今更のことだが、私という存在はセイロス聖教会に歓迎されていない。
いや別にセイロス聖教会に限ったことではないのだが、その熱心な教徒ほど《夜の民》には嫌悪を示すことが多い。まあ、大司教たるレアが私たちのことを否定し、そして憐れんでみせているのだから、それも仕方のないことだろう。
「……血に穢れた異邦の者が」
「全く大司教も慈悲が過ぎる……あのような者まで受け入れるなど」
だからこれくらいの陰口は、日常茶飯事なのだ。隣で不穏な気配を見せた級友の肩を軽く叩き、いいから、と声をかける。
「放っておいて、ラファエル」
「けどよぉ、」
「あれくらいでいちいち傷ついたりしないよ。……ああ、食事時に気分の悪いこと聞かせて悪かったね」
「おいおい、ナーヒードが謝ることじゃないだろ」
向かいに座っていたクロードが、くるりとフォークをまわしながら声を上げる。そうだぞ、とラファエルも頷いて、珍しく眉間にしわを寄せたまま目の前の肉の塊に食らいついた。
「ナーヒードさんは何も悪いことしてねえってのに」
「……悪いことしてないかどうかはさておき……まあ、大司教が私たちに否定的なんだ。だったらそれに従うひとたちもそうなのは仕方ないよ」
レアさまが、とラファエルは驚いたように繰り返す。おっと、これは失言だったかな。ごまかすようにティーカップに口をつけると、クロードは何でもないように口を開いた。
「主の五戒ってやつがあるだろ、ラファエル。レアさんとしても《夜の民》をおおっぴらに許容するわけにはいかないのさ。大司教は清廉潔白じゃないといけないからな」
クロードの言葉に、それでも納得しがたいようにラファエルはうめいた。
セイロス教徒としての教えを定めたセイロスの書、そこに定められている五戒のひとつに、こんな一文がある。
《あなたはみだりに人を殺め、傷つけ、嘘をつき、盗みを働いてはいけません》
みだりに、なんて言葉で誤魔化してるあたり失笑を禁じ得ないが、どの国や宗教でもよくある道徳規範だ。セイロス聖教会に言わせるところ《夜の民》はこれに抵触しており、それゆえに歓迎できる存在ではない、らしい。まったく、すべては自分たちの都合だろうに、笑わせる。
憮然とした表情のまま、ラファエルは口元を拭った。
「けどよお、ナーヒードさんたちはつまり傭兵みたいなもんなんだろ? 何でナーヒードさんたちだけそんな扱いをされるんだ。フォドラにだって傭兵はいっぱいいるし、先生だって元傭兵じゃねえか」
傭兵、と言われて思わず首をひねる。広い意味では間違っていないのだが、正しいかと言われればそうでもないような気がする。傭兵の一言で片付けるには、私たち《夜の民》は権力というものに近すぎて、そして闇深いものに関わりすぎた。
「……今までの雇い主が悪かったというか、仕事を真面目にこなしすぎたというか」
「まあ、あらゆる国で起きた政争の裏にライラあり、なんて言われてるからな」
クロードは軽く笑いながら私の言葉に続き、私もまたそれに頷いて頭の中でライラの歴史をたどった。今までライラが流れ歩いた様々な国と、その興亡。さすがにそのすべてに関わっているというと大げさだが、全く関わっていない国の方が少ないのは事実だ。
私たち《夜の民》ことライラの一族は、もともとひどく痩せた土地で細々と生きていた一族だったという。手間暇をかけて何とか作物を育て、時には鳥獣を狩ってその日の糧を得ていたが、気候変動の影響を受けてそれすらも難しくなる。食うに困った先祖は、別の手段で生きる糧を得る覚悟をした。
ライラの手にあったのは夜闇に溶け込む褐色の肌に黒い髪、過酷な環境で生きてきたことで育まれた身体能力と生命力。それらを生かせる職など限られていて、生きるためには形振り構ってなどいられなかった。
先祖が選んだ生業は、暗殺だった。
「生きるために権力者に雇われて、正当とは言えない手段で、時に秘密裏に人を殺した。それを穢らわしいだの血塗れだの言うなら勝手に言えばいいよ。そんなこと言っときながら、自分たちに敵が出来たら結局私たちみたいのを雇わざるを得ないんだから」
「まあ、ライラについての流言を流したのだってそもそも雇い主だろうしな」
え、とラファエルは驚いた声をあげる。何で自分のために働いてくれた相手のことをそんな風に言うんだと、憤然として。全く、本当に彼は気質が純粋すぎる。同じことを思ったらしいクロードが、苦笑して答えた。
「怖いからさ。自分がライラを雇ったように、自分の敵の誰かがライラを雇って自分の暗殺を命じるかもしれない。もしくはライラが知ってしまった自分の後ろ暗い部分を誰かに教えてしまうかもしれない。それじゃ困るから、ライラがその国に居づらくなるように後ろ暗い噂を流す。誰もライラの言葉を信じないように、ライラが嘘つきだって噂を流すのさ」
だからライラは、結果として多くの国を放浪した。雇われては追い出され、感謝されては石を投げられる。流れ流れて居着いた先が、フォドラでありクロードだった。
クロードとの出会いは、本当に偶然だった。迫害されながらの放浪に限界が来ていた私たちに、クロードは手を差し伸べた。私はその手を取って、彼の言う未来を信じた。その先にある私の夢を叶えるためなら、どんな辛いことでも堪えてやると思った。今はまだ、その道の途中。あの程度の陰口で傷つくほど柔な覚悟は持っていない。
未だ憤然とした様子のラファエルに、私も苦笑して口を開く。
「ラファエル」
「何だ?」
「陰口なんて今更気にもしないけど、それを怒ってくれる人がいるってのは悪くないね」
ありがと、とらしくもなく礼を言って、先ほど食料庫から失敬した林檎をひとつ。真っ赤に熟れた果実をラファエルの手元に置き、立ち上がった。
「じゃ、私はお先に」
「ナーヒードさん? この林檎は…」
「気分がいいからあげる」
そして私が立ち去った後、どうやらラファエルは何故私が礼を言ったのか、何故林檎を置いていったのかわからず首をひねっていたらしい。仲間への陰口に腹を立てるのはラファエルにとって当たり前のことなんだろうなと、クロードは笑って語った。