TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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第一章:カウンター悪役令嬢への道
公爵家のお仕事と公爵令嬢


「おはようございます、リディアーヌ様!」

「おはよう、アンナ。今日は一段と気合いが入っているのね」

「もちろんです。だって、採寸ですから!」

 

 お茶会から三日が経った週の中日。

 通常なら行われるはずの授業は全て休みとなり、代わりに大きな予定が入っている。アンナなどは前の日から楽しみにしており、当日の朝に起こしにきた時にはもう満面の笑顔だった。

 反対に俺は少々憂鬱な気分。

 可能なら逃げ出したいと思いながら身支度を済ませ、ドレスに着替える。今日に限っては好みや気分動きよりも脱ぎ着のしやすさが重要であり、前もって纏う衣装を決めてあった。

 着替えが終わったら普段よりもやや早い時間に食堂へと向かう。

 

「おはようございます、お父さま」

「おはよう、リディ。なんだかんだ言いながらやる気じゃないか。やっぱり女の子は装うのが好きなんだな」

 

 父に挨拶をしたら不本意なことを言われた。そんな風に見えるだろうか、と、アランに視線を送ると苦笑を返されてしまう。

 

「お父さまもお兄さまもひどいです。わたしの都合で迷惑をかけられない、と、気を張った結果だというのに」

「いやいや、やる気があるのは悪いことじゃないぞ? 我が家の娘としてお洒落は大事だ」 

 

 今日は季節に一度行われる採寸。業者──贔屓にしている商会と、商会が抱える職人たちが屋敷にやってきて新しい服や装飾品のための相談を行う日だ。

 季節一つ分をいっぺんに注文するので人も時間もたくさん必要になる。それでも業者を何度も呼びつけるよりはマシ。足りない分は後から買い足すこともできるが、基本的にはここが大きな勝負となる。

 採寸に参加するセレスティーヌとシャルロットも普段より地味めの衣装を纏い、早めに食堂へと到着している。傍に控えるメイドたちもどこか熱気を放っているような気がした。

 

「お兄さまたちは気楽でいいですね。わたしもそっちに交ざりたいです」

「男の服は選びやすいからね。リディアーヌは気兼ねなく楽しんでくるといいよ」

 

 父と兄はこの採寸には参加しない。別日に少人数でささっとサイズを計測し、御用達の職人にさらっと要望を伝えて終わりらしい。男の服なんてそんなものである。無難な色と無難なデザインでも特に問題ない。ある程度歳が行くと好みもあまり変化しなくなるし。

 早めに食事を済ませようとする女性陣に対し、出勤時間まで余裕のある父は穏やかに笑って、

 

「公爵家にとって服飾は重要だ。遠慮せず欲しい服を注文するように」

「かしこまりました、お父さま」

 

 父が言ったことは公爵家の領地とその産業に関係がある。

 我が家の本家筋は王都に屋敷を構えて生活しているが、その一方で、王都から馬車で三日はかかる距離に広い領地を持っている。

 主産業は綿花の栽培、および羊の飼育。

 国内で作られる服の多くが公爵領で生産した綿と羊毛、皮を材料としている。そのため、服飾系の商家や工房とは繋がりが深く、服の売れ行きが家の名声・財政にも関わってくる。公爵家の女がどんな衣装を纏うかによって流行が動くことさえ珍しくないらしい。

 ちなみに公爵領の運営は分家筋が行っており、セレスティーヌはもともと父の従兄弟──つまり俺の親戚に嫁いだ女性だったらしい。

 

「でも、お父さま? 実は心の中で『女の買い物は長いからな』って、うんざりしていたりはしない?」

「な。……いや、ははは。そんなことはないぞ?」

「旦那様?」

「な、ないと言っているだろう、セレスティーヌ」

 

 俺も公爵家の女としてお洒落には手を抜けないらしい。

 楽で羨ましいので少しばかり父に意地悪をしてしまった。まあ、ファッションセンスに関しては俺の女性部分に任せた方がいいだろう。金に糸目を付けず、女の子らしい奔放さで服を買いこんでいたという意味では、以前のリディアーヌ・シルヴェストルは優秀だった。

 まあ、別に二重人格というわけではないので、女の本能を解放した分だけ男の理性が揺さぶられるのも事実なのだが。

 

 

 

 

「この度はご用命、誠にありがとうございます。再びお目にかかれましたことを大変嬉しく存じます」

「貴女方の腕は信頼しています。前回のドレスも見事でした。今回も私達の目を楽しませてくれることと期待しておりますね」

 

 朝食を終えて一休みしたところで、俺たちは大広間にて御用達の商人・職人様ご一行様を出迎えた。

 我が家からはセレスティーヌ、俺、シャルロットにそれぞれの専属、応援に駆り出された一般のメイドたち。相手方は値段交渉やアクセサリーの抱き合わせ販売──もとい提案をしてくれる商人に服のデザイン画を描くための絵師、採寸および技術的な相談をするための職人たち。

 商人には男が多いものの、それ以外はほぼ全員が女性。広間にはなんとも華やかで、ある種不思議なムードが広がっている。

 

「今回は秋用のご注文ということでよろしいでしょうか?」

「ええ。新しい技術やデザインなどがあればそれも教えていただきたいです」

 

 現在は春が後半へと差し掛かった頃。屋敷には夏用のドレスが着々と届いてクローゼットに収められていたりする。冬用だろうと夏用だろうとドレスには違いないのだが、生地の厚みや季節らしいデザインもあるし、流行は変わりゆくものなので同じ品をずっとは使えない。

 特に俺やシャルロットは育ちざかりなので成長に合わせたドレスが必要だ。去年の品で使える物は手直しするにせよ、結構な量が必要になる。

 

「では、さっそく採寸から始めさせていただきます」

 

 合図と共に広間から男たちが出ていく。

 商人にとっての本番は注文の大筋がまとまってからだ。待つ間、彼らの応対はメイド数名と執事が行うことになる。

 男子禁制になったところで廊下に繋がる扉が閉じられ、残ったメイドたちは採寸の手伝いをしたり休憩用の軽食を用意したりといった役割に回る。

 セレスティーヌ、シャルロットから少し離れて十名近い人に取り囲まれた俺はまず、アンナを中心としたメイドにドレスを脱がされた。人前で下着姿になるのは今に始まったことではない、が──。

 

「……綺麗」

「セレスティーヌ様の美貌はお代わりないようで。いえ、より一層美しくなられましたでしょうか」

「リディアーヌ様の紅の髪も惚れ惚れいたします」

「シャルロット様の髪は細い糸のようで、どこか儚げな美しさがありますね」

 

 これだけ大勢の人間に見られた上、感想まで述べられるとさすがに恥ずかしくなる。

 

『しゃんとしなさい。平民ごときに見られたからなんだっていうの。それに、当然のことを言われているだけじゃない』

 

 さすがの図太さである。

 脳内の声に苦笑したいのを堪えつつ、姿勢を伸ばしたままで微笑む。職人たちに舐められることは貴族としての沽券にもかかわる。

 

「ありがとう。わたしも、お母さま譲りのこの髪がとても気に入っているの」

 

 ここで、その場にいた多くの者が「おや?」という顔をした。何か珍しいものでも見るような視線が向けられてくる。そのうちの何割かは恐る恐るといった雰囲気がある。

 彼女たちは前の俺しか知らないからだ。

 お世辞を言っても「当然じゃない」とか言って胸を張らないし、「ぐずぐずしてないでさっさと採寸を始めなさい」とも言わないし、シャルロットを褒めても「わたしを蔑ろにした」と不機嫌にならない。

 何か雰囲気が違うようだと不思議がる彼女たちを、もうだいぶ慣れてきた屋敷のメイドたちが微笑ましげに見守る。

 

「では、お身体に触れさせていただきます」

「お手伝いいたします」

 

 アンナに支えられながら腕を上げたり下ろしたり、身体に回されるメジャーのくすぐったさに耐えたりする。合間に告げられる数字は記憶にあるものより大きくなっている。

 

「成長してるのね、わたし」

「順調に大きくなられていますよ」

「だいぶお痩せになられましたね。もう少しお肉をつけてもよろしいかと」

 

 前はお菓子の食べ過ぎで十分カロリーが足りていたが、食生活の改善に二度のダウンが重なって今はむしろ細すぎるくらいだ。風呂の時、アンナにもたまに指摘される。

 

「太るよりは痩せてる方がいいんじゃないかしら?」

 

 中三のクラスメートに栄養状態の良すぎる女子がいた。菓子やジュースが大好きな上、給食でも良く食べるので男女両方から低評価。

 高校時代、同窓会で会った彼女は別人になっていた。すらりとした美少女。どうしたのかと尋ねられると一言「頑張って痩せた」。

 つまり、いくら美少女でも太っていては可愛く見えない。

 

「リディアーヌ様は、美に対する関心が高いのですね」

「そうなのかしら? せっかくだから可愛くありたいとは思うけれど」

「でしたら、ドレスも見合ったものを身に付けましょう」

 

 美少女に美少女であって欲しいだけで着飾るのが好きなわけではないのだが、周囲の人間たちは俄然やる気を見せ始めた。まあ、売る側にとってはカモ、もとい上客である。ガンガン売り込みに来るのは当然だ。

 シャルロットはと見れば、彼女は楽しそうに服の好みについて語っていた。この家に来た時が五歳だった彼女にとってお洒落は当然なのだろう。控えめな性格なので買い過ぎたりはしないが、かといって変な遠慮をすることもなくこの場を楽しんでいる。

 セレスティーヌは採寸が少し長引いているようだった。素の状態だけでなくコルセット使用時の体型も測っているせいだ。紐で締め上げることでギリギリまでウエストを細く見せる下着の一種。メリハリのある体型の方が綺麗に見えるのは確かだし、養母は笑顔を崩していないが、あれは絶対に苦しい。

 

『あれは正直、わたしも着けたくないわね……』

 

 成長に支障が出るということで子供である俺やシャルロットはコルセットの着用を禁じられている。

 逆に言うと成長したら着けないといけないわけだ。

 

「大きくなるまでにコルセットが廃れてくれないかしら」

「確かに苦しいですけど、何度も使っていれば慣れますよ、リディアーヌ様」

「……アンナには悪いけど、慣れたくないわ」

「コルセットですか。そうですね……新しいデザインの流行が起こって、不使用のドレスも増えるかもしれません」

 

 職人が苦笑いを浮かべながら答えてくれる。現状だと子供服や妊娠している女性用というイメージで、普通にお洒落として用いるのは流行ではないらしい。運よく天才デザイナーが画期的な発明でもしてくれない限り、待っていてもほぼ無理ということだ。

 そもそも、女の衣装なんてだいたいウエストを締め付けている気がする。

 例えば着物だって帯を締める。俺の乏しい知識ではそもそも知っている種類自体が多くはない。お洒落は我慢、なんて文句も聞いたことがある。楽でありながらお洒落なんて服はそうそう──待てよ、チャイナドレスはウエストを絞らないんじゃなかったか。

 

「ねえ。こんな風に生地を縦に下ろすドレスは作れないかしら?」

 

 締め付けが少ない代わりに肌に沿うデザイン。これなら女性的なボディラインを見せることで綺麗に見えるのではないか。絵師から筆記用具(木炭を挟んで固定した簡易的な鉛筆のようなものだった)を借り、女性的な自分のセンスを借りて簡単なイメージを描いて見せると、

 

「これは、寝間着でしょうか?」

「その、少々煽情的すぎるのでは? 夫婦や恋人同士の夜であれば良いかもしれませんが……」

 

 だめか。

 前世における全く別の国の衣装だし、文化が様式が違うのだから「なんだこれ?」となって当然。特に足の露出が多いことに違和感を持つ者が多かった。

 そんなに上手くはいかないか、と頷いたところで職人の中から声が上がった。

 

「でしたら、下半身をふわりと広げてみてはいかがでしょう?」

「あなたは?」

「ナタリー・ロジェと申します。リディアーヌ・シルヴェストル公爵令嬢様」

 

 歳は二十歳くらいだろうか。淡い緑色の髪をアップに纏め、髪色より青みの強い瞳をまっすぐこちらへ向けている。目が合うと整った仕草でカーテシーの真似事。作業用のシンプルな服なのでスカートを持ち上げることはなかったが、ロジェという姓と合わせて彼女の出自がはっきりとわかった。

 平民の中に身を投じて職人を志した貴族の女性。

 

「腰回りを締め付けたくないのですよね? でしたら、スカートを大きく広げることで華やかな印象を強調すれば、コルセットのない違和感を軽減できるかと。スカートを重ね、スリットは一枚目だけに入れるといった方法もあります」

「なるほどね。……じゃあ、上半身も目立たせた方がいいかしら? いっそのこと飾りを盛ってみる?」

「良いと思います。上半身を肌に沿わせたデザインですので、シンプルにすれば女性的な起伏を引き立たせることも可能ですが、リディアーヌ様のお歳でしたらいっそのこと、これでもかと飾り立ててみても可愛らしいかと。とっておきの会で着ていただければ人目を惹くでしょう」

「ああ。わたしの身体はまだ起伏に乏しいものね」

 

 服飾が本当に好きなのだろう。

 貴族としての経験と固定観念に囚われない柔軟な発想から打てば響くような答えが返ってくる。ナタリーの意見を元に絵師が書き直したドレスは一見しただけでもとても豪華になった。

 ノースリーブのままなら涼しげだし、ドレス風の袖を加えれば秋用や冬用のデザインにもなる。これには、わあ、と、周囲から歓声が上がった。チャイナドレスっぽさはほぼ消えたが確かに可愛い。

 

「出したばかりの要望をこんなに鮮やかに修正できるものなのね」

 

 感心して呟くと、ナタリーは「恐縮です」と微笑んだ上で首を振った。

 

「ですが、実を言うと今のはこの場で考えたデザインではないのです。自分の中で温めていたものを流用しただけで」

 

 荷物から取り出して見せてくれたデザイン画には良く似た絵が描かれていた。あの早さに納得がいった一方で、それはそれで凄いとも思う。

 近くにいた職人が笑って、

 

「ナタリーは変わったデザインばかり書いては没を食らっているものね」

「今、役に立ったもの。無駄じゃないわ」

「職人仲間と仲が良いのね」

「ええ。生まれ育った環境の違う私を快く受け入れて対等に扱ってくれる、いい仲間です」

 

 晴れやかな笑顔。

 

「私はワンピースを元にデザインを考えていました。そのせいか少女らしさを消しきれなかったのですが、ノースリーブかつ肌に沿うデザインなら大人向けにも流用できるでしょう」

 

 なんとなくこちらまで笑顔を返したくなっていると、ナタリーはここでこちらを窺うような表情になって、

 

「生地をふんだんに使い、立体的な縫製を加えることになるのでおそらくお値段が張ってしまうのですが……ご検討いただけますか?」

「ああ。ちゃっかりそういうデザインにもなっているのね。……わかったわ。購入を前提に検討するから、まずはデザイン案を描いてもらえるかしら。お洒落のための出費ならお養母さまも文句は言わないでしょう」

「ありがとうございます、リディアーヌ様」

 

 せっかくなので「他にもデザインがあれば見せて欲しい」と頼み、色々と話し合った。

 お陰で終わった後、メイドから「彼女のパトロンになるのですか?」と聞かれた。そこまで考えていたわけではないのだが、このまま仕事を頼んでいくことになった場合、似たようなものになってしまうかもしれない。




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