TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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公爵令嬢の専属騎士 2

「突然何を言い出すんですか、リディアーヌ様! 剣術は駄目だとあれほど言われているのに……!」

 

 提案するとすぐにアンナが悲鳴を上げた。

 付き合いが長くなるにつれてどんどん遠慮のなくなっている彼女は、俺の左手をぎゅっと両手で包み込むと至近距離から懇願してくる。

 

「怪我を治せるのはわかっていますが、指が太くなるのはどうしようもないでしょう?」

「大丈夫よ。それも魔法を使えば防げると思うから。要は身体への負荷を軽くすればいいわけだし」

 

 指や腕が太くなるのは基本的に筋肉が原因のはず。であれば筋肉がつくのを防いでやれば見た目の変化は起こらない。これは力を使う作業の際、身体に魔法をかけることで実現できる。

 そう説明しても納得がいかないのか、なおもこっちを見つめて来るアンナからいったん目を逸らし、俺はノエルの方を見る。

 少女騎士は言われた意味を吟味するように何度も目を瞬いてから口を開いた。

 

「それでは、訓練する意味もないのでは?」

「まあ、そうね。感覚は養われるだろうから無意味とは言わないけれど、身体を鍛える効果はほとんとないでしょうね。でも、楽しそうじゃない」

「楽しい、ですか」

「ええ。ノエルは剣を振るうの、楽しいと思わないのかしら?」

 

 わざわざ騎士を志すくらいだから好きなはずだ。そう思って問いかけたのだが、ノエルは瞳にかすかな怒りを浮かべて返答してきた。

 

「訓練はそんな浮付いた気持ちでやるものではありません」

 

 俺は剣に関して門外漢だ。だから、正しいのは彼女の方だろう。

 それでも俺は敢えて煽るように笑ってみせる。

 

「訓練を楽しむことは『浮付いた気持ち』になるのかしら?」

「……剣技とは、人を殺すための力です。覚悟もなく剣を握れば、身体か心を滅ぼすことになります」

「覚悟ならある、と言ったら?」

 

 ぴくり。

 静かな状態に保たれていた少女の顔に明らかな苛立ちが浮かぶ。睨み合いになった。アンナが「止めましょう」と言うように袖を引いてくるが、俺は引かない。

 

「ご令嬢が多少訓練したところで上手くはなりませんよ」

「じゃあ、わたしに素質がないか確認してみる?」

 

 ここまで来れば挑発していることが完全に伝わったのだろう。ノエルはもう表情を隠そうともせずに答えてきた。

 

「後悔しても知りませんよ」

 

 

 

 

 

「もう! どうしてわざわざ喧嘩になるような事を言うんですか!」

「ごめんなさい、アンナ。でも、こうでもしないとノエルと仲良くなれない気がしたの」

 

 剣の稽古をする、と決まれば早速、俺は着替えに取り掛かった。

 手伝いは口の硬そうなエマと、魔法の訓練にも付き合ってもらっているマリー。着ないのに定期的に新しい物を仕立ててきた乗馬服がようやく日の目を見る時である。これは女性服にしては珍しくパンツ(ズボン)状になっているので、スカートよりはずっと剣術に向いている。

 真剣を使うつもりはないので駄目になりはしないだろうが、近いうちに予備を発注しておこうと思う。

 

「リディアーヌ様? ノエル様に隔意を感じられたということですか」

「ええ、そうよマリー。仕事だからと一線を引かれたままだとなんだかつまらないでしょう?」

「……仕事なのですから、それで構わないのでは?」

 

 静かに正論を述べてくれたのはエマ。彼女は気性的にも能力的にも仕事に感情を持ち込まないのが似合っているタイプだ。

 しかし、ノエルはどうだろうか。

 荒事に身を置く人間は気性も荒くなりがちだ。だとすれば感情なく護衛に徹する事はできないかもしれない。現に少し挑発しただけで簡単に乗ってきた。

 単に素直なだけ少女ならそれはそれでいい。

 問題はノエルが腹に一物を抱えていた時だ。もしそうであれば早めに見極めなければならない。相手の得意分野に持ち込めば何かしら見えてくるはず。

 

「ノエルは『何を』仕事と捉えているか、っていう話よ。たぶんね」

 

 自由時間は決して長くない。

 午後二つ目の授業を多少遅らせてもらうにせよ、着替え直す事も考えれば大した時間は取れない。手早く着替えて中庭に向かえば、ノエルは訓練用の木剣を二本用意して待っていた。

 少女の服装は変わっていない。

 見習い騎士の制服は運動の負荷にも耐えられるように作られている。俺ごときに土を付けられることはない、という考えもあるかもしれない。

 

「お待たせ、ノエル」

「本当にやるつもりなのですね、リディアーヌ様」

「ええ、もちろん。わたしとしては待ちに待った瞬間だわ」

 

 手を擦りむかないようにと薄い布手袋を嵌めた手で木剣を握る。屋敷に出入りする兵達が訓練で使っているものだろう。成人男性用のそれは長く、ノエルの持っている真剣程ではないにせよ重い。

 下手すると「食器より重い物を持ったことがない」俺はその重量感に内心で「おお」と驚きながらもにこりと笑みを浮かべた。

 余裕の表情が癪に障ったのか、ノエルは外した剣をマリーに預けると、少し荒い足取りで訓練場に立った。

 一足一刀の間合い、といったところか。

 

「どうぞ。お好きなように打ちかかって来てください」

「どこから行っても防いでくれるってことね?」

「見習いとはいえ騎士ですから」

 

 木剣を右手に下げただけの姿勢。構えてすらいないのに、なんとなくプレッシャーを感じる。当然だ。前世でさえ喧嘩なんてほぼ未経験。それに対し、相手は人同士で命のやり取りをする前提で訓練を繰り返してきている。当然、格は全然違う。

 しかし。

 

『だからなんだっていうのよ! 気持ちで負けていて勝負になるわけないじゃない!』

 

 まさに火属性。苛烈な性格を持つ俺の女性部分が冷静で臆病な状況分析を吹き飛ばす。

 その通りだ。俺は両手で木剣を支えると身体保護のための魔法を構築、全身に張り巡らせたうえでノエルに正面から挑みかかった。

 

「や……っ!」

「───」

 

 軽い衝撃。迅速に持ち上げられた剣が、振り下ろしかけた俺の剣をさっと払い、持ち主である俺自身にも尻もちを付かせる。

 痛みはない。服が多少汚れた程度だ。俺に苛立っていても十分な手加減をしてくれている。つまりそれは、俺を子供扱いしているということだ。

 

「もう終わりにしますか?」

「あら。そんなわけないでしょう?」

 

 すぐに立ち上がって剣を構え直す。集中が解けたことで解除されてしまった魔法を再構築、若干のアレンジを加えて張り直して、

 

「はっ……!」

「ふっ」

 

 また転ばされる。それでも立ち上がり、魔法を操作して再挑戦。

 そんなことを十回は続けただろうか。一度挑みかかるごとに木剣を払われる衝撃は少しずつ強くなり、最後には身体が軽く跳ね飛ばされるまでに至った。

 攻撃は全く成功していない。それでも少しは驚かせられたようで、ノエルは戸惑うような表情で俺を見つめてくる。

 

「身体強化を使っているのですか?」

「ええ。どうせ魔法を使うのだから同じことでしょう?」

 

 耐久性と柔軟性を強化するついでに運動能力も上げているだけなので、同時に二つの魔法を使っているわけでもない。幸い、身の丈に合わない武器を軽々振り回す少女は何人も知っている。イメージするのは容易かった。

 

「どう? 少しは驚かせられたかしらっ!?」

「ええ、驚きました。ですから──」

 

 言いながら突っ込んだ俺は、少しずつ調整が上手くなってきた身体強化をふんだんに発揮し、今日一番の攻撃を繰り出そうとした。

 刹那。

 一歩踏み出したノエルと彼女の振るった木剣によって、俺の持つ木剣は高く天へと跳ね上げられた。

 

「終わりにしましょう」

 

 首に突きつけられた木製の切っ先を見て、俺は降参を宣言した。

 

 

 

 

「それで? ノエル・クラヴィルの人となりは掴めたのですか?」

「はい、お養母さま。結論から言えば、ノエルは悪い子ではないと思います」

 

 その日の夕食後、俺はセレスティーヌから自室へと呼び出された。

 言いつけを破り剣を握った件についてお叱りを受けるためだ。一通りの小言と注意を聞かされ、両手の指をじっくりと確認された俺は「今後も十分注意するように」でお許しを受けた。

 同席していたマリーやアンナは「もっと叱ってください」と顔で訴えたものの、養母は無駄を嫌う性格。話を理解している相手にくどくど言ったりはしない。その代わりにさっさと実務的な話題を振ってきた。

 

「おそらく『一般的な貴族令嬢』が好きではないのでしょう。剣を交えた後はわたしの印象が変わったのか、少しばかり態度が軟化しました」

 

 稽古(試合?)を終えた後、ノエルは俺に「思ったよりは楽しめました」と言った。

 また剣の練習に付き合ってくれるかと尋ねるとふっと笑って、

 

『まだ懲りていないのでしたら、仕方ないので相手をして差し上げます』

 

 礼儀はなっていないが、軽口を叩けるようになったのは打ち解けた証とも言える。これからも定期的に交流機会を設ければもっと仲良くなれるだろう。

 俺の見解を聞いたセレスティーヌは少し考えてから頷いて、

 

「リディアーヌへ取り入る算段にしては行動が雑ですね。断定はできませんが、凝った策を弄してくる可能性は低そうです」

「稽古に応じたのもわたしの力量を測るため……という可能性はあると思いますが、それでわたしを鍛えてしまっては本末転倒でしょう」

 

 稽古はごく短い時間だったが、俺はようやく剣を握る感覚と、武器を持った人間に対する感覚を知る事ができた。

 経験が物を言うのは魔法だけではない。今後、毒ではなく暴力によって命を狙われた際、今回の経験がきっと生きてくる。

 ノエル、あるいはノエルを遣わした誰かが俺を警戒しながら「少し剣を握ったくらいで何が変わる」と思っているのならそれは油断というものだ。

 

「ある程度打ち解けたところで本命の行動に出てくる事もありえます。念のため、注意は続けておくようにしてください」

「かしこまりました。……ああ。魔法で嘘発見ができればもう少し楽ができるのですけれど」

 

 魔法関連において非常識扱いされがちな俺だが、上手く使えない魔法はたくさんある。

 嘘発見もその一つだ。

 相手の心理を読むには相手に魔法をかけなくてはいけない。貴族相手だと魔法防御に引っかかってしまうし、心の魔法をかけるのはマナーとしては最悪の部類。状況によっては罪に問われることさえ考えられる。

 さらに「嘘を見分ける」というのが漠然としすぎている。真偽を受けるのは事実かどうかなのか、それとも相手の主観なのか。具体的なイメージが難しく消費魔力もかさんでしまう。

 と、セレスティーヌはティーカップをゆったりと傾けながらしばし俺へと視線を向けて、何気ない世間話をするように言った。

 

「読唇術や読心術。魔法を用いる事なく、相手の心理や反応を探る技術も存在しますよ」

「……そうか。そうですね」

 

 前世にもそういう人間はいた。俺の認識としては「占い師とかと同レベルに胡散臭い」だったが、心理学を学んで観察眼を磨けば超常能力もなしに相手の心を把握できるという。

 であれば、相手に魔法をかけるのではなく視覚や聴覚を強化することで観察能力を高め、ただの会話から通常以上の情報を引き出すことも可能かもしれない。『……って、そんなの簡単にできるわけないじゃない! それこそ修行が必要よ!』。

 俺は苦笑を浮かべて養母を見つめ、かまをかけるように彼女へ尋ねた。

 

「お養母さまはそういった技術を収めていらっしゃるのですか?」

 

 にこり。

 セレスティーヌの浮かべた微笑はまるで天使や女神といった上位者が人間を愛玩するそれのように、優しさの裏にある種のプレッシャーを備えていた。

 

「さあ、どうでしょう? ……少なくとも、己の手札をみだりに明かすのは愚か者のする事ですよ、リディアーヌ」

「肝に銘じておきます」

 

 いや、本当にこの女、滅茶苦茶怖いんだが。

 紅茶を飲んで温まったはずなのに寒気を感じながら部屋に戻ると、アンナが俺に囁いてきた。

 

「奥様は本当に優しくて穏やかで素敵な方ですよね」

「もう、どこが素敵なのよ。わたしはあの人、やっぱり嫌いだわ」

「リディアーヌ様。奥様の事をまだ嫌っていらっしゃるのですか?」

 

 まだも何も、好きになる理由がない。セレスティーヌの強い部分は見習わないといけないと思うが、どうやらあの底知れなさは簡単に真似できるものではなさそうだ。


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