TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す 作:緑茶わいん
気づくと季節は秋が終わり、冬にさしかかっていた。
王都に大雪が降ることはあまりない。ただ、石畳が凍って馬車が滑りやすくなるし寒くて動きが鈍るので貴族たちは外出を減らす。
お茶会やパーティーの誘いも減るので、俺はこれを幸いと今後の準備を進めていく。
具体的には魔法の訓練や魔道具の開発、剣の稽古などだ。警備兵たちが雪かきをしてくれるので中庭は使えるし、ノエルもできるだけ移動を減らしたいとたまに泊まっていくのでいろいろと捗る。
「リディアーヌ様! 怪我には十分に気を付けて、防寒にも気を配ってください。体調を崩されたら元も子もないのですから」
「体型に変化が出るようなら剣の稽古は禁止しますので、そのつもりで」
「リディ。女の子なんだから無理に剣を覚えなくてもいいんじゃないか?」
「僕もそう思うよ。リディと訓練できるのは嬉しいけどね」
「お姉様。頑張りすぎて倒れないようにしてくださいね。あの時のような事はもう嫌なのです」
みんなからは口酸っぱく注意、苦言、お願い等々を投げかけられる中、意外というかなんというか、訓練に付き合わされる当人だけは俺に味方してくれた。
「寒いからこそ、動いて身体を温めるのは良い事です」
騎士らしい脳筋思考だが間違ってはいない。自分が剣を振りたいだけなのではないか、というのもこの際置いておく。
「身体を温めるのは得意よ。それに命を救われたこともあるんだから」
乗馬服にコート、手袋などで防寒しても動きやすさとのトレード上、どうしても限界がある。そこを例の身体を温める魔法で補う。体温を上げることで動きも活発化するので身体強化と組み合わせるのもそれほど難しくなかった。
何度剣を交わしてもノエルに勝てる気はしないが、動きは少しずつ良くなっていく。学園で穴に落とされた時に落ち着いていられたのもこういう訓練の成果だろうし、やっておいて損はない。
もちろん並行して本を読んだり、家庭教師について勉強をしたり、オーレリアのところへ通ったりすることも忘れない。
師のところではもっぱら自分用のチェス駒やリオネルへのプレゼントなどを作成し、自宅では荒事になった時用の魔道具を開発する。これはちょっとしたカムフラージュだ。どうせオーレリアは勘づいているだろうが、何を作ったか隠せるだけもだいぶ違うはず。
「それにしても、魔道具は意外と簡単に作れるんですね」
私室でいそいそと魔石を作っていると、護衛が手持ち無沙汰になったらしいノエルに声をかけられた。
「私でも作れるでしょうか。戦闘用の魔道具があれば戦いも楽になると思うのですが」
「簡単に見えるけどこれ、意外に大変なのよ? 魔力を大量に持っていかれるし、慣れないと効率が上がらないし」
何しろ魔力を注ぎ込み続けて無理矢理馴染ませるのだ、大変さは推して知るべし。俺やオーレリアのように魔力があり余っているのでもない限り練習するのもなかなか難しい。魔力伝導性の高い素材を使えば効率は上がるものの、そうすると費用が嵩む。
少しでも節約したいとかオーダーメイドの魔道具が欲しいとかでない限りは金を払って外注した方がマシである。
「騎士団の訓練では身体強化や攻撃魔法も使うんでしょう? 魔道具を作るよりもそっちに魔力を回せばいいんじゃないかしら」
「さすがにそう上手くはいきませんか」
自作は無理だと悟った少女騎士は心なしかしょんぼりしてしまった。魔道具を使って華麗に戦うとか絶対格好いいし気持ちはわかる。
ノエルには卒業式に同行してもらうわけだし、護身用の魔道具を作って渡してやることにした。
訓練といえば、リオネルにも剣術に付き合わされた。
屋敷でたまに剣を振っているという噂が耳に入ったらしい。誰が広めたのかと思ったら「ジャンがぼやいていたのを聞いた者がいた」とのこと。まさかの父が情報源である。
戦ってみると王子様は案外手ごわい。十四歳のノエルの方が技術的にも体格的にも勝っているのだが、何しろお子様なので加減というものを知らなかった。
「お前はほぼ素人だろうからちゃんと手を抜いてやる。安心しろ」
とか言いながら同性の友人と遊ぶかのように無造作に打ちかかってくる。
ノエルがいかに気を遣ってくれているか理解すると共にどうやって負けたらいいか悩んだ。同い年の素人相手だし身体強化次第で勝つこともできたが、チェスならともかく剣で勝つわけにはいかない。
結局、木剣を保持できる程度の身体強化をかけつつ怪我しないのを最優先し、しばらく打ち合ったところで降参を宣言した。
「なんだ、だらしがないな。筋は良さそうだからもっと積極的に攻めてみたらどうだ」
「無茶を言わないでくださいませ。男子と女子では基礎体力に差があるのです」
「そうですよ、殿下。リディアーヌ様がお受けくださったからいいようなものの、そもそも女性を剣術に誘うのはマナー違反です」
終わった後でリオネルはセルジュに怒られていた。苦労人であるこの青年にはいつも世話になっている。彼が抑えてくれていれば安心、
「そうは言うが、こいつもこいつだぞ。普通の令嬢なら着替えも木剣も用意しない」
「……確かに、リディアーヌ様は特殊な方ですが」
と思ったらこっちに被害が飛び火してきた。完全に自業自得なので文句のつけようもない。結局、お互いに怪我には十分に注意するということで両成敗(?)に終わった。
「またそのうちに相手をしてもらうからな」
「かしこまりました」
「というかお前、乗馬用の服なんて持っていたのか。なかなか似合っているぞ。……そうだ、せっかくだし乗馬も覚えたらどうだ? 俺もセルジュや父上と一緒に乗せてもらっただけだが、馬はいいぞ。馬車とは違った感動がある」
「殿下。乗馬も婦女子に勧めるものではありません」
またセルジュが口を挟んだものの、乗馬は俺自身興味があったので「機会があればぜひ」と
幸か不幸か、卒業パーティーまで大きな事件は起こらなかった。
平民街での小さな事件──誰と誰が喧嘩して衛兵隊のお世話になったとか、あくどい賭場に出入りがあったとかは日常的に起こるものの、純血派と断定できる逮捕者・摘発者はなし。秘密結社や明確な組織ではなく思想集団となると判別も難しくなかなか尻尾が掴めない。
友人たちへの警告や騎士団が警戒する様子などから貴族たちの間にも「何かが起こるかもしれない」という噂が広がっている。そのお陰で学園側も気兼ねすることなく騎士団に対し警備強化を要請することができた。
そして。
「リディ。本当に何かあるかはわからないが、警戒は怠るのではないぞ」
「わかっているわ。十分な準備はしてきたし、大丈夫よお父さま」
「アランとシャルロットも、冬は人や物の動きが滞りやすくなる。有事の際はセレスティーヌと共に冷静に対処せよ」
「はい、父上」
「お父様もどうかお気をつけて」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
当時の朝、父は王城にて執務を行うために屋敷を出発した。
いつも以上に心配性なのは何か起きることを予感しているからかもしれない。宰相である彼が城に詰めるのは有事の情報伝達をスムーズにしたり、要人警護を容易にする意味もある。
純血派を貴族が支援しているとすれば王城が同時攻撃されてもおかしくない。騎士団はこちらにもある程度の人員を割くことになる。
父はセレスティーヌやアラン、シャルロットを城に招こうとも考えたらしい。
しかし、留守中に屋敷を賊に狙われないとも限らない。公爵家には高価な魔道具や美術品、資料として価値のある本なども多く存在しているのだ。いざという時、使用人や兵たちを指揮して家を守る人間も必要だ。
「リディアーヌも十分に気を付けて。いざとなればアンナやエマを囮にしてでも逃げ延びるのですよ」
「縁起でもないことを言わないでください、お養母さま。もちろん、アンナやエマと一緒に帰ってまいります」
「パーティーを楽しんでおいで、リディ。君が学生として参加するのはまだ先の話だからね」
「お姉様、パーティーのお話、後で聞かせてくださいね」
「ええ。しっかりと楽しんでくるわ」
俺も父を見送った後で準備を整え、午前中のうちに屋敷を出発した。
今日のドレスは黒。全ての色を内包する黒は魔法的に尊い色とされている。学園の制服も黒が基調なので周囲との調和も取りやすい。めでたい式ではあるが、あまり俺が着飾っても卒業生を食ってしまいかねないので華やかさは抑えめ。
主張を抑えた分は装飾品でバランスを取る。目立つアクセサリーはパーティーまで温存するが、卒業式のうちから外から見えない位置に腕輪やアンクレット型の魔道具を装着して防備を整えておく。一緒に参加するノエルとアンナ、エマにも小さな魔石を複数あしらったチョーカーを渡した。
「念のために着けておいて。アンナたちに何かあったら大変だもの」
買ったら高いだろうが、魔石から俺が自作したので材料費くらいしかかかっていない。さすがに盗まれたりすると悔しいのでその辺りさえ気をつけてくれればいい。
「リディアーヌ様。私も頂いていいんですか?」
「ああ、ノエルには貸すだけよ。壊したら弁償してね」
「……わかりました。ありがたくお借りします」
別にノエルを信用していないわけではないが、この辺りはけじめだ。使用人と護衛騎士では心理的・立場的な距離に違いがある。そのことがかえって安心材料になったのか、ノエルもしっかりと頷いてチョーカーを身に着けてくれた。
「ありがとう。それから、ノエルにはもう一つ持っておいて欲しいものがあるのだけれど……」
学園に到着した後はまず、危険物を持ち込んでいないか軽くチェックされた。
「ノエル様。何故剣を二本差していらっしゃるので?」
「予備です」
「そ、そうですか」
若干の確認はあったものの問題なくパスし、学園長ら関係者に挨拶をする。数か月前には内定していた通り、オーレリアは無事に主席となったので俺は予定通り彼女への花束贈呈を任されることになる。
「グラニエ様は我が校の歴史に名を残す才女です。その卒業を祝福する役は弟子であるリディアーヌ様こそが相応しいでしょう」
「身に余る大役ではございますが、精一杯務めさせていただきます」
挨拶が終わった後は式まで待機……の予定だったのだが、警備責任者として詰めていた騎士団の副団長、つまりノエルの父親が声をかけてきた。
「リディアーヌ様。本日の警備について相談させていただきたいのですが」
「もちろんです。ですが、子供の意見など参考にしてよろしいのですか?」
「本物かと見紛うような犯行計画書を送りつけておいてそれを仰られても説得力がありませんよ」
下手すると悪人が参考にしそうなレベルだったので騎士団上層部はドン引きだったらしい。念のためセレスティーヌにも読んでもらって監修してもらった自信作だったのだが。
「問題ないのであれば是非お話を聞かせてください」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
それから式の時間ぎりぎりまで話し合い、料理に毒が混入される可能性や毒ガスの可能性、爆発物が用いられる可能性等々について確認した。
副騎士団長は俺の意見を聞きながら適宜指示を出す。そのせいで部下たちが出たり入ったり忙しく、部屋の中に十歳の小娘(俺)がメイド付きで存在するのが物凄い違和感だった。それでも一応許されたのはえげつない計画書の提出者だからとか宰相の娘だからとかそんな理由である。
「あの、副団長さま。本日、なにかが起こると思いますか?」
すると、彼は真剣な表情で答えた。
「おそらく、起こります。最終的にはただの勘としか言いようがありませんが。だからこそ油断はできません」
「はい。もし本当に起こった時、少しでも被害を減らせるようにしましょう」