TS転生令嬢は『カウンター悪役令嬢』を目指す   作:緑茶わいん

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他者視点による「一方その頃」の話です。


パーティー襲撃 裏

「いよいよですね、旦那様」

「ああ、いよいよだ」

 

 窓の外が少しずつ暗くなり始めた頃。

 バルト伯爵は執務机の前に腰かけたまま、夫人の声に応じた。室内は人払いを行い夫妻だけになっている。防音の魔道具も起動しているので盗み聞きされる心配はない。

 齢五十を過ぎた長身の男である。若い頃に比べれば無理が利かなくなったものの、今なお鍛錬を続けているお陰か身体はまだまだ動く。頭の方はなおの事。胸には「まだ自分は現役を続ける」という強い意志がある。

 

 ようやくここまで来た。

 

 長かった。万感の思いを込めて息を吐く。煙草を吸うか祝杯を挙げたいところだが、それは「成功」の報が入ってからにしたい。

 今、学園では卒業記念パーティーが行われているはずだ。

 多くの若い貴族達が酒や料理を味わい、盛大に浮かれている。そこで予想外の出来事が起これば大きな混乱が生まれるだろう。

 

「多くの犠牲者が出る。それは騎士団の失態となり、王族への信頼低下に繋がる」

「あの子に無理をさせた王族に煮え湯を飲ませられるのですね」

「ああ」

 

 若くして亡くなった娘の顔を思い出すだけで苦い気持ちが広がる。しかし今日に限ってはどこか晴れやかな気分もあった。

 

「騎士団も勘づいて動いているようだが、問題なかろう。王城への同時襲撃を諦めてまで戦力を集中させたのだからな」

「平和ボケした無能どもにこの計画を止めることなどできないでしょうね」

 

 純血派を扇動して貴族社会に打撃を与え、現王家の地位を失墜させる。バルト伯爵が描いた計画は、簡単に言ってしまえばそういったものだ。

 主導はあくまで純血派。資金や物資、人員提供は行っているものの、こちらの名前は一切出していない。相手も使えるものは使う方針らしく必要以上に詮索してくる事はなかった。

 作戦には伯爵の私兵が数名、紛れ込んでいる。いずれも特殊訓練を受けた暗殺者であり、純血派の精鋭をも上回る戦闘力を持っている。平民なので魔法は使えないが、それ故に「あの愚か者共」の中にあっても違和感なく馴染むだろう。

 

 私兵達は普段メイドや執事として扱っていた。これは屋敷へ出入りしていても怪しまれないためだ。作戦が無事に終われば何食わぬ顔で屋敷に戻らせればいい。

 万が一、作戦が失敗したとしても自分達に追及が及ばないよう指示は全て口頭で出し、命令書の類は存在せず、私兵達を使用人としての雇用した記録も作成していない。一般の使用人が何を証言したところで証拠は出ないし、責が及ぶのは使用人頭になるだろう。

 まあ、失敗することはないだろうが。

 

 作戦にあたって様々な準備をした。

 最たる物が薬物だ。

 純血派のメンバーにも行き渡るようにある種の麻薬を提供。これは服用者に高揚感を与えて恐怖を和らげると共に潜在能力を引き出す効果がある。薬物の常習者であれば証言の正当性が低下するため、捕縛者が出た場合にも有利に働く。

 武器に塗ったり、戦闘中に敵へ振りかけるための毒も用意した。いずれも即効性のある違法な品だが、植物関係に強いバルト家であれば密造は容易い。毒は平民と貴族の力の差を埋める大きな助けになるだろう。

 食事に混ぜる毒も忘れてはいけない。少量の摂取で死ぬような毒は扱いが難しいため、いわゆる下剤の類を選んだ。武力を用いず一網打尽にできないのは残念だが、腹痛によって精神集中が乱れれば魔法の行使が難しくなる。続いて行われる襲撃を助けてくれるはずだ。

 他にも香として拡散させる毒なども用意。純血派側にはあらかじめ解毒剤を飲ませておけば被害は相手側にだけ出るという寸法だ。

 

「オーレリアの新型魔道具もある」

 

 長期間魔力を留めておける魔石とそれを用いた火球の魔道具。あれがあれば平民でも魔法を使うことができる。貴族には固有の魔法防御が備わっているため、直接魔法をぶつけたところで大きな被害は期待できないが、敵が魔法を使ったという精神的な衝撃は大きいはず。

 防御ではなくかわされるなどして魔法が会場自体にぶつかれば火事も誘発できる。いざとなれば放火も視野に入れるように入れ知恵もした。

 

(魔法封じの魔道具がもっと大量にあれば良かったのだが)

 

 首輪型のそれはオーレリアの才能をもってしても製造が難しいらしく、十に満たない数しか用意できなかった。

 荒事の場で敵に装着させるのも現実的ではないし、もしできたとしても効果に欠点がある。魔石に魔力を吸わせるという機能上、吸収速度と吸収上限が魔石の性能に依存するのだ。

 複数個を埋め込むことである程度の対応は行われているが、現状では伯爵級以上の貴族をすぐに無力化する事は不可能。戦闘中に装着してもしばらくはある程度の魔法を使えてしまう。であれば普通は真っ先に「魔道具を壊す」という行動に出るだろう。

 まあ、あれに関しては無くとも構わない。何しろかのオーレリア・グラニエ自身があの会場にいるのだから。

 

「本当に、オーレリアは親孝行な子ですね」

「ああ」

 

 しみじみと告げる夫人に、伯爵は笑顔で答えた。

 伯爵夫妻の目的は利権ではなく「現王家に打撃を与える事」そのものにある。

 彼らの娘──手塩にかけて育て、王の側室に選ばれた自慢の娘を若くして殺された恨み。それを王家への反逆によって少しでも晴らせればそれでいいのである。

 夫妻にとっては孫にあたるオーレリアは計画に快く賛同してくれた。当然だ。彼女にとっては産みの母に関する話であるし、その母が死んだ原因はオーレリアにもあるのだから。

 

「あれは身体の弱い子だったのだ」

「王家、あるいは高位貴族に召し上げられるよう、少々無理をさせましたからね」

 

 娘には幼少期から様々な投薬を行っていた。見目を整えるためや重い病気にかからないようにするため、そして何と言っても魔力を高めるために、だ。

 娘も一時期は嫌がっていたが「立派な母親になるため」と言い聞かせたら従順になった。そうして親子揃って励んだ成果が側室入りだった。親子揃って心から喜んだ。これで努力が報われたのだ、と。

 にもかかわらず、王家はあの子に無理をさせた。

 王族が目をつけるだけの容姿と魔力は確保できていたはず。それなのに母体としての更なる価値を求めて古臭い方法にまで手を出した。身体の弱いあの子にそんな事をさせれば寿命が縮まる事などわかり切っていたはずなのに、だ。

 

(許せるわけがない)

 

 結果的に娘はオーレリアという天才を産み、身をもってその才能を開花させた。

 だからと言って王族の横暴が許されるわけがない。堪えきれず直談判に出向いた事もあったが、そこで告げられたのはあの子の死について他言無用とする、という命令だった。

 加えて、オーレリアの王位継承権はく奪。

 娘が唯一残した成果。子供世代の中でも頭一つ分以上飛びぬけて優秀なはずの子を後継者から外すという選択。それは夫妻にとって愚行としか言いようがなかった。

 だから、

 

「王家は滅びなければならない」

「ええ。現陛下には無念と後悔のうちに死んでもらわなくてはなりません」

 

 代わって玉座につくのはオーレリアがいいだろう。

 過ちによって滅んだ王族を、その過ちの犠牲者が継ぐ。その夢のような光景が見られたのならもう思い残す事はない。女王の血縁となって思う存分権力を振るうなどとくだらない事はしない。息子世代がそうしたいと言うのなら勝手にそうすればいい。

 

(息子は少々、頭が固いからな)

 

 次期伯爵であるフレデリクは幼少期から姉に対して人一倍の想いを抱いていた。恋愛感情ではなかっただろうが、夫妻による愛ゆえの投薬に「可哀そうだ」とたびたび意見していた。

 娘が死んでからも夫妻を責めるような言動を繰り返していたので、今回の作戦についてはほぼ何も伝えていない。幸い、家の中を含めたある程度の差配は妻のミレーヌが握っており、彼女は現当主である伯爵に従順であったため、資金協力や私兵の黙認などの手伝いをさせた。

 宰相の娘にして第三王子の婚約者、リディアーヌ・シルヴェストルの勧誘もオーレリアとミレーヌが主導していたが、そちらは残念ながら失敗に終わってしまった。感情的で派手好きな小娘かと思えば意外と正義感が強かったらしく、パーティーに紛れ込んでまで何かを企んでいるらしい。

 だが、好都合だ。

 何の苦労もなく類稀な美貌と高い魔力を持ち、現国王でさえその美しさに見惚れた女──伯爵家にとっては目の上のたんこぶとしか言いようのなかったアデライドの娘。王家に味方する宰相の子でもあり、更には()()()()()()()()()まで抱えるあの娘も一緒に死んでしまえばいい。

 どうせ使用人に殺されかけた死にぞこないだ。ここで死んだところで何の問題もなかろう。

 と。

 

「旦那様。失礼いたします」

 

 執事が入室してきて緊急の用件を告げる。

 

「学園に対し何者かによる襲撃があったようです。詳細の確認が取れるまであまり動かれませんよう」

「ああ、わかった。引き続き情報収集と警戒にあたれ」

 

 伯爵はついでに今日の執務を終了する事を告げ、執事を退室させた。夫人が微笑み、酒とグラスを用意してくれる。

 

「少し気が早いですが、よろしいでしょう?」

「そうだな」

 

 今日のために用意しておいた上等な葡萄酒を開け、二人で乾杯する。

 そうして、ゆっくりと味わうように飲んだ一杯目が空になる頃、その報が届いた。

 

「学園への襲撃者は騎士団の尽力により無事鎮圧。生徒およびパーティーの参加者に負傷者は多数。しかし、死者は今のところ確認できていないとの事です」

「何だと!?」

 

 思わず立ち上がって真偽を確認すると、執事は目を白黒させながら首を縦に振った。彼からしたら何が気に食わなかったのかわからないだろうが、伯爵にとっては到底看過できない話だった。

 数十名の戦闘技能者を送り込み、毒をはじめとした仕込みを行い、《漆黒の魔女》が暴れてなお一人の死者も出せない? そんな事があるというのか?

 

「……馬鹿な」

 

 よろよろと椅子に座り込めば、夫人が心配するように寄り添ってくれる。

 まさか、失敗するとは。失敗した時のための備えはしてあったとはいえ、心の中ではそうならないと信じていた。こんな事なら私兵には国王の暗殺を命じれば良かったか、いや。

 首を振り、ため息を吐く。そこで伯爵は執務室に向かってくる複数の足音を聞いた。それに交じってがちゃがちゃという音。武装している者の接近に反射的に立ち上がり、傍に置いていた剣を取る。

 

「父上、このような日に酒ですか?」

「フレデリク」

 

 屋敷の警備を任せている「表の」私兵達。彼らに守られるようにして現れたのは不肖の息子だった。まるで罪人を糾弾するかのような視線を向けてくる彼を見て悟った。

 

「裏切るつもりか、フレデリク」

「そもそも協力した覚えがありません。せめて大人しく観念してください、父上、母上」

「何を観念しろと言うのか。伯爵を糾弾する以上、証拠はあるのだろうな」

「当然です。メイド達の証言を元に作成した使用人の勤務記録二か月分。使途不明金の存在を証明する書類。屋敷内および領地内の薬草管理状況とその不備の抜粋。不審な行動を取る使用人の追跡記録。ミレーヌが集めてくれました」

「馬鹿な、ミレーヌだと!?」

 

 協力的だったはずのミレーヌまで裏切っていたとは。いや、そもそも味方のフリをしていただけなのか? 決定的な証拠ではないものの積み重ねれば十分な効力を持つ。それでも、これから集め始めるのであればいくらでも誤魔化しようがあったが二か月も前からではどうしようもない。

 

「おのれ、夫婦揃って裏切りおって!」

「フレデリク、この親不孝者!」

 

 半狂乱になった夫人が嵐の魔法を発動させれば、フレデリクは慌てる事なく防御魔法を用いて自分と兵士達を守った。こうなると伯爵も自分達を守らざるを得ない。嵐が去った後には荒れた部屋と無事な人間達が残る。

 伯爵は剣を抜き、割れた窓へと身を躍らせる。

 

「あなた!」

「時間を稼げ! こうなれば私自ら国王を!」

 

 執務室は二階だったが、風の魔法を用いて無事に着地。このまま身体強化と風による補助で王城まで向かおうと考えた時、まるで伯爵の行動を読んでいたかのように兵士の別動隊が一人の貴婦人を伴って伯爵を囲んだ。

 

「ミレーヌ。フレデリクの嫁として選んでやった恩を忘れたか」

「あら、お義父様。恩を感じているからこそ、素直に身を差し出す機会を与えて差し上げているのですけれど」

 

 頭上に槍を翳され、逃げ道を断たれる。伯爵は歯噛みしながら最後の足掻きを試みるが、背後に魔法使い(ミレーヌ)が控えている以上、複数人の平民の兵は十分な力を発揮して伯爵を取り押さえた。

 両手両足を拘束、目隠しと猿轡をされて地面に押し倒される。土の味と匂いを感じながら、伯爵は号泣した。

 

 夫妻は監視付きの状態で身動きさえ取れないまま、窓の無い部屋で夜を明かした、翌日にはフレデリク・ミレーヌの要請でやってきた騎士団により正式に拘束。

 取り調べは連日にわたって続いた。

 当然、黙秘を続けたものの、騎士団の捜査は思った以上に優秀で、最終的には純血派への協力までも白日の下に晒されることとなった。

 

 ──求刑は夫婦揃っての死刑。

 

 刑が告げられた直後、伯爵の上げた怨嗟の声は牢内に響き渡った。

 

「これで終わると思うなよ! 貴様らの横暴には必ずや天罰が下る! 必ずだ!」

 

 彼らの娘が()()()()()忌まわしい肉体改造を行ったのだという事を、孫がその事を重荷にして生きてきた事を、夫妻は結局、最期まで知らなかった。


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