ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート 作:まみむ衛門
いきなりジムチャレンジ推薦状を貰ったスピカの旅立ちは、慌ただしいものとなった。
開会式は明後日。明日には旅立ってエンジンシティに前日入りしなければならない。
「全く、なんでこんな急に……」
薄暗い第二鉱山を、地元ブティックで急いで揃えた旅用の服・道具で身を包んだスピカが、ぶつくさ文句を垂れながら進んでいく。
服や道具以外にも、いろいろ準備が必要だった。
大学には休学申請をしなければならなかった。とんでもなく急な話なのに、推薦状を見せたら一瞬で申請が終了した。これはこれで大学としてはどうかと思う。
家もしばらく空けるから、変な虫が湧かないようにそれなりに整理整頓しなければならず、戸締りや電気もしっかり確認が必要だ。
また、キャモメ一匹では何かと不安なので、バウタウン出身者全員が得意とする釣りを駆使して、よく知っていてかつタイプ的にもバランスの良いチョンチーを捕まえた。
「もう始まっちゃったんだから文句言わないの」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
隣を歩くオリヒメは、スピカと違って上機嫌だ。第二鉱山の野生ポケモンはスピカにとっては危険だが、オリヒメにとっては奥まったところにいる「ヌシ」のようなものでなければ問題ない。
そう、事の発端はオリヒメだ。
いきなり大会に参加させられ、推薦状をルリナ直々に、衆人環視の前で渡された。ここで断ったら、ルリナの顔に泥を塗ることになる。
そしてすぐ後に判明したのが、ここまでもオリヒメの仕込みだったということだ。
曰く、裏でルリナにスピカを紹介し、もしお眼鏡に適ったら推薦状を渡してほしいとお願いしたらしい。
そしてなぜか分からないがルリナの満足いく腕に見えたようで、見事推薦されたというわけだ。たとえお願いがあろうと彼女は自分が認めたトレーナーでなければ推薦状を渡さないだろう。ここは間違いなく、ルリナ本人の意志だ。
「前からずっと思ってたんだよね。スピカちゃん、絶対ポケモンバトル強いもん。もったいないじゃん」
「…………本当にそうか?」
同級生とのお遊びバトルではほぼ負けることはなかったし、トレーナーズスクールでも頻りに先生からトレーナークラスに移籍するよう言われていたし、何よりもオリヒメから事あるごとに褒められてきた。
生まれてこのかた、真面目にバトルに向き合ったことはない。それでもこれだけの経験があるから、人よりは才能があるとは思っていた。
だが、年下のオリヒメをずっとそばで見てきて、彼女の才能には絶対に敵わないと知っている。そのオリヒメですら、初チャレンジとはいえ去年はバッジ二つで終わり、最初の鬼門を越えられず、四分の一で躓いたのだ。
自分に才能がないわけでもないのだろう。だが、身近により才能とやる気のあるトレーナーがいて、その彼女ですら序盤で躓く。そんな世界に、自分が飛び込んでいる自信は、全くなかった。
「うん、本当だよ」
二人の足音と声に反応して、コソクムシがそそくさと逃げていく。足元に気を付けていれば、マッギョに引っかかることもない。カメテテやズルッグのような好戦的なポケモンはおおむねオリヒメが対処し、その中でも弱らせたり弱そうだったりするポケモンは、オリヒメのサポート受けながらスピカが相手をする。カジリガメのような強いポケモンは隠れてやり過ごす。
スムーズな対処。
スピカに自覚はないが、オリヒメのサポート込みとはいえ、旅に出たばかりでこの第二鉱山でこうして安全に対処できているのは、間違いなく才能の証だ。ルリナの言う観察眼もそうだが、キャモメはもちろん捕まえたばかりのチョンチーともしっかり信頼関係が築けて、バトルに淀みがない。
真っすぐな肯定が照れくさくてスピカは押し黙り、一方的にオリヒメが楽しそうにあれこれ去年のジムチャレンジの思い出を話しながら、ついに第二鉱山を抜け、エンジンシティに到着する。
「ふう、ようやく着いたか」
スピカは張り詰めていた気分を解放する。隣にオリヒメがいるとはいえ、第二鉱山は、バウタウンで過ごす彼女にとっては、一番身近な危険地帯だ。いきなり旅立つことになり、その初っ端にそこを通るのは、やはり緊張した。エンジンシティには何回か来ているが、トレーナーでない他者と同じように、もっぱら列車でしか来たことがない。今回も列車で行こうとグズったが、「バトルの練習しなきゃいけないでしょ」と一蹴された次第である。
ポケモンセンターでポケモンを回復させる。スピカはもともと究極の出不精だったこともあって運動不足であり、これだけの距離を緊張しながら歩いたので、すっかりお疲れで、回復を頼んでる間はソファで寝転んでまどろんでいた。一刻も早くスボミーインに泊まりたいところである。ちなみに別室でもジムチャレンジャー権限でなんとタダだが、オリヒメの判断で同室となった。お世話をしてくれる分には助かるので、スピカにも異存はない。依存はあるが。
ポケモンの回復が終わり、いよいよスボミーインに向かう。
「ねえ、スピカちゃん。せっかくだからさ」
だが、先導するオリヒメは、そのつもりはないらしい。
ポケモンセンターを出たあたりから、彼女の雰囲気が変わっていたので、なんとなく察していた。
「旅立ってから初めてのバトル、しよっか?」
全身からオーラをたぎらせ、可愛らしい目には獰猛な光が宿り、口元は嬉しそうに吊り上がっている。
オリヒメの、いや、本格的なトレーナーが、「バトルモード」に入った証だ。
「…………お手柔らかに」
「もちろん」
向かった先は、街の各所にある、バトル用のスペース。スピカは断れない。ジムチャレンジに挑む以上、ポケモンバトルをいつまでも避けるわけにはいかない。いわばこれは、「ポケモントレーナー」になるための「儀式」なのだろう。
オリヒメは宣言通りに大きく手加減してくれて、さらにバトル中もいろいろ手を止めてアドバイスをくれて、わざと攻撃も受けてくれた。それでも、スピカは、なんとか勝利するのが精いっぱいだった。
○○
スピカは目立つのが嫌いだ。それなりに図太い性格ではあるが人並みには緊張するし、注目されるということは責任を背負わされるということでもありそれが面倒くさい。そして、そうした重圧で疲れることが、何よりも嫌だった。
「開会式、すごかったねー!」
「もう何が何だか分からなくて、長かったような、一瞬だったような……」
エンジンスタジアムに立っている間は、永遠のように長く感じられた。
だが終わってみれば、何があったか、何を考えていたか、何を見たか、全く思い出せない。まるで時間を飛ばしたかのような、一瞬の出来事のようにすら感じる。
「スピカちゃんも、もう結構人気だったね」
「オリヒメが隣にいれば霞むと思ったんだけどな……」
見た目が飛びきり可愛い上に素直で人当たりの良いオリヒメは、去年のジムチャレンジから、アイドル的な人気があり、またそれに近い活動をこの一年間、学業の合間を縫って少しだけやってきた。特技のダンスも、アマチュアトレーナーやアイドルとしてはレベルが高いと評判である。固定ファンもそれなりにいて、またこの開会式で新たにファンになった者もいるだろう。
常識人ではないが常識的なことは十分に知っているスピカは、当然、ジムチャレンジがこのガラルのトップエンターテイメントであることも知っているし、その「主役」と言えなくもない立ち位置が自分たちチャレンジャーなのも知っている。
目立ちたくないスピカは、オリヒメの隣で彼女の陰に隠れることを選んだ。
だがまだまだ本業ではないとはいえアイドル的活動をしているオリヒメの手によって朝早くに叩き起こされて化粧され、髪の毛を整えられ、お洒落にアレンジされたチャレンジャー用ユニフォームに身を包まされたスピカは、生来の素材もあって、「美人のビギナーチャレンジャー」としてそれなりに注目されていた。
ルリナには遠く及ばないが、その長身は人目を引くし、顔立ちは綺麗とも格好良いとも取れる程度には整っているし、スタイルも――自堕落極まりない生活をしているのに――良く、長くてすらりとした脚は特に目立つ。女性用ユニフォームはショートパンツの丈が短いが、オリヒメがスピカに用意したものはあえてのややぴっちりした長ズボンで、デニムを履く女性モデルのようにきっちりと決まっていた。
とはいえ、今回初参加の新人の中で一番目立っていたのは、スピカではないのは確かだ。
まず一人はホップ。スピカと同じく先日いきなり推薦を受けた少年だ。大勢の観客の前でも堂々としてはしゃぎ、開会式を全力で楽しんでいた。彼は無敵のチャンピオン・ダンデの弟で、そのチャンピオン直々に推薦を受けたというのが、すでに広まっている。
そしてそのホップと幼馴染で、同じくチャンピオンから推薦を受けた少女・ユウリもまた、そのいきさつから注目を浴びていた。ホップと違ってだいぶ緊張した様子だったが、その素朴でありながらも垢ぬけた雰囲気も感じられる可愛さは、オリヒメにも負けていない。
「まあまあ、後半は私たちなんていないみたいな扱いだったんだしいいじゃん」
推薦状を渡されてからずっと現実感のないふわふわした様子のスピカに対し、やはりオリヒメは二年目なだけあって落ち着いていた。
開会式の後半。なぜか一人欠けていたが、ジムリーダーたちの入場が始まると、観客たち、そしてフィールド上のスピカたちの視線は、全て彼ら・彼女らに集まったのだ。
その一人一人だけでも、サインの一つでももらえれば一生の宝物になるほどの傑物たち。このガラルを代表する、ポケモンバトルのトップトレーナーだ。その堂々とした立ち居振る舞いとオーラは、彼ら・彼女らの地位と実績に、これでもかと説得力を持たせる。
だがそんなメジャージムリーダーたちも、最後に現れたチャンピオンの前では霞んでしまった。
「あのチャンピオンと戦うこともあるのか……」
トッププロたちの戦いは、テレビやネットでは常に大番組として放送されており、スピカもそれなりに追いかけてはいる。だが現地観戦やイベントなどには参加したことがない。
だからこそ、いきなり観客席よりも近い距離で見てしまったチャンピオン・ダンデの姿は、もはや眩しすぎてよく見えなかったとすらいえる。それでも、未だに瞼と脳裏に焼きついて離れない。
――ジムチャレンジ。
ガラルリーグに参加していない「アマチュア」が、数多の試練を経て、あのチャンピオンに挑戦し、その地位を手に入れることができるかもしれない、ガラルの一大イベント。
そのチャンピオンの姿を見て、ようやく、スピカは自身がその参加者になったという実感を得られた。
とはいえ、良く言えば現実主義的、悪く言えば悲観主義的な彼女は、そのようなことを夢にすら思わない。今回の目標は「ルリナとオリヒメの顔に泥を塗らないように努力する」である。そういう表舞台は、それこそホップやユウリ、オリヒメのような才能あるトレーナーの特権だ。
スピカの言葉に何か思うところがあったのか、オリヒメもまた、ぼんやりと口を開かない。視界の端では、特に元気そうに興奮しているホップが、雄たけびを上げながら旅立ちの一歩を踏み出し、スタジアムから出ていくところだった。
「…………ねえ、スピカちゃん」
それをなんとなく見送っていると、オリヒメが、ようやく口を開く。そこに、いつもの素直な明るさとは違う重い何かを感じ取り、スピカは深呼吸をしてから、オリヒメの顔を見た。
そのオリヒメは――顔いっぱいに笑顔を浮かべると……突然スピカの鼻先に、ビシ、と人差し指を突き立てる。
「今からしばらくは、あたしたちはライバル! チャレンジ中何回も会うかもだけど……セミファイナルトーナメントでも、絶対会おうね!」
その笑顔は固い。きっと自分も今笑おうとすれば、同じような顔になるだろう。
緊張。不安。弱気。そして何よりも、論理的な帰結としての、「それは無理だろう」という妥当な予想。
それと一緒に、今まで戦うことのなかった幼馴染関係に、初めて「ライバル」という要素が加わった。
(…………なんだか、すっかり大人だな)
それでもオリヒメは、可愛らしい顔いっぱいに笑顔を浮かべて、こう宣言して見せた。
自分よりもはるかに立派な子だが、今この瞬間、特にそう思った。
「ああ、そうだな」
「じゃあ、あたしは先に行くね! 最初はターフタウン! ここから西のガラル鉱山を通るのが近道だよ! アーマーガアタクシーとかでズルしちゃだめだからね!」
オリヒメは居ても立ってもいられないのだろう。まくしたてるようにそう言い残して、スタジアムから去っていく。
「……行くか」
その背中が見えなくなってから、スピカもようやく、チャレンジャーとしての一歩を踏み出した。
○○
「お姉さん、チャレンジャーだよな!?」
3番道路を抜け、ガラル鉱山に入ろうかというところ。
そこにはホップがいて、偶然目が合い、声をかけてきた。
「……そうだが?」
彼は最初に駆け出したはずだ。なぜ一番最後に出た上に、色々寄り道していた自分が、彼に追いついているのか。あと三十人程度のチャレンジャーがいるなかで自分を認識していたのが不思議だった。
よもや、ここでチャレンジャーに片っ端から話しかけているのか。そう思ったが、それができるほど落ち着いた性格には見えない。事実、スピカとは対照的な、光り輝くほどの元気オーラを放っている。
「やっぱそうだよな! 一人だけ長ズボンだったから印象に残ってたんだ!」
そういえばそうだったかもしれない。
自分のためだけに気合を入れて特別なユニフォームを準備していてくれたのは嬉しかったが、こうなると、あの可愛い幼馴染への恨みが募る。もしかしてこれからあれを着るたびに目立ってしまうのだろうか。
「よし、チャレンジャー同士が会えば、もうやるしかないな! バトルだ!」
「ちょっ!?」
ホップがボールを構え、距離を取ってくる。
やはりポケモントレーナーはバトルとなると血の気が多い。スピカは呆れながらも、気持ちを切り替え、チョンチーを出す。
「行け! 俺の相棒、ウールー!」
「バトルだ、チョンチー」
腰に下げていたボールは三つ。相棒らしいウールーはバトルのやる気満々で、ホップとの信頼関係がその立ち居振る舞いからうかがえる。今年初めてチャレンジャーになったビギナーだというのにこれは、チャンピオンの弟の名に恥じない「才能」が垣間見えた。
「『でんじは』」
手段を選んでいては勝てない。
スピカが初めてのジムチャレンジで初めてのバトルで選んだ技は、まさかの、相手を状態異常に陥れる変化技だった。
「マイナージムリーダー下剋上編」
マイナージムリーダーからスタートし、メジャー昇格、チャンピオンへの挑戦、チャンピオン就任を目指すモード。
原作の3年前からスタートし、原作主人公が絶対にチャンピオンになってしまう年までに、ダンデを倒してチャンピオンになればクリア。
ゲームシステムはパワプロのサクセス風。原作キャラやオリジナルキャラとの恋愛を楽しめる。
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