ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート   作:まみむ衛門

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『週刊バウタウン』連載記事・ガラルのトレーナーたち 第△0回 オリヒメ

 この連載も、皆さまのご好評のおかげで、節目となる第△0回目を迎えられた。ひとまず100回、そしてその先を目指して、記者・編集部一同頑張っていく所存である。

 

 さて、そんな本記事は、バウタウンを中心としたガラルのポケモントレーナーたちに一日密着取材し、その人となりや生活をお伝えするものである。

 

 今回は、半年前の大イベント・ジムチャレンジでの活躍が記憶に新しい、アイドルトレーナー・オリヒメちゃん――いつもは「氏」とするが本人の希望でこの敬称を使わせていただく――に密着取材した。

 

 

 

 

 

 

 とある平日の午前6時、うら若きアイドルに密着するということで、女性のみで編成した取材班が、オリヒメちゃんの自宅の前に集まる。早い時間だが、あくびを噛み殺すことはない。優れたトレーナーの朝が早いことは、我々にとっては慣れ親しんだものだ。

 

 バウタウンの街並みではありふれた白い一軒家。まだトレーナーズスクール高等部の生徒である彼女は、この家で家族と暮らしている。

 

「おはようございます!」

 

 約束の午前6時半から10分ほど早いころ、華やかな声が早朝の住宅街に一切の不快感なく響き渡る。

 

 そうして我々の前に姿を現したのが、今人気高騰中のアイドルトレーナー・オリヒメちゃんだ。

 

 ――おはようございます。本日はよろしくお願いします。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 文面では伝わらないのがもったいない。この挨拶一つをとっても、聴く者の心を元気にしてくれる。この瞬間、取材班全員は、「役得」と判断した。

 

 ――こんな早い時間に何を?

 

 ナンセンスな質問だが、これはお決まりのルーティーンのようなものだ。

 

「はい、今から軽くランニングをしようかと思いまして!」

 

 彼女の格好は、ランニングに向かう若者そのものだ。

 

 ――毎朝ですか?

 

「はい、一年ぐらい前からやっています!」

 

 ――それは、なぜ?

 

「アイドルもトレーナーも、やっぱり体力と健康が大事だな、て思ったんです」

 

 その成果は、半年前のジムチャレンジで実を結んだ。

 

 彼女のジムチャレンジは二度目であった。

 

 スクールで優秀な成績を残していたことが校長に認められ推薦された一回目は、苦戦してジムバッジを2つ手にいれることが出来たものの、鬼門の番人・三人目のルリナに負け続け、タイムアップリタイアとなった。

 

 だが、半年前の二度目では大躍進を遂げる。

 

 バッジ四つまではストレートで順調に進んだ。彼女が「リトルマーメイド」「竜宮の乙姫」と呼ばれるに至ったルリナとの鮮烈な激戦は記憶に新しいだろう。魔術師・ポプラとの戦いに一度破れるもののリベンジに成功し、マクワはタイプ相性もあって一度目で突破した。ネズに敗れてリタイアとなったものの、二度目のチャレンジでバッジ六つ。かなりの結果だ。ポケモンを使う仕事ならば大抵で優遇されるし、トレーナーズスクールでもほぼ無条件で卒業分の単位としてカウントされるし、それ以外の職業でも「箔」としては十分すぎる。

 

 ――ジムチャレンジ後も、こうして続けているんですね。

 

「次こそ、セミファイナルトーナメントに出場するんです!」

 

 だが、彼女はここで満足しない。

 

 あれから努力を重ね続け、さらなるステップアップを目指しているのだ。

 

 それはアイドル活動も同じ。皆様ご存知の通り、彼女は今やバウタウンで、知らぬ者はほとんどいない有名アイドルなのだ。

 

 

 

 

 

 

 スクール生、アイドル、そしてトレーナー。

 

 この三足のランニングシューズを履いて、今日もオリヒメちゃんは、前へ、前へ、と走り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランニングを終えると軽くシャワーを浴び、支度を済ませると、制服に着替えてトレーナーズスクールへと登校する。こうして制服を着て友達と並ぶ姿は、普通の高等部生の様だ。とはいえそれはあくまでも生活の様子だけ。見た目で言えば、彼女だけ可愛すぎて、明らかに目立っている。

 

 そんな、「普通の、可愛い子」だが、その腰には五つのボールが下げられており、その手のどちらかは、必ずボールを即座に取れるようにさりげなく構えられていた。

 

 ――ご歓談中のところ失礼します。スクールでボール五つは、やはり珍しいですね。

 

「そうですね。同級生のお友達でも、多くて三つだと思いますよ」

 

 彼女が所属するのは高等部のポケモントレーナー学科だ。つまり、ここに通う子は全員、学校で体系的にポケモンバトルを学ぶ、優れたトレーナーの卵である。

 

 そんな彼ら・彼女らですら、三匹が限度だ。

 

 だがオリヒメちゃんは五匹。それもただ数を集めただけではなく、その全員が、時代が時代ならジムリーダーの手持ちにもなれるほどに鍛え上げられた、優れた精鋭たちだ。

 

 彼女はその実績にたがわず、ポケモンを連れている姿もまた、一流トレーナーそのものである。

 

 ――失礼ながら、もうスクールに通う必要はないように思います。実力も単位も、卒業に十分なようですが。

 

「そんなことないですよ。まだまだ、あたしは知らないことがいっぱいあります」

 

 筆記テストもトップクラスである彼女はそう謙遜するが、その笑顔に、私たち取材班は一瞬背筋が凍り付いた。

 

 この記事のウリである失礼すぎる質問に彼女が怒気を露にしたからではない。

 

 彼女が浮かべた笑みは、可愛らしくて明るいながらも――獰猛な炎を湛えていた。

 

 トレーナーとしてのあくなき向上心。その原動力である、ワイルドエリアのポケモンたちの如き「獰猛な闘争心」が、我々の生存本能を刺激したのだ。

 

 優れたトレーナーに△0回、100回、1000回密着取材しようとも、この瞬間に慣れることだけは、一生ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、やはり彼女の単位は余裕で足りている。

 

 午前で授業を終えたオリヒメちゃんは、学食で友人と昼食を取るとそのまま下校する。

 

 ――これからどちらに?

 

「今日は嬉しいことにアイドルのお仕事を頂いています!」

 

 密着取材である以上予定はこちらも知らされている。こんな茶番のような質問にも明るく答えてくれた。

 

 だが、彼女がこの時向かうのは、仕事の準備のための自宅でもなければ、仕事先でもない。

 

 オリヒメちゃんは自宅の前をスルーし、すぐ近所の別の家のインターホンを押す。バウの街並みに沿った白い一軒家だが、単身者向けで一般的なものよりもだいぶ小さい。

 

「もう、やっぱり寝てる」

 

 オリヒメちゃんは呆れ気味にため息を吐くと、ポケットから鍵を取り出して迷いなく差し込んだ。自分の家でもないのに、手慣れている。

 

「約束の時間だからね、入るよー!」

 

 ズカズカと遠慮なくオリヒメちゃんは入っていく。他人の家なので入ってよいものかどうか迷う私たちに笑顔で振り返ったオリヒメちゃんは、入っても大丈夫だとハンドサインで示してくれた。その笑顔が先ほどとは違う意味で少し恐ろしく感じた理由を、この一分後に知ることになる。

 

「もう、起きて! もう午後じゃん! 昨日9時に寝たのにまだ寝てるの?」

 

 そして足の踏み場もないほど散らかった部屋に入って、膨らんだベッドの掛布団を引っぺがす。

 

「…………ふわあ。……あー、オリヒメか、グッモーニン」

 

「もうアフタヌーンだよ!」

 

 起き上がった長身の女性の目の前にスマホロトムを突きつける。時間は午後12時半だ。

 

 オリヒメちゃんに起こされたその女性は、寝癖がついた頭を無造作にボリボリ掻いて大きな欠伸をすると……部屋の入り口で固まっている我々を見て、しばし固まった。

 

 

 

 

「……昨日が寒くて助かったな」

 

「全っ然懲りてない……」

 

 

 

 オリヒメちゃんが頭を抱えた。

 

 だが彼女はすぐに立ち直ると、そのまま女性をベッドから引っ張り出して、身支度をさせる。しかもオリヒメちゃんが、当人以上に手際よく手伝っていた。

 

「ここ、しっかり記事に書いてくださいね? スピカちゃんには恥をかいてもらわないと」

 

「なんだそれ、私なんか需要無いだろ。記者さんたちが可哀想だ」

 

 オリヒメちゃんに髪をセットしてもらいながらバッグにごそごそとものを詰め込む女性。そんな二人の会話に、私たちは苦笑いするしかない。

 

 そう、この言葉からわかる通り、この女性こそが、「鬼雨(きう)」の異名で有名なトレーナー・スピカ氏だ。彼女がオリヒメちゃんの年の離れた親友であるのは、皆さまもご存知であろう。

 

 それまでトレーナーとしての活動歴はほぼゼロながら、その才能に目を付けたオリヒメちゃんによってバウタウンのビギナー向け大会に出場して準優勝。来賓のルリナに認められてジムチャレンジに推薦される。

 

 そのような経歴だが、初挑戦である最初のターフジム以外全てのジムでジムリーダーたちを圧倒。バッジコンプリートの偉業を果たし、セミファイナルトーナメントにも出場した。

 

「はい、準備オッケー! さ、いくよ」

 

「はいはいかしこまりましたよ、お嬢様」

 

 オリヒメちゃんに手伝ってもらいながらスピカ氏はスーツに着替える。

 

 その姿は、先ほどまでの、失礼ながらズボラな様が幻覚とは思うほどだ。元々のスタイルの良さと長身もあって、「スーツの麗人」という言葉が霞むほどの格好良さになっている。

 

 これもまた、二人の関係に詳しい方はご存知だろう。アイドルであるオリヒメちゃんはいくら優れたトレーナーとはいえ、その身一つでは不安だ。そこで、親友であるスピカ氏が、彼女のボディガードを務めているのだ。

 

 ギャラドスを筆頭に強力なポケモンと連れ添う「竜宮の乙姫」オリヒメ。

 

 空を支配し冷徹な戦いで敵を追い詰めるバッジ八つ持ちの「鬼雨」スピカ。

 

 この二人を狙おうとする暴漢は、もはやこの世に存在しないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーマーガアタクシーで移動中、スピカ氏についても色々話を聞かせていただいた。当人は「オリヒメの取材なんだからそっちの話をしろよ」と口をとがらせていたが、これはスピカ氏当人だけが知らないことで、打ち合わせ通りだ。

 

 スピカ氏は取材に対するガードが堅い。トーナメントや大会の際は、インタビューにも二言三言答えるだけである。ジムチャレンジの時も、雨で酷く濡れているのとすぐに次のジムに向かいたいとのことで、取材に応じることはなかった。

 

 我々もこの特集のために何度か打診しているが、「私なんかじゃなくてオリヒメを」とそっけない返事ばかりだったのである。

 

 満を持してオリヒメちゃんに打診した際、編集部の一人がそんな愚痴を、失礼ながら漏らしてしまった。そんな時、オリヒメちゃんが、「だったら、スピカちゃんも一緒にいる時に密着取材していただけますか?」と提案してくださったのだ。こんなありがたいことはない。

 

 そういうわけでこの記事は、オリヒメちゃんのみならず、スピカ氏にも密着取材をした記事ともいえる。普段よりやたらとページ数が多いと思った読者の皆様は、勘が鋭い。

 

 ――お二人の出会いのきっかけは?

 

「家が近所だったので、家族同士で付き合いがあったんです。まだあたしがスクールに入る前ですね」

 

 ――それ以来、いつも先ほどのような感じで?

 

「さ、最初はスピカちゃんの方がお姉さんだから、あたしが妹みたいな感じだったんですけど……その、いつの間にかあんな感じで……」

 

「会って一年ぐらいだな」

 

 答えにくそうなオリヒメちゃんの言葉に、スマホロトムを弄っていたスピカ氏が補足を加える。

 

 どうやらスピカ氏は幼いころからあのような感じらしい。カントーには「ポッポの習性、ピジョットもあり」「三つ子の魂百まで」という諺があるらしいが、それに似たものを感じた。

 

 ――ちなみに先ほど、「寒くて助かった」とおっしゃっていましたが、どのような意図で?

 

「スピカちゃん、いつも下着でだらしなく寝ているから、皆さんに見せてちょっと恥ずかしい思いをしてもらおうとしたんですよ」

 

「取材があるなんてすっかり忘れてたからな。危なかった」

 

 オリヒメちゃんの作戦は天気の悪戯で失敗した。スピカ氏は悪びれもせず勝ち誇っている。

 

 こうして見ると、スピカ氏の方が手のかかる妹のようにも見える。二人の関係は、年の離れた幼馴染としては、どこか変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です!」

 

「お疲れ様です」

 

 今日の仕事は、シュートシティデパート屋上ステージでの合同ライブだ。その楽屋に入ったオリヒメちゃんの元気な挨拶が木霊し、少し遅れて遠慮がちに気配を消して入ったスピカ氏の落ち着いた挨拶が後に続く。

 

「お疲れ様ァ。今日はよろしくね」

 

 その楽屋に先客としていたのは、毒タイプ代表の座を先日受け継いだ新人ジムリーダー、マイナーリーグのクララ氏だ。

 

 思わぬビッグネームの登場に、我々はたじろいだ。クララ氏は新人でまだ無名な方でマイナーリーグとはいえ、このガラルで頂点に君臨するジムリーダーの一角だ。

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

「うお、若さがオバサンには眩しいぞォ」

 

 クララ氏の呟きをばっちり聞いてしまった。せっかくなので、ここに残しておこう。

 

「クララさんとのお仕事は久しぶりですね! またお世話になります!」

 

「おー、そういえばそうだったね」

 

 ――失礼ながら、久しぶり、とは? 以前ご一緒されたことがあるんですか?

 

 話している途中のお二人ではなく、壁際でその様子を見守っていたスピカ氏に小声で問いかける。

 

「オリヒメが初めてのジムチャレンジの後にアイドル的な活動を始めて、一か月ぐらいだったかな。オリヒメはダンスが上手だし、顔もスタイルもいいし、歌も悪くないから、地下ライブの前座で出させてもらうことになったんです。その時オリヒメの次に前座をやったのが、クララさんだったんですよ」

 

 なるほど。我々は納得した。

 

 クララ氏も昔からアイドル活動をしていて、今もジムリーダー業の傍ら、それを続けている。

 

 今人気のオリヒメちゃんもクララ氏も、地下アイドルのさらに下積みだったことが、当然あったわけだ。

 

 ――人に歴史あり、ですね。

 

「おいコラ、誰が歴史ある年増だってェ?」

 

 ジムリーダーの耳の良さと迫力に、我々はすくみあがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジムリーダーと今を時めく「リトルマーメイド」。ガラル屈指の大型デパートとはいえ、その屋上ステージは、二人には狭くすぎた。

 

 客席には所狭しと人が集まり、座席は当然全部埋まり、立ち見もギュウギュウだ。こんな中、我々は舞台裏という特等席で見ることができる。役得だ。

 

 ――オリヒメちゃんがこうして人気になっているのを見て、何か思うことはありますか?

 

 そんな舞台裏から腕組みしてじっとオリヒメちゃんを見守るスピカ氏に問いかける。

 

「良かったと思いますよ。昔から、オリヒメが努力していたのは知っていたんで。ほとんど寝ている生活だったので、誰よりも見ていたとは言いませんが」

 

 そう自嘲するスピカ氏だが、その視線に宿る嬉しさや感慨は、まるで本当の姉の様だ。

 

 オリヒメちゃんのトークが終わり、歌が始まる。観客席から黄色い声援が湧き上がった。

 

 オリヒメちゃんのファンは若い女性が多い。成人男性が多いクララ氏とは対照的だ。同じアイドルでも、二人の音楽やタイプに違いがあるのだろう。芸能界に深くかかわる我々としては興味深いことだ。

 

 ――芸能界と言えば、スピカさんはそういった活動はなさらないんですか?

 

「需要無いだろ」

 

 ――オリヒメちゃんとはまた違った美人だとは思いますが……。

 

「バトルの時の姿を見ても言えるか?」

 

 ふと漏れ出てしまった失礼な質問に、スピカ氏も敬語を忘れて呆れた様子で答えてくれた。この方が人となりを知る上ではありがたいので、結果として成功と言える。

 

 どうやらご本人は、バトルの時の自分の姿がコンプレックスの様だ。確かにあの姿は恐ろしい。豪雨のワイルドエリアでオニシズクモやタチフサグマに遭遇したようにすら感じるだろう。だが今のスーツ姿を見ると、もったいないと思ってしまう。本誌のグラビアを飾ってもらいたい。諦めず打診していこう。

 

 そうこう話している間に、クララ氏の「クララにクラクラァ」の熱演も終わり、二人でのトークが始まる。

 

 会場のボルテージは高まりに高まっている。地下アイドル時代からのクララ氏を追いかける熱狂的なファンが、ステージ最前列で声援を送っていた。

 

 そんな中でもオリヒメちゃんは戸惑うことなく、円滑に進行していた。アイドル活動が増えてきたのと、何よりもジムチャレンジで肝が据わったのだろう。

 

「これなら何も起きなそうだな」

 

 腰のボールにいつの間にか手を添えていたスピカ氏は、そう言って一息ついた。

 

 その直後、会場で歓声が爆発する。

 

 ――いよいよメインイベントですね。

 

「ポケモントレーナーって本当、こんなやつばっかだよ」

 

 スピカ氏は呆れてそう言いながらも、嬉しそうに笑っていた。

 

 そう、ジムリーダーと有名アイドルトレーナーが集まったならば。

 

 ここはポケモンバトルしかないのである。

 

「可愛いを標榜するアイドル二人が集まってやることがポケモンバトルと来たもんだ。しかもそれがお遊びじゃなくてメインイベントなんだからな」

 

 スピカ氏の漏らした言葉に我々は思わずうなずく。

 

 アイドルトレーナーは数多くいる。だが、この二人ほどの本格派は見たことがない。

 

 毒タイプ特有のトリッキーかつ腰の据わった戦い方で相手を翻弄するクララ氏。

 

 水タイプ同士のシナジーを活かして強力なポケモンたちを操り水の中を舞うように戦うオリヒメちゃん。

 

 この二人の戦いを見て、「アイドル」と思う人がどれだけいるであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー疲れたー!」

 

 お仕事とクララ氏たちとの打ち上げを終えて、二人は帰りのアーマーガアタクシーに乗る。

 

 それと同時、オリヒメちゃんは座席に転がり、スピカ氏の膝に頭を預けた。

 

「おい、人前だぞ?」

 

「だいじょーぶ、恥ずかしいことなんてないもん」

 

 困った様子のスピカだが、顔には笑みが浮かんでいて、オリヒメちゃんの頭を優しく撫でる。こうなると、年齢と見た目通り、オリヒメちゃんが妹で、スピカ氏が姉の様だ。

 

 ――お楽しみの所失礼します。いつもこのような感じで?

 

「仕事についていくようになってから、仕事後だけこんな感じですね」

 

 スピカ氏の身体に顔をうずめてうとうとし始めたオリヒメちゃんの代わりに、スピカ氏が小声で答える。

 

 ――仲がよろしいのですね。

 

「まあ、幼馴染で、親友なので」

 

 そう答えるスピカ氏は、どこかその言葉が言いにくそうだった。照れくささとかではなく、もっと、複雑な何かを感じさせる。

 

 ――もうすぐ取材も終わりです。失礼ながら、踏み込んだ質問をさせていただいても?

 

「内容によりますがね」

 

 スピカ氏はオリヒメちゃんの頭を撫でながらリラックスした様子だ。

 

 だがそう答えながらこちらを見つめ返す眼光が、わずかに鋭くなる。「鬼雨」の睨みの、ほんの片鱗。それだけで、我々はわずかに怖気立った。

 

 だが、これだけは、聴かないと帰れない。

 

 ――ジムチャレンジでスピカ氏がバッジを集めきった後、シュートシティでの出来事ですが。

 

「「それかあ……」」

 

 二人の声が重なる。体を起こしたオリヒメ氏は眉尻を下げ、スピカ氏は顔をゆがめて、困惑した様子を隠さない。

 

 ――目撃者の話によると、あの時のお二人は何やら訳アリだったようですが。

 

「まあ、あんなのをおおっぴらにやればこうなりますよね……」

 

 オリヒメちゃんの表情が曇る。そんな彼女に代わってスピカ氏が何か言おうとするが、オリヒメちゃんはその口の前に人差し指を置いて言葉を止めさせた。

 

「大丈夫。これは、あたしが答えないといけないことだから」

 

 オリヒメちゃんがこちらに身を乗り出してくる。引き結ばれた口元は、あの華やかなアイドルの笑顔とは別人だ。

 

「ご存知の通り、スピカちゃんはトレーナーになるつもりは全くありませんでした。そんなスピカちゃんをジムチャレンジに巻き込んだのは、あたしです」

 

 ――はい、存じ上げております。

 

「あたしは昔からトレーナー志望で、スクールでも小さいころからポケモントレーナーコースに通っていました。でもスピカちゃんは普通コースと普通科です」

 

 バウタウン以外在住の方向けに説明しよう。バウタウンのトレーナーズスクールは、中等部までは年度ごとに移籍が比較的自由なコース制度、高等部からより専門的な学科制度になっている。

 

「あたしは、まだまだなのは分かっていますけど、これでも、かなり頑張ってきたつもりでした。ジムチャレンジ二年目こそ、絶対バッジを全部集めるんだ、って意気込んでいました」

 

 バッジを集めきる事こそできなかったが、この若さで二回目のチャレンジとしては素晴らしい成果であった。

 

「でも、スピカちゃんは、どんどん強くなっていって、あたしよりもずっと先を、駆け抜けていって……」

 

 だが、それを初挑戦ではるかに凌駕していたのが、オリヒメちゃんの後ろで何を言うべきか迷っているスピカ氏であった。

 

 オリヒメちゃんの方が、年齢に反して、トレーナーとしてははるかに先輩である。積んできた努力も違う。だが、様々な要因や何かしらの差があって、それが二人の明暗を分けた。

 

「それが、すごく……悲しくて、悔しくて、羨ましくて、妬ましくて……」

 

 彼女の胸中はどのようなものであっただろうか。このような仕事で多くのトレーナーを取材してきた。それでも勝負の世界に生きるトレーナーたちのこの感情を、言葉で表すのは難しい。当人であるオリヒメちゃんもまた、そう見えた。

 

「ネズさんに負けてリタイアになっちゃった時に、スピカちゃんがキバナさんにストレートで勝ったってニュースが入ってきて。とっても、嬉しかったんですけど……」

 

「そんなタイミングだったのか」

 

 スピカ氏は唖然とした様子だ。

 

 何でも話すような間柄だが、それでも、オリヒメちゃんは教えてなかったらしい。

 

 スピカ氏も我々も、同じことを思っただろう。「最悪のタイミング」だ。

 

「そこでネズさんに言われたんです。トレーナー同士、自分が思いつく最高の方法で送り出せ、って」

 

 あのネズが。我々は驚きを隠せなかった。何せ彼はライブ以外では我々に対してあまりにも冷淡だ。スパイクジムの様子も話を聞く限りではかなり排他的である。そんな彼が、オリヒメちゃんにこんなようなことを言っていたとは。彼もトレーナーで、そして無頼人に見えてその指導者のひとりだ。何か感じるところがあったのかもしれない。

 

「あたし、なんにも分からなくなっちゃって、でもスピカちゃんには会いたくて、急いでアーマーガアタクシーに乗って、シュートシティに向かって……気づいたら、ジムチャレンジユニフォームに着替えて、入り口に立っていました」

 

 そこからは誰もが知っていて、そして誰もが知りたかった所になる。

 

 オリヒメちゃんとスピカ氏、シュートシティの決戦だ。

 

「自分でも何考えてるのか分からなくて……ううん、そんなことすら意識していなかったかもしれません。ただ、スピカちゃんとバトルをしたくて、バトルをしないと気が済まなくて」

 

「悲しくて、悔しくて、羨ましくて、妬ましくて」と先ほど彼女は言っていた。きっとその全ての感情が当てはまり、それだけでは表せない感情もあったのだろう。

 

 ただ、何かがあったらポケモンバトル。トレーナーとして、自然とそこに行きついていた。

 

「スピカちゃん、すっごく強かった。あの時のあたし、多分今のあたしぐらい強かったと思います。でも、ほとんどスピカちゃんペースで……」

 

 バトルの様子をスマホロトムで撮影していた動画は、まずSNSにアップロードされ、そして動画サイトにも投稿されている。ニュースにもなっていた。

 

「勝ちたかった、勝ちたかったなあ……でも、それよりも、あたし、多分、スピカちゃんに、負けたかったのかもしれません。スピカちゃんが強いのは、誰よりも知っているつもりだったけど……あたしとスピカちゃん、違いは何だったんだろう、って、知りたくて」

 

 関係のない他人なら、残酷に「才能の差」と言ってのけるだろう。少し勝負事をわかっている人間なら「運命の差」と言うかもしれない。どちらにせよ、他人だからこそ、そのようなことが言えるのだろう。

 

 ――それで……その違いは、分かりましたか?

 

「いえ、全然」

 

 オリヒメちゃんは悲しそうに、だがあっけらかんとした笑顔でそう答える。

 

「全部が違うんだと思います。同じバウタウン出身で、同じ水タイプ使いで、女の子。ただそれだけ。それ以外の、全部が違うんです」

 

「……それに気づくのに、随分かかったもんだな」

 

 スピカ氏は夕焼け空をぼんやりと眺めながら、そう呟く。

 

 シュートシティでオリヒメちゃんと対面した時。いや、もしかしたらオリヒメちゃんのリタイアを知った時から。スピカ氏も同じような感情を持っていたのだろう。

 

 勝負の世界で、努力や経験をひっくり返してついた、「勝ち」と「負け」。その残酷な差は、一体どこで生まれるのか。実力、運、才能、環境……どの言葉も当てはまり、どの言葉も言い表しきれていない。それでも、ポケモントレーナーという人間は、その「勝負」を尊ぶ。

 

「私もオリヒメも、多分、あの瞬間に初めて、ようやく『ポケモントレーナー』になったんだと、思いますよ」

 

 勝負とは何なのか。

 

 それに身を預けるとは何を意味するのか。

 

 ジムチャレンジを通して、二人はついにそれを知り、一人前の「ポケモントレーナー」になった。

 

「あと、本当の『親友』にもね?」

 

「バカ、それは今言うな、恥ずかしい」

 

 悪戯っぽく付け加えたオリヒメちゃんに、スピカ氏は目を逸らす。その顔が赤いのは、夕焼けのせいだけではないだろう。

 

 この取材に当たって、そして記事を書くにあたって、あのシュートシティでの会話の証言の復習をしてきた。

 

 二人は仲の良い幼馴染だったのには違いない。お互いのことを何でも知っているかのような関係だった。だが、ジムチャレンジやバトル、対立を通して、まだまだ、相手のことも自分のことも、知らないことだらけだと実感したのだ。

 

 それでお互いの認識が改まり、関係が新しくなって、本当の「幼馴染の親友」となった。

 

 私は二人ではないのでわからないが、きっと、そう言うことなのだと思う。

 

 その後、バウタウンに着くまで、オリヒメちゃんとスピカ氏は二人で身体を預け合って、ぼんやりと会話をしていた。もっと取材したいことがあったはずだが、そんな二人と同じ空間にいる我々があまりにも煩わしく自分で感じてしまい、せめて邪魔しないようにと黙って見ているしかなかった。

 

 ――本日はありがとうございました。

 

「はい、ありがとうございました!」

 

 彼女はまだ高等部生であり、これ以上遅い時間の密着取材は厳禁だ。名残惜しいが、空が完全に暗くなったころにお別れとなる。

 

 ――最後に一言、読者の皆様にお願いします。

 

「はい! えっと、どんな記事になるのかまだわかりませんけど……あたしとスピカちゃんの記事を読んでくださって、ありがとうございます! なんだか恥ずかしいところも見せちゃったと思いますけど……これで、あたしたちのことを好きになってくださったらうれしいです。あと、ライブや大会もぜひ見に来てください! みんなのこと、魅了させちゃうんだから!」

 

 ――よろしければスピカ氏もどうぞ。

 

「読者じゃなくてあなたたちに一言。あの恥ずかしいくだりとか、私の家のくだりとか、全部カットしてオリヒメだけ追いかけた感じでやってくださいね」

 

 

 

 

 この記事を世に送り出した後、我々のオフィスに「鬼雨」が降らないか、心配である。




スピカとオリヒメの関係については、シュートシティの件が傍から見たらあまりにも不穏なので、下世話な週刊誌や噂があることないこと言っていたが、ルリナとキバナの権力に潰された(当人たちは噂されたことすら知らない)

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