TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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※いただいたご意見を元に「屋敷内の悪意 2」を若干修正しました


屋敷内の悪意 4

「魔法の使い方はとても単純です。必要なのはたった二つだけ」

 

 医師を交えた話し合いの後、俺はいったん仮眠を取った。

 起きた後はまた詰め込めるだけ食事を詰め込む。寒さと怠さが延々と抜けず、蓄積するストレスが気力を奪っていく。こんなもの、長く耐え続けるのは不可能だ。

 目覚めていられる短い時間を使い、ベッドに寝た状態のままアンナから魔法について教えてもらう。

 学園に通っていない彼女だが、魔法の使い方は親や家庭教師から習ったらしい。「基礎くらいしかできないので恥ずかしいんですが……」と言うが、養母も言っていた通り、教える側が初歩しか知らなければ大きな事故も起きづらい。

 

「必要なことって?」

「はい。一つは自分の中の魔力を感じること。もう一つは想像力です」

 

 アンナはコップを一つ用意すると、その縁に指を当てて「水よ」と唱えた。彼女の指先からビー玉ほどの大きさの水球が生まれ、ぽちゃん、とコップの中に落ちる。

 

「アンナは水の魔法が得意なのね?」

「属性があるだけで、魔力量は全然なんですけどね。もっと魔力があればお風呂の用意だって一人でできるのに」

 

 手を伸ばし、アンナとは反対側からコップに触れる。

 「水よ」と唱えると──当然、何も起こらない。

 

「言葉はあくまで想像の補助。属性も『どういった魔法が得意か』を表すものなので、他属性の魔法も使うことはできます。大事なのは魔法の結果を思い描くことと、必要な魔力を用意することです」

「わたしが水を出せなかったのは、どちらかが欠けていたから?」

「そうです」

 

 こくん、と頷くアンナ。

 内容は教本の受け売りらしいが、端的でわかりやすい。

 

「魔力を感じるのはとても苦労します。今までできなかったことをするわけですから。私が初めての時は何か月かかかりました」

 

 その代わり、一度コツを掴めば驚くほど簡単になるという。自転車に乗れるようになるようなもの、と考えればいいだろうか。

 要するに魔力とはゲームで言うMPだ。

 魔法を使うには自分の現在MPを把握し、必要量を取り出さないといけない。調節が下手だと不要な高威力が出たり、逆に望んだ効果に届かなかったりする。

 想像力──イメージの力も結果を大きく左右する。うっかり大爆発とか想像した日には大惨事だ。もちろん、相応の魔力が無ければ大事には至らないわけだが、だからこそ俺の場合は要注意。ぶっちゃけ八歳の身で一夜漬けするものではない。

 

『いいじゃない! わたしは火の魔法が得意なんでしょう? だったら、お母さまみたいに火の鳥や蝶を出してみたい! あれはとても綺麗だったもの!』

 

 ()()なって大火傷するのが目に見えている。

 それはまあ、俺だってわくわくしている。前世には魔法なんてなかったので、いかにもファンタジーしている力を自分が使えるなんて信じられない。

 しかし、今必要なのは火の蝶を出すことでもファイアーボールをぶっ放すことでもなく、自分の体温を上げることだ。

 そのためには魔力のコントロールが不可欠なわけで……。

 

「魔力を感じるにはどうしたらいいのかしら」

「人によって合っているやり方は違うみたいです。私は毎日瞑想していました」

「瞑想……!?」

「我が家には道具を用意したり、複数の教本を買うお金もなかったので……。でも、リディアーヌ様の場合は魔道具を使う方法もあると思います」

 

 魔力を自動吸収してくれる高額な魔道具を用いれば体内の魔力移動を体感できる。我が家で言えばトイレとかだ。ただ、今の体調だとそこまで行くのも一苦労。

 

『でも、あの魔道具なら数えきれないくらい使ってきたじゃない』

 

 何気なく受け止めていた感覚を強く思い出してみる。

 身体から何かが吸い出される感じ。あれの大本はどこだったか。それを辿れば魔力の在り処を掴めるはず。俺はしばし目を閉じて意識を集中させて──。

 

「どうですか、リディアーヌ様……?」

「だめね」

 

 息を吐いてアンナに答える。

 詳細に思い出すのはやはり難しい。気怠さもあって曖昧な再現がせいいっぱい。健康体で何度も繰り返し魔道具を使えればもう楽できるのだろうが。

 体温を高めるには魔力を全身に行き渡らせなければならない。俺が覚えているのは指に流れていく感覚だけだ。それをコントロールできるようにならなければ、

 

「……あれ?」

「どうしましたか、リディアーヌ様?」

 

 不安そうなアンナの目を見つめて疑問を尋ねる。

 

「ねえアンナ。魔法って、要は『想像力によって望みを叶える技術』なのよね?」

「え? ええ、それで間違いない……と思いますけど……」

「なら、()()()()()()()()()だってありえるんじゃない?」

 

 つまり、二段階のイメージをしてやればいい。

 魔力を全身に行き渡らせるイメージ。身体を温める魔法のイメージ。これなら、魔力をはっきり知覚していない今でも無理矢理どうにかできるかもしれない。

 俺の発言にアンナはぽかん、とした表情を浮かべた後、数秒してからはっと我に返って、

 

「無理です! だって、魔力がわからないから苦労しているのに、魔力を操る魔法を使うだなんて……!」

「できるわ。きっと、わたしならできる」

 

 確かに、普通の貴族なら絶対に思いつかない方法だろう。

 一つに、高価な魔道具に触れていたこと。

 一つに、目に見えない力──()()()を操る光景を()()()()()()()でたっぷりと目にしていること。流れを映像に置き換えられること。

 両方があってこそ。魔力の操作ができないのに魔力が流れる感覚はなんとなくわかる、という逆転がなければ不必要な発想。

 

「アンナ。手、握ってくれる?」

「……はい」

 

 コップが片付けられ、アンナの両手が俺の右手を包み込んでくれる。

 温かい。冷えていく身体にはこの温もりがとても心地よかった。

 

「ありがとう」

 

 微笑んでからゆっくりと目を閉じる。視覚がシャットアウトされたことで集中力が強引に引き上げられ、不調の時特有の浮遊感が余計な身体感覚まで忘れさせてくれる。

 繋いだ右手だけに集中。記憶にある魔力の流れを光としてイメージ。指先に流れていくそれを分岐させ、左手にも流し込む。作ったイメージを壊さないように注意しながら分岐を増やし、光を全身へと行き渡らせて。

 

「っ、は……っ!?」

 

 どくん、と、全身が脈打った。

 

「リディアーヌ様っ!?」

「だい……っ、大丈夫よ、アンナ。今のはただ『繋がった』だけ」

 

 額に汗が浮いている。こんな寒い中でありがたいことだと思いながら、目を開いて笑みを浮かべる。

 

「二段階の魔法にする必要はなかったわね。魔力を動かしたことで感覚がわかったから」

「じゃ、じゃあ……!?」

「ええ。魔力がわかるようになったから、これで大丈夫」

 

 付け焼刃なので時間が経てば感覚が戻ってしまうかもしれないが、今、この場で魔法を使う分には問題ない。

 わかる。

 自分の中にほんのりと温かい万能の力がたっぷりと蓄えられているのが。ずっとそこにあったはずなのに、今まで感じられなかったのが不思議なくらい自然に。はっきりと。ああ、今ここにいる自分は前世の自分とは別の生き物なのだとあらためて実感する。

 そして──。

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 思えば全てリディアーヌ・シルヴェストルのせいだ。

 後ろ手に枷を嵌められ、足に重りを付けられ、捕らえられた時に着ていた町娘の変装のまま、元シルヴェストル公爵家付きメイド──ジゼルは自らの境遇をあらためて振り返った。

 

 子爵家の次女に生まれたジゼルはなかなか優秀な子だった。

 家庭教師からは褒められることが多かったし、もっと褒められたくて努力もした。

 

『可哀そうに。長女に生まれていれば学園に行けたでしょうに』

 

 だから、何気なく耳にした「自分に関する話」が初めは信じられなかった。

 父に問いただせば返ってきたのは肯定。この家から通えるのは長男と長女、良くて次男までだと。次女である自分の席はないので()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 せっかく優秀な子ならどこかの家に養子に出してもいい、もしくは普通に適当な家の行儀見習いにするか、伯爵当たりの愛妾にしてもらうのもいい、と。

 告げられた言葉に絶望し、その絶望をバネに奮起した。

 

 長男の席を奪い取るのはさすがに不可能。

 なら、長女か次男から席を奪ってやると必死に勉強し、父から()()()()()()学園に通う事を許された。

 泣いて喜んだその翌日、ジゼルは姉から囁かれた。

 

『もっとできの悪い妹だったら良かったのに』

 

 昔は優しかった姉。彼女はジゼルにささやかないじめを繰り返すようになった。自分より優秀な妹と比べられるのが嫌だったのだと後になって理解したが、当時は意味がわからなかった。

 父に告げ口をすれば我慢しろと言われ、諦めきれないでいると「もう少し利口な子だと思っていたが」と呆れられた。

 それから、ジゼルは親を信用しなくなった。

 姉のいじめに耐えながら「優秀で従順な子供」を演じ、学園に入学。しかし、学園での生活も家の中と大差なかった。

 侮蔑。嫉妬。略奪。報復。打算。裏切り。

 子爵家のジゼルが生きていくには上位貴族の派閥に入り、その上で目立たない有象無象を演じるしかなかった。家の中では優秀で姉に妬まれていたジゼルも学園では、貴族社会では取るに足らない小娘でしかなかった。

 出しゃばれば嫌味を言われ、すれ違いざまに足を引っかけられたりドレスに水やインクをかけられたり。次第に努力する意味がわからなくなり、そして気づいた。

 

 ──自分が上がるんじゃなくて、他人を落とせばいいんだ。

 

 嫌がらせをされる側ではなくする側になればいい。

 自分より弱い者を攻撃し、嘲笑し、派閥の威を借って成果を得る。試してみるとそれはとても楽しかった。これが貴族だと理解した。

 積極的に媚びるようになってからは上役から守ってもらえるようになり、そこそこの成績で学園を卒業。しかも、王国の宰相を務めるシルヴェストル公爵の屋敷で働けるという栄誉を手に入れることができた。

 

『もしかしたら公爵の第二夫人に……? それとも、ご子息のお相手になれるかも……!』

 

 しかし、ジゼルを待っていたのは理想とはほど遠い現実だった。

 

『ねえ、あなた。お腹が空いたから何か食べる物を持ってきてちょうだい』

 

 リディアーヌ・シルヴェストル。

 公爵令嬢だというだけで偉そうにする愚かな子供。彼女は他の仕事中であろうと関係なく用を言いつけてきて、その上、仕事ぶりが少しでも気に入らなければ文句を言う。ベテランのメイドに言いつけても「可哀そうな方なの」と流される。

 期待した公爵や長男・アランの世話役は回ってこない。それならせめて次女のシャルロットを世話したかったが、それも公爵夫人からの許しが出なかった。

 仕事を覚えるのに四苦八苦しながらリディアーヌの我が儘に振り回される日々。うんざりしたジゼルは強硬手段に出る。露見しにくい「毒にもなる薬」を苦労して調達し、令嬢の食事やお茶に少しずつ混ぜた。

 少し苦しめばいい、くらいのつもりだったが思いのほか効いたので、いっそこのまま死んでくれればと思った。なのにリディアーヌは死なず、回復したと思ったら人が変わったようになった。

 

『あなたたちの名前、聞いてもいいかしら?』

 

 名前を覚えられていなかったことよりも、今更名前を聞かれた事に腹が立った。

 苛立ったジゼルは後輩──家柄も年齢も経験も魔力も自分より下のアンナに仕事を押し付けた。これ以上関わりたくなかったからだ。

 しかし、それからのリディアーヌは嘘のように優秀さを見せるようになった。

 使えると思った。

 幸い投薬の件もバレていないようだったし、彼女に取り入って重用して貰えばいい。そうすれば公爵令嬢の庇護が受けられる。

 そう思った矢先、あろうことかアンナが、リディアーヌの専属に指名された。

 

 ありえない。

 あいつには常識が通じない。あいつのせいで全てが狂った。あいつさえいなければこうはならなかった。上手く行っていたのに。せっかく苦労して()()()を学んだのに。

 ()()()でさえ自分とリディアーヌを比較してリディアーヌを選んだ。

 学園では上手く行っていたのに。

 

「そうだ」

 

 面会室の扉が開き、若い騎士に導かれるように一人の令嬢が入ってくる。深紅の髪と瞳を持った美しい少女。その傍には忌々しい後輩が控えていた。

 

「リディアーヌ・シルヴェストル。全部お前のせいだ。お前が全部悪いんだ」

 

 ジゼルは、もしかしたら主になるかもしれなかった相手──今となっては憎悪しか感じないその少女を、きっ、と強く睨みつけた。


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