TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す 作:緑茶わいん
誰かSNSとネット掲示板を寄越せ。
どこでも誰でも気軽に情報を発信できる、というのがいかに凄いことなのかをあらためて実感する。もちろん本だって情報源としては貴重だ。ただ、現在進行形の問題について的確な情報を得るには足りない。
(動向を把握しやすいという意味で)信用できるのが両親くらいしかいないのが心許ないものの、件の『純血派』について確認すると、
「魔力を持っていない状態こそが本来あるべき人の姿と考え、貴族政治を打破すべしとする一派の事だ」
魔力持ちも非魔力持ちも人であることに変わりはない。つまり、魔力がなくとも人は人として成立する。よって、魔力を持たない者たちこそが純粋な血の持ち主である、という理屈。
魔法のない世界の記憶を持つ俺としては割と納得できてしまう話だ。
「思想集団なのよね? 理想を実現させようとする過激派がいる、という理解でいい?」
「ああ。全員が過激派ではないだろう。しかし、一部に現体制の破壊を目論む危険な輩がいる。……いると目されている、と言った方が正しいか」
純血派の中心は当然ながら平民だ。そして、平民の生活拠点は基本的に貴族社会と切り離されている。平民が普段何をしているか貴族が全て把握するのは難しく、なかなか尻尾を掴むことができていないらしい。
これはある意味仕方のないことだ。
騎士の人数には限りがあるし、騎士≒貴族なので平民相手の調査には向いていない。騎士団には衛兵隊という下位組織が存在するが、平民である衛兵たちに「平民の過激派集団」なんて調査させたら向こうに取り込まれてしまいかねない。
定期的に拠点を変えられたり農村を主要拠点とされたりしてしまえば簡単には内偵を進められず、存在を認識しているのにまともに取り締まることができていないらしい。
『……ま、そうよね。一部の過激な奴らのために平民ぜんぶを疑ったりしたらそれこそ暴動が起きるわ。一人一人を心の魔法で調べるするとかとてもできないでしょ』
心の声は「面倒くさい」が本音っぽかったが、まあそういうことである。
「純血派を支援する貴族もいるのかしら」
「バルト家がそうだとは確定できないが、おそらくいるだろう。愚かしい事だ」
魔力を持つ貴族がどうして協力するのか。それは本人たちに聞いてみないとわからない。ただ、利害が一致していれば理由にはなる。例えば現王家に不満を持つ貴族(仮に反王族派とでも呼んでおく)が戦力を増やすために純血派を利用している、とか。
王家を打倒した後は反王族派と純血派は敵同士になるだろうが、お互いがお互いを「正面対決ならこっちが勝つ」と侮っていれば十分に成立する。
「……平民の過激派集団。そんな奴らに、限定的とはいえ魔法の効果を持った道具が供給されたら?」
「彼らが勢いづくのは間違いないでしょう。一度目の武力蜂起はおそらく成功します。そして、成功した、という事実が広がれば勢力拡大に繋がりかねません」
いつ、どうやって起こるかわからないのがテロの怖いところだ。加えて貴族側には「魔法を使える平民」との戦闘経験がない。正確な対処は難しいだろう。
「道具の存在が明かされているのがせめてもの救いかしら」
「どうだかな。……オーレリア・グラニエが純血派と組んでいるのだとしたら、どうしてリディにそれを明かした? 何か別の意図があるのかもしれん」
純血派の動きに気を取られている間に反王族派が武力蜂起、国王以下王族を皆殺しとか? ……いや、待ってほしい。ないとは言い切れない上に、それだとリオネルの婚約者である俺も殺されかねない。
現王族の一人であるオーレリアがそんなことに協力するか? という話もあるが、王位継承権をはく奪された彼女が王族を恨んでいたとしても不思議はない。純血派、あるいは反王族派として動いているのがバルト家だとすれば、新体制の旗印に《漆黒の魔女》を選ぶ理由もわかる。
父は深く息を吐くと重々しい声で言う。
「慎重を期している場合では無くなったか。早急にオーレリア・グラニエの地下室を調べなければならぬ」
「……まあ、なんだか無駄足に終わるような気がしてきたけれど」
躍らされている感覚に半眼になって頷く。
そして悪いことに、俺の嫌な予想は当たってしまった。
護衛役のノエルと共に足を踏み入れたオーレリアの地下室。
そこには新型魔石も、それを用いた魔道具も一つとして存在しなかった。先んじて調査を行い室内を固めている騎士団の面々も困惑したような表情を俺へと向けてきている。
「リディアーヌ様。貴女様が入られた際と室内に違いはありますか?」
「……一見すると大きな違いはありません。ですが、わたしが見た品々が別の物にすり替えられています。見た目は似ていますから『気のせいだったのではないか』と言われてしまえばそれまでですが」
「自信はない、と?」
「いいえ。証明する手段がない、という話です」
俺は息を吐いて苦笑した。騎士団の調査結果を受けて緊急召喚されたわけだが、まんまと利用されてしまった感じである。
振り返れば、部屋の主──俺にとって魔法の師であるオーレリアは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「冗談で弟子を脅かしただけだったのだけれど、まさか国王陛下にまで陳情するとはね」
「わたしにそうするよう仕向けた上で問題ある品を全て運び出したのでは?」
「あら。証明する手段がないんじゃなかったかしら」
その通りだ。騎士団も監視は行っていただろうが、魔法に長けたオーレリアなら抜け道くらい用意できる。迷彩でも使ったのか地下から通路を伸ばしたのか……方法までは特定できないが。
「それで? 私は有罪になるのかしら?」
「いいえ。宮廷魔法士長殿の監督の下、魔道具研究を行われているオーレリア殿です。単なる研究物であれば咎める事はできません。……念のため、調査用に室内の品を一時預からせていただいても?」
「煩わしいけれど仕方ないわ。どうぞご自由に」
騎士団の副団長だという男性騎士は釈然としない表情を浮かべながらも「感謝します」と礼を取った。傍らに立つノエルが「……父上」と呟く。王国騎士団の現副団長はクラヴィル家の当主、つまりノエルの実父である。
俺としても釈然としないが、今回の調査は「公爵令嬢リディアーヌ・シルヴェストルの陳情を受けての事実確認」という体である。形式としても任意。まあ、任意という名の半強制ではあるが、問題は騎士団側も何かがあると確信して踏み込んだわけではないということ。
仮にも王女を相手に「疑わしいから調べさせろ」なんてやった挙句に「空振りでした」は結構きつい。
幸いなのはオーレリア自身が冗談を言ったと認めたこと。
「リディアーヌを責めないであげてくれるかしら。私の冗談が効きすぎてしまっただけでしょうし、国を想う気持ちは同じのはずよ」
「承知しております。オーレリア様も誤解を招くような言動はどうか慎まれますよう」
「ええ、善処するわ。ごめんなさい」
物品の運び出しを終えて騎士団が撤収して行くと、後には俺とノエル、それからオーレリアだけが残された。アンナとエマは念のために上の部屋で待機している。
師の立ち姿に動揺は見られない。
魔女は常の状態のまま悠然とそこに存在している。謎めいた笑みに見惚れそうになるのを堪えつつ、俺は彼女に語りかけた。
「師匠。……あなたはいったいなにを考えているのですか?」
「さあ? 貴女は、何だと思う?」
こつ、こつ、と、ゆっくりとした靴音。
近寄ってくるオーレリアを見てノエルが剣を抜き、俺たちの間に割って入る。魔女は両手を広げて降参とばかりに足を止めた。
「意外と心を寄せられているのね、リディアーヌ?」
「……別に、仕事だからやっているだけです」
「ありがとう、ノエル。でも、さすがの彼女もここで事を起こすほど馬鹿じゃないわ」
礼を言って下がるよう命じるとノエルは渋々剣を収めた。
「師匠も、わたしたちを殺してから隠し通路で逃げる、なんていうのは止めてくださいね?」
「ふふっ。そんな事を思いつくあたり、やっぱり私の弟子ね」
嬉しそうに言われてもこっちは全く嬉しくないのだが。
俺はやれやれと首を振って、
「魔石と魔道具を渡した先は純血派ですか? それとも反体制派の貴族?」
「随分と調べたようね。……でも、そこは子供が踏み込んでいいほど甘い世界かしら?」
「誰のせいだと思っていますか。決行はいつです? 誰を狙って何をするつもりなのですか?」
「内緒話ならその子を排してからにしたいのだけれど」
「ノエルは私の護衛騎士です。責任感のある子ですから秘密を口外したりはしないでしょう」
この状況で護衛を外すとかさすがにありえない。譲る気はないという思いを込めて見返せば、仕方ないとばかりに苦笑された。
「どうして貴女は、私が何かをすると思うのかしら?」
「わたしは
「あら?」
俺は情報源を伏せた上で、これまでに聞いていた噂や情報を師に語った。
オーレリアが殺戮を望んでいる可能性。純血派の存在。貴族内も一枚岩ではないこと。擬態した平民の暗殺者。かの王妃が事故死として扱われていること、等々。
関わっている人物と抜けている情報が多すぎて正確な推測は困難だが、一つ言えることは、オーレリアが敵と積極的に繋がっているかどうかは不明だということだ。
「あなたはただ魔石や魔道具を売っただけかもしれない。差出人も書かず暗号を使って書かれた手紙を鵜呑みにする気はありません。嘘だと決めつける気もありませんが、あなたが敵と完全な協調関係にあるのなら、どうしてわたしに情報を渡したのかがわかりません」
「王家や騎士団に隙を作るためだったとしたら?」
「注目を受けてまで作る必要があるでしょうか? ……それとも、受け渡しは成功してしまったわけですし、オーレリアさまがここで姿を消せば目的達成なのでしょうか」
「もし、そうだと言ったら?」
心臓の音がうるさい。師を無実だと信じたい自分と怪しいと叫ぶ自分、
深呼吸を一つしてから、俺は答えた。
「思い直してください。今ならまだ引き返せます。迷っているのならやるべきではありません。世界を変えていったいなにになりますか?」
「知ったような口を利くのね?」
冷たい声。プレッシャーを含んだ刺すような視線が俺へと向けられる。
「
「そうですね。わたしが知っていることなんてほとんどありません」
オーレリアの母親が死んだのは十二年前。俺の父であるジャン・シルヴェストルでさえ22、23の若輩者で、父親から宰相職を継いでいなかった頃だ。当時生まれてすらいなかった俺に事件の真相が事細かにわかるわけがない。
部外者が偉そうに語るな、というのもその通りだろう。
それでも、
「あのね、師匠? わたしは品行方正な優等生ではないの。だから、正しいとか正しくないとかそんなことはどうでもいいのよ」
そう。
俺が大事にしているのは正しいかどうかじゃない。
「悪いことは止めなさい、オーレリア・グラニエ。多くの人の死の上に成り立つ理想なんてなんの意味もないわ」
「ふうん。嫌だと言ったら?」
「決まっているでしょう。力づくでも止めて、あなたの身体を踏みにじって、高笑いでもしながら勝ち誇ってあげる。わたしは
「り、リディアーヌ様?」
ノエルがドン引きしたように声を上げる。俺がヤバい女だということに気づいたらしい。しかし、もう遅い。これだけ色々知ってしまったからには彼女はもう逃げられないし、何より剣の稽古に付き合ってもらわなければ
「ノエルが守ってくれることですし、また魔法を教えてください、師匠。といいますか、今までろくに教えてくれていないのですから、わたしの魔道具製作に付き合ってくれても罰は当たりませんよね?」
「───」
すると、オーレリアはしばし沈黙した後で口元に笑みを浮かべ、愉しげに目を細めた。
「いいわ。どうせ魔道具もあらかた持っていかれてしまったことだし、少しくらい弟子の遊びに付き合ってあげる」
俺の説得ともいえない説得が功を奏したのか、それとも単に想定の範囲内なのか、次回の授業日以降もオーレリアは姿が見えなくなることなく、いつものように俺を出迎えてくれた。