ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート 作:まみむ衛門
「「かんぱーい!」」
シュートシティの少し高級なレストランにはやや場違いな華やかな音頭。それに続いて遠慮がちな音頭が続いて、グラス同士がゆっくりぶつかる涼やかな音が響き渡る。
「今日はお疲れ様ァ、楽しかったよ」
「はい、お疲れさまでした! あたしもすっごく楽しかったです!」
オリヒメとスピカに密着取材がついた中での仕事であった、シュートシティデパートでの屋上ライブとバトルイベント。それを終えた打ち上げが、ここで行われていた。なお取材陣は邪魔にならないよう隣の部屋でひっそりと食事をしていて、一人だけ同席させてもらっている状況だ。
「今日はライブもバトルもいっぱいお勉強させてくれて、ありがとうございました!」
ジンジャーエール――20歳に満たないアイドルが同席しているから飲酒はご法度だ――を豪快に呷るクララに、ジュースで口を少し潤したオリヒメが、満面の笑みで感謝を述べる。
年齢も経験も実績も、アイドルとしてもトレーナーとしても、クララはオリヒメよりだいぶ先輩だ。そんなクララとの仕事は、オリヒメにとって貴重な経験であった。
「ふふっ、またよろしくね」
クララはそれを受け取って、優しく微笑む。何かと毒々しい性格だが、オリヒメの明るさと素直さには、思わずほおを緩ませていた。
ちなみに、メインイベントであったバトルの結果は、クララの勝利であった。
オリヒメは序盤からペリッパーの雨を活かして水タイプのパワーとスピードで真っすぐに攻めたが、クララは毒タイプ特有の耐久力と小技でその攻撃をすべていなしつつ少しずつリソースを削り、最後は「トリックルーム」で素早さを逆転させたうえで一気に削り切った。
オリヒメはともかく、クララの戦術はアイドルらしくない。競技者としてもエンターテイメント性に欠けると言えるかもしれない。
しかしながら、観客はそのバトルを見て大満足した。
観客たちの目が肥えているからレベルの高いバトルや搦手も楽しめる、というのもあるだろう。だがそれ以上に、クララの「魅せ方」が上手かった。
相手の全力の攻撃を受けた、とは、すなわち、「相手の派手な持ち味を表に出させた」ということである。そのうえで、最後は一気に攻め返して、ド派手な快進撃を果たして勝利した。それはよほどバトルに精通していない限り、「大逆転劇」に見えるだろう。実際は、雨を軸にしたオリヒメの手持ちの長期戦力の低さや、ポケモンの残数に留まらない全体的な残りリソース、そして相手の手持ちを倒しきれるエースやパワーポケモンの温存具合を考えれば、終始クララが優勢であった。
戦った当人として、そしてそれなりの実力者として、オリヒメも自分が「惨敗」したのは分かっている。それでいて双方のファンが満足するバトルに仕立て上げたクララの実力と手腕に、オリヒメはとても感動したのだ。
そんな様子を、ただのボディガードだからと辞退しようとしたがクララに押されてこの打ち上げに参加したスピカが、ジュースをちびちびと飲みながらぼんやりと、そして少し嬉しそうに眺めていた。
ちなみにスピカは酒もタバコも嗜めるが、現在どちらもやっていない。酒は一杯飲んだらすぐ眠ってしまうから、そしてタバコは火を消しきらないまま寝てしまってボヤ騒ぎを起こし、オリヒメと両親と消火をして煤だらけになったキャモメに死ぬほど叱られたからである。
そうして隅っこの方で出しゃばらないよう大人しくジュースと料理にほんの少し手を付けて時間を潰していたスピカに、クララが声をかけてきた。
「オリヒメちゃんのマネージャーさん? も本日はお疲れ様でしたァ」
「……はい、お疲れさまでした」
ボディガードであってマネージャーではない。ずぼらな自分にそんなことできるわけないだろう。
そんなあれこれが浮かんだが、訂正するのも面倒なので、そのまま無難に挨拶を返す。確かに、傍から見ればマネージャーに見えるかもしれない。目の下のクマや覇気のない顔つきもオリヒメの化粧術で多少誤魔化されているから、そのスーツ姿は格好よいビジネスウーマンに見えることもあろう。
「そちらのスピカちゃんは、マネージャーさんじゃなくて、ボディガードさんなんですよ!」
そうしてその場しのぎをしていたスピカの代わりに、オリヒメが訂正してくれた。ちなみにマネージャーのような役柄は雇っていない。セルフプロデュースかつ自己管理だ。ただついてくるだけのスピカがそれをしてあげられればよいのだが、自分の生活すらまともに管理してないのだから、無理な相談である。
「あはァ、なるほど、道理でねェ」
それを聞いたクララが朗らかに笑う。だがその目元に、鋭い影が落ちているように見える。
「あの『
瞬間、スピカは思わず腰元のボールに手を伸ばしてしまっていた。
クララは笑顔のままで、ボールを構えたり警戒したりしている様子は全くない。
だが、笑みが浮かぶ顔の頬はわずかに引きつり力が入っている。そしてその身から、強者特有のオーラを放っていた。
「……知っていらしたんですか」
「それはもちろん、有名人さんだからね」
スピカが思っている以上に、このガラルでのバッジ八つ持ち、そして「鬼雨」のネームバリューは強い。トーナメントやちょっとした大会以外ではジムチャレンジ以来露出はしていないはずだが、ポケモンバトル界隈に限定すれば、積極的に活動しているオリヒメよりも知名度が高いだろう。同期のセミファイナリスト三人がド派手なものだから、自分に注目なんて集まるわけがないと思っているのだ。
「色々話は聞いているぞォ。初参加なのに最初以外一発でジムをクリアしてセミファイナル出場、トーナメントでもジムリーダーとかの『格』持ちを除けば一番の実力者、次期ジムリーダー、キバナさんとルリナさんのお気に入り。メジャージムリーダーと戦って勝ったこともあるそうだねェ?」
「……偶然ですよ」
ジムチャレンジ後もスピカの戦績は悪くはない。バトルタワーでの戦績は誰もが公表されない方針だから別として、トーナメントでも、オリヒメらセミファイナルに出場していない同期にはほぼ負けていない。逆にジムリーダーら「格上」にはほぼ負けているが、何回かジャイアントキリングを達成したこともある。この前は、新人ジムリーダーのマリィ、相性の良いマクワに、運も絡んだ勝利をおさめ、何の因果か決勝にコマを進めた。なお決勝は、チャンピオン・ユウリが繰り出したレジエレキとバドレックスに蹂躙されたのは余談である。
「それと、下手なマイナージムリーダーよりも強い、ってねェ?」
クララが語気を強めると同時、放つオーラがより勢いを増した。
打ち上げ会場の空気がひりつく。彼女の気の弱そうなマネージャーが止めようとするが、口をパクパクとするだけで何もしゃべれず腰を抜かしている。普段の力関係が垣間見えるシーンだ。
(そういうことか)
スピカは気圧されながらも冷静に判断できていた。なにせ普段からキバナの相手をして、先日はバトルタワーでのスーパーボール級昇格戦でダンデと二度目のバトル――一度目の不正オンパレードに比べたら苦しくない戦いだった――も行ったのだ。この手の圧力は「経験済み」だ。
「過大評価ですよ。トーナメントでもジムリーダーたちにはほぼ負けますし、他の大会で戦ったマイナージムリーダーにも大きく負け越してるんですから」
スピカの言うことは事実だ。ジャイアントキリングはまず発生しないどころか、大体はダイマックスを引きずり出すことすらできず完敗する。他の大会で当たるマイナージムリーダーにも大きく負け越している。特にゴーストタイプ専門のオニオンと氷タイプ専門のメロンには、メジャージムリーダーだった実績もあり実力も頭一つ抜けていて、散々に負かされている。
「んふふ、謙遜しなくていいんだぞォ? いや、これは本気でそう思ってるかなァ?」
どちらにせよ、と、ステージ上の彼女とはおよそ重ならない低い声で小さく呟く。
「どこかで戦えるの、楽しみにしてるよ?」
そして、真逆の猫なで声でアイドルの顔になって、ファンだったら垂涎のウインクを飛ばしてきた。
(やっぱポケモントレーナーってなんか変だな……)
食事のはずなのに、やたらと疲れてしまった。
「そういうわけで、お近づきのしるしに、スピカちゃんにプレゼントー!」
そんなスピカに構わず、クララはズズイとスピカの手に何かを押し付ける。
「これは、リーグカードですか」
リーグに認められたトレーナーはある種「芸能人」に近い扱いで、このようにそのトレーナーの写真とプロフィールの入った特別なカードが作られ、一般に公開・販売される。ジムリーダーのような役職持ちはもちろん、ジムチャレンジャーもその年限定で少数ながら作られている。オリヒメはアイドルトレーナーとして活動するために、去年のチャレンジが終わった後に正式にトレーナー登録して、常時販売されている状態だ。ルリナに勝った後ギャラドスに抱き着く瞬間の写真が採用されているレアカードはかなりの高額で取引されているとのことである。
スピカが渡されたのはクララのリーグカードだ。あいにくながらレアではなく、キツい加工を入れたせいで背後のヤドランが歪んでいる面白写真ノーマルカードだった。ジムリーダーなだけあってたくさん販売されているので、金額はさほどではない。本人から渡されたものという付加価値はあるだろうが。
「そういえば、スピカちゃんはリーグカード持ってないのォ?」
「多分、作られてないんじゃないですかね」
「そんなわけないでしょ、ほら」
オリヒメが呆れながらカードを見せてくる。先ほどの通り、ジムチャレンジャーはその年限りだが全員作られるのだ。スピカのものもある。
オリヒメが見せてきたのは、オリヒメ特注の特殊仕様のチャレンジャーユニフォームに身を包んだ、死んだ目で棒立ちのスピカの写真を使った、全員に作られる初期リーグカードだ。
「ぷぷっ、スピカちゃんも女の子だから、もっと決めポーズとかするといいぞォ」
「そんな、似合わないですよ」
写真を撮ると言われていたが、まさかこういうことに使われているとは。スピカは、てっきり希望者のだけ作られていると思っていた。ちなみにオリヒメのリーグカードは、ノーマル・レアともに本人から受け取っている。ルリナから頂いたレアリーグカードは宝物で、額縁に入れて飾ってある。キバナから押し付けられたレアリーグカードはネットオークションに流して中々のお小遣いになったのは余談だ。
リーグカード交換はトレーナー同士の一種の文化だ。持ち合わせてなかったスピカの代わりに、オリヒメが見せたものをそのままクララに渡す。
「ふんふんふん、まあ初期カードだからこんなもんだねえ」
渡されたクララが確かめたのは、その裏面。そのトレーナーの紹介文が書いてある。
今年初参加のチャレンジャー。
バウトレーナーズスクール普通科を卒業後、バウ産業大学に進学。
先日行われたバウタウン・ビギナートレーナーズトーナメントにて準優勝。そのバトルでジムリーダー・ルリナに認められ推薦された。
開会式直後に作られたもので、まだヤローに初めて挑んだ時の惨敗すらなかったころだ。たった半年前のことだが、今は随分と変わったものだ。
ちなみに、参加二回目のオリヒメは、もう少し長いプロフィールが書いてある。
バウトレーナーズスクール・高等部・トレーナー学科に在学。
今年二回目の参加。去年は一度目にしてバッジを二つ獲得した。
アイドル的トレーナーとして活動しており、そのルックスと華やかさが人気。
「今度は試合で勝利して、みんなを興奮させちゃう!」と意気込んでいる。
「それと、これもプレゼントしちゃうゾ!」
そうしてリーグカードについてあれこれ言っていると、クララがさらにスピカに何かを押し付けてきた。
「これは……CD?」
ショッキングピンクと紫と白のゴテゴテとした絵柄のジャケットだ。そこには燃え盛るような文字で「クララにクラクラァ」と書かれている。
かつてインディーズアイドルをしていたころにもCDを出したが八枚しか売れず、こうしてジムリーダーになった後にリニューアルして再販したのだ。ネームバリューもあって今回は売れ行きも好調で、週間オリコンチャート一位も獲得した。
クララ本人から渡されたCD。ファンならば喜んで卒倒するかもしれない。
だが、スピカは、それを突き返した。
「いえ、これは結構です」
「――は?」
瞬間、場の空気が冷え込んだ。
オリヒメが即座に謝ろうとするが、クララの放つ本気の怒気に足がすくんで動けない。部屋の隅で大人しくしていた一人の取材陣も、本来ならスクープチャンスの場面なのに、固まってしまっている。
「どういうことォ? このクララちゃん直々に渡したCDをいらないって?」
猫なで声が震え、その語尾は低く唸るようになっている。口の端はひくつき、こめかみには血管が浮かび、目元には影が落ちていた。
そしてその瞬間、スピカは自分の失策を悟った。
何か、「勘違い」をさせてしまったらしい。
「あ、あー、と、いえ、そういう話じゃなくて」
スピカはガサゴソと慌ててバッグを漁り、取り出した中身を見せる。なんとなく使うかと思って持ってきておいて正解だった。
「私、もうその曲のCD持ってるんですよ」
スピカが取り出して見せたのは、同じ「クララにクラクラァ」のCDジャケットだ。ただしそのデザインは、今のものに比べたらどうにも安っぽくそのくせゴテゴテとして悪趣味である。
「そ、それは!?!?!?!?」
瞬間、店員がすっ飛んできて出禁にされそうな声量で、クララが叫んだ。
スピカから奪い取り、最近老眼気味だからか目をゆがめてしっかりと確かめる。
「『クララにクラクラァ』の初版じゃんんん!?」
クララのこの言葉に驚いたのは、クララの関係者だけだった。スピカはもちろん、アイドル関連の情報収集を欠かさないオリヒメや、取材陣もぽかんとしている。
「それは、インディーズ時代のクララさんが出して、ほとんど売れなかったあの!?」
「後半は余計ィ!」
マネージャーを足蹴にしながら、クララがスピカに向き直る。
「こ、これをどこで!?」
「どこって、ライブ会場で……」
「前一緒にやった時、オリヒメちゃんについてきてたり!?」
「そんな感じです」
何が起きたのか分かってないスピカは、クララに至近距離で問い詰められて、キツイ化粧と香水の匂いにクラクラァしながら答える。
地下ライブの前座だろうと、初ライブは初ライブだ。オリヒメの活躍を見に、重い腰を上げてついていったのだ。その狭いライブハウスの空気と雰囲気と音響は酷く頭痛がしたが、緊張していながらもいつも以上のコンディションで歌えたオリヒメの姿を見れて満足した。その時機嫌が良かったので、「まあ今後付き合いもあるか」と軽い気持ちで、物販に並んでた、質のわりにクソ高くて仕方ないCDを適当に見繕って買っていたのだ。その中に、クララのものもあったのである。
「そ、そのCD、すっごい頑張って収録して、お金と時間かけてたくさん作ったのに八枚しか売れなくて……余ったのは全部邪魔だし気分悪いから処分して、わたしの手元にすら残って無くてっ……!」
「は、はあ」
まだ収入ほぼ無しの地下アイドル未満が意気込んで自費でCD作って八枚しか売れなかった。かなり悲惨だ。その挫折感は、アイドル活動しているオリヒメを見てきたこともあり、かなりのものだと想像できてしまう。だがそれはそれとして、いきなり涙をぼろぼろ流し出したクララの勢いにドン引きしてしまい、それどころではない。涙と興奮の汗で化粧が崩れて、「鬼雨」もびっくりの恐ろし気な化け女が誕生してしまっていた。
「ありがとおおお! それ買ってくれた人に会うの初めてだよおおお!!!」
きっと熱心かつ運のよいファンは必死に大枚叩いて買っただろうが、「あの時」に買ったわけではないだろう。クララが無名も無名だったころに買った、いわば「伝説の八人」だ。しかもそれを今も持ち続けている。
「八枚、ですか……」
いまひとつ現実感のないスピカは、ぼんやりとそんなことを呟く。
この後クララは心の底から感激し、スピカとオリヒメにレアリーグカードのみならず、数量限定のスーパーレアリーグカード――リーグカードチップスという阿漕な商売に付属する
「今の、絶対記事にはするなよォ?」
「ひゃ、ひゃい!」
「鬼雨」を恐れなかった取材陣も、さすがに現役ジムリーダーの本気の脅しには屈してしまった。
○○○○○○○
「八枚、かあ」
取材付きの仕事を終え家に着いたスピカは、スーツを脱いでしっかりメンテナンス――当初は脱ぎ捨ててそのまま着まわしていたがオリヒメに烈火のごとく怒られたのでやっている――しながら、ぼんやりとクララとのやり取りを思い出す。
マイナーリーガーとはいえジムリーダーが全くの無名だったころに出して世に八枚しか残っていない初版CD。見る人が見れば、プレミア間違いなしだ。
メンテナンスの片手間にスマホロトムに検索を頼む。
ネットオークション、フリマサイト、マニア向けの取引サイトや個人ブログ。どこにも流れていない。
ほんの一部に見つかるが、もう売り切れになっている。
その金額を見たスピカは、思わずオークションサイトにアクセスし、出品画面を開いて…………
「いや、さすがに毒殺されそうな気がするからやめた」
…………未来の命のために、金の誘惑に屈してクラクラァしそうだった自分を、なんとか押しとどめた。
このゲームのこのモードの原作主人公手持ち(クリア後)は、
御三家どれか
ムゲンダイナ
ザシアンザマゼンタどっちか
ウーラオスどっちか
バドレックスどっちか
レジエレキ・レジドラゴ・ガラル三鳥のどれか
の6匹。なんやこの厨パぁ!?
これにて一旦おまけも最終回となります。ここまで読んでくださりありがとうございました。
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