【第一章 完】ドロップアウト・ツインズ   作:Hannibal

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【前回のあらすじ】
 六郎はネクラマに誘われて〈転生者〉向けの食事が出るレストランへ行った。そこで店主に「転生したからには何かやりたいことがあるはずだ」と言われた六郎は、自分がただ現実逃避したかったことを思い出す。
 それから六郎は家には帰らず、まっすぐ走り続けた。倒れ込んであとは死を待つだけとなったところで、偶然通りがかったクロムウェルに諭され、パゼラのもとに帰ることにした。
 帰宅後、六郎は「自分にできることは何かないか」とパゼラに聞いたが何も返事をもらえなかった。


第六話

 翌日。

 今日は日曜日、六郎の元居た世界と同じく休日である。

 

 まだ完全に日が登りきっていないうちから目の覚めたパゼラはカレンダーに印をつけた。

 

 『実戦テスト』の日まであと四日──そう考えると、彼女の心は不安もしくは期待、興奮のどれとも受け取れる高揚感に包まれる。

 

 それから床で寝ている六郎に目を向けた。硬い床をものともせずスヤスヤと眠っている。

 よくもまあそんなところで寝れるものだと半ば感心しながら、パゼラはカバンに荷物を詰め始めた。

 

 例の魔法杖やブーツを入れると、カバンはいっぱいになった。それから彼女は床で静かな寝息を立てている六郎を足でつつく。

 

「起きて、ほら起きて」

 

 次第に足に込める力は強くなった。

 

「ふあっ、ああ……」

 

 殆ど蹴るような強さになったところで、ようやく六郎の目が覚める。

 

「出かけるよ。今日は日曜日だから……"ここ"にいると下の階のアイツが面倒くさいんだ」

 

「そうか」

 

 そう言ってゆっくりと立ち上がるそのまま滑るように一階へ降り、外へ飛び出した。

 

 

ーーーーーー

 

 

 学校に向かう道の途中で、六郎は昨日の疑問を思い出していた。

 

「タンスの上にあった写真で……一緒に写ってた人は誰だ?」

 

「ああ、あれ? この近くに住んでたグエンおばあちゃんって言うんだけど」

 

 彼女の感情は変化を見せず、平坦なままだ。

 

「誰にでも優しく接して、あの外壁町のみんなに慕われてたんだ。わたしにも、色んなものをくれたり、話を聞いてくれたりした」

 

 そう語るパゼラの顔はいつにもまして穏やかだ。

 この表情を見るのは子犬の時以来だろうか。六郎はそう思った。

 

「でもさ、わたしのことを『本当は優しい子』なんて言うんだよ?」

 

 パゼラは半ば吹き出しながらそう続ける。

 

「そうか」

 

「それっておかしいと思わない?」

 

 六郎はそれに答えない。それから二人は無言で歩き続けた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 学校にたどり着くと、パゼラは六郎に向き直って言った。

 

「じゃあわたしは工房棟に行ってるから、その辺どっかぶらついててよ。これ持ってれば警備に捕まったりしないから」

 

 ポケットから取り出した薄いカードを投げ渡す。見るとそこには、六郎の世界の言葉で『寄宿〈転生者〉証明証』と書かれていた。

 

「そうか」

 

 それから六郎は、行くあてもなく本棟に向かった。

 

 

ーーーーー

 

 

 一方でパゼラは、本棟には入らずに運動場の方へ足を向けた。

 

 運動場では主に実戦テストの練習が行われている。的に向けて、火や雷や水、それから土などの様々な魔法がぶつけられていた。

 それを横目にパゼラは早歩きで通り過ぎる。

 

 たどり着いた先は工房棟であった。ここには様々な器具が置かれており、主に美術や魔道具の授業で使用される。

 

 パゼラが工房棟のドアを勢いよく開ける。薄暗い室内には誰もいなかった。

 孤独は彼女の好むものだ。

 

 室内のひんやりとした空気をたっぷりと肺に吸い込んでから、電気をつける。

 

 机の上にブーツを放り投げると、手近な椅子を床におろした。それから後ろの方に向かい、たくさん並んだ皮袋の中から緑の粉が詰まった一つを選んだ。

 

 工房棟には生徒が自由に使える素材が置かれている。

 パゼラは机に戻り、あらかじめ彫っておいた溝にその緑の粉を擦りつける。

 

 息を吹きつけ余計な粉を払うと、ブーツを持ち入ってきたドアの反対にあるドアを開く。

 

 そこには狭い庭が広がっていた。

 出来上がった魔道具などを試すための空間である。壊れた的の残骸、途中で放り出した試作品などが隅に山を作っていた。

 

 パゼラは右の革靴を脱ぎ、ブーツに履き替える。それから彼女は深呼吸してから、右足を地面にたたきつけた。

 

 右足と地面の重なったところから、緑色の閃光が溢れ出る。

 

 それから、足を叩きつけたところから三十センチほど離れた先に、小さな土の山ができていた。その高さは十センチと言ったところか。

 

 パゼラはそれをしゃがみ込んでじっくり観察する。

 

「うーん」

 

 彼女の見立てでは、彼女の背丈と同じぐらいの立派な壁が出現するはずであった。

 

 大きさは失敗した。次は強度を確認する。

 

 触ってみたが、岩と相違なかった。強度は問題ない。それから思案を始めた。

 

「休日も学校に来て練習とは、感心しますね」

 

 思考を中断されたパゼラが驚き振り向く。

 彼女がいつも周囲に振りまく刺々しい憎悪はそこにはなかった。

 

「ロベルト……先生」

 

 パゼラが思い出したかのように付け加える。

 そこに立っていたのは大柄な男性だ。いわゆる糸目で長身、髪は薄緑でかなり長い。

 

「なるほどなるほど、エンチャントですか。咄嗟の防御壁に使おうというわけですね。私の授業を真面目に聞いてくれている生徒がいるとは感激です」

 

 その巨躯に見合わないしなやかな動きで、パゼラに近づいた。

 そのまま素早く彼女の足元にしゃがみ込み、ブーツをまじまじと観察し始めた。

 

「ふむ……刻まれている術式は悪くありませんね。むしろ問題は触媒の方でしょう。粉は何から?」

 

 パゼラは黙って工房の机の上に置かれている袋を指さした。

 

「なるほど、しかし出来合いの触媒はいけませんね。そこの白い粉を混ぜればある程度の延性を期待できるでしょう」

 

 そう言うが早いか、ロベルトは立ち上がって工房棟の中に入って行った。袋の中に手を突っ込み、緑の粉をすり鉢の中に放り込む。次に白い粉の袋から、同じように粉を取り出しすり鉢に入れる。傍に置かれた計量カップには目もくれなかった。

 

 一旦手を洗ってから、それら粉を混ぜながらすりつぶす。素早く行われるその一連の流れを、パゼラは立ったまま眺めているだけだった。

 

 それからロベルトが彼女の元にやってくる。

 

「さあこれを使ってみてください」

 

 同じように粉を擦りこませる。

 少し離れて、もう一度地面を蹴る。

 

 緑の閃光。

 

 それからパゼラの視界が灰色に覆われる。目の前には彼女の背丈をまるまる飛び越える『壁』が出現していた。

 

「おお……」

 

 思わず声が漏れる。それからパゼラはロベルトの方を見た。

 何かを言いたそうに口を動かすのを、ロベルトは読み取った。

 

「ええ、今加えたのは光魔法の基本触媒です。あそこに置いてある本は参考になるかもしれません」

 

 それからわざとらしく自分の顎のあたりに手を載せてから彼は続けた。

 

「そうですね…………貴方ならあと三日、全力で費やせばモノになるかと思いますよ」

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

「それでは、私はこれで」

 

 爽やかな笑みを浮かべると、ロベルトは振り返りドアに向かった。

 

 

ーーーーー

 

 

「盗み聞きですか」

 

 工房棟を抜け、校庭に面したところでロベルトが口を開く。その表情は微動だにしていない。

 

 それからややあって物陰から人影が現れる。制服を着た濃いピンクのロングヘア。

 いつもパゼラをいじめているグループの中の一人、リリアナだ。

 

「中等部のリリアナさんですね?」

 

 彼女は一瞬バツが悪そうな顔をしたが、すぐさまいつもの反抗的な顔に切り替わった。

 

「あんな奴に構うなんて、お気に入りってわけですか?」

 

「教師として当然ですよ。すべての生徒に平等に接するのが私のポリシーなので」

 

 リリアナは何か言おうとしたが、それよりも先にロベルトが口を開く。

 

「それから貴方、死相が見えますよ」

 

 閉じたままのロベルトの片目がほんの少し、開いたように見えた。

 

「な、何……脅しのつもりですか?」

 

 突拍子もない発言に、リリアナが思わず後ずさる。

 

「いやいや、手慰みに占いを習っていましてね。……そうですね、地雷原で遊ぶのもほどほどにしたほうが良いですよ」

 

 何か負け惜しみかいちゃもんでもつけようと思ったが、しかしリリアナはそれをしまい込み、踵を返して去っていた。

 

「……まあ、目に見えないから地雷と言うのですが」

 

 彼女の姿が見えなくなってから、ロベルトはそう呟いた。

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