【第一章 完】ドロップアウト・ツインズ   作:Hannibal

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【前回のあらすじ】
 実戦テストの前日。パゼラはトリルたちに絡まれ、魔法杖を失い、なすがままに暴行を加えられた。
 その晩、パゼラは六郎に暴力を振るった後に外へ飛び出し、月明りの下で契約を交わした。
 そして、パゼラは六郎に向かって明日の実戦テストの作戦を話すのだった。


第九話

 実戦テストは春と秋にそれぞれ一回づつ行われる。

 春では中等部第一学年が、秋では中等部第三学年がそれぞれ自らの強さを見せつけるために衆人環境で決闘を行う。

 

 真剣や殺傷能力のある魔法の使用も許可されており、非魔術師からの批判は相次いでいる。

 それに対して学校は、魔法学校は十分な防護壁や手足の再生すらできる治癒魔術師を待機させているために何の問題もないという態度を頑なに取り続けている。

 

 

 しかし学生同士の殺し合いを目的に観戦しに来る魔術師が大量にいるのもまた事実である。

 出店なども設置される、この学校で一番の催し物になっている。

 

 

ーーーーー

 

 

 今日の学内はそんな観客で溢れている。

 パゼラと六郎はそれを見て辟易した。

 

 包帯ぐるぐる巻きの二人は──昨日の分の傷はパゼラが応急手当をした──人込みに揉まれながら、三階建ての建物にも匹敵する高さの巨大掲示板を見ている。対戦の組み合わせと時間が書かれているのである。

 

 パゼラは自分の名前を見つけた。それから時刻を確認すると、周囲の人物を押しのけながら脱出した。

 対戦相手の名前は見る必要もない。

 

 

ーーーーー

 

 

 正門から校舎に続く広い道には出店なども出店しており、お祭りと大差はなかった。

 そんな大通りを避けて二人は体育館に向かう。

 

「着いたよ、体育館」

 

 六郎はそれを見て目を丸くした。

 彼が元居た世界の体育館のそれとは大きく異なる、円形のそれは闘技場そのものであった。

 

「これが体育館?」

 

「そうだけど。今回はここ以外にも、野外決闘場だとか、校庭に即席で作った体育館とかあるの」

 

 それから二人は学生証を見せ、裏口から更衣室に入った。

 

 控室代わりのそこには、中等部の生徒たちが互いに距離を取ってただ時を待っていた。部屋に満ちた、軽い殺意とも受け取れる粗削りな敵愾心に六郎は気圧される。

 

 パゼラはそれをものともせずに部屋の真ん中を突っ切った。遅れて六郎がそれに続く。

 真ん中に置かれたベンチに二人が腰かける。

 

「作戦は覚えてる?」

 

「まあ、ばっちりだ」

 

 昨日、彼女の部屋に戻ってから六郎はノート丸々一冊分の戦術を見せられた。

 トリルの日々の言動や行動などから、癖や得意な魔法分野を分析したものが延々と続いたものだ。

 六郎がそれをじっくり思い出している内に、実戦テスト開幕のファンファーレが遠くで響き渡る。

 

 

ーーーーー

 

 

 それから係員に名前を呼ばれ、一人、また一人と控室から消えていく。

 二人の緊張感は否が応でも高まる。

 彼女は自らの作戦を何度も頭の中で復唱していた。やがてパゼラの名前が呼ばれた。

 

 

ーーーーー

 

 

 長く暗い廊下を歩き続けると、重厚な両開きの扉が見えてくる。

 

 二人が扉の前に立つと、それは自動的に開いた。パゼラは眩しさに目を細める。

 一切の物が撤去された円形のそれは闘技場そのものであった。

 

 真反対にある扉から、二つの人影が近づいてくる。

 遠くに見えるのはトリルとその契約者、氷魚山だ。

 

 歩みを進めるたびに近づいてくるトリルの姿を見て、パゼラの心臓の鼓動は速さをどんどん増していった。

 

 そして互いに地面に引かれた白線の前で止まる。

 距離にしておよそ二十五メートル。

 

 トリルは軍服を模した白い服を着ており、肩章をつけた赤いマントが鮮やかなコントラストを見せていた。腰には宝石をはめた豪華なサーベルをさしている。

 その顔は自信に満ち溢れていた。

 

 隣の氷魚山は普段と変わらない革ジャケットを身に着けていた。

 トリルは目を細め、観客席を見回す。

 

「こんなたくさんの人の前でボコボコにされるって、どんな気分?」

 

 一通り見回してから、パゼラにそう言い放った。

 投げかけられた彼女は微動だにせず、トリルを睨みつけている。

 

 トリルにはそれが気に入らなかった。

 

「降参したら許してあげようかと思ったけど──やっぱりやめた。肉塊になるまで蹴り倒してあげる」

 

 氷魚山が咳ばらいをしてから、六郎に目を合わせてから口を開く。

 

「あんたに恨みはないが……これもお嬢のためなんで」

 

「そうか」

 

 それからトリルが声を張り上げる。

 

「ストレイフ家長女にして嫡子、トリル・ストレイフ!」

 

 実戦テストは互いに名乗り合うことで開始される──これは魔術師の間で一般的な決闘開始の合図だ。

 

「パゼラ」

 

 彼女はたった一言、短く吐き捨てた。

 

「そうじゃないでしょう?」

 

 意地悪な笑みを浮かべ、トリルはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「貴方の家名はガーフィールド、でしょ?」

 

 その言葉を聞いたパゼラは、しかしトリルの予想と異なり微塵も感情の動くさまを見せなかった。

 それからパゼラとトリルは胸に手を当て、大きく息を吸い込む。

 

「「互いの名をもって──決闘を開始する!」」

 

 その言葉が終わると同時に、氷魚山が懐から何かを取り出す。

 

 微妙に曲がった、鉄の棒。それをしっかりと握り、手首を小刻みに動かす。

 その鉄の棒から伸びるように、何かがおぼろげに形を現し始めた。

 

 二本の棒が伸び、それから黒く丸いものが──バイクのサスペンションが伸び、前輪が出現した。

 その後ろには無理やりエンジンが取り付けられており、見た目は不格好なキックボードに近い。

 

──あれは能力で形作られたバイクだ、間違いない。

 

 六郎は冷静にそう判断した。

 すでにパゼラから教えられていた。

 

『普段から見せびらかしてるからそれぐらいわかるの』

 

 右手でハンドルを捻った瞬間、轟音が鳴り響き土煙が巻き起こる。六郎が瞬きしたころには五メートルの距離にまで縮まっていた。

 氷魚山が半身に隠していた鈍器を大きく振りかぶる。

 

 その瞬間、ふいに六郎の姿が消えた。

 忽然と消えたのだ。

 

 氷魚山も、トリルも、観客も──パゼラ以外の全員が目を丸くし、消えた男の姿を探していた。

 

「まあいいわ、あいつをやっちゃって!」

 

 トリルが我に返り、パゼラを指さしながら叫ぶ。

 

「OK!」

 

 車輪を巧みに操りパゼラの方に向き直ると、氷魚山は再び右手首を捻りエンジンを鳴らした。

 遠くから猛然と近づいてくるバイクを、パゼラはただ睨みつけているだけだ。

 

 氷魚山が再び鈍器を構えたところで、突如視界に一本の木の棒が現れた。

 彼が激突するのと認識するのは同時だった。鼻から血を流しながら、あおむけに倒れる。

 氷魚山のすぐ近くには、折れた木の棒を片手に持った六郎が立っていた。

 

「ナイスタイミング」

 

 視界のど真ん中にトリルを見据えて、パゼラがそう言う。

 

「そうか」

 

 氷魚山は血だまりの上に頭を乗せ、潰れた鼻で何とか呼吸をしていた。

 

「姿を消す特殊能力……! 陰湿なあんたにピッタリね!」

 

 豪著なマントをひるがえしながら、トリルは両腕を突き出す。

 間髪おかずに、バスケットボール大の火球がその手から発射された。その数は三つ。

 

 パゼラは驚きこそしたが、やることは変わらない。

 片足を上げそれを地面にたたきつける。

 

 緑の閃光と共に土壁が現れる。

 土壁が出現したと見るや否や、トリルは腰のサーベルを抜き駆けだした。壁に遮られ、パゼラにはその動作は見えていない。

 

「パゼラ! 後ろに──」

 

 そう叫ぶ六郎の太腿にサーベルが深々と突き刺さる。

 

 彼の言葉によってワンテンポ遅れながらパゼラが振り向いた時には、すでに六郎から剣を引き抜いたトリルが蹴りを放っていた。

 無防備にそれを喰らってしまった彼女は大きく吹き飛ばされる。

 

 こみあがった吐き気を押し戻しながらパゼラは素早く態勢を立て直す。

 トリルは右腕を引き、パゼラの首筋めがけてサーベルを放つ寸前であった。

 体中の意識を頭に集中させ、パゼラは首を動かす。

 

 サーベルの一刺しは回避されたが、次いで素早く放たれた袈裟斬りは避けることが出来なかった。

 肩から腹にかけて、服が切り裂かれ血がとめどなく溢れ出る。

 

 パゼラは痛みを堪え何とか立つ。

 そこに新たな痛みが加わる。

 見ると太腿にサーベルが突き刺さっていた。

 力が抜け、膝をつく。

 

 その姿を見て、トリルがにやりと笑う──パゼラがいつも見上げている、邪悪な笑顔だ。

 

「いつもと同じ、情けない恰好ね」

 

 サーベルを一旦下ろし、それから右足を振り上げパゼラの頬を蹴り飛ばした。

 トリルは深呼吸する。

 

 目まぐるしく動いた戦いの流れは完全に止まり、勝負はもう付いたかのように見えた。

 倒れこむパゼラを、トリルは再び見下ろす。

 

「降参しようだなんて考えてるんじゃないでしょうね? まずは喉を切り裂いて!」

 

 サーベルを引き上げ、ゆっくりと喉元に狙いを定める。

 朦朧とする意識の中、パゼラは剣の軌道上に手のひらを置いた。

 

 サーベルは彼女の肉をいともたやすく貫く。

 剣先はパゼラの手に阻まれ、喉に届く寸前で止まった。

 

 血がサーベルを伝い、パゼラの服の上に滴っていた。

 トリルが舌打ちをする。

 

「先に穴だらけにしようかしら!」

 

 剣を引き抜こうと力を込める。

 が、抜けない。

 

 見れば、剣に滴っていた血が固まっていた。パゼラの口元に笑みが宿ったのを、トリルは見逃さなかった。

 

──この速さで血が固まる? ありえない、まずい。

 

 そう思ってトリルがサーベルを手放し後ろに飛びのいた時には、もうすでにパゼラは立ち上がっていた。

 

 彼女は自分の手からサーベルを引き抜くと、それを右手に握りなおした。

 それから、見様見真似で剣を構える。

 

「穴だらけにしてあげる」

 

「きったねぇ手で私の剣に触るんじゃねぇぇぇ!」

 

 絶叫しながら、トリルは右手を振り上げる。

 その手は関節や爪が伸び、獣のそれになっていた。それが彼女の特殊能力だろう。

 

「あんたにピッタリね! 汚い獣!」

 

 パゼラがサーベルをでたらめに振りぬく。

 付着していた彼女の血が飛び、それが吸い込まれるようにトリルの目に入る。

 目を手で覆い、思わず後ずさる。

 

 パゼラは無防備な彼女の隙を突き、襟をつかむと足をかけそのまま手前に引き倒した。

 うつ伏せに倒れたトリルの頬に、ぬるい感触がべた付く。

 パゼラの血である。

 

 トリルは素早く立ち上がろうとするが、しかし血だまりはすでに固まったコンクリートのように彼女の身体を離さなかった。

 

「血を操るのがあんたの特殊能力な訳ね……!」

 

 自らの血液の遠隔操作、それから凝固と融解がパゼラの特殊能力である。

 

 トリルは血の生臭さで気絶しそうになりながらも、まだ血だまりに触れていない自由な右腕で腰のダガーに手を伸ばす。

 パゼラはそれを見逃さなかった。

 

 サーベルを逆手持ちすると、ありったけの力を込めてそれをトリルの腕に向かって振り下ろす。

 

「ぎぎゃあああぁぁぁっ」

 

 剣は腕を貫通し地面に突き刺さる。

 

「そう、あんたの言う通り……わたしは自分の血液を自由に操れる」

 

 興奮を押し殺しながら、パゼラが震え声でゆっくりと語る。

 

「それだけなじゃく、触れていれば、他人の血液だって、操れる」

 

 ゆっくりと、トリルの首に手を伸ばす。

 焦らすように、ゆっくりと優しく包み込む。

 

「触るな……気持ち悪い!」

 

 パゼラは想像する。

 首筋の太い血管──そこに流れる赤い液体を『停滞』させるイメージ。

 

 するとトリルの首に流れる血液が徐々に固まっていく。

 塊は次第に血流を遮るようになっていった。

 

「やめろ、自分が何してるのか分かってんのかこのゴミ虫が、あたしに逆らうなんて、バラバラにバラしてやる! これが終わった……ら……」

 

 徐々に彼女の意識が薄れていく。

 頭が徐々に白に蝕まれる感覚をトリルは存分に味わっていた。

 

「こ……これ以上……や……るなら……あたしのパパで……あんたを潰せるんだから……」

 

 まとまらない思考から絞り出すその言葉に、もはやいつもの威圧は無かった。

 

「邪魔なの。目障りなの。あんたはわたしの人生にとって……消えてくれない?」

 

「カッ……ケホ……」

 

 パゼラの笑みは今までにないほど歪んでいた。

 

──死ね。死ね。死ね。

 

 緩めることなく、少しずつ、少しずつ血管内にできた血液の塊を大きくしていった。降参させる気など、最初から無かったのだ。

 トリルの意識が真っ白に塗りつぶされるまであと数秒。

 

 パゼラにとっては永遠とも思える時間だ。

 

──あと少しで……!

 

 ふいに、パゼラの手がトリルの首から退けられる。

 突然の出来事にパゼラは困惑した。見ると、六郎が彼女の手首を掴み、トリルの首からその手を剥がしていた。

 

 僅かな猶予を得たトリルは渾身の力を振り絞る。

 

「ギ、ギブ……アップ……」

 

 トリルはそれから眠るようにゆっくりと意識を失った。

 それから、決着がついたことを知らせるベルが鳴り響く。

 

 

ーーーーー

 

 

「なんで邪魔すんのよ! もう少しで! ぶっ殺せたのに!」

 

 保健室にパゼラの怒声が響き渡る。

 

 トリルが降参した後、パゼラと六郎、それからトリルと氷魚山はすぐさま回収され、待機していた魔術師に治癒魔法をふりかけられて包帯を雑にまかれたのちに保健室に運び込まれた。

 

 その保健室は普段よりもベッドなどが増設されており、ちょうど「U」の形になるように置かれていた。

 パゼラと六郎はちょうど一番端で、向かい合うような配置になっていた。

 

「なんなの本当に! 気まぐれで拾ってやっただけなのによく楯突くよね!」

 

「いや──同級生を殺すのはよくないだろ」

 

「知らない! あんたにはどうせ分からないんでしょ!? わたしの気持ちが!」

 

 そう言ってパゼラは近くにあった花瓶を投げつける。

 が、それは六郎にぶつかる前に別の手によってキャッチされた。

 

「いけませんね、他の生徒たちの迷惑も考えなくては」

 

 パゼラが目を上げると、視界に入ってきたのはライトグリーンの長髪、いつ見ても変わらぬ糸目。

 

「ロベルト先生」

 

「それはともかく、おめでとうございます」

 

「えーっと、ああ」

 

 ぼんやりとした頭でパゼラはその言葉の意味を考えた。

 頭に血が上り、すっかり忘れていたが──彼女は試合には勝ったのだ。

 

「別に……わたしはあいつを殺そうとしただけだし」

 

「ははは、結果とは行動についてくるものですよ」

 

 表情一つ変えずにそう言ったロベルトが水を入れたコップをパゼラに差し出す。

 彼女はそれを一気に飲み干すとロベルトに返した。

 

「それで、なぜ私がここに来たのか分かりますか?」

 

 パゼラは再び頭を稼働させた。

 

「あー、えっと……推薦?」

 

「ええその通りです、貴方の名前はリストに加えておきましたよ」

 

 彼女の通う学校は六歳の年に初等部へ入り六年間を過ごす。

 その後、中等部三年間、高等部七年間を経て卒業する。

 

 高等部からは教師の元で指導を受け、何らかの研究をすることが目標となってくる。実戦テストはそのコネを得るための戦いでもあるのだ。

 

「ではごゆっくり。戦いの傷を癒してください」

 

 そう言うとロベルトは去って行った。

 入れ違いに人が入ってくる──ルビアだ。

 

 色々な器具が入ったかごを胸のあたりで抱えながら、周囲を見回し明朗な声を上げた。

 

「実戦テスト、お疲れ様です。今から問診をしながら回りますので、何かありましたらその時にお伝え下さい」

 

 彼女の登場で室内は色めきだった。

 

 あのルビア嬢と一対一で話すチャンスがある──この学校の生徒なら男女問わず誰もが一度は夢見るシチュエーションであろう。

 そんなこともつゆ知らず、彼女は端のベッドから順番に見て回った。

 

 最初の生徒は──

 

「パゼラ・ガーフィールド……貴方ですか」

 

 彼女の表情が一瞬硬くなったのをパゼラは見逃さなかった。

 

「そうだけど」

 

「……では。どこか痛かったりするところはありますか?」

 

「特にないけど」

 

 手にした紙をペラペラと捲りながら続ける。

 

「首から腹部にかけての大きな切創……傷の具合を見てみましょうか」

 

 ベッドの周りのカーテンを閉じてからルビアは続けた。

 

「上着を脱いでみてください」

 

 言われるがままパゼラは服を脱ぐ。

 同年代の生徒よりも明らかに貧相な痩せ細った身体が露になる。

 

 膨らみかけの胸の真ん中には大きな古傷が縦に刻まれていた。それ以外にも無数の傷が──まるで彼女の身体を蝕むかのように、残されている。

 ルビアはそれをみて言葉を失った。それから彼女はその傷に手を伸ばしかける。

 

「そこは関係ないでしょ」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 ルビアが思わず手を引っ込める。

 

「傷は……実戦テストでの傷は完治しているようですね……」

 

 パゼラは頷きもしなかった。

 

「もう大丈夫です。服を着てください」

 

 ルビアは何か声をかけようと考えを巡らせたが、しかし何も浮かばなかった。

 それからルビアはパゼラのベッドを離れ、隣の生徒に声をかけた。

 そうしてベッドを順番に回っていき、最後の検診の相手は六郎だ。

 

「あっ、貴方は……」

 

 ルビアが思わず声をあげる。

 対する彼は無反応だ。

 

「実戦テストに……参加なさったのですか?」

 

「そうだ」

 

「契約者の方は……」

 

 六郎はまっすぐ腕をあげて指をさす。

 ルビアが振り向いた先にはパゼラがいた。

 

 不機嫌そうな顔で、ルビアのことをほとんど睨みつけている。

 

「あ、あの方と契約なさったのですか!?」

 

「ああ」

 

「それは……どうしてです?」

 

「あいつは、俺の命の恩人だ。それだけだ」

 

「そう、ですか」

 

 ルビアの背中に、何かやわらかいものがぶつけられる。

 足元を見ると、枕が転がっていた。振り向くとパゼラと目が合う。

 

「なんか文句でもあんの?」

 

 静まり返った部屋にその言葉が響いた直後。

 同じ部屋にいる──六郎とルビアを除く──全員が敵意を持った目でパゼラを睨みつけた。

 

 それに対し、彼女は即座に左の手のひらを見せつけながら周囲を見回す。

 パゼラの方はすでに魔法を唱える準備ができていた。あとはごく短い一節を唱えるだけで指先から炎が迸る。例えるなら、パゼラだけが銃を全員に突き付けているような構図だ。

 

 それに気が付いた全員が何事もなかったかのように目線を外し、先ほどまで自分がやっていたことに戻る。

 先に手を出した者が勝つ、パゼラは長年の経験からそれを知っていた。

 

 息の詰まるような一瞬を抜けてから、ルビアが口を開く。

 

「す、すいません、私としたことが……」

 

 深々と頭を下げる。それに対してパゼラは部屋の隅をじっと見ているだけで、何も反応はしなかった。

 それからカーテンが閉められ、六郎の問診が始まる。

 

 パゼラはその遮る布をただならぬ気持ちで見ていた。

 ルビアが何かを喋るたびに──内容までは聞こえなかったが──それが気に障って仕方なかった。

 

──とにかく気に入らない。どうしてあの女はわたしのやることなすこと全部に口を挟んでくるの?

 

 そう考えながら眺めているうち、問診は何事もなく終わった。

 再びルビアが扉の前に立ち、部屋内の全員に声をかける。

 

「改めまして、実戦テストお疲れさまでした。次の鐘が鳴るまで安静にして、そうしたら帰宅してください」

 

 

ーーーーー

 

 

 それから夕刻の鐘が鳴り、パゼラと六郎は保健室を後にした。

 

 夕日を浴びながら学校を背にして二人は歩みを続ける。達成感と徒労感が入り混じった、妙なけだるさを感じながら。

 

 やがて街を抜け、見覚えのあるあばら家の群れが見えてきた。

 

 埃臭いにおいが鼻に入ってくる。

 音を立てないように梯子を登り、パゼラは堅いベッドに腰かける。それからゆっくりと上半身を倒しながら今日のことを思い返した。

 

 勝負は一瞬だった。

 六郎が作戦通りに動き、それからトリルが距離を詰めてきて、緊張が身体を支配して、それから、肉の痛み、血の匂い。

 トリルの敗北宣言を聞いたが、しかし達成感はなかった。

 

「ねぇ六郎」

 

──明日から何か変わると思う?

 

 彼女はそう聞こうと思ったが、途中で止めた。

 

──どうせコイツにも分からない。私と同じだから。他人から理不尽に殴られて、それで未来のことなんか何も考えないでただ生きているんだ。

 

 途切れた言葉に六郎は首をかしげた。

 

「……なんでもない」

 

 それからパゼラは目を瞑ると、すぐさま眠りに落ちた。

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