【第一章 完】ドロップアウト・ツインズ 作:Hannibal
パゼラは同級生のネクラマと共に、実戦テストで使用する秘密兵器の試運転をしていた。
実験は大成功、触れただけで四肢が萎びる魔法杖が完成した。
そしてネクラマは去り際、六郎と食事をする約束を取り付ける。
翌日。
六郎は渡されたメモを頼りに街中を散策していた。隣にパゼラがいなければ、彼は何の変哲もない〈転生者〉だ。
着ている服が多少──いやかなりボロボロであることを除けば。
指示に従い、学校の前を通り過ぎ、その先にある大通りを横切って進んでいく。
色とりどりの花の代わりに、今度は意匠を凝らした様々な看板が見えてきた。ここは住宅街ではなく、商業地区だ。
そうして六郎は指示された店の前までやってきた。重厚な取っ手に手をかけ、それから意を決してドアを開く。
白を基調とした店内に、これまた白い机とテーブルが並んでいた。
見回すと、ネクラマが手招きをしていた。店内を突っ切り六郎は向かいに着席する。
「ひひひ、よく来たね」
彼は無反応だ。
それからネクラマがメニューを手渡す。
「好きなのを頼んでいいよ、私が支払うから」
メニューを開いて六郎は目を見開いた。この世界の文字と共に、見慣れた彼の世界の文字でルビが振ってあったのだ。
そしてメニューの名前も『ハンバーガー』『うどん』『唐揚げ』など、どれも見覚えのあるものばかりだ。
「ふひひ、驚いた?」
六郎は思わず顔をあげてネクラマの顔を凝視する。どうして彼女がこんなところに招いたのか、表情からそれを探ろうとしたのだ。
しかしそこには普段通りの目の隠れたニヤケ面が浮かんでいるだけだった。
「ここは〈転生者〉向けのメニューが出る店なの。六郎くんが今一番食べたいものを注文して?」
「そうか」
それから彼はメニューを眺めながらしばらく考えた。
「よし決まった」
ネクラマがウェイターを呼ぶ。
「ご注文は」
白い店内に似合った、白と黒を基調とした制服だ。六郎の元いた世界のものとほとんど変わりはない。
「ハンバーガー、それからこの麦茶モドキ」
「私はコーヒーで、砂糖もたくさんね」
注文を復唱した後、ウェイターは厨房に消えていった。それをはっきりと確認してからネクラマは六郎に向き直った。
「ところでさ……君はどうしてパゼラちゃんと一緒にいるの?」
「どうしてって別に、拾われただけだ」
子犬との思い出を語るパゼラの姿が脳内に浮かんできた。
「捨て犬みたいにな」
「ひひひ、それ自分で言っちゃう?」
「あいつはそう思ってる」
「ふーん……」
ネクラマは興味深そうに頷く。
そこまで話したところで料理が来た。
「おまたせしましたー」
この店内にふさわしくない野太い声に六郎は疑問を覚えて目を向けた。そこには想像通りのガタイの良い男が立っていた。
健康的に焼けた筋肉質な腕、頭にはハチマキが巻かれている。どちらかと言えば──居酒屋か、定食屋で見かける顔といった風体だ。
もちろんこの高級感溢れる店の雰囲気からは浮いている。
「あんた、この辺じゃ見かけない顔だな」
興味深そうに六郎の顔を覗き込む。
距離が、近い。
すこし顔を反らしながら六郎は話した。
「最近ここに来た〈転生者〉だ」
「おおそうかそうか、よく来たな!」
彼を訝しんでいた顔は白い歯を剥き出した明るい笑顔に切り替わる。
それから大男は右手を差し出してきた。六郎はそれに応え右手を出す。力を込めていない手は勢いよく振られた。
「ってことはこのお嬢ちゃんが契約者か?」
「違うよ? この人はまだ契約してない野良〈転生者〉」
「なるほどなァ、早めにいいパートナーを見つけた方がいいぜ」
「それはどうして?」
ネクラマのその言葉を聞いて、待ってましたと言わんばかりの笑顔を見せた。
「俺たち〈転生者〉は契約を結ぶと特殊な力が使えるようになるんだ。死ぬ直前に願ったことが強く関係するらしい」
それから咳払いを挟んで喉を整える。
「俺は地震で棚の下敷きになった時にこう思ったんだ! 料理でもっとたくさんの人を笑顔にさせたかったって! ……そんな俺が契約したら、どんな能力を貰えたと思う?」
「………………料理が、上手くなったとか」
考え抜いた末に六郎が自信なさげにつぶやく。
「よく分かったなぁ! その通り!」
ひときわ大きな声と身振りで男が動き出す。その様子はさながらミュージカルだ。
「腕一本で料理を振る舞っていくうちにかわいい嫁も見つけて……俺は今幸せだぁ〜!」
それから沈黙が数秒間流れた後、拍手が巻き起こる。
周りの客は皆この光景に慣れているようだ。
「そうか」
「そうとも!」
店主が自慢げに胸を張る。
「それで、お前はどうなんだ?」
声色を変えながら、店主が六郎に問いを投げかけた。
「どうって……何が?」
きょとんとする六郎に対して、店主は真剣な眼差しで問いかける。
「あるんだろう? ここに転生したからには、やりたいことが」
「いや……俺は」
──何もない。
自分は何を思って自殺などをしたのだろうか。六郎は心の中で自問自答をし始めた。そうしてから、彼は気が付いた。
──やりたいことなど何もない。ただ逃げたかっただけなのに、気がついたらここにいたんだ。
周囲の喧騒が六郎の意識から遠のく。男の、暑苦しいとも言える視線は依然として六郎を捉えていた。彼は気圧されながらも何か言葉をひねり出そうとするが、唇が震えるだけで何もできなかった。
──逃げたいと思ったのに、なのになんで俺はここにいるんだ?
脳内に吐露できない言葉が溜まっていく。まるで毒だ。だんだんと、頭から血の気が引いていく。
それから突然、無限に続くと思える時間は終わりを告げた。
「まあ、秘密にしたいこともあるよな!」
店主はそう言うと笑みとともに白い歯を見せて厨房のドアに消えていった。店内は再び元の状態に戻る。
「冷めないうちに食べよ?」
それからネクラマはカップを取る。六郎はハンバーガーを両手で持った。
温かいバンズに瑞々しい葉野菜が挟まっている。それを恐る恐る口に運ぶ。
「美味い」
六郎の口からその言葉が思わずこぼれる。
「本当に思ってるの?」
ネクラマの声は、いつもの不快な笑い声を含んだそれではない。冷徹なそれは尋問に近い。
「……ああ、思っているぞ」
うすら寒いものを感じながら、六郎はそう答えた。
「そう? なんかあんまり美味しそうには見えなかったから」
六郎は確認するように自分の顔を撫でていた。それをよそに、ネクラマは角砂糖を十個以上溶かしたコーヒーを啜る。
「ひひひ、あまーい!」
ーーーーー
「それで、パゼラちゃんのことはどう思ってるの?」
食事が終わり、六郎が麦茶モドキを啜っている中ネクラマが切り出す。
「別に、かわいそうな奴だとは思うが」
「……あなたもそう思うんだ?」
それからいつもの引き笑い。今度はかなり強い。本人は口のあたりに手を置いて必死に抑えている。
「……どうして俺を呼びつけたんだ?」
「え? こうしてお話したかった、からだけど」
散々笑った後、目に浮かんだ涙を拭きとりながらネクラマはそう答えた。
六郎は彼女の眼を覗こうとしたが、しかし相変わらず分厚い前髪に遮られている。一方的に『観察』されているその感覚に、六郎は不快感を覚えた。
「六郎くんは、まあ及第点かな?」
店員に勘定を頼みながらネクラマが言う。
「パゼラちゃんと仲良くね?」
ーーーーー
それから二人は食事を終えて、店の外に出る。代金はすべてネクラマが支払った。
日は完全に暮れて、暖色の光に照らされた街並みが青黒い空気の中にぼうっと浮かび上がっている。
「どうだった?」
「ああ……とても良かった。ありがとう」
「ひひひ、どういたしましてー」
二人は正門の方に向かって歩き出した。
「それからついでなんだけどさー」
その途中でネクラマが切り出す。
「パゼラちゃんって君の他に誰と暮らしてるの?」
「父親がいるな。パゼラと同じく角も生えていた」
「他には?」
食い気味にネクラマが質問を重ねる。
「いないな」
それから彼女は口元を抑えながら考えるそぶりを見せた。そしてしばらくしてからまた口を開く。
「そ、ありがとう。じゃあ私はここで」
学校前でネクラマが立ち止まった。
「森の方に住んでるから、私」
「そうか」
「さあ、早く帰らないとパゼラちゃんが嫉妬しちゃうよ」
「そうか」
口ではそう言ったが、六郎はそう思っていなかった。
「じゃあねー」
手をふるネクラマに、六郎は右手を一度だけ挙げて返した。
ーーーーー
六郎はパゼラの家に帰らなかった。
ネクラマと別れ、しばらく歩き続けていた。
彼女の家に向かう分かれ道を曲がらずに通り過ぎたあたりで、彼は走り出した。日はあっという間に暮れ、十メートル先も見えない暗闇になった。
それでも六郎は歩き続けた。
彼女の元に帰りたくなくなったわけではない。ただ逃げたかった。
走り続けて、疲れ果てて、六郎は倒れこんだ。
自分はこの世界で何をしたかったのだろうか。そう考えながらゆっくりと瞼を閉じる。
ーーーーー
そこに馬の蹄の音が聞こえてくる。魔力で稼働する青白いランプに照らされた車体は金の装飾が施されており、その高い地位を誇示している。
その馬車はよほど急いでいるのだろうか、夜道にもかかわらず馬を飛ばしている。
「うおおおおおッ」
運転席に座る従者が道に横たわる六郎に気が付き、寸前で馬を急いで止めた。
前足を振り上げながら馬が大きく嘶く。
それから馬車の下開きのドアが開き、同時に階段に変化する。
「……まったく、どんな馬鹿者かと思えばあなたですか」
馬車から降りてきたのは、クロムウェル。数日前、〈転生〉してきた六郎を空中に放り投げた張本人だ。
音に気が付き、目が覚めた六郎はあくびをした。
「まさかまた生きて会うだなんて、思いもしませんでしたよ」
その様子に、クロムウェルは呆れながらため息をついた。
「ああ、あんたは……」
クロムウェルの姿をはっきり確認すると、六郎は起こしたと思った状態を地面に投げうって大の字になった。
「今度こそ殺すんだろ? さあさあ殺してくれよ。最後の晩餐はもう済ませたんだ」
クロムウェルはさらに深いため息をつく。
「別に殺そうだなんて思っていませんよ」
彼は不快そうな表情を浮かべる。
「貴方の存在がバレると面倒だったからです。魔法使いなどというぽっと出のよそ者が国家予算を使う一大計画で、貴方のような失敗例が召喚されたとなれば、たちまちそのあり方を糾弾されて私たちは絞首台送りですから」
悪びれるでもなく、彼は言ってのけた。
そんな彼の言葉を、六郎はまるで聞いていないように見える。
「私の転移魔法で生き残ったのなら、それもまた縁。どうぞ好きなように生きてください」
「待ってくれ」
六郎が、馬車に戻ろうとしたクロムウェルのローブの裾を掴む。
「俺はこれから……どうすればいいんだ?」
その様子を見たクロムウェルがまたもため息をつく。今度のそれは、憐憫を含んでいた。
「やっぱり、貴方はそういう人間ですよね」
ほとほとあきれ果てた様子で、クロムウェルが肩をすくめる。
「とりあえずは、『貴方を必要としてくれている人』についていくのが良いのでは? 助けてもらった恩を返すのもまた良いでしょう」
それからクロムウェルは馬車に備え付けられた青白いランタンを取り外した。
「これ、差し上げますから早く帰ってください。その様子から見るに、誰かに拾われて命拾いしたのでしょう?」
ーーーーー
「必要としてくれる人……か」
クロムウェルと別れ、夜道を歩きながら、六郎がつぶやく。
パゼラの顔が、彼女の振るう暴力が、彼女が吐き出す罵詈雑言が思い起こされた。
ーーーーー
それから、六郎は特に何事もなく家にたどり着いた。街灯のない外壁の外は街道よりも暗かった。
ゆっくりと家のドアを開ける。いつものように響き渡るいびきを尻目に屋根裏部屋へ向かう。
見るとそこには木箱に向かって作業をしているパゼラの背中があった。手元はランプで照らされている。
「戻ったんだ……遅かったね」
振り向かずに彼女が言った。
「……そうだな」
六郎はそう答えながら床に座りこむ。少し機嫌が悪そうに見える、彼はそう思った。
「どこに行ったの?」
「〈転生者〉向けの料理を出す店だった」
「そうなんだ」
それから少しの間をおいてパゼラがしゃべる。
「別に興味ないけど」
二人は口を閉ざした。
ガリガリと、何かを削る音だけがあばら屋の中で響く。パゼラはブーツの底を刃物で削っていた。
一段落したところで息を吹きかけて粉を飛ばす。
それから振り向いて六郎に声をかけた。
「見てこれ、今度の実戦テストで使う武器」
魔法陣と、その周りに文字が書かれている。それは六郎でもはっきりと分かった。
「……あんたのおかげで買えたんだよね、このブーツ」
「そうか」
〈転生者〉を家に住まわす報奨金のことだろう。このために自分は生かされているのだ、と六郎は改めて思った。
それからゆっくり息を吸い込んで、六郎が口を開いた。
「他になにかやることはあるか?」
「別に何もないけど……どうしたの? 急に」
不思議そうにパゼラが聞く。
「一宿一飯の恩を返そうかと思ってな」
「いや別に、そんなこと考えなくていいけど。あんたが勝手に思ってるだけでしょ、それ」
「じゃあ何をすればいいんだ? 俺は……」
途中で六郎の言葉が途切れる。
パゼラはしばらく考えたが、しかしすぐには答えが浮かばなかった。
「……知らない、もう喋らないで」
パゼラは明かりを消し、硬いベッドにもぐりこんだ。