鷲獅子戦以降話しかけてくることが増えたイグナーツとは、たまに食事やお茶をともにするようになっていた。私がこれまで見てきた異国の景色は、彼にとってはひどく魅力的に映ったらしい。他国には他国の優れた文化がある、ということを抵抗なく受け入れられるのは、彼が商家の生まれであることが大きいのかもしれない。
「鏡のように空が映る湖……きっと美しいでしょうね。見てみたいなぁ」
「《天空の鏡》と呼ばれていたよ。あれは確かに絶景だった」
旅の途中で見かけた場所を、思いつくままに話していく。迫害を受けながらの放浪の旅は楽しいことばかりではなかったけれど、それでも一カ所に留まっていては決して見られなかったものはたくさんあった。それを嬉しそうに聞いてくれるのは、私としても気分の悪いことではない。
昼食後のお茶を嗜みながら、イグナーツは視線を宙を浮かせる。天空の鏡を頭の中で思い描いているのだろう。
「フォドラの中にも美しい場所はたくさんありますが、やっぱり世界は広いですね。僕の想像なんて及びもしないものがたくさんあるんでしょう」
「そうだね。私が見たことのないものだってまだまだたくさんある」
フォドラを愛しながらも、フォドラの外に広がる世界に目を向けられる彼。それは希有な資質だと思うのだけれど、意外と本人は気づかないものらしい。クロードに言わせるところによると、外の人間だからこそ気づけることなんだと思うぞ、らしい。
『フォドラで生きて、フォドラで死ぬことが当たり前だから気づかないんだよ。フォドラ以外は基本的に野蛮な民族だと教えられてるしな』
よく知りもしない相手を野蛮だと決めつけるのは野蛮ではないのだろうか、と思ってしまうのも、やはり私が外の人間だからなのだろうか。しかし考えてみれば、私だってフォドラの人間はあまねく《夜の民》を嫌うものだと思っていた。自分も先入観に振り回されていた以上、人のことばかりは言えまい。
「……イグナーツ」
「はい、何ですか?」
「その湖はかなり遠いから難しいかもしれないけど、近隣の国にだって美しいものはたくさんあるよ」
見に行こうと思えば、行けなくもない。
そう言ってやれば、イグナーツは何故だかひどく驚いた顔をした。困惑したように俯いて、少し考える。もう一度顔を上げたときには、その瞳はきらきらと輝いていた。
「み、見に行けるでしょうか。僕でも、いつか」
「行けるよ。その気持ちを、忘れなければ」
パルミラの大連峰や、スレンの岩砂漠、ブリギットの穏やかな海に、ダグザの密林。何を見て美しいと思うかはイグナーツ次第だが、少なくともフォドラでは見られない景色がたくさんある。
たとえ今は難しくても、いつか。そこに住まう人々と、手を取り合う未来を創ることができれば、きっと。
「……何だってできるよ」
それを本気で叶えようとしている人間がいることを、私は知っている。