ショタっ子魔法師は風魔忍 作:魔法非戦士
「壬生先輩。残念ですが、これが現実です」
達也は無慈悲なほど冷たい声で告げた。
だが、それが逆に壬生を絶望の衝撃から言葉通り現実へと引き戻した。
「……司波…君……」
「誰もが等しく優遇される、平等な世界。そんなものはあり得ません。才能も、適性も、努力も無視して平等な世界があるとすれば、それは誰もが冷遇された世界。何も求められず、何も認められない世界。本当は、壬生先輩も分かっているんでしょう? そんな平等なんて、誰にも出来ない。そんなものは、騙し、利用するための甘美な嘘の中にしか存在しないんですよ」
「……私、は……」
「壬生先輩は、魔法大学の非公開技術を盗み出すために利用されたんです。これが、他人から与えられた、耳当たりの良い理念の、現実です」
無慈悲に、されどどこか子供に言い聞かせるような声色で告げてくる達也の目に、壬生は憐れみを感じた。
同じと思っていた、年下の後輩に、憐れまれたという事実に、壬生は心の中で何かが弾けた。
「……どうしてよ! なんでこうなるのよっ!? 差別を無くそうとしたのが間違いだったというの? 平等を目指したのが間違いだったというのっ? 差別は確かに存在したじゃない! あたしの錯覚なんかじゃない。あたしは確かに蔑まれた! 嘲りの視線を向けられたわ。馬鹿にする声を聞いたわ! それを無くそうとしたのが、間違いだったというの? 貴方だって、同じでしょう? あなたはそこにいる出来の良い妹と、いつも比べられてきたはずよ。そして、不当な侮辱を受けてきたはずよ! 誰からも馬鹿にされてきたはずよ!」
壬生は秘めていた想いを全て吐き出した。
心の底から絶叫して、目の前にいる同じ存在と思っていた男に感情をぶつけた。
残念ながら達也の心を1ミリも揺るがすことは出来なかったが。
咲宗は腕を組んでどこか呆れたような顔を浮かべており、エリカは無表情を装っていたが、壬生を見つめるその目には同情と怒りが浮かんでいた。
そして、深雪には壬生の叫びが届いていた。
ただし、そこに浮かぶ感情は『怒り』であったが。
「私はお兄様を蔑んだりはしません」
はっきりと、静かに、されど力強い気迫の籠められた深雪の声に、壬生は気圧される。
「たとえ私以外の全人類がお兄様を中傷し、誹謗し、蔑んだとしても、私はお兄様に変わることのない敬愛を捧げます」
一切の迷いも嘘もない、誓いにも等しい深雪の言葉に、壬生は絶句して溢れていた感情や思考が絶たれた。
達也達の後ろにいたエリカも驚きの顔で深雪を見つめ、咲宗は『ヒュウ♪』と無音の口笛を吹く。
「私の敬愛は、魔法の力故ではありません。少なくとも俗世で認められる魔法の力ならば、私はお兄様を数段上回っています。ですが、そんなものは私のお兄様に対するこの想いに、何の影響力も持ち得ません。そんなものは、お兄様の、ほんの一部に過ぎないと知っているからです」
「……」
「誰もがお兄様を侮辱した? それこそが、許しがたい侮辱です。お兄様を侮辱する無知な者共は確かに存在します。ですが、そのような有象無象な輩と同じくらい、いえ、それ以上に、お兄様の素晴らしさを認めてくれている人達がいるのです」
入学して僅か数週間。
だがその数週間で、達也の身近で達也を認めている者は、実は一科生の方が多い事を深雪は知っている。
ほのか、雫、咲宗、華凜、真由美を始めとする生徒会の面々、そして摩利達風紀委員会(森崎を除く)。
軽く挙げるだけでも、これだけいる。
そして、それは魔法で認められたわけではないことは、誰もが認めるだろう。
何故なら、達也は『二科生』なのだから。
「壬生先輩。貴女は、可哀想な人です」
「……何ですって?」
壬生は反射的に訊き返した。
それは壬生の最後の意地に等しい反射だったが、それ以上の力はなかった。ただ、何を言われるのかが怖くて、身を護ろうとしただけだ。
「貴女には、認めてくれる人がいなかったのですか? 魔法だけが、貴女を測る全てだったのですか? いいえ、そんなはずはありません。少なくとも、私は少なくとも1人、知っていますから。誰だと思いますか?」
「……」
「お兄様は貴女を認めていましたよ。貴女の剣の腕と、貴女の容姿を」
「……そんなの上辺だけのモノじゃない」
「ですが、それも先輩の魅力であり、先輩の一部であり、先輩自身ではないですか。それにお兄様と貴女がこうやって面を合わせたのは、まだ片手で足りる回数なのですよ? たった数回、会っただけの相手に、貴女は何を求めているのですか?」
「それ…は……」
「結局、誰よりも貴女を差別し、誰よりも貴女を劣等生と見下し、『
気付きかけていた、だが認めたくなかった事実を叩きつけられた壬生は、ショックで思考が真っ白になり、反論など思い浮かぶわけもなかった。
そこに、
「貴女は目を閉じて見るべきものを見ず、傾けるべき言葉に耳を塞ぎ、歩くべき道を間違えた」
咲宗が口を開く。
ショックで頭が真っ白だったからこそ、その言葉は壬生の耳に何の抵抗もなく届いた。
壬生は咲宗に顔を向け、達也達も咲宗を見る。
「貴女の行いは残念ながらどうやっても、どのような結果を出しても認められることはなかったでしょう。……ですが、それでも貴女達が行動したことで、これまで誰もが諦めていた差別に、向き合う機会を与え、正そうとする意志を持つ者達が立ち上がりました」
「……」
「貴女達が望んだ形ではないでしょうし、貴女が夢見るほどすぐには変わらないでしょう。でも、確かに差別を、その根源となる勘違いを正そうとする流れが生まれました。それは、誇ってもいいとボクは思いますよ。……たとえ、ほとんどの生徒が貴女達…同盟のことを嘲笑ったとしても」
「……」
「ですが、壬生先輩。貴女は、それを認めて欲しかったのですか? それを褒めて欲しかったのですか? そのためだけに、貴女は戦うことを選んだのですか?」
「……」
壬生は答えない。
だが、その顔には明らかに葛藤が、怒りにも近い感情が浮かんでいた。
認められたい。
確かにそんな欲望も存在した。それはもう否定出来ない。
でも、それが根底ではなかったはずだ。そのために差別撤廃を願ったわけじゃない。
なのに……『自分達で解決する』『
差別撤廃を目指したことは間違っていない。それは自信を持って、そう言える。
そう、差別撤廃を目指すなら公開討論会が開けたことに、そこに多くの生徒が参加したことで十分果たせたではないか。なのに、それがどうして、学校を襲撃して、こんなハッキングをするようなことが正しいと思っていたのか。
壬生は自分が何をしていたのか、何を考えていたのか、分からなくなっていた。
考え込むように顔を俯かせる壬生。
「さて、話は変わりますが……壬生先輩、このまま捕まるのは納得できないのではないですか?」
突然咲宗が意味不明なことを宣った。
達也、深雪、エリカが訝しみながら咲宗に視線で意味を訊ねる。
これには壬生も困惑して、思わず思考の渦から抜け出して顔を上げた。
「間違っているとか正しいとかはともかく、貴女達の企みは潰えました。貴女も自分の行いを振り返って色々と疑問が出てきていることでしょう。ですが……このまま何もせずに捕まり、裁きを受けますか? 少なくとも、貴女は自分が願ったことは間違っていないと思っているのでしょう?」
「……ええ」
「では、貴女が納得出来る決着をつけましょう。貴女が魔法よりも誇る、『剣術』で」
そう言って咲宗はエリカに視線を向ける。
エリカは一瞬目を丸くするが、すぐに意図を理解して不敵な笑みを浮かべる。
達也と深雪は理由までは理解できなかったが、何か意味があるのだろうと口出しはしなかった。
咲宗は床に転がっているスタンバトンと脇差を拾って、壬生の足元に放り投げた。
「こちら側は彼女、1-Eの千葉エリカがお相手します。彼女に勝ったら、我々は貴女を捕縛しないことをお約束しましょう」
「……何を考えているの?」
「それは、彼女と戦えば分かりますよ。あ、すでに昏倒させた面々は約束の範囲外ですので、そこはご了承ください」
咲宗はどこか胡散臭い笑みを浮かべながら条件を叩きつける。
壬生は咲宗の考えを理解出来ずに眉を顰めるが、
「それとも、後輩女子に剣で負けることすら、恐れて逃げ出しますか?」
「っ!! いいわ!! 受けてやろうじゃない!!」
壬生は自分の最後の砦にも等しい誇りを侮辱されて、衝動のままに勝負を受けてスタンバトンを拾う。
咲宗はそれに更に笑みを深めて、
「じゃあ、エリカ。任せたよ」
「オッケー、任せて」
エリカは警棒で肩を叩きながら前に出る。
咲宗は場を開けるために、邪魔な倒れている男達を脇に退かす。
達也と深雪は立会人のように向かい合うエリカと壬生の間に立つ。
「改めまして、1年E組の千葉エリカです。そちらは一昨年の全国中学女子剣道大会準優勝の壬生紗耶香先輩、ですよね?」
「……ええ」
壬生は何故か胸に鋭い痛みが走った。
それを何とか顔に出ないように隠して、スタンバトンを構える。
「止めるなら今の内よ。痛い目を見たくないならね」
「冗談。せっかく先輩と手合わせ出来るってのに。ところで、先輩こそ脇差じゃなくて、獲物はそれでいいんですか?」
「構わないわ」
エリカは警棒だ。自分が脇差なのはフェアではないと言いたいのだろう。
つまり、エリカの実力を下に見ていると言うことだ。
エリカは一瞬呆れた顔を浮かべるも、すぐに好戦的な顔に変えて、
「そっ。じゃあ……やりましょうか、先輩」
半身になって警棒を前に突き出す。
壬生は獲物を正面に右手を左手に添えて、正眼に構える。
そして、空気が張り詰めたと思った直後、
掛け声も気合の発声もなく、エリカが動いたかと思うと、気づいた時には壬生の首筋に警棒を打ち込まんと迫っていた。
「っ?!」
壬生は反射的に、身体に刷り込まれた動きで、エリカの攻撃をスタンバトンで受け止めた。
しかし、防いだと思った直後には、すでにエリカが背後に回り込んでいた。
壬生は振り向きながら直感でスタンバトンを立てて、エリカの一撃を防ぐ。
吹き飛ばされるような衝撃に両手を引き締めて耐え、すぐに鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、踏み込もうとした時にはエリカはすでに間合いの外まで跳び下がっていた。
「自己加速術式……?」
エリカはその剣術に見覚えがあった。
「……渡辺先輩と、同じ?」
その呟きにエリカは足を止めた。
その隙を見逃さずに、壬生は一気にエリカに詰め寄って攻勢に出る。
息もつかせぬ連続攻撃を仕掛ける。
その剣筋は剣道だけではなく、古流――人を殺すことを想定した剣術をも組み込まれたものだった。
まさに烈火の如くという言葉が相応しい猛攻であった。
「へぇ……」
咲宗は壬生の想像以上の剣の腕に純粋に感心の声を漏らす。
達也は一度勧誘期間初日に見ていたのでそこまで驚かなかったが、それでも以前のデモよりも滾る気迫と剣筋に感心しないわけではなかった。
もちろん深雪も剣はほとんど知らないが、それでもハイレベルの戦いであることは理解できていた。
だが、だからこそ、3人にはエリカの実力も良く理解できていた。
壬生の烈火の剣撃を、ほぼ全て片腕で捌き、受け止めているエリカの技術の高さが。
(先ほどの侵入者を倒した技と言い、咲宗の『剣術の名家』という言葉、そして『千葉』……。やはり、彼女は百家本流の千葉家の者だったということか)
そう考えていると、戦況が動く気配を感じて意識をエリカ達に戻す。
先に息切れしたのは壬生だった。
攻め疲れで動きが乱れ、剣を振るう腕が一瞬止まった。
その一瞬でエリカには十分だった。
壬生が振るおうとしていた剣を弾いて、棒立ちとなったスタンバトンにエリカは渾身の横薙ぎの一閃を叩きつけた。
スタンバトンは刻まれた刻印魔術によって硬化された警棒の一撃に耐えられず、圧し折られた。
そして、エリカは警棒を壬生の眼前に突きつけた。
壬生はそれに怯むことなく、まっすぐ睨み返した。
その目は、まだ闘志を失っていなかった。
「拾いなさい」
エリカは僅かに視線を近くに転がっている脇差に向ける。
「……」
「そこに転がっている脇差を拾って、貴女の全力を見せなさい。貴女を縛る
壬生はその言葉に両手を握り締め、突き付けられた警棒を無視して脇差を拾いに向かう。
その途中でブレザーを脱ぎ捨て、ノースリーブのワンピース姿になる。
脇差を拾い、深呼吸をして構え直す。しかし、その脇差は刃を返した峰打ちの構えだった。
あくまで試合であって、殺し合いではない。
そして何より、人を殺す覚悟までは出来ていないというのも大きい。相手を慮るというよりも、自身の剣筋が鈍らないようにするための処置だった。
「あたしには解る。あなたの技は渡辺先輩と同門のものだわ」
「あたしの技はあの女とは一味違うわよ」
(ほう……渡辺先輩は千葉道場の門下生だったのか)
意外な因縁に達也はこれが咲宗がこれを仕組んだ理由であると理解した。
(以前のカフェで感じた壬生先輩の渡辺委員長への妙な敵意には、風紀委員長である以上の因縁があったというわけか)
場の緊張の高まりに達也は一度思考を頭の隅に追いやる。
緊迫感が最高潮に達した瞬間、エリカの姿が音もなく消えた。
刹那と呼ぶに相応しい交差。エントランスに響く甲高い金属音。
壬生の手から脇差が落ち、右腕を押さえながら膝をついた。
エリカは顔だけで振り返り、
「……ゴメン、先輩。骨が折れているかもしれない」
「……ひびが入っているわね。いいわ、手加減出来なかったってことでしょう」
「うん。先輩は誇っていいよ。千葉の娘に、本気を出させたんだから」
「……そう。あなた、あの千葉家の人間だったの」
「実は、そうなんだ。渡辺摩利はウチの門下生。あの女は目録で、あたしは印可。剣術の腕だけなら、アタシの方が上なんだ。だから……先輩は、間違いなく強いよ」
エリカの嘘偽りのない賛辞に、壬生はようやく己の全てを受け入れることが出来る気がした。
壬生は意識が遠のきながらも、屈託のない笑みを浮かべた。
「あたしの、負け…ね。悪い、けど……気が、遠く、なって……」
壬生は笑みを浮かべたまま、がくりと倒れ込む。
エリカは警棒を収め、気を失った壬生を優しく丁寧に抱き起こす。
「大丈夫だよ。ぶっきらぼうだけど優しい後輩が、あなたを運んでくれるから」
エリカは壬生にそう呟いて、歩み寄ってくる達也に顔を向ける。
「と、いうわけで、達也くん。壬生先輩を保健室まで運んであげてー」
「……何が、という訳なんだ……」
「だって担架を待ってるのも面倒だし、ここで教師と警備員に渡すのもなんじゃん?」
「……」
達也は咲宗に顔を向けるが、その少年忍者はブランシュ構成員を縛りつけていた。
そして、男子生徒2人の襟首を掴んで持ち上げ、
「あ、達也。悪いけど、壬生先輩はお願い。ボクはこの2人を外にいる十文字会頭に渡して、図書館の仕掛け回収するから」
「……はぁ」
「なによ、達也くん。可愛い女の子を大義名分で抱っこ出来るんだから、ここは喜ばなきゃ」
「そんなことで喜ぶ趣味はない」
「……え。達也くんって、もしかしてそっちの趣味?」
「そっちって、どっ……いや、言わなくていい。聞くと頭痛がしそうだ」
「良いではありませんか、お兄様。治療は早い事に越したことはありませんし、どうせ後ほどお話を伺うつもりなのでしょう? ならば、お兄様が抱き抱えていくのが一番手っ取り早いと思います」
「……しょうがない」
深雪にまで言われれば、これ以上ごねても無駄だと諦めた達也だった。
こうして、第一高校襲撃事件は一先ず終結を迎えたのであった。