TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す 作:緑茶わいん
「昨日は災難だったようね、リディアーヌ?」
「本当に災難でした。それもこれも師匠のせいです」
学園寮内。
《漆黒の魔女》オーレリア・グラニエの部屋はいつになく片付いている。魔道具等がごっそり持っていかれて物が減ったこと、地下室の存在がバレたので床を隠さなくてよくなったことなどがその原因だ。なお、直接の原因は俺がアンナに命じて整理整頓したことである。
黒髪黒目の美貌の魔女様は、ラフな食事態度さえも演技だったとでもいうのか、あるいは研究を急ぐ必要がなくなったからか、きちんとドレスを着て席につき、ゆっくりと食事を進めるという、貴族であればできて当たり前の偉業を披露しつつ笑みを浮かべる。
「昨日の騒動は貴女を恨んだ令嬢の仕業でしょう? 私とは関係ないと思うのだけれど」
「当日、わたしは彼女のご主人様から因縁をつけられていまして。その原因はオーレリアさまの迷惑な冗談のせいだったのです」
「だからそれは謝ったし、こうして貴女の研究に付き合っているじゃない」
付き合っていると言いつつ本人は食事をしているだけである。部屋の片隅に護衛として立つノエルが「何ですかこの会話」とでも言いたげな表情をしている。彼女にも申し訳ないことをした。
昨日は午前中にパーティーへ参加、午後はオーレリアのところへ行く予定だったのだが、あんなことがあったせいで騎士団に時間を取られてしまった。おまけに、本人の指示とはいえ護衛対象を危険に晒したのだ。叱責はしないで欲しいと騎士団には伝えたものの、少々気にしている様子である。
『リディアーヌ様に何かあれば私の責任になるということを本当にわかっていますか?』
今日会うなりジト目で睨まれてしまったので、ノエル自身にもあらためて丁重に謝った。
「それで? 私がリオネルにあげたチェスの駒を自分でも作りたい、と」
「話が早くて助かります」
師と向かい合うようにして席へ着いた俺は話をしながら石へ魔力を籠めている。魔石を作るために欠かせない工程である。
見た目としては大きめの石を握りこんで真剣な顔をしているだけなので非常に地味だが、魔女は面白そうに漆黒の双眸を向けてくる。
「必要な工程はわかっているのかしら?」
「魔石の作成。整形。魔法の刻み込み。それから色の調整ですね。順番は前後するかもしれませんし、色の調整にどういう方法が用いられたのかは特定できていませんが」
「方法を突き止める前にとりあえず試してみる、と?」
確かに、あまり良くない行為ではある。
失敗すれば費やした時間や魔力は無駄になってしまう。なら先に時間をかけてプランを整えた方が結果的に得をするというものだが、
「構いません。色に関しては師匠と同じ方法は使いませんから」
「へえ?」
さっさと先を話せとばかりに視線が突き刺さってくる。本当に現金な人だと思いながら俺は自らの構想を説明した。
「魔石に刻み込むのは、わたしの注いだ魔力を増幅する魔法とします」
「魔力の増幅? そんなことが簡単にできるのならそれこそ歴史が変わってしまうけれど」
「それほど大層な話ではありません。要は師匠の作った新型魔石の応用です。危険度としてはずっと低いかと」
オーレリアは魔力を蓄積する魔法を刻むことによって新型魔石を作った。俺はこれを参考に「リディアーヌ・シルヴェストル以外の魔力には反応しない」魔石を作ることにした。
魔石の純粋化・専用化。
通常の魔石は魔力であれば誰の魔力にでも反応するようになっている。これは便利な反面、魔力効率としてはロスが大きい。そこで俺専用と定義した魔道具を作ることによってこのロスを抑えようと思った。
つまり、正確に言えばブーストではなくコストカットである。
「当然、この魔石は自身に注がれる魔力にしか反応しません。ですので機能としてはかなり限定されます。チェス駒の形状ではせいぜい自由自在に動かす程度が関の山でしょう」
「なるほど。限りなく少ない魔力でチェスができるだけの魔道具。しかも貴女以外には使えないと」
「そういうことです」
魔石の作り方は単純。俺の魔力によってきっちり染め上げてやればいい。俺の属性は火と光なので、魔石の色は赤系統になる。
「たぶん、色は橙に近い赤ですね」
「あら。紅じゃないのね?」
「わたしの感覚ではそれが一番強い火と光の力なので」
太陽のイメージ。
この世界の人間がアレを何色で描くのかはわからない。この辺りは感覚的な問題だ。
オーレリアはくすりと笑うと椅子に背を預けて言った。
「魔石の専用化、ね。戦闘用の魔道具に用いれば戦力強化に使えるかしら?」
「無意味に近いでしょう。専用化には使用者当人が魔石を作る必要があります。戦いに長けた貴族は魔道具の扱いに疎く、魔道具開発を得意とする貴族は荒事に弱いでしょう? それを補って余りある利点など、ごく限られた者にしかありません」
「そうね。貴女や私くらいかしら」
例えば、金属製の筒に専用化した魔石を埋め込んでおく。そうすれば筒の中に何かを生み出して発射できる。通常の魔道具と違って何を発射するか──風か炎か、あるいは石礫かはその時々で変更可能だ。使う魔力は限りなく節約される。
ただ、言ってしまえばその程度だ。
とっさに使うには当人が携帯していないといけないし、魔石を通して魔法を使うという操作になるため「魔力さえ流せばイメージが不要」という魔道具の利点が存在しない。そこまでして齎される結果が魔力の節約程度ではあまりにも割に合わない。
俺はいくつか使い道を思いついているし、オーレリアだってやろうと思えば何かに利用できるだろうが──天才というカテゴリに含まれる俺たちだからこそ、日頃から魔法の訓練して、魔道具なしでなんでもできるようになった方が早い。
「わたしは誕生日まで待つ必要がありませんから、リオネルさまより早く揃えて自慢してやろうと思います」
「あの子なら悔しがるでしょうね。魔法を覚えたら真っ先に駒を作ろうとしてセルジュ達が困りそうだわ」
「セルジュ様を困らせるのは本意ではありませんね。仕方ないので、ご機嫌取り用のプレゼントも何か用意しておきましょう」
駒と同じ要領で
俺のプランを聞いた師は魔法大好きな変人の顔からただの姉の顔へと変わって、
「仲が良いようで何よりね」
「わたしとしても都合のいいお相手ですので、どうかこのまま関係を続けたいところですね」
「貴女達の間に子供が産まれたらお祝いを贈ってあげる」
その前に俺にも誕生日プレゼントを寄越せ、と言いたいのは山々だがここは堪えて、
「わたしが出産する年齢まで
探るように視線を向ける。
オーレリアは真っ向から見返すのを避けて曖昧に答えた。
「私は三年生よ。卒業したらここを出て、宮廷魔法士の寮へ入ることになるわ」
「素直に入る気があったのですね」
「もちろん。後見人の家に居候するよりはよっぽど気楽──」
「お母上の死因について耳にしました」
明るく、どこか呑気な声が途切れ、強烈な冷気の如きプレッシャーが押し寄せてくる。
オーレリア・グラニエは《漆黒の魔女》の異名に相応しい排他的な表情を浮かべる。「それで?」。回答を少しでも間違えたら殺されるのではないか、という恐怖。
ノエルが剣の柄に手を置いて身構える。しかし、オーレリアほどの術者相手では「動きがあってから、大事になる前に止める」ことなど不可能だ。起こる前に斬り捨てるか、起こってから斬り捨てるかの差でしかない。そして、ここで動けていない時点で結果は決まっている。
オーレリアが指を振り、棚から四枚セットの板を引っ張ってくる。板は四方の壁に飛ばされぴたっと張り付くと緑色の魔石を輝かせる。俺が父との相談に使った空気の壁と似たようなものが作り出された。
内緒話の用意。
俺は何が起こっておいいように心構えをしながら、敢えてそれを見せないように微笑んだ。
「お母上──亡くなられた王妃さまはお身体が弱かったそうですね。昔から何種類もの薬を飲まれていたとか」
俺の実母・アデライドとますます被る。俺たちの母親が揃って早死にしているのは偶然だろうか。
「魔力量の多い貴族は健康を害しやすいのでしょうか。だとすれば純血派とやらの主張も理解できなくはありませんが」
「傾向としてはあるわ。多くの場合、高い魔力量と引き換えに病弱で生まれてくるのは女。だから余計に目立つ」
女に多いのにも理由がある。仮に同じ両親からたくさんの子供が産まれた場合、男子の方が子供ごとの魔力量にばらつきが出にくいのだ。
逆に女子は良くも悪くも魔力量がばらつきやすい。このせいで
「貴女や私が天才ともてはやされるのにはそんな理由もあるでしょうね」
珍しく自嘲気味な表情で笑うオーレリア。
いくら才能があっても生かせないのでは意味がない。その点、健康体で生まれてきた俺やオーレリアは病死のリスクが低い。子を産んで血を受け継がせることもできるだろうし、魔法に関する研究成果を残すことだってできるだろう。
魔法の才能は子にも遺伝しやすい。上振れを選んですくい上げていけば、確かな血の強さとなっていく。
「母は病弱な身で無理をしたから早死にした、と」
「貴女が五歳までは生きたのでしょう? 出産の疲労は無関係よ」
本当にそうだろうか? 直接の死因になっていなくても寿命を縮めた可能性は十分にある。家の後継者としてはアランがいたのだから、別に俺は必要なかったはずだ。
俺がいなければ母はもっと生きられたかもしれない。ありえない仮定をしてしまう原動力は『お母さまともっと一緒にいたかった』ことなのだから、本末転倒もいいところだ。オーレリアが珍しく優しくフォローしてくれたのもあって感傷的な気分になってしまう。
瞳から涙がこぼれそうになる。なんとか堪えて言葉を続けた。
「オーレリアさまのお母上はどうして身体に魔石なんかを埋め込んだのでしょうか」
「……古臭い、迷信めいた妊娠方法よ。祖母の世代ですらほぼ完全に廃れていたような代物」
新型魔石ほど効率は良くないものの、従来の魔石にも「魔力を蓄える」性質はある。身体に埋め込んだ魔石へ魔力を注ぎ、自身の魔力を回復させれば、体内にある魔力量を一時的にブーストできる。
子供の魔力は親の影響を強く受ける。特に母親の影響は強い。であれば、妊娠している母体の魔力を強引に引き上げれば?
デザイナーズ・ベイビー。そんな言葉が頭をよぎった。『なによそれ!? そんなの……!』。
「自殺行為です。身体に異物を入れる時点で負担が大きいのに、魔力量をそんな方法で増やすなんて」
「そうね。
「改造を行ったのは王家ですか? それとも──」
「お父様は常識的な人間よ。年下の娘にそんな非道ができる人じゃない」
確かに。初対面の俺にも優しくしてくれたくらいだ。たかが魔力の強い子を産ませるためにそんなことはしないだろう。
ならば、やはりバルト家か。
俺が納得したところでオーレリアは視線を宙へ送って、
「魔石の方は母の独断。彼女はどうしても優秀な子供が欲しかった。だから古臭い方法まで持ち出した」
「どうして?」
「あの人にはそれ以外、目的がなかったから」
生まれてから死ぬまで母体としての価値しか評価されなかった女性。家族から非道な改造を受け、身体も心もボロボロにされた人。
国王に見初められながらも「優秀な子を産まなければ」というプレッシャーに苛まれ、彼女はついに禁断の方法にまで手を出した。
結果、生まれてきた子供は全属性。類稀な魔力量を備えながら健康体という奇跡のような存在だった。
「……お母上にとって、オーレリアさまは救いであり宝だったでしょうね」
これ以上ない優秀な子を産むことができた。それは、他に価値基準を持たない彼女にとってどれほどの幸福だっただろうか。きっとオーレリアは母からの愛情を一身に受けて育ったはずだ。間違っても後に残るような怪我をしたり、重い病気にかからないよう心を配られながら。
「そう。あの人は、その宝である娘に
「───」
俺は息を呑み、そして覚悟を決める。
これから口にするのは推測だ。正しいかどうかはわからない。それでも俺は、この推測をぶつけずにはいられない。
「オーレリアさま。あなたが初めて使った魔法は