【第一章 完】ドロップアウト・ツインズ 作:Hannibal
自身をいじめてくる三人組に遭遇し気分の悪くなったパゼラは家で六郎に暴行を加えていた。
翌日、彼女は学校に登校し、同級生のネクラマに放課後に会う約束を取り付ける。
その後はまた三人組に絡まれ、さらにルビアにも邪険に扱われながらもなんとか学校が終わる。
学校が終わると、パゼラは昼休みの時よりも急いで飛び出す。
例の三人組に会わないためだ。
授業中に絡まれた分、確率は低くなると彼女は踏んでいたが──そんなものは加害者の気分次第ではどうとでもなる。
ずきずきと痛む頭を包帯の上から押さえながら校門から飛び出したところで、声が掛けられる。
聞き覚えのあるねっとりした声だ。
「パゼラちゃーん、待ったよ」
眼が隠れるほど長い前髪の下にある大きな口がにやりと開く。
パゼラは探す手間が省けたことに対する安堵と、行動を読まれていたことへの苛立ちからため息をついた。
「さあさあ案内して? おうちはどこなの?」
ーーーーー
微妙な距離を保ちながら二人は道を歩いた。
パゼラは短気な暴力者として嫌われているが、ネクラマはそれ以上に何を考えているか分からない存在として気味悪がられている。
そんな二人が並んで歩いていれば、普通の人ならこの世の終わりを予感し蜘蛛の子を散らしたかのように去るだろう。
二人ともそんなことには気にせず、街道のど真ん中を突き進んだ。
街の外に出て、わき道に入り、そのうち例の廃墟街に近づいてきた。
「はぁー、こんなところに住んでるのね」
にやにや笑いを崩さずに、ネクラマがつぶやく。
「そういうあんたはどこに住んでんの?」
「素敵なツリーハウス」
「あんたが住んでる森だなんてロクなところじゃないね」
「そうだねー」
ネクラマはにやにや笑いをさらに強める。
ーーーーー
それからいつものあばら屋にたどり着いた。一階からのいびきが外にまで響いている。
ふとパゼラがネクラマを見ると、前髪の隙間から彼女の瞳が見えた気がした。
細長いそれは、獲物をにらみつける狡猾な蛇のように見える。
「へぇー、これがパゼラちゃんの家かぁー」
「そうだけど、そんなに面白い?」
気味の悪さを感じながら、パゼラはネクラマを睨みつけた。しかし、すでに前髪の向こうに隠れてしまったその眼には届かなかった。
「うんうん、とっても興味深いねー」
その言葉を無視し、顔をしかめながらパゼラはドアを開け素早く屋根裏部屋に滑り込む。
六郎は家を出た時と変わらない姿勢で本を読みふけっているように見えた。彼はパゼラをちらと見たが、すぐに本に目線を戻す。
それから遅れてネクラマがやってくる。
「おじゃましまーす」
やはり前髪に隠されて眼こそ見えないが、彼女は六郎を凝視しているように見えた。
その視線に何か陰湿なものを感じた六郎は、本でそれを遮った。
「この人は?」
「〈転生者〉の六郎。家に置いてると金がもらえるんだ」
「ふーん」
片手間で聞きながら、ネクラマは六郎とパゼラを交互に見ていた。
「そいつを見てたって何にも面白くないよ。何言っても『そうか』としか言わないし、言われなきゃなんにもしないから」
そう言いながらパゼラはタンスを開け、例の緑色の水晶が入ったケーズを取り出した。
「おぉ……」
一目見たネクラマが感嘆を漏らす。
「想像以上だね、どうやって作ったの?」
「簡単だよ……山に堆積する死、小さな魂のかけらをコツコツと溜めたんだ、この水晶の中に」
間髪おかずにパゼラが続ける。
「学校のあいつらは大地を恵みとか言っているけど──それだけじゃない。恵みの裏にはたくさんの死が溜まっているんだ。わたしはそれを拾い上げただけ」
「ひひひ、パゼラちゃんは頭がいいね。黒魔術の才能あるよ」
「やめてよね、これは普通の術で、黒魔術なんかじゃないから」
「でもこれだけじゃ足りないね」
急に声色を落としながらネクラマが続ける。
「足りない……?」
「指向性だよ。濃厚な魔力は詰まってるけど、今これを開放しても床に垂れるだけ。目標に向かっていくような仕組みを与えなきゃいけない」
カバンの中から棒切れを三本取り出すと、それを組み立てて一本の長い棒にした。先端の部分には何かを入れるくぼみが空いている。
「それは……魔法杖」
あっけにとられながらパゼラは見ていた。
魔法杖には使用する魔力を増大させる効力があるが、高価なもので彼女には手の届かないものであった。
パゼラは人のいない時間帯を見計らっては街中の杖専門店のショウケースに張り付き、一週間に一回はそれを眺めているのだ。
魔法杖は一本の、肥沃な魔力を吸い育った大木から切り出す必要がある。
しかもそれが三つに等分されているとなると、並大抵の技術で作れるものではない。相当に高価な代物には違いなかった。
「実際にやってみる?」
ーーーーー
三人は外に出てしばらく歩いてから、森と平原の境目まで来ると足を止めた。
「ちょうどいいから、あの木で試してみようか」
パゼラから受け取った緑の水晶を、同じく手袋をして取り出した。それを例の杖のくぼみに嵌める。
「仕上げはこれ」
ネクラマは懐から取り出した瓶を、そのはめ込まれた水晶の上で開けた。
瓶からあふれ出た灰色で透明な何かがその水晶に吸い込まれた。
「それは?」
「妖精の死骸。生きるものに嫉妬して飛んでいくんだ。これで一発分」
ネクラマはパゼラに杖を手渡した。
「軽く振ればそれだけで出るはずだよ、多分」
言われた通り、彼女は杖を振った。そこから出た緑色の瘴気はふよふよと空気中を進んでいく。
それが触れた大木は瞬く間に生気を失い、萎びていった。ネクラマがそれに駆け寄る。
大木は少女の片手に収まるほどの大きさにまでなっていた。
「ひひひ、成功だね……次はあれで試してみら?」
ネクラマが指さした先にはリスのような生き物の親子がいた。しかしそれは六郎が知るものの三倍の大きさはあった。手には齧った跡のある頭蓋骨を持っている。
その生物に向かって、躊躇うことなくパゼラが杖を振るった。それはやんわりと追尾しながら、親の方に命中した。
その瞬間、すさまじい臭気が辺りを襲う。
本当に強烈なにおいとは目に染みるものだ。六郎が閉じていた目を開くと、そこには腐り果てた肉と白骨だけを残した親リスがいた。
一瞬にして変わり果てた姿になったその姿を見て、子が絶叫する。
その光景を目にして、六郎は思わず眉をひそめる。
「ふひひひ、ひひひひひ」
ネクラマは口のあたりに手を当て、もはや発作かと思えるほどの引き笑いをしていた。
やがて我に返ったかのように、リスのような生き物は森の中へと消えていった。
パゼラは、何もなかったかのように杖を眺めている。
「出力も……問題なさそう。でもこのレベルでぶち当てたら、あんなふうに骨だけになるんじゃない?」
「ひひひ、大丈夫でしょ。中等部なら防護壁ぐらい展開できて当然だし……腕か足の一本が腐り落ちるだけじゃない?」
「それもそうか、いいかもね、たまにはやられる側になる体験ってことで」
パゼラは無意識のうちに自分の首を撫でていた。手に感覚が伝わってくる──決して消えることのない傷痕の、乾ききったそれだ。
「それから──その杖はあげる」
思いもよらぬ提案にパゼラは動揺する。
「えっ……その……」
次の言葉を出すのに、彼女はえらく戸惑った。
「いいの? わたしが、貰っても」
「いいよー。あげる」
それを眺めていた六郎は何か不思議な感覚を味わっていた。贈物というには、ネクラマの態度はあっけらかんとしている。
「ありがとう」
パゼラの口からやっと出たそれはぎこちなさの塊である。彼女自身はこれでいいのかどうか分からない様子であった。
それに対してネクラマはいつものにやけ笑いを絶やさずにいた。
ーーーーー
それから、日が暮れ始めたところでネクラマが切り出した。
「私はそろそろ帰るけど……明日、六郎君を借りてもいい?」
「え? 別にいいけど……」
次にネクラマは六郎の方を見る。
「あなたは?」
「別に、ついていくだけだが」
彼はあっけらかんと答えた。パゼラも別段興味を示した様子はない。
「じゃあこれ」
そう言って六郎に紙を手渡すと、ネクラマは街の方へ足早に消えていった。
「また明日ー」
「……寝る前に身体を洗おうか」
そう言うとパゼラは六郎の袖を引っ張り、例の水浴びする場所へと向かった。
ーーーーー
六郎の湯浴みはつつがなく終わった。
パゼラがあらかじめ置いておいた着替え──どこからか手に入れた古ぼけたパーカー──に袖を通すと、座り込み川を眺めているパゼラの、少し離れた隣に腰を下ろした。
「これはどこで?」
「バザーで売ってた。なんでも野垂れ死んだ〈転生者〉から剥ぎ取ったから激安でね」
はたと思い、六郎は自分の着ているそれの匂いを嗅いだ。幸いにもほんの少しかび臭いだけで、死臭の類はしなかった。
「別に死体が着てたやつってわけじゃないからね」
それからしばらく会話が途切れる。
パゼラは水面をひたすらに眺めている。無心に川を見つめる彼女の顔は、普段の自分を卑下した表情よりは幾分かマシに見えると六郎は思った。
「ところでさ」
パゼラが唐突に切り出す。
「なんで六郎は生きてるの?」
予想外の質問に、六郎は青ざめた。それからややあって、彼はようやく口を開いた。
「……どうしてそんなこと聞くんだ」
後半につれて低くなるその語調は、質問というよりは相手のことを責めているようにも聞こえる。
「特に意味はないけど……一回でいいから、誰かに聞いてみたいってずっと思ってたから」
特に悪気もなしに、パゼラがそう返す。
それから六郎は自分の心に問いかけた。
「もしかしたら……明日──いやいつか──今より良くなるんじゃないかって、そう思ってるから生きてるんだと思う」
彼は正直に答える。
「へー、そうなんだ」
笑いを含みながら返すパゼラは、無意識のうちに自分の首元にある傷痕を触っていた。ある種の同情、そしてある種の侮蔑が籠っていた。
「でもどうしてそう思うの? 今日も昨日と変わらないし、明日も今日と変わらないかもしれないじゃん」
「それは……」
突き付けられて、六郎は息をのんだ。それから、何か返そうと頭を回転させた。
「俺は……死ぬ前は、転生する前は一人だった。ほんとうに孤独だった。でも──」
何か言葉を繋げなければならない。彼は必死に頭を回転させる。
『どうして六郎は生きているの?』
何か、何か。六郎は彼女を納得させるような言葉が欲しかった。
──生きていれば、きっといいことがあるさ。
そんなことは口が裂けても言えなかった。彼自身がそんなことは絶対にないと、一番よく知っていた。
彼の答えを待つパゼラの目線に耐えかねて、何も考えずに口を開いた。
「今は、一人じゃないから。もしかしたら何かが変わるかもしれないって、心の奥底でそう思ってるんだろう」
六郎のその言葉は嘘ではなかった。それは自分自身が心のどこかで願っていることだと、口にした瞬間に気が付いた。
「ふーん、そっか……」
遠い目で月を眺めながら、パゼラがそう返した。