【第一章 完】ドロップアウト・ツインズ   作:Hannibal

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【前回のあらすじ】
 パゼラによって家に連れ込まれた六郎はパゼラの父親と遭遇し、家に住むことを半ば黙認された。
 その後、パゼラは寄宿支援金を得るために六郎と共に学校に向かう。
 校内を散策していた六郎は転生した時の傷が痛みだし死にかけるが、通りすがった生徒、ルビアールに解放され事なきを得る。
 パゼラと六郎は合流し帰ろうとするが、その途中でパゼラをいじめてくる三人組に遭遇してしまう。


第三話

 帰り道の途中で、パゼラはひたすら自分の手を掻きむしっていた。

 傷痕の薄皮が裂けて血がにじむ。

 

 家に戻ってくるなり、彼女は上着を脱いでからベッドに寝転んだ。

 

 しばらくは荒い呼吸で天井を眺めていたが、突如として飛び起きると六郎の髪を掴んで床に引きずり倒し、それからやたらめったらに殴打する。

 

 痛みを感じながらも、六郎は無抵抗だ。

 

 それで気が晴れたのだろうか──呼吸の落ち着いたパゼラは目に浮かんでいた涙を袖でふき取ると、タンスを開ける。

 

 中から緑色の水晶が入ったガラスケースを慎重に取り出すと、木箱の上に置いた。ランプのあかりを付ける。

 

 どこからか取り出した荒い布製の手袋を身に着けて、パゼラは緑の水晶を摘まみ上げてランプに透かした。

 

 その不気味な濁った輝きを眺めながら、パゼラは深呼吸した。

 

「これさえあればあいつらをぶちのめせるんだ」

 

 それから彼女はカレンダーをちらと見る。つられて一緒に見た六郎は、日月火水木金土の一週間があることを確認した。

 

 その月の最後の日には髑髏マークが描かれており、『実戦テスト』の文字が添えられていた。

 

「……一週間後、実戦テストでボコボコにすれば二度と関わってこない、たぶん」

 

「実戦テストっていうのは、なんだ?」

 

 独り言のようなそれに対して六郎が反応する。

 

「学生同士で決闘をしてその結果で成績を決めるの」

 

「決闘って、また物騒だな」

 

「野生動物とか強盗に襲われるのに比べたら全然。降参すればそれで終わるし」

 

「そうか」

 

 そこで会話が途切れた。

 しばらくしてから六郎がまた口を開く。

 

「いつも俺にやってるみたいに、いきなり殴ったりしたらダメなのか?」

 

 表情一つ変えずに彼は聞いた。

 

「だってあいつらは抵抗してくるし……それに」

 

 一旦言葉を切ってからパゼラは続ける。

 

「それに、外で暴れたら悪いのは私になるから」

 

 一瞬だけ悲しそうな顔をした後、パゼラは歯ぎしりをした。

 

「そうか」

 

「これが決まればわたしは実戦テストに勝てるんだ、そうしたらもう誰もわたしに関わらないはず」

 

 言っている内にパゼラの表情は、舌なめずりするように口元が緩んだ。

 それから静まった屋根裏部屋に腹の音が響き渡る。

 

「ああそうだ、そろそろ何か食べなきゃね」

 

 そう言うと彼女はタンスの中からまた石のように固いパンを投げてよこした。今度は投げつけるのではなく、放物線を描くように投げる。

 

 六郎は難なくキャッチした。それからパゼラは机に向き直り、六郎に背を向けるような形になってから口を開いた。

 

「あんたに話しかけてると……気分が楽になってくる」

 

 六郎は見ることが出来なかったが、そう語る彼女は比較的穏やかな顔をしていた。

 

「そうか」

 

「ああそうだ、これ、危ないから勝手に触ったらだめだよ。本なら読んでていいけど」

 

「わかった」

 

 

ーーーーー

 

 

 翌日、早朝。

 ベッドで目覚めたパゼラが目をやると、六郎はすでに目覚めており本を読んでいた。

 

「私は水浴びしてからいくけど、あんたはどうする?」

 

 そう言われて六郎は自分の服のにおいを嗅いでみた。パゼラと同じ臭いがする。

 

「臭いな」

 

「あー時間がないね、先に行くから、私が帰ってくるまで勝手に出ないでよ」

 

「そうか」

 

 それからパゼラは教科書類をあらかじめ詰めていたバッグを掴んで外に飛び出す。学校へ向かう方向とは真逆の方向に曲がり、道なりに進んでいく。

 

 道が無くなり、あとは細々としたけもの道が続くだけだが、パゼラは迷わず進んでいった。

 捻じれた木々を難なくすり抜けた先には川が広がっていた。

 

 彼女は一応人のいないことを確認すると、服を脱ぐ。

 

 その身体には無数の傷痕が刻まれていた。胸の間にはひと際大きな切り傷が見える。

 下腹部は無数の切傷に覆われていた。背中はもはや普通の肌から張り替えたようにも見えるほど傷だらけであった。

 

 それから彼女は、足からゆっくりと川に入って行く。

 

 ゆったりと浸かったあとは、カバンの中からボディソープを取り出して身体を洗っていく。

 

 この山の草木を用いた彼女の自家製だ。

 早朝のたっぷり一時間、ここで身体を清めてから彼女は学校へ行く。

 

 

ーーーーー

 

 

 服を身に着けてから、来た道を戻るようにして通学路へ向かう。昨日までの臭いはほとんど消えていた。

 

 ひたすら地面を見続けながら、彼女は学校を目指し歩き続ける。ぶつかりそうになったとしても、相手の方から勝手に避けてくれるのだ。

 

 パゼラにとって授業はそんなに苦ではなかった。真面目にノートをとる姿を揶揄する者もいるが、その程度気にはならなかった。

 

 ただ、今目の前で行われている授業に限ってはそうではなかった。

 

「基本中の基本、おさらいしますが、我々は異世界の魂を持つ者──〈転生者〉、または〈転魂者〉──と契約を結ぶことでより強力な力を発揮できます」

 

 教壇に立つ妙齢の女性が咳ばらいをし、続ける。

 

「過去は異世界人を前世に持つ者である〈転魂者〉と契約を結んだ時にだけ発生する偶発的な事象でしたが」

 

 黒板にひとりでに文字が浮かぶ。

 

「転移省が異世界大召喚陣を作ったことにより、意図して特殊能力を得ることができるようになりました」

 

 一段落ついたところで、机に突っ伏したパゼラを見る。

 

「聞いていますかパゼラ? 貴方のためにもう一度言っているのですよ」

 

 教室に笑い声が響く。

 当のパゼラは顔を上げ、教師の顔をぼんやりと眺めただけだ。

 

「契約するメリットとは……まず魔力の増大、それから互いの特殊能力の覚醒」

 

 振り返り、自動で文字を描く黒板に書き足す。

 

「未契約の状態でも特殊能力は使えますが、それは日常の生活でも使えるかどうか微妙なもの。契約して初めて戦いの場でも使える程の能力になります」

 

 軽く息継ぎをしてから教師は続ける。

 

「特殊能力は、その人がもっとも得意な魔術体系から派生した能力になります。〈転生者〉の方は、死の直前に願ったことが強く反映された唯一無二のものになります」

 

 教師が片目でちらと見ると、再び机に突っ伏したパゼラの後頭部が見えた。彼女は肩を落としため息をつき、黒板の文字を消した。

 

「貴方がた中等部の方は、ほとんどの人が召喚された〈転生者〉と契約を結んでいると思います。しかし、まだ契約をしてない人も焦らないでください。パートナー選びに、慎重になりすぎるということはありません。それに──間近の実戦テストは他の科目で代用することも可能です」

 

 

ーーーーー

 

 

 昼休みが来ると彼女は足早に席を立つ。今度はどこのトイレがいいだろうか、そう考えながら廊下を小走りする。

 今回選んだのは、同じ棟の五階のトイレだ。

 

 個室に入り鍵を閉めると、カバンの中から例のパンを取り出す。いつもの硬さに辟易しながらも無心にそれを食べ始めた。

 

 しばらくして、トイレのドアが開く音がした。

 それから足音がして、そして止まる。

 他の個室のドアが開く音はしない。

 

──くそ、今日は外れたか。

 

 パゼラは心のなかでそう吐き捨てた。

 

 それから彼女の入っている個室のドアが揺れる。ため息をつきながら見上げると、上の隙間から人の顔が覗いていた。

 

 紫色の前髪によって眼は完全に隠されている。

 

「ここにいたんだねー」

 

 低くねばつく陰鬱な声がパゼラの全身を絡める。

 

「あんたも本当暇だね、わたし以外に話しかける相手はいないの?」

 

「いるにはいるけど…………あなたが寂しそうだから、ひひひ」

 

 パゼラはこの引き笑いが苦手だった。

 もっと言えば彼女そのものが。

 

 彼女の名前はネクラマ・ノワール。パゼラと同じ中等部に所属しており、契約した〈転生者〉はまだいない。

 

「それより、例のアレはできたの? 見てみたいなぁ」

 

「学校が終わったら、わたしの部屋で見せてやるから」

 

 それから彼女はネクラマを無視し、いない者かのように扱ってパンを齧るのを再開した

 

「じゃあさー、もっと学生らしい話しない?」

 

 パゼラの態度をものともせず、彼女はさらに覗き込む。それ以上体重を掛けたら落ちてしまいそうに見える。

 

「うるさいなぁ、もうどっか行ってよ」

 

 パゼラは咀嚼を止めずに睨みつける。

 

「いいじゃん」

 

「そもそも何を話すの?」

 

 よじ登っていたドアから飛び降りて、ネクラマは考え始めた。

 

「うーーーん」

 

 ドアを挟んで姿こそ見えなかったが、パゼラはその様子を白々しく思っていた。

 しばらく考え込んだ後に彼女が答える。

 

「何をするのかな?」

 

 パゼラは口の動きを止めずに片手間で返答する。

 

「わかんないでしょ? 早く消えて」

 

 それを言い終わるのと同じぐらいのタイミングでトイレのドアが閉まる音がした。

 

 再び静寂が訪れ、パゼラは安堵した。それから彼女は残された昼休みの時間を思い出し、パンを急いで飲み込んだ。

 

 

ーーーーー

 

 

 午後の授業は実技であった。だだっ広い運動場に的が立てられている。

 

 パゼラを含む、中等部の二つのクラスがそこにはいた。

 

 教師の説明が終わると、的に沿って並ぶ人の列が五本できた。今回はくみ上げた魔力を素早く的に向けて投射するという課題だ。

 各々が的の前に立つと、両手を突き出して詠唱を始める。

 

 魔術師が魔法を行使するためには、今自分の周りにある元素魔力を完全に理解し、それらを適切な形でくみ上げなければならない。

 

 今のところ命中率は三割と言ったところだろう。彼らが放つ各々の火球やツタといったものはわずかに的を外れる。

 

 そうしてパゼラの番がやってくる。

 目を閉じて腕を突き出す。

 すべてを忘れ去って目の前の物事に集中する。

 

 普段の校庭と変わらない魔力構成だったが、何か違和感を──磯の臭いを感じた。『難題』として教師が張った結界か何かだろう。

 

 そんなことを頭の片隅で考えながら、パゼラは大地の要素を組み立てていく。

 

 彼女の手元には宙に浮かぶ土塊ができていた。

 

 それを的に向けて発射する。ただし海の魔力の影響を考慮し、軌道に修正を加える。

 

 それは見事的に命中した。

 

 中央をぶち抜き、木でできた的が粉々になる。

 

 一瞬場が静まった後、まばらな拍手が起こる。確かな成功感、達成感を得たパゼラは笑みを浮かべていた。

 

 

ーーーーー

 

 

 授業終わりの時間が近づき、皆が器具の片づけを始めた。

 

 ある者は箒を魔法で操り粉々になった的を掃き集めている。ある者は分担して他の機材を運んでいる。

 

 パゼラは遠く離れた位置から何をするでもなくそれを眺めていた。

 

 突如──彼女の後頭部に刺激が走る。

 パゼラはよろけて膝をついた。

 

 頭のあたりを触ると、生暖かい感触が。恐る恐る掌を見てみるとそこには血がこびりついていた。生臭く、生暖かい。

 

 それから後ろを振り返ると、赤黒く変色した石が転がっている。それを挟んで、奥にはいつもの三人組が立っていた。

 

 いつものように笑みを浮かべている。周りに教師がいることを鑑みてか、あの不快な笑い声は上げていない。

 

「ちょっと褒められたからってデカい顔するんじゃないわよ」

 

 それから三人は歩み寄って座り込んだパゼラを立ったまま囲んだ。派手に蹴るのではなく、ゆっくりと彼女の手や足を踏みつける。

 

 パゼラは諦めた心境で痛みを忘れようとしていた。

 

 それからリーダー格の女がしゃがみ込むと髪の毛を引っ張る。石の当たった頭皮が引っ張られじんじんと痛む。

 

「まさか降りたりしないわよね。実戦テスト」

 

 息がかかるほどに顔を近づけながらそう脅迫をする。

 

「死ぬより痛い目に遭わせてあげるから」

 

 パゼラの頭の中にはあの緑色の水晶が浮かんでいた。それを武器にしながら、殺意を込めた目線で答える。

 

 それがリーダーの癇に障ったようだ。パゼラに向かって唾を吐きかけると、三人は去って行った。

 

 彼女たちが見えなくなったところで、パゼラは唾の掛けられたところを地面にこすりつける。

 

 それから彼女は血の垂れる頭を手で押さえながら立ち上がり、とぼとぼと歩き始めた。

 途中、教師が彼女に声をかける。

 

「パゼラさん? その頭は……」

 

「さっき転んで打った」

 

「だ、大丈夫ですか?今なら保健室が空いていますが……」

 

 パゼラはその言葉を背中で受けながら校舎に向かった。

 

 

ーーーーー

 

 

 彼女が血の跡を点々と残しながら保健室にたどり着くと、明かりがともっていた。

 

 多少不思議に思いながらもパゼラが戸を開けると、そこには見知らぬ高等部の生徒が座っていた。

 

 彼女は知る由もなかったが、ルビアールである。

 

「あら、どうかしま……」

 

 パゼラはルビアを知らないが、ルビアはパゼラを知っている。

 

「どうしたんですか」

 

 来訪者向けの態度を取り去って、冷たい態度で彼女に向かい合う。

 

──どうせ他の生徒と喧嘩でもしたのでしょう

 

 彼女は心のなかでそう思い、身構えた。

 

「見ての通り、怪我をしたから来たんだけど」

 

 パゼラもそれには気が付く。

 

「そうですか……その怪我はどうして?」

 

「そんなのどうでもいいでしょ? 早く包帯をちょうだい」

 

「答えられないのですか」

 

 彼女にとっては、この問題児がどうして傷を負ったかが重要なのだ。

 

 もし喧嘩をして──誰かを傷つけての結果なら、その過ちを指摘しなければならない。

 そうでなかった場合のことは特に考えていなかった。

 

 一方でパゼラの方では、問答をしながら苛つきを覚えていた。この女は流れる血を見て何も思わないのだろうか。

 

 まるで頭に心臓があるように、そこが脈打ち痛みが増す。耐えかねたように彼女は切り出した。

 

「見てわからないの? わたしが、怪我をしているじゃない!」

 

「……、そうですね……」

 

 ルビアが引き出しから包帯と消毒液を取り出す。

 

「それで、どうして怪我をしたのですか?」

 

 回想するだけで、パゼラの胸中には悲しい気分がとめどなく溢れてきた。唇がわなわなと震えるだけで、言葉は出てこなかった。

 

 それから彼女はルビアが手に持った包帯と瓶を奪い取る。

 

「あぁ!」

 

 ルビアの悲鳴も、悲痛な心境で満たされたパゼラの心には何も響かなかった。

 

 消毒液の栓を取ると、頭上で逆さまにして中身を頭から浴びる。空になった瓶を机の上に放り投げると、次は包帯をぐるぐると頭に巻き始めた。

 

「どいつもこいつもクズばっかり! 邪魔だから早く消えてくれないかな!」

 

 そう言いながら間近にあった棚に蹴りを加えると、パゼラは振り返ることなく保健室をあとにした。

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