【第一章 完】ドロップアウト・ツインズ 作:Hannibal
パゼラと共に学校に来た六郎は何をするでもなくぶらついていた。そのさなか、パゼラをいじめている三人組のうちの二人──リリアナとクレインに絡まれそうになるが、その直前に偶然通りかかったルビアのおかげで事なきを得る。
ロベルト先生と合流し少し話した六郎は、パゼラの元に向かう。彼女は六郎に向かって満足げに「わたしみたいなクズでも、案外いいところあるのかもね」と語った。
それから一足先に帰った六郎はパゼラの父親に遭遇。酒に付き合うように言われ、それで酔ったパゼラ父に暴行された。
⚠️今回はかなりキツめの虐め描写があります!苦手な人は飛ばしてください!⚠️
それから二日が経ち、実戦テスト前日。
パゼラはいつもの履き潰した靴ではなく、例のブーツを履き家から飛び出した。硬いブーツを少しでも慣らしておくためだ。
実技テストまでの数日間は授業が休みになる。
前日ということもあり、道行く中等部の生徒たちは皆一様に緊張や不安を顔に浮かべていた。
息の詰まるような、張りつめた空気が彼らを支配している。
それを感じながら、パゼラは息を切らしながら工房棟へ向かう。
この二日間で、彼女はロベルトから課された課題──粉の比率の答えをほぼ掴んでいた。
そんな彼女の行く手を遮るように、数人の生徒が横に並ぶ。
パゼラは舌打ちをしながらそれを避けようとするが、それに合わせ人が動く。まさかと──不審に思った彼女が顔をあげると、目が合った。
それと同時にパゼラはひどい寒気を覚えた。
「そんなに慌ててどこにいくの?」
トリル、リリアナ、クレインと──パゼラには見覚えのない生徒が四人。
普段よりも殺気の混ざったそのぎらついたトリルの視線は、彼女を委縮させるのに十分だった。
これから、いつもよりも数倍ひどいことが起こるのだろうと考え、彼女の頭は真っ白になる。
横並びだった彼女たちはいつの間にかパゼラの周りを取り囲んでいた。
「最近がんばってるみたいだからさぁー、あたしらがヤキを入れてやろうかと思って」
そう言ってトリルはパゼラの肩に手をまわしてきた。そのジョークに周りの人間は笑い声をあげる。
彼女は何もできず、ただ顔を引きつらせるだけだ。
「そんな顔するなって、ちょっと顔貸してくれよ」
工房棟よりもさらに遠くにある旧校舎。普段は滅多に人が立ち入らず、草も生え放題だ。
これから何が起こるかはわかっている。
諦観に満ちた表情で唇を噛みしめながら、パゼラは思考を停止し始めた。
ふいに、周囲を囲っていた人影が消える。突然背中に強い力が掛かり、パゼラの身体は地面に突き飛ばされた。
肘をつき、立ち上がりながら自分の背中を蹴り飛ばした見ず知らずの生徒を見る。反抗的なその目つきを、彼女らはただ笑って眺めていた。
それから再びパゼラを囲むと、蹴りを浴びせ始めた。
パゼラはひたすら無心になるように努める。
カバンを抱え込み、身体を丸め、耐えればこの時間が終わるのだと、自分に言い聞かせた。
突如、トリルが口を開く。
「それよこせよ」
何のことか頭が理解するより先に、手の甲にブーツのつま先が飛んできた。激痛の余り手を引っ込め仰向けになる。
パゼラの手から離れたカバンを他の生徒たちがすかさず拾い上げた。中身を乱雑にひっくり返すと、魔法杖、クリスタルと替えの靴が出てきた。
クレイルが杖を拾い上げる。
「へぇー、結構いいの持ってるじゃん」
多少は感心した様子でそう呟くと、テキパキと三つ折りの杖を組み立てた。
組みあがったそれを地面に突き刺すと、けだるげな調子で周りに声をかける。
「耐久力テストー」
意図を理解した一人が、格闘術の構えを取った。
全員がそれに注意を向けている内に、パゼラは殆ど無意識にここから逃げ出そうと地面を這いずった。
彼女の角が乱雑に掴まれ、それから顔が地面に叩きつけられる。
「まだ終わってないんだよ」
トリルが目線を無理やり杖の方へ向けさせる。
先ほど構えを取った生徒が、ほとんど奇声に近い掛け声とともに右足を跳ね上げさせる。
回し蹴りは杖に命中し、パキンという軽い音がして──それは真っ二つに折れた。
「えー、案外脆いね。安物なんじゃないの?」
しばしの静寂の後、笑い声が巻き起こる。その様子をパゼラは何も考えず、ひたすら眺めていた。
ただ心の奥で引っかかる僅かな罪悪感を彼女は感じていた。
それから呆然としている彼女の顔に向かって──砂が掛けられる。
目に入ったそれを取り除こうとするうち、その無防備な顔面に向かって膝蹴りが放たれた。
体中に電気が走ったような痛覚を感じた後、不意に力が抜けうつ伏せに倒れこむ。
鼻からこぼれた血が地面に点々と模様を作っている。パゼラは痛みと血の匂いでかき回された意識をどうにか保っていた。
彼女がもがいてる隣から、焦げ臭いにおいが漂ってくる。
「魔法杖って実はよく燃えるんだよね」
彼女は見ることが出来なかったが──目の前では炎魔法によって、折られた杖に火がともされようとしていた。
やがてパチパチという、はじけるような音と共に杖に火が燃え移り、松明のようにそれは燃え上がった。
徐々に近づいていくその音と熱気にパゼラは身体をよじる。
痛み、それから鼻を突く焦げ臭さが彼女を襲った。
「嫌、熱──」
思わずこぼれ出た微かな悲鳴に、トリルは嗜虐心に溢れた笑みを見せた。
路傍に転がる汚物をつつくかのように、先に火のついた棒をパゼラに押し付ける。それが当たるたび、彼女は小さく呻いた。
十分それを堪能した後、トリルは立ち上がり振り返った。
「ほら、ほかに誰かやらないの?」
手に持った松明を突き出しながら彼女はそう聞いた。リリアナと、そのほかの四人はあからさまに嫌悪感を示している。
「つまんねぇヤツらだな、あたしの言うことが聞けないっていうの?」
松明を地面に放り投げて彼女はそう言った。
地面を転がるそれから目をあげると、トリルのむき出しの敵意──パゼラに向けられているそれと、ほとんど同じもの──が自分たちに向けられていることをリリアナは知った。
彼女はおずおずと前に出て、松明を手に取る。それから、まだ赤熱している先端をパゼラに押し当てた。
うめき声が上がる。
リリアナは顔をゆがめていた。それから、
トリルはその様子を見て手をたたきながら、猿を連想させる大きな笑い声をあげた。
そして他の棒切れに火をつけると自らも再び参加した。
パゼラは耐えている。
自分に対して起こっていることをすべて無視し、もう少しの辛抱だと言い聞かせた。体中を引き裂くような痛みに晒されながらも、なんとか意識を保つ。
やがてトリルは飽きが来たのだろう、突然棒切れを放り出すと立ち上がった。
それから周囲を見回す。
「あー、忘れるところだった、靴ってこれだっけ?」
ボロボロの平べったい靴を摘まみ上げる。
「たぶんそれ」
リリアナは目を合わせずに手早くそう答えた。トリルはいともたやすく靴底を引っぺがすと、それをパゼラに向けて放り投げた。
次に目をつけたのは、箱に収められた緑色に輝くクリスタルだ。濁った輝きを放つクリスタルを箱から取り出し、手の上にのせてジロジロと眺める。
「なにこれ? けっこう綺麗だね」
「授業料ってことで貰っておいたら?」
そう答えるのはクレイルだ。箱に仕舞うと、ポケットに突っ込む。
それからトリルは力なく横たわるパゼラに歩み寄った。
「明日の実戦テストが楽しみね! もしサボったら死ぬよりひどい目に遭わせてやるから」
そう言って唾を吐きかけると、踵を返し鼻歌交じりでトリルは去って行った。他の六人は黙ってそれに追従する。
一人残されたパゼラは力なく呟いた。
「六郎……」
ーーーーー
六郎が屋根裏部屋で文字の分からない読書に勤しんでいると、梯子を登る音がした。
彼が何の気もなしにそちらの方を見ると、ずぶ濡れのパゼラが立っていた。ただでさえ伸び放題の髪の毛がまとわりついており、表情をうかがい知ることが出来ない。
パゼラが普通の状態ではないことは、彼にも一目見てわかった。
彼女は早歩きで六郎に歩み寄ると、ありったけの力を込めた殴打を彼の頬に食らわせた。
間髪入れずに腹部に蹴りを入れる。
口の中に血の味を感じながら倒れ伏せる六郎の髪を掴み、顔を引き上げる。
「どうしてわたしだけこんな目に遭わなきゃいけないの!?」
唾を飛ばしながら彼の耳元で怒号をあげる。
「どいつもこいつも邪魔ばっかりして!」
髪の隙間から見える彼女の目には涙が湛えられていた。六郎は何も答えない。
頭突きを加えてから、今度は六郎の顔に目掛けてブーツの先端を容赦なく放った。
「どうして! どうしてよ! なんでわたしだけ……こんな……」
パゼラの声はだんだんと嗚咽交じりになり、目から涙がこぼれ始めた。それでも暴行は相変わらず続けられた。
手の甲を踏みつけ、後頭部を硬いブーツで踏みつける。
「なんでこうなるの! ねぇなんで! いいことなんて一つもないじゃない! あいつらをぶっ殺すために今まで準備してきたのに! 少しぐらい勉強ができるからってそれがなんなの!? わたしの一生ってなんなの!?」
内に溜まった不平を、六郎にたたきつける。
彼は糸の切れた人形のように反応しない。
「答えてよねぇ六郎!」
彼は分かっていた。答える必要はない、彼女に必要なのは
しばらく、パゼラの絶叫と暴力が続いたが、それを遮るように突然──
下の階から、ガラス瓶を叩き割る音がした。
「うるせぇぞ!」
辺り一帯に響き渡ったのは不機嫌さを全面に主張した中年男性の叫び声。
それを聞いて、パゼラの表情は一瞬にして怯えたそれに切り替わった。
息の詰まる静寂。
「う……あ……」
怒りは完全に削ぎ落とされ、後に残ったのは泣き腫らした傷だらけの少女だけであった。
「……行こう、六郎」
血と痣まみれで横たわる彼にそう声をかける。
六郎はゆっくりと立ち合がり、梯子を下るパゼラに追従した。
ーーーーー
空が赤く染まりかけている。日暮れはもうそこまで迫っていた。
パゼラが六郎の袖を引っ張り、二人で山道を登る。
たどり着いた先は、木々がなく開けた場所。
パゼラにとってはなじみ深く──六郎にとっては第三の生が始まった場所。
そこまで来るとパゼラは六郎の袖から手を離し、小走りで丘の上に上るとそこに座り込む。
六郎は、よたよたと歩きながらその丘に背中を預けた。パゼラは膝を抱えてただひたすらに地面を眺めている。六郎は空を眺めている。
遠くで聞こえる鳥の鳴き声以外は、パゼラのすすり泣く声しか聞こえなかった。
「……こっちにきて」
多少は落ち着きを見せた彼女の声に、六郎は極めて緩慢に反応する。彼は後頭部からどろりとした液体が滴っているのを肌で感じていた。
それから、丘を登りパゼラの前に座る。
向かい合う二人のその姿勢だけを見れば、無垢な子供が草原で花冠をかぶせているようにも見えるだろう。
しばらくしてから、呼吸を整え、パゼラは六郎の手を握りながら言った。
「一人じゃないから、何かが変わるかもしれないって……」
確認するように、自分に言い聞かせるように言ったそれは、六郎がパゼラに向けて放った言葉だ。
新鮮な傷跡がこすれ合い、痛む。
折れた骨が軋む。
手を繋いでいるその光景を目に焼き付けるように、じっと凝視してから、パゼラは顔をあげた。表情一つ変えない六郎の目と合う。
彼はパゼラの、その生気を失った灰緑の瞳に吸い込まれそうになっていた。
「わたしって最低だよね。抵抗しないからって、あんたのこと痛めつけてさ」
「そうだな」
「逃げないの? こんなに乱暴されて、何で誰かに助けてって言ったりしないの?」
「……別に……そんなこと、する必要あるか?」
その答えを聞いてから、少しの間を置いたパゼラは噴き出した。
「あっはっは、マトモじゃないよ、それ。マトモじゃない」
天を仰ぎながら、独り言のようにそう呟いた。握られたままの六郎の手が強く握られ、傷口がじんじんと痛む。
それからひと呼吸おき、パゼラは再び口を開いた。
「わたしの言うこと……全部聞いてくれるのは六郎しかいないの」
そう言うと、彼女は身体を六郎の胸に優しく放り投げた。
それから腕を背中に回す。焼けた人肌と生臭い川の匂いが六郎の鼻を突く。
パゼラは六郎の広い胸に頭を押し付ける。彼の頭に固い角がコツコツと当たる。
彼女は妙な高揚感を感じていた。
「そうだ……わたしたちで『契約』しない?」
ゆっくりと、名残惜しそうに顔だけをあげてパゼラが切り出した。
「…………そうだな」
六郎はクロムウェルが言っていたことを思い出していた。
──恩返しだ、俺を拾ってくれた、恩返し。
それが彼の、三回目の人生の目標だった。
「でも──」
口を開いたのは六郎だ。
「いいのか? 俺みたいな人間と一緒にいたら……落ちるところまで落ちるだけだぞ」
ほとんど失われかけていた、精いっぱいの誠意を、彼は絞り出した。
──そうだ、こんな自己満足にパゼラまで巻き込むことはない。
それからパゼラの暴力を覚悟する。
しかし返答は彼の予想を裏切った。
「別にいいよ、それで構わない」
彼女が熱に浮かされ発するその言葉の熱気を、六郎も感じ取っている。
「どうしてかは分かんないけど、六郎を見てると安心するしイライラしてくる。わたしには六郎が必要なの……多分」
涙はもう完全に止まっていた。
「それに、これ以上どうやって落ちるっていうの? さあ、手を出して」
微笑みながらパゼラは手を差し出す。
今度は六郎が上から握り返す。
それから彼女は呪文を唱える。
普段の声色と異なる重々しいそれを唱え終えると、パゼラの心臓のあたりが淡い緑色に光り始めた。
右胸のあたりから送り出される血液が仄かなエメラルドグリーンに光っている。それが手に到達すると、握っている手を通して六郎の身体に流れ込んだ。
彼は奇妙な心地だった。まるで一つの身体を共有したような、そんな感覚を味わっていた。
「〈転生者〉には魔心がないんだってね。初めて魔力を通すことで特殊能力が開花するらしいよ」
六郎は空気が妙に湿っぽいように思えた。
巨大な青白い月だけが、その様子を見守っている。
ーーーーー
それから二人は山を下りた。
帰り道の途中、パゼラは涙の乾いた頬に当たる夜風を心地よく感じていた。
「それで、明日はどうするんだ」
「あんたとわたしの二人で出るよ」
「でもさっき準備が無駄になったって──」
パゼラが不敵な笑みを浮かべる。
「言ったじゃない、ぶっ殺すための用意をずっと前からしていたって」