ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート   作:まみむ衛門

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「うおお、お姉さんすごいぞ!」

 

「……どうも」

 

 少年は元気に跳ねまわり、女性はげっそりとしている。

 

 両者の間の勝敗は目に見えて明らか……ではない。

 

 少年ホップが敗北し、スピカが勝利したのだ。しかも、ホップはポケモンを三匹使い、スピカは二匹だけで。

 

 それで両者の間に実力差があったかと言うとそうではない。トレーナーとしての指示の素早さや反応速度、状況への対応、ポケモン自身の練度、その全てがホップが上回っていた。ただ少しばかり、スピカの頭が回り、作戦がハマったに過ぎない。

 

 そうしてスピカは、未熟な少年相手に、自身も超ビギナーだというのにいきなり搦手を駆使してなんとか有利な状況を作り出して勝利を収めた。

 

「お姉さん、ポケモンバトルの経験とかあるのか!? 去年のジムチャレンジにはいなかったと思うけど」

 

「子供のころにやったきりだな。ここ三日間で急に三回も戦うことになったが」

 

 自分からバトルを吹っかけたから、ということで、傷ついたポケモンをホップに回復してもらってる。元々遊ぶ金が欲しくなったらアルバイト、というだらけた生活を送っていた中で、急な旅立ちのために入用なものを買い、さらに途中ポケモンセンターでとんでもなく高い買い物をしたせいで、傷薬などは全く持ち合わせていない。一応大人の年齢だが、子供に道具をおごってもらった形になり、どうにもきまりが悪かった。

 

「それなのに、タイプ相性もばっちりだし、もう『でんじは』とかも上手に使ってるのか!? すごいぞ!」

 

 タイプ相性はポケモンバトルの基本だが、いかにも生物らしく、複雑極まりない。そのうえ、普通に生活していたら見たことないポケモンの方が大半であり、タイプが分からないということもある。

 

 だが、スピカは、ココガラにもヒバニーにも、きっちり弱点を狙って戦いを組み立てていた。およそ初心者とは思えない。

 

「……なんとなく、勘が当たっただけだよ」

 

 オリヒメといい、なんでこうも人を真っすぐに褒めることができるのだろう。ひねくれもののスピカは、照れてしまい、回復してもらったポケモンを受け取りながら、ぶっきらぼうに答える。

 

 ココガラは羽根で飛んでいたから飛行タイプ。ヒバニーは赤かったのと、あとホップが出した時に燃える炎が云々と言っていたから炎タイプ。こんな程度の予想でしかない。

 

 とはいえ、バトル中に一瞬でそこまで気づいてタイプ予想を立てるのは、いざとなると難しい。

 

(ルリナさんやオリヒメが言ってた観察眼ってやつか?)

 

 まさかな。

 

 自分にそんな才能があるわけない。

 

 真に才能があるというのは――

 

 

 

 

 

 

 

 ――きっと、この少年のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チョンチーが倒され、キャモメも満身創痍。スピカの勝利はギリギリだった。

 

 ウールーとココガラを倒したもののすでに傷ついていたチョンチーは、かろうじて一太刀入れたがヒバニーに倒された。そしてキャモメも、ヒバニーに倒されそうになった。

 

 ――有利な水タイプ二匹がかりで、ようやくギリギリ倒せた。

 

 お互いに初心者だというのに、ホップはすでに、この瞬間に限っては、スピカのはるか上を行っていたということに他ならない。

 

「さすが、無敵のチャンピオンの弟ってところだな」

 

 スピカの何気なく漏らした一言に、意外にもホップは何か騒ぐことなく、笑みを浮かべて頷いただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホップとの戦いですっかり疲弊したスピカは、そこからトレーナーの視線を巧みに避け、野生ポケモンとの戦闘を最小限に抑えながら、ターフタウンへとたどり着いた。戦闘を避けながらゆっくり進んだせいか、自分の後を追う形になったホップにはもう抜かされたらしく、その元気そうな声が進行方向の遠くから聞こえたりもした。

 

(初日に挑むのが定番、らしいからな)

 

 ジムチャレンジの様子は、オリヒメが出ると言うので、去年テレビで何回か見た。

 

 ジムチャレンジャーは結局のところアマチュアだ。だが、そんなチャレンジャーが、いきなりあんな大舞台で、あれだけの観客に囲まれながら、憧れのトッププロの胸を借りてバトルすることになる。そのある意味での地獄に、初日から慣れておくべし、ということらしい。

 

 スピカはそのまま真っすぐターフジムへと向かう。チョンチーもキャモメも、ホップに回復してもらってから傷ついてはおらず万全だ。

 

(相手は草タイプ。いきなり鬼門だが……)

 

 チョンチーは相性最悪だが、それなりに耐久力はある。一撃耐えて「でんじは」を入れるぐらいはできよう。そして一番信頼できる十年来の付き合いのキャモメは、飛行タイプも持っているから、対等以上に戦えるはず。

 

 初めての大舞台。まさかそこに、自分が立つことになるとは思わなかった。

 

 去年のテレビに映った光景を思い出し、足がすくみながらも、受付を終え、例の目立つユニフォームに着替え、チャレンジに挑む。

 

 とはいえ、いきなり戦うのではなく、各ジムごとにミッションがあり、それをクリアすることが必要だ。バトル以外にも、「トレーナー」として必要な素養がある、ということだろう。

 

 何十匹もいるウールーを追いたてて転がし、所定に場所に導く。途中でジムトレーナーやワンパチの妨害があり、それを避け、失敗しても諦めずに何度も挑み続ける力が試されるのだ。

 

 ――この初めてのミッションは、拍子抜けだった。

 

 ウールーたちはよく飼いならされており、ヤンチャだったり変なことをしたりする個体は一匹もいない。全員が、状況に合わせて画一的に動いてくれる。

 

 それさえわかれば、どのようなときにどう動くか確定するわけだから、あとはじっくり観察して方法を定めたら、誘導するのは簡単だった。妨害役のワンパチやジムトレーナーも努めて機械的・周期的に走り回ったり見まわしたりするだけであり、意地悪などはない。

 

 そうして、意外なほどにスムーズに、初めてのジムミッションをクリアした。最初だから、きっと簡単に作られてるのだろう。

 

 

 

「……ついにか」

 

 

 

 そうして案内されたのは、スタジアムの、チャレンジャー用の入り口。大観衆の地響きのような歓声がここまではっきり聞こえてくる。

 

 ――そしてそれ以上に、自分の心音も。

 

 現実感のない、ふわふわした感覚が、また蘇ってくる。

 

 だが、深呼吸をして、それを抑え込み、光が漏れる出口を睨む。

 

 オリヒメの顔に、泥を塗るわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワアアアアアアア!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 意を決してスタジアムに足を踏み出すと、熱狂した観客たちの歓声が爆発する。それに心臓が跳ね上がり、脚が止まりそうになるが、気合で最初の一歩を乗り越え、視界の端で誘導してくれる審判に従い、真ん中へと歩みを進める。

 

 喉が張り付いたように渇き、全身から汗が吹き出し、手足が震え、暑いのか寒いのか分からない。今までとにかく面倒なことや疲れることから逃げ続けてきた。こんな大舞台に立つのも、こんな感覚も、初めてのことだ。

 

「やあ、今年のチャレンジャーたちは優秀だなあ」

 

 ゆえに、視野狭窄に陥っていたスピカは、いきなり近くで聞こえた声に、ひどく驚いた。

 

 跳ね上がるように視線を上げ、声の主を睨む。そこには、柔らかな笑顔を浮かべた筋骨隆々の青年が、腕組みをして立っていた。

 

 こんな巨体にすら気づかないとは。スピカは思わず見上げ、それから一歩後ずさる。半日前に見た時よりも、さらに近い距離。

 

 ――ガラル地方のトッププロの一角・ジムリーダのヤローだ。

 

「あのミッション、最初だからそれなりに簡単に作ってるけど、今日は君含めて三人も、一回もミスせずに抜けてきたんだあ」

 

 先行してるはずのオリヒメは多分どこかでドジをしただろう。あの子はそういう子だ。そこがウケてアイドル的活動で来てるフシもある。

 

 ホップはきっとノーミスの一人だ。ウールーのことをよく知っていそうだし、どのポケモンともすぐ友達になれそうだ。

 

「……そうですか」

 

 何か気の利いた返事は出来ない。スピカの返事はぶっきらぼうで、失礼と捉えられても仕方ない。だがヤローは緊張でこうなるチャレンジャーには慣れたもので、何も言わず、笑顔で頷いた。

 

「さあ、ジムチャレンジは始まったばかり」

 

 審判員の指示に従い、お互いに背を向けて離れ、向かい合う。ヤローはなおも優し気に笑顔を浮かべたまま、語りかけるようにゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

 

 そして、その巨体から、急に威圧感が噴き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、簡単に負けるつもりはないぞお」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジムリーダーのヤローが、勝負を仕掛けてきた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ! バトルだ、キャモメ!」

 

 ルール上は同時だったはず。

 

 だが、まるで追い立てられるように、ボールを投げてしまった。本能が、まるですがるように、最も信頼するキャモメを選んだ。

 

(大丈夫、元々キャモメが先発の予定だ。ダイマックスを使ってくるのも知っている。こっちが一方的に使えないのは不利だが、それはオリヒメたちも同じ!)

 

 心の中で自分に言い聞かせながら、ヤローが出したヒメンカを睨む。

 

 ジムリーダーは本気ではない。ジムチャレンジ用に、大きく手加減したポケモンを使う。つまり、初心者でも勝てるように強さが設定されているはずだ。相手はトッププロだが、委縮する理由はない。

 

「『つばさでうつ』」

 

 キャモメは素早いポケモンだ。明らかにヤローのヒメンカのほうが鍛えられているが、先に動くことができた。

 

 先制で効果抜群の攻撃。大丈夫、戦えてる。ヒメンカもかなり痛そうにしている。

 

「タイプ相性は覚えてる、なるほどなあ。ヒメンカ、『このは』!」

 

 草タイプの基本的な技。飛行タイプを含むキャモメなら大丈夫なはず。

 

 だがその威力は、スピカの想像をはるかに超えていた。タフネスが弱いキャモメは、効果抜群の技を食らったヒメンカと同じぐらい、大きく弱ってしまう。

 

(なんて威力だ!)

 

 鍛え方が違う。対初心者用のポケモンでこれなのか。

 

 スピカからさっと血の気が引く。選ばれたトレーナーだけが挑めるジムチャレンジを、はっきりいって、ナメていたのだ。

 

「『つばさでうつ』!」

 

 それでも、スピカは心折れずにキャモメを信じて指示を出す。バトルに慣れておらずこの痛みも辛いだろうキャモメは、スピカの指示に応えて、その細い翼を精いっぱい振るい、ヒメンカをダウンさせた。

 

(残り一匹!)

 

 この調子なら。

 

 数的有利を取った。キャモメは大きく傷ついたが、飛行技が大きく有効なのは間違いない。

 

 次は最後の一匹のはず。ダイマックスが来る。

 

 大丈夫、予定通りの動きをすれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあダイマックスだ! 根こそぎ刈りとってやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがその直後、スピカの心は、折られた。

 

 ヤローが出したワタシラガは、先ほどのヒメンカの比ではない強さだ。縄張りの主の如く振舞っていた明らかにレベルの高い3番道路のアオガラスの比ではない。第二鉱山で最初から挑む気すらしなかったカジリガメと同じ強さにすら見える。

 

 しかもそのワタシラガが――巨大化(ダイマックス)したのだ。

 

「な、な……」

 

 ダイマックス。存在は知っている。テレビで何度も見た。生でも一回だけ見たことがある。

 

 だが、彼女は、ダイマックスと戦ったことはない。

 

 その威容を見上げ、完全に気圧される。

 

 戦いはまだ終わってないが、もう終わったも同然。

 

 完全に、「格付け」が終了した。

 

 こんなの、準備していた作戦なんて、全く意味がない。

 

 

 

 

 

 

 

 スピカが呆然としている間に、ダイソウゲンを二回撃たれ、一瞬にして、彼女の初めてのチャレンジが終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、スピカちゃん……?」

 

 何が起きたのか分からないまま、とりあえず反射的にヤローにお辞儀をして、ふらふらとした足取りでジムを出て、ポケモンセンターにキャモメたちを預けた。

 

 その回復を待っている間、スピカは、ぼんやりとソファに座って、抜け殻のように背もたれに身体を預けていた。

 

 自分のチャレンジもあるというのに親友のデビュー戦をどうしても見たくて、ジムミッションからずっと観客席で見守っていたオリヒメは、心配になってここに駆けつけた。去年あれだけ苦労した最初のバッジを早々に初回でゲットした嬉しさは、今や吹き飛んでいる。

 

 そこで、放心状態のスピカの姿を見つけ、戸惑いながら話しかける。

 

「…………ああ、オリヒメか」

 

 だらけきった寝起きの時よりは反応がよい。だが、目を開けてしっかり起きていたにしては、あまりにも気づくのが遅かった。

 

「負けたよ。惨敗だ」

 

「え、えっと……」

 

 いつも覇気がない顔には、今や生気すら見えない。

 

「どうすればいいのか、全く分からなかった。トレーナーとしての腕は完敗なのは当然として、ポケモンの鍛え具合も全然違う。それにあのダイマックス……あんなのと、オリヒメたちは戦っていたのか」

 

 茫然自失。思い浮かぶ言葉で例えるならそんな状態。

 

 だが、スピカの口からは、彼女の考えてることが、平坦な早口で矢継ぎ早に紡ぎ出されている。

 

「事前に作戦は考えてきてた。今私ができる最善だ。キャモメは有利なはず。チョンチーだって仕事はあった。だけど、それは全部無駄だった。弱い。私も弱いし、キャモメたちも弱い」

 

 異常。

 

 壊れた機械のように淡々と、抑揚もなく、まるで無造作に長い長い一本の線をボールペンで引くように。

 

 いつものスピカを知るオリヒメからすれば、今目の前にいる人間が、ずっと一緒にいた姉のような親友とは思えなかった。

 

 抑揚はいつもないほうだが、一本調子ではない。口数は少なく、気だるそうに呻くように緩慢に話す。それがいつものスピカだ。

 

「スピカちゃん!」

 

 居ても立ってもいられず、オリヒメはスピカの隣に飛び込むように勢いよく座り、その両肩を掴んで激しく前後にゆする。

 

「しっかりして! 今は考えるのは止めよう!?」

 

 いつの間にか目にたっぷりとたまっていた涙は、すでにあふれ出している。

 

 スピカがこうなったのはなぜか。ジムチャレンジでいきなり全く手も足も出なかったから。

 

 では、そんな世界に彼女を叩き落としたのは誰だ。

 

 ――オリヒメだ。

 

「ごめん、ごめんね、スピカちゃん……」

 

 揺する力はだんだんと弱くなる。そしてついにそれは止まり、引き寄せる勢いで、その胸に顔を押し付け、抱きしめる。

 

 ――オリヒメは心が強い方ではない。

 

 去年のジムチャレンジも、ボールの中の仲間(ポケモン)たちはやる気に満ち溢れていたのに、オリヒメ本人は、開会式の前から「ビビッて」いた。いざ開会式が終わるとその熱気に当てられ、「勝利して皆を興奮させちゃう!」と張り切ったが、初めてのジム挑戦の前には未知のジムミッションに足がすくんだ。

 

 そして、今年と同じウールーを誘導するミッションに盛大に失敗したのだ。

 

『ヤローさん意外と意地悪かも……』

 

 のちのジムミッションに比べたら簡単に作られていたが、初めてのそれに、心折られたときの自分の独り言が思い出される。

 

 ――そして今年。

 

 そんなジムミッションを、スピカは、初挑戦で、しかもノーミスでクリアした。

 

 観客席から見える巨大モニターでその様子を見ていた彼女は、盛り上がる観客たち以上に喜んでいたが、しかし驚きは少なかった。

 

 このジムミッションは、「ポケモンと向き合う」という、ポケモントレーナーに最も重要な素養が試されている。その点で言えばスピカは、昔から、周囲には並ぶ者がいなかった。だからこそ、自信を持って、ルリナに推薦するよう頼んだのだ。

 

 去年の自分よりも、ずっとポケモンと向き合えている。

 

 ……だがそんな彼女ですら、ジムチャレンジの洗礼に飲み込まれた。

 

 大好きな親友にこれほどのショックを与えてしまったのは、ほかならぬ、オリヒメだ。

 

「……なあ、オリヒメ」

 

 数十秒後。

 

 ぐすぐす泣くばかりで何も話せなくなったオリヒメに、スピカが、精魂枯れ果てた声で、絞り出すように話しかける。惨敗のショックでぐるぐると高速で駆け巡るマイナス思考が、オリヒメに揺すられたことで、ようやく途切れた。その声は未だ一本調子で平坦だが、いつもの緩慢で気だるそうな話し方に戻っている。

 

「去年のお前も、こんな気持ちだったのか?」

 

 ジムチャレンジの様子をテレビで追いかけていたから知っている。

 

 オリヒメは、最初のジムから躓いていた。なにせ、ジムミッションすらろくにクリアできなかったのだ。そしてヤローに挑むところまでこぎつけても、何回か負けている。

 

「…………どうなのかな。確かに悔しくて、ショックで、一晩中泣いちゃったけど…………」

 

 果たして今のスピカほどに、魂を失っていただろうか。

 

 結局最後はどうにか勝って、当時二番手だったカブにもなんとか勝った。三番手のルリナには歯が立たずそこで終わってしまったが、最終的には良い思い出だった。だからこそ今年も参加し、そして信頼する親友を誘った。

 

 だが、思い出してみれば、最初はとても辛かったのだ。そしてスピカは、もしかしたら自分以上に傷ついている。

 

「そうか。オリヒメは……ここから、再チャレンジしたのか」

 

 スピカが思い出すのは、ジムチャレンジが終わった後のオリヒメだ。

 

 毎日のように会っていたから、しばらく会えない時間が妙に長く感じた。

 

 そうして久しぶりに会ったオリヒメは、眩しくて直視できないほどに、人間的に成長していた。

 

 こんなに辛い思いをしてもなお、挑み続けて、そして乗り越えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………オリヒメ」

 

 

 

 

 

 

 

 だらりと力なく投げ出されていた手に力を入れる。震える腕を持ち上げ、大切な親友の背中に回し、抱き返す。

 

「私は……まだ、ジムチャレンジャーじゃなかったみたいだ」

 

「……え?」

 

 言っている意味が分からず、オリヒメは、思わず顔を上げ、至近距離で親友の覇気のない顔を見上げる。涙でぐしゃぐしゃになり、整ったメイクの崩れた、可愛い妹のような親友の顔は酷いものだったが、スピカにはなぜだか、いつもよりも愛おしく見えた。

 

「私は、『オリヒメとルリナさんの顔に泥を塗らないように』を目標にしていた。最初から、挑戦なんて気持ちじゃなかったんだ」

 

 いつの間にか、完全にいつもの話し方になっている。

 

 だがオリヒメは、抱き返されて感じる体温以上に、その言葉に、確かな「熱」を感じた。

 

「ごめん、オリヒメ。お前にも、ルリナさんにも、迷惑をかけるかもしれない」

 

 オリヒメの背中から腕を外し、代わりに両肩に手を置いて、グッと力を入れて押す。悲しみと申し訳なさと戸惑いで力が抜けていたオリヒメは、それで簡単にスピカから離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決まった。私は勝ちたい。だから、今から……この『チャレンジ』を、私だけのためのものにする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリヒメを残して、スピカは立ち上がる。

 

 とっくに回復は終わり、二人の様子を遠巻きに見つめて声をかけるべきかどうか迷っていたスタッフに歩み寄り、そのボールを受け取った。

 

 そして、まだソファの上でぽかんとしているオリヒメに向き直り、ボールを腰にセットしながら、深呼吸をして、宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからオリヒメも、私を放っておいて、先に行け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリヒメは驚いた顔をして、そして涙をまたボロボロと流しながら顔をゆがめると……アイドルをやっている時よりもはるかに眩しい、満面の笑みを浮かべた。

 

「――――――うん! わかった! 約束だよ、スピカちゃん! 絶対、追いついてきて!」

 

「ああ!」

 

 スピカは力強く踏み出し、ポケモンセンターの外へと出る。

 

 今から急いで鍛え直しだ、他地方のバッジ集めと違って、厳しい時間制限がある。

 

 そしてオリヒメは洗面所に向かい、あえてキンキンに冷えた水で顔を洗い、メイクを整える。

 

 オリヒメは、ポケモントレーナーで、ジムチャレンジャーで、ダンスの得意な可愛い女の子だ。こんな姿を、人に見せるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 ――そして一番好きな自分の姿で、大好きな親友を、この先で出迎えたいのだ。

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