――激しくその頭を跳ね上げさせ、ひっくり返させて、石畳に背中から叩きつけた。
「く、またか!?」
オニシズクモはその衝撃で大ダメージを負い、ぴくぴくと動かない。
間違いない。クリーンヒットした。ギャラドスの本調子ではない攻撃が、偶然オニシズクモの急所をとらえたのだ。
スピカもついに、最後の一匹となったトリトドンにこの厳しい状況を託す。
トリトドンからギャラドスへの有効打は無い。「だいちのちから」は効果がない、「げんしのちから」はもう打てない、そして二度目の雨もついに晴れてしまい、「ウェザーボール」はその本領を発揮できない。
だが、もうやるしかない。「あばれる」状態が終わってギャラドスはまた混乱しているが、その目はトリトドンとスピカを真正面からとらえている。恐ろしい気力だ。自滅は期待できそうにない。
「さあ、これであたしの勝ちだよ! 『かみくだく』!」
「負けるか! 『じこさいせい』だ!」
トリトドンもダメージを負っているが、攻撃力が半分になったギャラドスの攻撃ならば耐えられる。その身に負った傷を「じこさいせい」して塞ぎ、首をもたげて負けじとギャラドスに咆えた。
「『ウェザーボール』!」
「『あばれる』!」
今まで何度も使ってきたこの技。
だが、天気の無い状態で使うのは初めてだ。何も天気の力が籠められていない真っ白なエネルギー弾は、あまりにも小さい上に頼りない。実際、もうかなりボロボロのギャラドスにすら、止めを刺すに至らない。
だがそれは相手とて同じこと。半分の力しか出せない攻撃は、トリトドンに致命傷を負わせることは叶わない。あれだけ恐ろしかった暴力は、ついにスピカによって押さえつけられたのだ。
「これで終わりだ! 『ウェザーボール』!」
二度の「あばれる」をトリトドンは耐え、弱弱しいエネルギー弾を放つ。それはギャラドスの腹に直撃してのめり込み、その巨体を吹っ飛ばした。クリーンヒットではない。耐えきり抵抗し踏ん張る程の力が、ギャラドスに残されてないだけ。そして気絶したギャラドスが石畳に落下する前に、優しいオリヒメは、即座にボールに戻した。
勝った。
ついに、勝った。
オリヒメとの、魂をかけた一戦に、勝利したのだ。
「…………うん、おめでとう。スピカちゃんは、やっぱすごいや」
パチ、パチ、パチ。
オリヒメは震えた声でそう言いながら、柔らかな笑顔を浮かべて拍手をする。だが、その拍手にも声にも表情にも、力はない。
「……オリヒメ…………」
バトルの影響でボロボロになった石畳を踏み、スピカは力のない早足でオリヒメに歩み寄る。
「やっぱり、スピカちゃんをジムチャレンジに誘って正解だった。スピカちゃんは、とっても強い、強い、つよ、いん、だか、ら――――」
オリヒメはなおも笑顔で言葉を紡ぐ。だが、それはだんだんと途切れ途切れになり、震えが強くなって――そのまま、目からまた大粒の涙をこぼして、泣き出してしまう。
「――――なんで、なんで負けちゃうんだろう。ギャラドスちゃんたちもとっても頑張ってくれたのに……今までこんなことないってくらい、色んなものが見えて、たくさんの戦い方が思い浮かんで、運だってよかったのに……それでも、スピカちゃんに勝てない……」
「オリヒメ!」
スピカはたまらず、オリヒメを強く抱きしめる。それがきっかけとなって、堰を切ったように、オリヒメは声を上げて泣き出した。
「悔しい! 悔しいよお! 分かんない! 分かんないよ! なんで負けるのか! あたしが何をしたかったのか! なんでスピカちゃんの邪魔をしちゃうのか!」
きっと、何かを考えて、オリヒメはこんな行動に出たわけではない。
ただ、何か深い激情があって、それに押されるがままここにきて、スピカに立ちはだかったのだ。
「私だって分からない……自分でも、なんでこんなところまで来れたか、分からないんだっ……!」
スピカもまた、涙をぼろぼろと流して泣き出す。
そう、バッジをついに八つ集めた。だが、現実感はない。それを噛みしめる暇もなく、その素晴らしさを自覚する間もなく、時間にせっつかれて、厳しい雪山を登ってここまでやってきて、そしてオリヒメとぶつかった。
何が違うのか、さっぱり分からない。作戦、戦術・戦略、年齢による経験の差、運、相性、手持ちポケモンのほんの少しの違い、道具、タイミング、勢い……そのどれもが違う気もする。ただ、その全部でもある気がする。これらが少しずつ違って、結果的に、二人の間に大きな差が開いた。あと少し、何かが違えば、立場は逆だったかもしれない。
「ごめん、オリヒメ……! 今まで甘えてばっかりで、お前が悩んでいたことに、気づかなかった……!」
オリヒメの後頭部を強く抱きしめ、その頭頂にうずめるように顔を伏せる。年齢差があるうえ、オリヒメは可愛らしい低めの身長で、反面スピカは高身長だ。だが、自分や他者と向き合うという点では、間違いなく、オリヒメの方が大人だった。
ずっと、オリヒメは悩み、傷ついていた。
いつからだろうか。
去年躓いたルリナを、スピカが一回で突破したからか。それとも初参加だというのに、去年のオリヒメを越えてバッジ三つ目を悠々と獲得したからか。スポンサーとの相談での足止めを鑑みてもなおスピカの方が明らかにチャレンジを先行した時か。アラベスクタウンの真剣勝負で負けた時か。スピカが一回で突破したアラベスクジムでオリヒメが敗北して足を止めてしまった時か。ネズに負けた瞬間か。もしかしたら、もっとずっと前、ポケモンバトルに目覚めて経験を重ねるにつれ、真の強者と自身との差を自覚した時か。
分からない。スピカはオリヒメのことを考えていたようでいて、何も見ていなかったし、知らなかった。ただただ、夢の中にいるように、ジムチャレンジという敷かれたレールをがむしゃらに走るのに精いっぱいだった。
「ううん、違うの。大丈夫、あたしは大丈夫なんだ。スピカちゃんは悪くない」
そんなスピカの言葉を、オリヒメは強く抱き返しながら否定する。
「きっと、そういうものなんだよ、勝負の世界って……あたしたちが、ただ、今、ようやく気付いただけなのかも……」
勝者と敗者。
勝負には必ず、それが生まれる。
輝かしい勝利と心が引き裂かれるような敗北。二人ともそれを経験して、分かった気でいた。
ただ、そのことを、今ここで、ようやく実感したに過ぎない。幼馴染同士の穏やかな関係を引き裂き、対立することで、ようやく「勝負」が何なのかが分かった。
そうしてただ、二人は抱きしめ合い、声を上げて泣き続けた。
パチパチパチパチパチ!!!
そんな二人に、ようやく、周囲の音が届く。
割れんばかりの拍手。大歓声。
ジムバトルのスタジアムかと思うほどの爆音に、二人は驚き、涙が引っ込んで、周囲をきょとんと見回す。
二人の周りには、多くのギャラリーが集まって、全員で二人を讃えていた。
「すごかったぞ!」
「かっこよかったよ!」
「さすが『鬼雨』スピカさんだ!」
「『竜宮の乙姫』のオリヒメちゃんもすごかった! ファンになっちゃった!」
「何があったか分からないけど、すごいバトルだったわ!」
「なんか、仲直りできてよかったな!」
「この後のトーナメントも頑張れよ!」
「スピカさん、ターフタウンの時からファンだった! 応援してるから!」
「オリヒメちゃんもすげー強かった! 去年から応援してます! 来年、今度こそ、トーナメントに出てください!」
大都会・シュートシティ入り口近くの道路で、何やら訳アリの激しいバトルを、今最も注目集める一人であるバッジコンプリートチャレンジャーであるスピカと、今年その実力で六つもバッジを集めた華やかで可愛らしいアイドル的トレーナーのオリヒメが、繰り広げていた。この二人が歳の離れた幼馴染であることは、主にオリヒメの取材対応によって有名なことであった。
目立たないわけがない。
誰しもがそのバトルに足を止め、そのまま魅入り、噂を聞いてさらに人々が駆けつける。
結果、あの大きなジムスタジアムに負けないほどのギャラリーが、こうして集まったのだ。
二人とポケモンだけの世界にいた二人は、それに、今ようやく気付いたのだ。
「あ、あはは、そっか、あたしのこと、応援してくれる人がいるんだもんね……」
なんだか気が抜けたオリヒメは、嬉しそうに笑い泣きしながら、涙をぬぐう。スピカも人目があることにようやく気付き、なんだかとんでもないところを見せてしまったと自覚し、慌てて顔を乱暴にぬぐった。
「私にファンなんかいるのか……」
「知らないの? スピカちゃん、結構人気なんだよ。とっても怖いけど、強くてかっこよくて美人だって」
「趣味悪いな……」
「そう? あたしは分かってるなあって思うけど」
「なんだそりゃ」
気の抜けた会話に、二人は笑い合う。
二人だけの世界が、お互いを通して、ガラルへと広がっていく。
自分の部屋に閉じこもるだけだったスピカの世界が、このジムチャレンジで、随分と広くなった。
「なんてったって、あたしはスピカちゃんのファン一号だもん。だから、ジムチャレンジに誘ったんだから」
「だったら私はオリヒメのファン一号だ。えーっと、何もしてないけど。……させてばっかだったな」
二人で手をつなぎ、笑い合い、目の前のポケモンセンターに入っていく。いつも人が集まっているはずのそこは、二人のバトルを見るためにみんな出払っていて空いていた。
「さ、回復し終わったから。急ごう、もう時間がないよ」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「あはは、ごめんごめん」
ポケモンの回復を済ませ、その間に身だしなみをオリヒメに整えてもらい、開会式の時並に綺麗な姿になる。もう時間がない。整えてもらってなんだが、自転車で全力疾走する羽目になりそうだ。
「あ、そうだ。スピカちゃん。あのね、昨日の朝、エンジンシティを出る時にカブさんたちに会ったの。バッジを三つ集める人は少ないから、見送ってエールを送ることにしてるって」
「なんだそれ。私は知らないぞ」
「わざわざワイルドエリアを通る人は珍しいからね。駅で待ってたんだ。スピカちゃんも見送りたかったらしいけど」
「そうなのか……」
スピカとて一般人だ。トッププロであるジムリーダーとそこらで直接話す機会があったのは、少し羨ましい。
「それでね、カブさんとヤローさんから、伝言預かってるんだ。ルリナさんはチャレンジャーが集まったからいなかったけど、いつもはその見送りに参加してるみたいだから、ルリナさんからの伝言でもあるね」
「……なんだ?」
私なんかに、ジムリーダーたちが何を。
スピカはジョーイさんから受け取ったボールを腰にセットしながら、首をかしげる。
「あたしも、スピカちゃんに、ちょうどこれを伝えたかったんだ。ヤローさん、カブさん、ルリナさん、それとあたしからの言葉」
スピカは訳が分からないまま、オリヒメを見つめる。
するとオリヒメは、大きく深呼吸をして――人がいないポケモンセンターで、目いっぱいの大声を出した。
「いけいけスピカ! やれやれスピカ! ――さあ、頑張って!!!」
「――――――ああ、ありがとう!」
オリヒメに見送られ、滲む視界を乱暴に袖で拭いながら、スピカはポケモンセンターから駆け出した。
そしてそのまま自転車に乗り込み、全力で漕ぎ出す。
道行く人はスピカのその様子に驚き、ついで彼女であると気づいて、声援を送る。みんな良い人ばかりで、わざわざ最短ルートまで道を開けてくれた。ここまでくると一番怖いのは交通事故だっただけに、とても助かる。
そしてスタジアムの目の前に着くと自転車を飛び降り、階段を駆け上がり、息を切らしながらスタジアムに飛び込む。
「すみません、チャレンジャーのスピカです! バッジを八つ集めました! セミファイナルトーナメントに参加します!」
「はい、かしこまりました」
時計を見る。制限時間の一分前。間に合った。
スピカとオリヒメの激戦はここにも話が伝わってたのだろう。やけにスムーズに手続きが済んだ。
○○○○○
そうして案内された控室で、ベンチに座り、バトルの時を待つ。
今年ここまでたどり着いたチャレンジャーは四人。控室に流れてたニュース番組の取材に答えたヤローによると、今年のチャレンジャーは今まで体験した中で一番優秀だったという。それでも過去類を見ないほど数が少ないということは、それだけ、ジムリーダーたちが例年以上に強かったということだ。
そんな厳しい戦いを突破した四人の戦いが、ついに始まる。
トーナメントの組み合わせは、第一試合がユウリとマリィ。第二試合がホップとスピカだ。
「ホップ、か」
今回のチャレンジャーの中ではオリヒメの次に見知った名前に、運命的なものを感じて、笑いが漏れてくる。
勝者と敗者。勝負の世界。
オリヒメとのぶつかり合いで、それが分かった。
そうした流れで思い出したのが、この後の対戦相手・ホップのことだった。
無敵チャンピオン・ダンデの弟で、その兄から幼馴染のユウリと一緒に推薦されて今年初参加。とてつもない才能を持っていて、ここまで勝ち上がってきている。だが、チャレンジ中に幾度となく行ったユウリとの戦いはすべて完敗だったらしい。
だが、そんなホップですら、スピカには圧勝だった。
スピカは二度勝っているので勝ち越しているが、あのキルクスタウンでの戦いが忘れられない。圧倒的な力の差。格の違い。
スピカとオリヒメでは、スピカが勝者だった。
ホップとユウリでは、ホップが敗者だ。
だが、スピカとホップでは、ホップが圧倒的な勝者で、スピカはみじめな敗者である。
冷静な彼女にはわかる。
ホップはあそこからさらに力をつけただろう。
もはやスピカには、勝つ見込みはない。
「知ったことか」
それがどうかしたか。
それでも最後まで戦い抜くのが、ポケモントレーナーだ。
○○○○○
スピカとは反対側の控室。
そこでは、スピカと同じように、ホップが一人でベンチに座り、闘争心を高めていた。
無敵のチャンピオンで憧れの兄・ダンデ。ジムリーダーたち。幼馴染で最強のライバル・ユウリ。
ここまで来た。彼ら・彼女らと戦えるステージまで来た。
だが一方で、このジムチャレンジを通して、新たな世界へと目を向けることができた。
ネズの妹マリィ。とても強くて、独特の戦略勘と感性を持つ。
ビート。とんでもなくイヤミなやつだったが、彼との出会いがなければ、挫折も、模索も、そこからの復活もなかったかもしれない。彼がいなければ、もしかしたらここにいなかったかもしれない。
他のジムチャレンジャーにも、出会ったら片っ端からバトルを仕掛けた。鋼使いのジェントルマン。ドラゴン使いのおじさん。水ポケモン使いでギャラドスが印象的だったお姉さん。
そんな中でも、特に印象に残っているのが――ジムチャレンジ中に三度も戦った、スピカだ。いつ出会っても目の下にクマができていて疲れた様子で元気が無さそうで心配だが、そのバトルは大局的で冷徹。そして時に、勢いに任せて押し流すような荒々しさもあった。
このジムチャレンジ中にたくさん負けた。ジムバトルでも負けたし、ユウリには結局一度も勝っていないし、ビートにはこっぴどく負けて心が一度折れた。だがそれよりももっと多く、たくさんの人に勝ってきた。
そんな中で、スピカは彼を負かした一人だ。それも、二回も。キルクスタウンでの戦いは圧勝だったが、自分は負け越している。
「勝ちたい」
ホップは万感の思いを込めて呟く。
今彼がもっとも戦いたいのは、あこがれ続けた無敵のチャンピオンである兄ではない。
昔からずっと一緒にいた、いつ戦っても手が届かない、幼馴染で大親友でライバルのユウリだ。
だが、ユウリと戦うためには。
まずはこの初戦で、「鬼雨」と恐れられ敬われているスピカを倒さなければならない。
「「よし」」
離れた部屋で、二人の声が重なる。
もう出番だ。
二人とも、自分だけの、そしてそれぞれの大切な人の思いを背負って。
この大舞台で、本気と本気がぶつかり合うのだ。
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